第7話「姫の思惑」
アーネストとアルミメイアは暫くの間、王宮でフィーヤの付き人として過ごす事になった。
王族であるフィーヤの傍での生活。王族であるフィーヤは公務に他貴族との付き合いなどで忙しく、その生活を傍で見守り、支える付き人としての生活は大変忙しいものと思っていたが、どうやらそうではないらしかった。
フィーヤは王女であるが、余り他貴族との交流を持たないらしく、公務もそれほど多いわけでは無いらしかった。そのため、生活の大半を読書に費やしており、付き人であるアーネスト達は、その間自然と暇を持て余す事になってしまう。他貴族との交流の際も、付き人であるアーネスト達はただ傍で控えているだけで、特別何かをする必要があるわけでは無く、忙しいとは言えなかった。
ただ、侍女として仕える事になったアルミメイアは、少し違ったらしく、給仕の仕事などが有り、そういった仕事をした事が無い事もあって、割かしやる事が多くある様だった。幸い、アルミメイアは呑み込みが早く、直ぐに仕事に順応できたため、大きな問題を引き起こす事は無かった。
そして、今日も給仕の仕事のため、紅茶の入ったティーポットとティーカップを乗せたトレイを手にし、交流を楽しむ貴族達の席へと運んでいた。
そんなアルミメイアの姿を、アーネストは少し離れた回廊から眺めていた。
今、フィーヤは他貴族からの招待で、女性貴族たちの茶会に出席していた。王宮の中庭の花に囲まれた東屋の下、机を囲んでの茶会。それを近衛騎士であるアーネストとレリアは、中庭の傍の回廊から見守っていた。
「暇そうだな。退屈か?」
控えているだけで、やる事が無く、ただぼうっと茶会の様子を眺めていると、アーネストの傍で同じように控えていたレリアが、そう声をかけてきた。
「そこまで退屈なら、やめても構わないぞ」
「退屈ってことはないよ。王宮でのこういった事は、俺には馴染みがなくて、見ているだけでも楽しめる」
「そうか、それは残念だ」
アーネストの答えに、レリアは相変わらず棘のある言葉で、答えを返す。
「それにしても、ずいぶんと懐かれているんだな。幼竜と言うのは、ほとんど人に懐かないと聞いたが」
レリアはアーネストの腕の中で眠る幼竜に目を向け、尋ねてくる。
勝手にアルミメイアの後をついて来てしまった幼竜と黒猫。この二匹は、フィーヤの計らいでアルミメイアと一緒に、王宮へ置いてくれる事となった。ただ、この二匹を連れて他の貴族達の前に出る事は、貴族達の中で気分を害する人が出る可能性があると思われたため、貴族達の前に出るときはこうしてアーネストが預かる事になった。今もアルミメイアが給仕の仕事で茶会の席に居るため、アーネストが預かっている。
アルミメイアから離れる事はしないものの、幼竜も黒猫も聞き分けが良く、離れた場所で待機しているように言い聞かせると、大人しくしてくれていた。ただ、幼竜に関しては聞き分けが良いとは言っても、アルミメイアとアーネストにしか懐いておらず、二入外の者に相手をされると酷く怯え、暴れ出すようだった。
今、幼竜はアーネストの腕の中で、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「そう、らしいな。昔から幼竜と触れる機会が多くあったから、あまりそう感じた事は無いけどな」
腕の中で眠る幼竜の頭を軽く撫でながら、答えを返す。
「貴様は一体何者なんだ?」
レリアが、幼竜から目を外しアーネストを睨みつけるような目で、見返してくる。
「何者って、ただの田舎貴族だよ。一時期、竜騎士であったけど、今はただの騎士。そんな大した経歴は待っていない。そう言うあなたは、どうなんだ? なんで、俺をそこまで目の敵にするんだ?」
アーネストが聞き返す。アーネストはそれほど特別な経歴を持っているわけでも、特別な生まれをしている訳では無い。特別警戒されるような生い立ちではないと思ていた。けれど、レリアはアーネストの事を強く警戒し、睨みつけてくる。その事が少しだけ気になった。
「それは……私の事はどうでもいいだろ。この国の人間と距離を置きたがる姫様が、この国の人間である貴様を傍に置くことが理解できない。どういう関係なんだ?」
「俺だって知らない。気になるなら本人に聞けばいいだろ? 俺は国王に仕える騎士で、フィーヤは王女。それ以外の関係はない。俺の知る限りはな」
半ば、投げやりな返事を返す。そして、そこで、前にヴェルノから聞いた、フィーヤがアーネストの立場を庇ったという話を思い出す。
かつて竜騎士であったとはいえ、騎竜を失い、竜騎士である事拒んだ竜騎士。そんなこの国で大した価値のない立場であったにも関わらず、フィーヤはアーネストを庇った。それほど関係性が、アーネストとフィーヤに有った記憶は、アーネストにはない。尋ねられ、逆に疑問が沸いてしまう。
「なあ、フィーヤ様がこの国の人間と距離を取りたがるってどういうことだ?」
同時に気になってしまった発言を問い返す。
今までフィーヤとの関わりは薄かったが、アーネストが知る限り、人と距離を置きたがる性格には思えなかった。
「単純にこの国の人間が嫌いなだけだ。だからこそ貴様を傍に置くことが分からない。それも、わざわざ自分から申し出になるとは」
話はこれで終わりだという様に、アーネストから視線を外し、レリアは答えを返す。
ちょうどその時、茶会の方で何か動きが有ったのか、茶会に参加していた貴族たち席を立ち何処かへと向かって歩き出していた。
「行くぞ」
移動を始める貴族達を目にすると、アーネストの追及を振り払う様に、即座にそう告げ、レリアは貴族達を負って歩き出した。アーネストもそれを追って、後に続いた。
フィーヤ達貴族が向かった先は、先ほど彼女達が居た場所から離れた、王宮を囲う庭の一角。花で囲われた先ほどの庭園とは異なり、広々とした空間が設けられた練兵場の様な場所だった。
その練兵場の様な場所には、すでに数人の騎士らしき人物達がおり、身体を解すための簡単な運動を行っていた。
フィーヤ達貴族が、その場所の傍に辿り着くと、すでにその場所に居た騎士達から大きな歓声や口笛が響いた。
「ここは……?」
貴族達の少し後を付いて来たアーネストは、そう疑問を漏らした。
「見ての通り、練兵場ですよ。普段は、王宮の衛兵達が使う場所ですが、今の時期は晩餐会の為に集まった騎士たちが、ちょっとした腕試しとしての武闘会なんかの為に使っていたりするのです。今もその武闘会が有るみたいです。知りませんでしたか?」
零したアーネストの疑問に答えたのは、いつの間にか傍に居たフィーヤだった。傍に居るとは思わず、緊張を解いていたアーネストは慌てて背筋を伸ばし、姿勢を正す。その様を見てフィーヤはクスクスと笑う。
「すみません。知識不足です。王宮での事柄には興味がなかったもので……。それより、なぜここに?」
「今回の茶会の主催様が、自分のお気に入りの騎士を見せたいのだそうですよ」
「自慢みたいなものですか?」
貴族達の間で、自身の所有物を見せ合う事が有ると聞く。それは自分が所持している物が良ければいいほど、それに関わる事柄に置いてその能力が高いと評価される事が有る。それは、物品に限らず、土地であれ、街であれ、人であれ同じように評価される。それ故に中にはそのように、自身の評価を上げるために、そういった自身の所持しているものを見せびらかそうとする貴族が居ると聞いたことがある。
基本的にただの騎士は評価されないマイクリクス王国であるが、最高位の騎士である竜騎士は国王に忠誠を誓った騎士であり、国王以外に持ち物として扱われる事は無い。そのため、所有物としての武力を示すとき、配下の騎士を見せる事が稀にある。今回の事も、そういった事なのだろう。
そうでなかったとしても、騎士道物語の様に女性貴族の為にこういった武勲を上げるなどの話や、その光景を見るのが好きなものを居ると言われ、それを見せつける事をする者もいると聞く。
「そう言う事ですね。私はあまり好きではありませんが」
アーネストの答えをくみ取りフィーヤは頷く。
練兵場の方から剣戟の音が響き、それから歓声が上がる。
どうやら、武闘会の最初の試合が終わったようだった。
目を向けると負けたと思われる騎士が、悔しそうにしながら練兵場の端へと下がり、勝ったと思われる騎士が、練兵場の中央に立つと、兜を外し、こちらへ向かって礼をする。
「彼が主催者様お気に入りの騎士らしいですよ。あなたはどれ程のものと思いますか?」
勝った騎士を示し、フィーヤがそう告げる。その騎士、非常に整った容姿をしており、見せびらかしたくなるのも何となく理解できた。
「相当の腕前みたいですね。自慢したくなるのも分かります」
騎士の立ち居振る舞いを見て、大よその力量に当たりを付けたアーネストは答える。
「そうですか。なら、あなたにお願いがあります」
アーネストの答えを聞くとフィーヤは満足そうにうなずき、
「あの騎士に勝ってください」
そう宣言した。
「は? どういう事ですか?」
「私はこういった事はあまり好きではなかったのですが……私だけのけ者の様に盛り上がられるのを見るだけとなりますと、悪戯したくなりませんか? ですので、あの騎士に勝ってください」
可愛らしく笑みを浮かべながら、フィーヤはそう告げた。
「そう、言われましても……決闘用の装備は、今手元にありません」
「借りればよろしいのでは?」
「そうは言いますが、鎧には適切なサイズが有ります。借りるわけにはいきません」
「あなたは特別背が高いわけでもなければ、変わった体格をしているわけでは無いですよね。なら、合うサイズが有ると思いますよ。決闘で使われる鎧は、重装のフルプレートメイルではないのですから、問題ないはずです」
「それは……そうですが――」
「アーネスト。姫様の命令だ。行って来い」
引き下がろうとしないフィーヤを後押しするように、黙って二人のやり取りを聞いていたレリアが口を挟む。
「お前……」
「貴様がこのまま姫様の傍に仕えるというのなら、貴様の力量を知っておきたい。行け」
鋭い視線と共に、そう意見を押してくる。それにアーネストはため息を返す。
「分かりました。やります」
「よろしい」
アーネストの返事にフィーヤは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「オーウェル。今、貴様は姫様の騎士だ。みっともない姿を見せるなよ」
仕方ないと言う様に、抱きかかえていた幼竜を庭の傍らに降ろしているアーネストに、レリアがそう釘を刺す。アーネストはそれに苦笑を返すと練兵場へと向かった。
* * *
「まだ納得できませんか?」
練兵場へと向かったアーネストを見送ると、ここのところずっと不機嫌そうなレリアにフィーヤは尋ねる。
「受け入れてはいるつもりです」
不機嫌そうな表情を浮かべたままレリアが答える。その姿を見てフィーヤが笑う。
「とてもそうには思えませんが」
フィーヤの追及にレリアはため息を付く。
「では、はっきり言います。なぜ、彼を傍に置くのですか? 竜と関わりがあるかもしれないからですか?」
「そうですね……確かにそれも理由の一つです。けれど、その理由がなくても、私は彼を傍に置こうとしたでしょうね」
「それは、なぜですか?」
「彼の全てが欲しいからです」
「ひ、姫様!?」
フィーヤの答えにレリアは、驚きの声を上げ、戸惑いと怒りの入り混じった表情を浮かべると、理性でそれらの感情を抑え込んだのか、取り繕う。フィーヤはそんなレリアを見て、またクスクスと笑う。
「冗談ですよ」
「姫様。言って良い冗談と、悪い冗談が有ります」
「そうですね。気を付けます」
「それで、本当のところはどうなのですか?」
レリアが再び問いかける。
「そうですね。それは、すぐわかると思います。そのために――」
一撃、二撃素早く剣戟が鳴り響く。その直ぐ後に、驚きの喚声が上がる。
その大きな歓声にレリアは何事かと、練兵場の方へと目を向ける。レリアから遅れて、フィーヤも練兵場へと目を向ける。
練兵場では、先ほどの戦いで勝利していた騎士とアーネストと思われる騎士が立っており、アーネストが手にした剣が、相手騎士の首元に添えられていた。アーネストが勝利した。そう見える構図だった。
「どうやら見逃してしまったようですね」
「どういう事ですか?」
まだ状況を良く読み込めていないのか、レリアが尋ねてくる。
「見てのとおりですよ。多くの貴族が彼の事を気にも留めていませんが、彼は単純に強いのですよ。今は騎竜を失い、騎士の身ではありますが、私の知る限り、最高の騎士であり、最高の竜騎士です。それだけの力を持つ人間で、さらに私の考えに賛同してくれるかもしれない人間。そんな相手なら、どうしたって欲しくはなりませんか?」
練兵場の中央に立ち、負けた騎士に対し、所作通りの礼を返すアーネスト。その姿を眺めながら、フィーヤは誇らしげに、それでいて愛おしそうに、そう告げた。
そんなフィーヤを見つめるレリアの表情は、どこか複雑そうなものだった。
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