第91話「墓所の奥で②」
入った王女の玄室は20畳ほどの部屋であろうか。
建物の全体の広大さを考えると思ったよりも狭かった。
密閉された狭い空間だが、不思議な事に空気は殆ど澱んでいない。
物入れっぽいロッカー? らしき物が立ち並び、一番奥には表面に古代文字がびっしりと書かれた円筒形の長いカプセルのような物が鎮座していた。
あのカプセルが王女の棺?
俺達が2歩、3歩足を踏み入れた時であった。
またもや俺の心に聞こえて来た。
謎めいた、あの女の声が聞こえて来たのだ。
しかし、さっきの強気な物言いと違う。
様子がおかしい。
『た、たす……けて……このままでは……妾の魂が……き、消えて、し、しまう』
え!?
誰もいないのに、誰かの気配がする!
この声の主が王女なのだろうか?
しかし助けてくれって、一体どうすれば良いんだ?
『そ、そなたが……持っている……その……東国の……』
「東国!?」
俺は思わず声に出した。
しかし、ジュリアには王女らしい声が、やはり聞こえていなかったらしい。
叫んだ俺の顔を見て「ぎょっ」とする。
東国、東国、東国……う~ん?
あ!
そ、そうだ!
少し考えた俺に閃くものがあった。
『あれ』を使うのだ。
名品珍品の店の主人サイラス・ダックヴァルからサービスで貰った珍品を。
『反魂香』を部屋の中央に置いて焚けと、内なる声が囁いたのである。
ちなみに反魂香とは、死線を彷徨う重態の病人を回復させたり、肉体から離れたばかりの死者の魂を呼び戻す魔道具だと記憶していた。
価値は、時価。
俺自身で鑑定したものだ。
そして絶対に売るな! と例の勘が確信に近い形で俺に働きかけた因縁の商品である。
俺は指示通り、部屋の中央に反魂香を置く。
そして香を焚く為に生活魔法を発動し、指先に「しゅぼっ」と小さな炎を出して反魂香に火をつけた。
ああ、こんなところで生活魔法が役に立った。
火がつくと同時に、何とも言えない独特の香りが辺りに漂う。
軽い眩暈に襲われた俺は、すぐにその場を少し離れてジュリアを抱き寄せた。
「きゃっ!」
小さな悲鳴をあげたジュリア。
俺にしっかりしがみつき、玄室内の異様な雰囲気に怯えている。
部屋の中央に置かれた香から出た、独特な香りのする煙が部屋中に篭もり、その一部は外に洩れだす。
そんな玄室の異様さを感じたのであろうか?
ゴッドハルトが大声で制止するのを振り切って、イザベラとアモンのふたりも玄室へ飛び込んで来た。
でも意外だった。
アモンが俺達の前面に出て盾役となったからだ。
俺達3人をしっかりと守ろうとしていた。
普段は偉そうな教師として、俺を小馬鹿にするような態度を取りっぱなしのアモンがである。
と、その時。
『情けは人の為ならずって言うのは、まさに君が悪魔王女様を助けている事に他ならない。お陰でそこに居る悪魔侯爵君でさえ、君に友情って奴を感じているじゃないか』
邪神様――スパイラルの声がリフレイン。
悪魔侯爵アモンが俺に友情を感じているのは間違いないだろう。
いや友情と言うより、出来が悪い弟のように見ているに違いない。
ん!?
そういえば、いつの間にか苦しがっていた王女らしい声が消えている。
でも、王女が死んだら悪霊って事だし、これは悪魔の管理する範疇では?
俺がそのような事をつらつら考えているとまた頭の中に、声が聞こえて来た。
『ふう~。助かったぞ、我が忠実なる下僕よ。ん!? 何だ? お前達の中に悪魔が居るではないか! おぞましく汚らわしいわ! ええい、出直して来るがよいわ!』
何だ、この高慢ちき王女は!?
俺達は断じてこいつの下僕ではない。
助けた礼も碌に言わずに、いきなりこれかい!
まあ、良いか。
王女の命を救った?のだから、これでゴッドハルトとの約束も果たせた。
彼から『報酬』を貰えば良いし、このような場所にもう用は無い。
『そうかい、分かったよ、じゃあな!』
俺はまだ戦闘態勢を解いていない3人に対して危険は無いと伝えると、さっさと玄室を出ようとした。
俺達が引き揚げるのが見えるのか、
『ま、待てっ! 我が下僕よ、ほ、本当に出て行くのではないだろうな?』
『だって悪魔が居たら嫌なんだろう? もう出て行くよ、当り前だろう?』
『待てというのに! 分かった! 悪魔が居ても構わん! い、今、姿を見せる! だから待つのじゃ!』
必死で俺達を引き止める王女と思しき声。
口調からすると、結構なお年を召したお局風お姉様だろうか?
やがて立ち昇る『反魂香』の煙の中にひとりの少女が浮かび上がる。
『どうじゃ? 妾の姿が、み、見えるか!? 妾こそが偉大なるガルドルド帝の妹であり、創世神の巫女ソフィアじゃ』
それが旧ガルドルド魔法帝国の王女ソフィア・ガルドルドと俺達の、初めての出会いだったのだ。
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