第76話「迷宮の秘密」
地下3階で戦ったのは蟻酸を大量に吐き散らす、気持ち悪いくらい大きい蟻の大群。
もしくは、相変わらず豚にしか見えないオーク。
いずれも結構な強敵だが、戦いに慣れて来た俺達には大体楽勝であった。
俺が本当にヤバイと思った相手は大蟷螂と呼ばれる魔物だけである。
通常種でも共食いをするような、獰猛な雌の蟷螂。
このとんでもない昆虫がそのまま大型の魔物になったような奴で、鎌状になった前脚は下手な剣よりも遥かに鋭利。
何せ革鎧は勿論、薄手の金属鎧も紙のように切り裂いてしまう。
地下3階で初心者のクランが淘汰される主な理由はこいつの存在だという。
動きも、結構敏捷。
幻惑するような動きを見せ、獲物を混乱させて翻弄する。
そして頃合を見て、一気に首を刎ねるか、相手の身体を怪力で絡め取って丸齧りをする。
と、いうのが奴等の戦法で考えただけでも怖ろしい。
そんな相手だから、俺も最初は躊躇した。
たかが虫とはいえ体長は3m以上、体高は1m以上もある。
小型の肉食恐竜という趣きなのだ。
実際に見た人には分かるだろうが、あの感情の欠片もない三角の眼から見据えられたら震えも来よう。
元々小心な俺にとって、怖くないわけがない。
しかしアモンの指示は大蟷螂がたった1匹な事もあり、またもや「俺が単独で戦え」という無情なものであった。
最後は例によって、愛する嫁達の安全を盾にとって迫って来たのだ。
しかし!
そんな俺も徐々に覚醒しつつあった。
最初から『俺様最強』では無いが、しかるべき師につけば才能が開花する。
邪神様の言う通りであり、このまま行けば師匠は悪魔アモンという事になる。
大笑いされたが、俺だって今なら笑える。
神の使徒の師匠が、凶悪な大悪魔なのは皮肉だから……
そんな訳で大蟷螂と正対した俺だが、最初はやはり様子見。
大蟷螂はいつもは餌とみなす相手に対するのと同じ様に、羽を大きく開き、身体を左右に振って俺を幻惑しようとする。
しかし、相手が出す肉食獣特有の殺気に満ちた魔力波は至極分り易い。
次に奴がどう動くか、どのような攻撃を仕掛けて来るかが、丸分かりなのだ。
俺は某アニメの主人公のように相手の動きを予測し、懐に飛び込むと一気に首を刎ねた。
一撃必殺!
俺の動きに対して思わずアモンの口から「ひゅう」と音が洩れる。
口笛のようだ。
どうせ、俺のやった事を真似したのであろう。
あいつ!
やけに嬉しそうじゃないか?
さっきの火炎へ拍手喝采のお返しか?
「ええと……」
まあ、良い。
余計な事を言って揉めると面倒なので、さっさと戦利品の獲得だ。
ジュリア曰く……
大蟷螂の前脚は武器を作る際、稀少な部位になるという
俺は白い腹を晒して倒れている蟷螂の骸から、左右それぞれ1m近くはある前脚を切り離すと収納の腕輪に入れたのである。
大蟷螂と戦った後、俺達は真っ直ぐに地下4階への階段を目指す。
階段に辿り着くまでにオークやゾンビの群れが出現したが、相変わらず俺達は何なく倒して進んだ。
アモンが俺に聞いて来る。
「トール、どうだ? 魔力波読みの方は?」
教師アモンは俺の戦い振りを、じっと観察していた。
大蟷螂との戦いでコツを掴んだ俺が圧倒的な勝利を収めたからであり、戦いへの手応えを聞きたかったに違いない。
「ぼちぼち……だな」
「ぼちぼち……か。まあ良いだろう」
悪魔らしくないアモンの慈愛に満ちた眼差しに、俺は父のような兄のような温かいものを感じていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コーンウォール地下迷宮地下4階への階段付近……
この階段付近も幸い待ち伏せをしている敵は居なかった。
なので、俺達は車座になって簡単な作戦会議を行う。
念の為、イザベラには魔法障壁を発動させて貰う。
何か、久々の休憩だ。
意外にも、全員がリラックスしている。
怖ろしい迷宮の中で、温かい紅茶を飲んで皆で寛ぐのも奇妙な感覚だ。
「でも……不思議だね」
ジュリアが首を傾げる。
くう!
ジュリアが堪らなく可愛いっ。
ここが危険な迷宮ではなく、更にアモンも居なければ「きゅっ」と抱き締めている所。
しかし、何が不思議なんだろう?
俺が「きょとん」としていると、ジュリアは口を尖らせた。
「もうっ」という表情になる。
「トールったら! 少しは気付いてよ。あたし達がこの迷宮を結構探索していても、あれだけ居た他の冒険者のクラン達と全然遭遇しないじゃないか?」
成る程!
確かにそうだ。
俺達の前にあれだけ並んでいた冒険者達と、全然会わないのは何故だろう?
50人位は先行していたよな~
「それは俺が説明しよう」
口を開いたのはやはりアモンであった。
「この迷宮は多分様々な異界と繋がっているのだろう?」
異界?
異界って俺の知識通りで良いのかな?
「異界って天界や冥界も含めて、人間が生きる現世と違う世界……それで正しいのかな?」
俺の言葉を聞いたアモンは「ふん」と鼻を鳴らす。
そして、面白そうに笑うと俺を見つめた。
「ほう! トールは中々、知識はあるようだ」
おお、アモン先生に褒められた。
それで?
「後は、俺が補足してやろう。この迷宮で言えば、多分冒険者が入るごとにそれぞれが違う異界の同じ構造の迷宮へと飛ばされる。そう考えれば他の冒険者は居ないのも辻褄が合う。階層ごとに湧き出る怪物も、ある一定の決まりを設けてどんどん補充されているのに違いない」
「凄いな、それ。もしかして造ったのは……」
「ははは、やはり古の旧ガルドルド魔法帝国であろうな……さすがに何の為かは分からんが」
成る程ねぇ!
それって俺が昔に熱中した、ゲームのような仕組みじゃないか。
やったのは、入る度に構造が変わる迷宮だったっけ。
それにしても悪の魔法使いが単に迷宮を作るだけと違って、入る度に冒険者を異界に飛ばす迷宮ってどんだけ大掛かりなんだ。
「……地下4階の対策を考えようか」
俺が例によって中二病的な空想に耽っていると、またもやアモンの重々しい声がした。
そうだな。
買った地図によれば、地下4階からは魔物が一気に強くなるのだ。
まず注意するのは、『死を呼ぶ黒妖犬』とも呼ばれ、猛火を吐く子牛程の体躯を持つ獰猛なヘルハウンド。
次にオークなど及びもつかない膂力を誇る人喰い鬼。
そして、生前は一流の腕前を持っていた剣士や騎士を不死者化したスケルトンウォリアーという骸骨剣士。
他にも凶悪な魔物共が手薬煉引いて待っているらしい。
「相手は一気に強くなるが……トールの潜在能力ならば何とかなるだろう。その為には魔力波読みをもっと極める事だ」
魔力波読みって……そんなに万能なんだ。
よっし、極めるぞ~。
そんな俺の心を読んだように、アモンが呟く。
「魔力波読みは便利な技だが、過信するのは禁物だぞ」
何故?
どうして?
「上級術者や上位の魔物にはわざと偽りの魔力波を出して攪乱する者が居るからだ」
偽りの魔力波?
何、それぇ!?
「更に高みへと登るには、そういった技も破らねばならない」
アモンに釘を刺された俺は、渋面を作って肩を竦めるしかなかったのである。
いつもお読み頂きありがとうございます。




