第72話「恐るべき現実①」
コーンウォール迷宮地下1階……
俺達は、次の目標である地下2階への階段を目指して歩いている。
朝早くから並んでいたクランがかなり居て、先行している筈なのだが……
辺りに人の気配は少ししかないし、1番近い気配はまるで動かない。
変だ……
俺は違和感を覚える。
普通、冒険者のクランであれば階下に進もうとする筈。
こんな地下1階では大した魔物は出ないし、宝箱もない。
つまり、全く『稼ぎ』にはならないから。
しかし!
気配を発する者達は、来る者を襲おうとするかのように暗闇に潜んでいるのである。
おいおい。
もしや?
俺達を襲うとしている?
「トール?」
俺が急に歩みを止めたのを見て、イザベラが怪訝な顔をした。
振り返った俺はゆっくり首を振る。
やっぱりヤバイ。
嫌な予感がする。
このまま進むと……
『敵』らしい奴等が潜んでいる場所の少し手前で、俺はクランの仲間を止めた。
クランの仲間達は、俺の表情ですぐに『待ち伏せ』がある事を悟ったようである。
ジュリアが僅かに首を振った。
出来れば襲撃者ではないと、思いたいのだろう。
「あたし達みたいに初心者のクランだから、経験を積む為にこの階で止まって敵を待っているって事はない?」
戦い慣れていないジュリアには、やはり躊躇があるようだ。
考え込んでいたアモンが、ぽつりと呟く。
「ならば……試してみるか?」
「試す?」
「ああ、俺の部下共に試させよう」
「部下?」
アモンは小さく頷き、低い声で何か言霊を唱えた。
一体何か? と思うと……地面からからいきなり4つの淡い光をした人影が浮かび上がった。
アモンが黙って、指を「ぱちっ」と鳴らす。
すると、何という事。
4人の人影はあっという間に俺達瓜二つの姿になったのである。
その様子をイザベラは当り前のように眺めていたが、俺とジュリアは余りの事に声も出ない。
「……これは俺の配下の悪霊達だ。幸いにして、この現世では実体が無く命じれば外見はどのような者にも変化出来る」
実体?
ああ、本体は魔界かどっかの別世界にあるって事か。
「これから奴等がどうなるかをよく見ろ。この迷宮、いや……この世界の現実が分かる」
アモンはこの4体の悪霊!? を俺達の囮にして『戦いの現実』って奴を俺とジュリアへ見せようとしているらしい。
俺は既に相手の人数と潜んでいる場所を特定している。
気配からして、奴等は俺が思い描いていた山賊みたいなならず者ではない。
一見普通の冒険者クランである。
相手の人数は5人……
果たして……どうなるだろうか?
俺達に生き写しである囮達は普通に相手に近付いて行く。
その瞬間であった。
奇声をあげた5人の冒険者はいきなり囮の『アモン』の脳天にメイスを振り下ろした。
たまらず『アモン』が崩れ落ちると、それを見た囮の『俺』が叫ぶ。
「おいっ、待て! 俺達はクラン、バトルブローカーだ! お前等冒険者だろ!? 俺達は山賊や魔物じゃない!」
「ひゃははは、お前らを殺せば俺達は『賭け』にも勝つんだよぉ」
制止の声など無視して、相手のひとりは剣を一閃させ『俺』の首を一気に刎ねた。
残りの奴等は舌なめずりをしてジュリアとイザベラを押し倒す。
ふたりの女の悲鳴と、奴等の笑い声が交錯した。
その様子を見て、俺は怒りの余り血が滲むほど拳を握り締めていたのである。
悪霊が擬態した『ジュリア』と『イザベラ』は悲鳴をあげる。
荒々しい息を吐き、彼女達を組み敷き、のしかかる男達。
俺とアモンに擬態した悪霊は既に……『惨殺』されている。
今迄もこいつらはこのように悪行を重ねて来たのだろう。
そして一歩間違えば、俺達がこうなっていたかもしれない悲惨な光景を見て、俺は怒りと苛立ちを隠せなかった。
「トール、落ち着け。まもなく因果応報となる。……あの者達もとうとう悪運が尽きたのだ」
アモンが表情を全く変えず、唄うように呟いた。
その言葉を境に状況が、がらっと変わる。
欲望を剝き出しにし、快感を訴え、哀れな女達を蹂躙していた筈の冒険者の男共が急にうめくと凄まじい苦痛の表情をうかべたのだ。
「ぐああっ!」
「く、苦しいっ!」
見ると冒険者達が組み敷いていた筈の女達が黒い霧の様な不定形になっており、逆に纏わりついていた。
しかも『霧』はどんどん大きくなって、冒険者達を包み込もうとしている。
「たた、助けてくれ~っ!」
「ぎゃああああ~!」
「か、神様ぁ~!」
悶え苦しむ冒険者達を眺めながら、無表情なアモンが言う。
「俺の部下である悪霊達は貪欲……奴等の魔力を全て吸い尽くすのは勿論、果ては本能のままに肉体と魂までも喰らう……残るのは骨だけだ」
ぐちゃり、ぴちゃ……めきめきめき……
それは不気味な音であった。
冒険者達が生きながら悪霊達に貪られ、骨までしゃぶられているのだ。
因果応報……アモンの言った通りになった。
恐るべき悪霊達は魔力を吸い尽くして冒険者を行動不能にした後……
思うがままに彼等の肉体を喰らいつつ、魂をずっぽりと飲み込んで行ったのだ。
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