第66話「油断!?」
イザベラの攻撃魔法を受けて混乱するオークの群れ。
俺は真っ只中へ、突っ込んだ。
何体かのオークが、漸く俺に気付いた。
人間から奪ったらしい、錆びた剣や傷だらけのメイスを振るって襲い掛かって来る。
しかし、俺があれだけ気にしていた奴等の強さといったら……
結論から言えば、とんだ拍子抜け。
やはり邪神様が改造してくれた身体強化のチートは凄い!
奴等の動きが遅い!
とんでもなく遅いのだ。
ゴブリンの時と同様。
まるでスローモーションシーンを見るように、奴らの動きは緩慢である。
多分、こちらがそう感じるだけで、俺の動き自体が飛び抜けて速くなっているのだろう。
え?
びびって、損をしただろうって!?
いや!
一見臆病にも見える慎重さこそ、この世界では貴重なのだ。
慢心は絶対死を招くから。
俺はギルドで練習した、付け焼刃の無明剣モドキでどんどんオークを屠って行く。
オークだって喉、鳩尾、そして心臓などの急所は人間と変わらない。
一体に3箇所の攻撃を与えなくても、呆気なく絶命して行く。
まるで気分は幕末の天才剣士、沖田総司である。
ちなみに俺はゴブといい、このオークといい、彼等を倒す事に余り罪悪感を感じなかった。
その答えは簡単且つ明瞭。
人間では無い事は勿論、目の前で喰われる犠牲者を見れば非情になれるというもの。
相手を斃さなければ、こっちが斃されるから。
数匹のオークが俺の攻撃をすり抜けてアモンの方に向かったが、瞬殺されている。
アモンの持つ剣は特殊なモノらしい。
気合と共に刀身が1m余りも伸びて、オーク共数匹を1度の突きで団子のように串刺しにしてしまう。
何じゃあ、ありゃ!?
俺が使う魔法剣とはまたタイプが違う、怖ろしい魔剣である事は間違いなかった。
やがて戦いが中盤に差し掛かり、俺は試したいと思っていた戦法を試してみることにした。
アモンの剣の凄さを見て、つい魔がさしたのかもしれない。
余裕のある動きで奴等を屠っていた俺であったが、邪神様の言葉がどこまで凄いか試してみたくなったのである。
邪神様は、言っていた。
『この剣は外見が君の居た世界でスクラマサクスと言われているものに近い小型の剣だ。しかし只の剣じゃあない。大気を切れると言われる程、切れ味が抜群なのと永久に研がなくても良いという優れモノだ』
大気を切る?
それが果たして本当かどうか……カマイタチのようなものなのか?
俺にはどうすれば大気を切れるか、一体何をやればいいかも分からない。
とりあえず俺は剣に魔力を込めた。
この剣の力が発動されて、邪神様の言う通り大気を切れるかどうか、試してみる価値はある。
剣は俺の念=魔力をどんどん吸い込む。
黒い刀身が、禍々しく輝いて行く。
見ていると魔力を吸い込むというより、喰らうと言う方がぴったりな感じ。
俺は向かってくるオークに向って思い切り剣を振る。
剣に魔力を籠める事はやめずにだ。
すると、とてつもない強力な魔力波が放出された。
剣に篭められた魔力から、変換されたらしい。
向かって来るオークへ、もの凄い勢いで一直線に伸びていく。
オークとの距離は、まだ10mほどもあっただろうか。
しかし俺の強大な魔力波は、あっと言う間にオークへ届いた。
その瞬間!
奴の身体は真ん中からまるで魚の開きのように真っ二つに切り裂かれていたのである。
おおう!
すっげぇ!
これかぁ!
しかし喜んだのも束の間、急に倦怠感が俺の身体を襲う。
俺の身体から「がくっ」と力が抜け、思わず膝が地に突きそうになった。
しまった!
見れば、握った剣はまだ光っている。
さっきから、俺の魔力を吸収し続けていやがるのだ!
「くっ!」
これはもしかして魔力の使い過ぎって奴……か。
か、身体が強張って動かない!
も、もう、ばったり倒れそうだ!
俺の動きがぴたっと止まったのを見て、それまで遠巻きにしていたオーク達が咆哮しながら襲い掛かって来た。
くう!
や、や、やばいぞ!
ここまでか?
やられてしまうのか!?
その時であった。
「この愚か者めが!」
低いが良く通る声が響いた。
かと思うと、襟首を掴まれた俺は思い切り後方へ投げ飛ばされた。
ジュリアやイザベラの居る方向にである。
投げ飛ばされた俺は地に伏した。
力が入らないが、何とか顔を上げる。
視線の先には、襲いかかるオーク共にたったひとりで立ちはだかるアモンの姿を見た。
「があああああああああ!」
びりびりと大気を揺るがす怖ろしい声で咆哮したアモン。
思わず動きを止めたオーク達……
良く見ると奴等は身体が硬直して動けないようである。
身体を麻痺させる効果のある恐るべき咆哮。
大悪魔アモンは、このような凄まじい力まで有していたのだ。
「だあおっ!」
気合一閃!
アモンは相手が動けなくなったと同時に、「ずいっ」とオーク共の中に踏み込んだ。
大剣で、ずばん、ずばんと次々にオークの首を刎ねて行く。
血飛沫の飛び散る中、身体を真っ赤に染めて戦う戦士……
それはもう『戦鬼』の名に相応しい、一方的な殺戮であった。
アモンの戦いを見ているうちに俺の身体にも枯渇した魔力が戻って来たようだ。
ふらふらしながらも、何とか立ち上がるとアモンの戦いをぼんやりと見ていたのである。
ジュリアとイザベラが駆け寄って来た。
心配そうな表情をしている。
「「トール!」」
「ああ、大丈夫だ。つい、へましちまった……だけどアモンのお陰で助かったよ」
やがて、戦いは終わった……
オーク共は残らず全滅していた。
軽く息を吐いたアモンが剣を一閃すると、巨大な刀身から血糊が消えた。
やはり凄い魔剣だ。
俺達は戻って来る戦鬼を、労わる為に待ち受けたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
当然の事ながら、俺はアモンに怒られた。
滅茶苦茶、怒られた。
「この馬鹿者が! お前は自分の魔力量を顧みずに大技を使い過ぎだ」
「すんません……」
「魔力枯渇で動けなくなって、奴等に喰われる所だったんだぞ」
「はい……」
オークの群れを倒した俺達は、またコーンウォールに向かって歩き出していた。
その道中、俺はアモンに叱られっぱなしであった。
どうやら俺は自分の魔力量の限界を知らず、際限なくあの魔剣に吸わせていた。
それが理由で、魔力枯渇を起こしたらしいのだ。
アモンによれば、魔力とは血と共に体内を巡るエネルギー。
枯渇した場合、どのような者でも行動不能に陥るという。
動けなくなった俺はアモンが居なければ、今頃オークの腹の中だった。
ああ、つい慢心から油断してしまった。
ひたすら反省……しよう。
さっきからもう1時間は怒られているが、命には代えられないし、一方的に俺が悪い。
反論のしようがない。
だが、さすがに見かねたのだろう。
散々怒られる俺に対して、遂にイザベラのフォローが入る。
「アモン、もう良いじゃない。トールはそれまでに少なくとも30匹のオークを倒しているんだよ」
「そうよ、アモンさん。あたしからも頼むよ、もうトールを許してあげてよ」
次いでジュリアのフォローも入り、俺は漸くアモンの説教から脱する事が出来たのである。
しかし今後は本当に注意しないといけない。
やはり試した事もない大技を、いきなり実戦で試すのは危険だという事が良く分かった。
心から反省したぞ、俺。
あれ?
気が付いたら、アモンが笑顔になってる。
逆に怖い……
「まあここらで良いか。確かにふたりの言う通り、戦い自体は素晴らしかったぞ」
「ぐう!」
俺の息が、いきなり止まりそうになる。
やっと褒めてくれたアモンは 同時に思い切り俺の背中を叩いていたのであった。
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