第6話「泣かせちゃった!」
戦いが終わり、俺は勝った。
ゴブリンの脅威も……去った。
今、俺は少女の居る木の上を見上げている。
彼女は俺がゴブリンを倒したと呼びかけたのに、まだ降りて来ないのだ。
まあ危害を加える相手が、ゴブリンから俺に代わっただけと考えて警戒しているのかもしれない。
何度か、声をかけてみたが、少女はこちらを睨むだけで全く動く気配が無かった。
もしかして言葉が通じないのか?
でも、これでは埒があかない。
このまま少女が降りて来るのを待っていると、まるでさっきのゴブリンと同じ見え方になってしまうではないか。
それに、こんな森の中で愚図愚図などしてはいられない。
怖ろしい魔物が出るような所で日が暮れるなんてまっぴら御免だ。
俺が少し離れると少女が木の上から降りる気配がする。
残りのゴブリンが逃げたので近くに居るかもしれないと、未だビクビクしているのであろう。
そんな彼女の怯えの気配が伝わって来る。
気配!?
先程のゴブリンの気配を感じた時もそうであったが、俺はその不思議な感覚を得る為に集中する。
今度は少女の緊張した息遣いが耳に入り、疑心の眼差しまでが感じられた。
よくよく考えてみれば、この能力はとてつもなく大きい。
常に索敵状態になり、いきなり奇襲される可能性が大幅に減るからだ。
そして俺が歩き出すと、 後ろからこっそりついて来る少女の気配がある。
彼女の怯えた気配を背中に感じながら俺は街道に戻って行った。
暫し歩き街道に戻ると、少女の所有物らしい背負子は放置されたままになっていた。
俺はちょっと考える。
あの娘の服装と背負子は近隣か中距離の場所に行く物であり、遠距離の旅装とは思えない。
そして女の子の足であれば、中距離という可能性も低くなる。
と、いう事はあの娘は何キロか歩いて自分の村に帰るのだろう。
よしっ!
俺もとりあえずそこに行こう。
行き先を決めた俺は、背負子を立て散らばった彼女の荷物を拾い、適当に詰め込んだ。
当の少女はというと少し離れた所から俺の様子を窺っている。
自分の荷物を取られるかと思ったのかその視線は激しい憎しみに満ちていた。
おいおい、一応命の恩人だろう?
俺はお前のさ。
俺は苦笑して背負子の傍を離れると、少女は急いで背負子の置いてある所に駆け寄って来る。
彼女は背負子の荷物を確かめると、何も無くなっていない事を知ったようだ。
ホッとする様子が遠目からでも分かる。
俺がだいぶ離れて見守っていると、俺と荷物を交互に見た。
どうやら自分と荷物を天秤にかけているようだ。
しかし折角ここまで運んで来た荷物を、簡単には捨てられないのだろう。
小さな身体には大き過ぎる背負子を、何とか背負ったのである。
そしてそのまま俺が歩いて行こうとした方角に向って進もうとしたのだ。
今だ!
俺は、ダッシュして少女の下に向う。
それを見た少女は驚いて走り出すが、重い荷物を背負った為に俺から逃げられる筈もない。
俺は背負子を背負った少女を捕まえて、軽々と抱え上げた。
少し無理があるが、一応お姫様抱っこのような格好だ。
彼女は酷く泣きわめいているが、俺はそのまま歩き始めたのである。
――30分後
泣き疲れた少女は相変わらず俺を睨んでいる。
「悪魔! 鬼畜! 獣!」
罵詈雑言の嵐ではあるが、これを聞く限り何とか言葉は通じるようだ。
「おいおい、お前をゴブリンから助けたのは俺だぜ」
「ふんっ、どうせ下心があっての事だろう。こ、この、あたしの身体が目的なんだろう?」
俺は改めて抱えている彼女を見た。
年齢は俺と同じくらいか少し下だろうか?
日焼けしていて肌は浅黒い。
髪は栗色のショートカットで、大きな鳶色の瞳の目付きはきつい。
意志の強そうな口は真一文字に結ばれ、野生的な顔立ちだ。
一応美人の部類には入るだろう。
背は150cmくらいだろうか、身体全体は華奢なつくりで、俺の大好物の胸は……殆ど無い。
そして蓮っ葉な言葉遣い……
俺の好みは色白で胸が大きくて切れ長の瞳の子。
そう、ちょっぴりふくよかな、優しい癒し系が大好き。
なので、少女は完全な『ボールゾーン』であった。
軽く舌打ちしながら、俺は首を横に振る。
「悪いが、ちっぱい、ぺったんでやせっぽっちのお前は俺の好みのタイプじゃない。もしそうだったらそこらの繁みに連れ込んでさっさとやっているよ。それにわざわざ30分も運んだりしない」
あれぇ……
ひでぇ言い方!
こんなにきつく言わなくても……
俺ってこんな遠慮の無い奴だったっけ?
もしや!
これって……邪神様の斜に構えたような超が付く毒舌だ。
気付いた時には既に遅い。
俺の言葉の暴力は鋭い槍となって助けた少女を傷つけながら、深く心へ突き刺さっていた。
「うわあああああああん! やせっぽちのあ、あたしが全くこ、好みじゃないっていうのぉ!? ちっぱい、胸ぺったんで可愛くないっていうのぉ!? あたし、村の娘達の中では1番の美人って言われているのにぃ!」
あああ、いきなり、やっちまった。
俺はさめざめと泣き出した少女を抱えて、阿呆のように街道の真ん中に突っ立っていたのであった。
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