第34話「全員の素性」
俺は、思わずジュリアの傍に駆け寄った。
何故、イザベラが居る?
約束が違うじゃないか!
俺はそう言おうとして喉まで出かかった言葉を押し留める。
何と!
ジュリアがにっこりと笑っていたからだ。
状況が変わったのだろうか?
だが、きっとこれには何か理由があるに違いない。
俺の心配を他所に、ジュリアは何事も無かったかのように笑う。
「ねぇ、トール! ギルドマスターの用って何だった?」
ジュリアは逆に、俺がギルドマスターに呼ばれた事の方が気になっていたようだ。
なら、とりあえずジュリアを安心させてやろう。
「ああ、単なるランク判定だったよ。俺は冒険者ギルドのBランクだってさ」
ジュリアは、俺がBランクになれた事を我が事のように喜ぶ。
「す、凄いじゃないか! あたしはEランクだし、イザベラはDランクだよ。Bランクだなんて普通じゃないよ」
この娘は、本当に良い子だ。
しかし俺は、自分がBランクになれた原因を知っているから一応平静。
それどころか、心の中で自嘲気味に呟く。
普通じゃないって?
そりゃそうだ……
俺はその……『ずる』しているから。
いや!
俺が自己嫌悪している場合じゃない。
そんな事よりイザベラだ!
魔族の彼女が、何故一緒に居る!?
俺の、食い入るような視線の意味を理解したのだろう。
ジュリアが、すかさずフォローする。
「イザベラ……改めて、あたし達に謝りたいんだって」
はぁ……
良いけど……
「この度はお前……いや貴方に本当に失礼な事を……申し訳なかった」
あれ?
イザベラの言葉遣いが一変している。
お前、実はそんなに礼儀正しかったのかい?
イザベラの豹変が、俺には却って不気味であった。
彼女はクールビューティタイプの美少女だが、あの黒く禍々しい魔力波を見てしまうと素直になれない。
だから、俺はつい聞いてしまう。
「いや……どうしたんだよ。ただ謝る為だけに待っていたのか?」
俺の問いに対して、イザベラは俯いて答えない。
彼女の様子を見た上で、ジュリアが代わりに用件を明かしてくれた。
「それがね、トール。イザベラはあたし達に『依頼』をしたいんだって」
依頼って、何だ?
仕事を頼みたいって事か?
何か、どこかの怖ろしい怪物退治とかだろうか?
いや、この子が怖ろしそうな魔族だから絶対にありえないか……
「何だい? 依頼って」
「それはイザベラ本人から話して貰うよ。ここじゃ何だからとりあえず絆亭に戻ろうか?」
おいおい、良いのか?
だってこいつは……
俺の戸惑いもどこへやら、ジュリアは先頭を切って歩き出したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕闇迫る、ジェトレの村を歩く俺達3人。
先頭を切って歩く俺はともかく、後ろで仲良く話す可憐な少女ふたりはやけに目立つ存在だ。
さらさらの栗色髪をショートカットにして、大きな鳶色の瞳が魅力的な健康的美少女ジュリア。
一方、肩まで伸びた美しい銀色の髪が目立つクール系の美少女イザベラ。
超絶美少女なふたりを引き連れて歩く俺には、村の全ての男達から容赦ない羨望の視線が突き刺さる。
でもさ、不思議だよ。
ふたりとも、どうしてこんなに仲良くなったんだ?
まあ良い。
宿で、イザベラの話を聞けばはっきりするだろう。
やがて絆亭が見えて来た。
俺はやっと、嫉妬の視線から解放されると思ってホッとしたのだ。
宿に入ると、食堂に居た男性客達もふたりの可憐さを見て、勘に耐えないといった面持ちでこちらを見る。
カウンターに居るドーラさんも興味深そうにこちらを見ていた。
俺達3人がカウンターに行くと、面白そうに笑っているのだ。
「あらあら新しいお客さんかい、でもこの宿は商人専用の宿だよ」
そうか……
確かに絆亭はそういう宿だと、ジュリアから教えられているぞ。
「見た所そこのお姉ちゃんはごつい革鎧にショートソードの冒険者仕様だ。そっちのトールも同じ様な恰好だけど、ジュリアという確りした身元引き受け人が居るからね。商人って保証されているんだよ」
成る程……
商人じゃない俺が宿泊出来るのはそういう事か。
ドーラさんに尋ねられ、ジュリアが言う。
「どうする? イザベラ。別の宿に泊まるかい?」
「いや……ふたりと一緒の部屋で私の身元引受人も頼みたい。どうだろう、ジュリア」
えええっ?
ふたりと一緒の部屋だってぇ!?
と、いう事は……
「うん! 私も商人になるぞ。良いだろう? トール」
いきなり俺に振るか? もう!
それに魔族の冒険者志願者が何故商人になるんだ?
……まあ考えても仕方無い。
そこで俺はひとつ条件を出した。
「イザベラ、俺と君が対等な関係であり、君の下僕じゃなければ良いよ。ジュリアはどうだ?」
俺の問いにジュリアも同調した。
「あたしもトールと一緒。イザベラの家来とかじゃなきゃ良いよ」
「分かった! もうそんな事は言わないよ」
何か変な事になってしまったが……こうしてイザベラは俺達の仲間になったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドーラさんの旦那がベッドをひとつ運び込み、3人部屋にしてくれた。
でもさ、これって何なんだ。
イザベラが居たら出来ないよ。
ジュリアと夜に××××出来ないじゃないか!
俺が「ムッ」としたのが伝わったのか、イザベラはしおらしい。
魔族ながら彼女は一応、空気は読める女の子のようだ。
まあ仕事を請ける便宜上、3人一緒も暫くの間だけだろう。
我慢、我慢。
俺はドアを閉めると、ふたりに向き直った。
「イザベラ、話の続きをしてくれないか」
俺は努めて冷静に彼女に問う。
「その前に私の事……分かっているんだろう? お前は私の魔力波を見た筈だ」
「へ!?」
イザベラの言葉を聞いたジュリアが、ポカンとしてしまう。
こうなったら、はっきり言った方が良いだろう。
「イザベラ、お前は魔族だ。それもかなり上位のな」
「ま、魔族ぅ!? う、嘘!」
やはりジュリアは、イザベラの正体を全く知らなかったようだ。
「そしてトール、あんたも不思議な魔力波をしている。一体何者?」
俺は普通の人間じゃない。
転生者で邪神様の使徒。
さすがにそれは言えないだろう。
あの性悪神様から、どんな神罰が下るかもしれない。
俺が黙ってしまったので、イザベラは苦笑した。
そんな俺とイザベラの顔を、交互に見ているジュリアも困り顔だ。
「あんたもだよ、ジュリア。竜神族の血を引いているじゃないか」
ななな、何ですと!
ジュリアが……竜神族!?
それって、衝撃過ぎる事実だ。
当のジュリアも知らなかったようである。
「あたしが!? りゅ、竜神族!?」
「そうだ、間違いない」
「で、でもさ、両親は普通の人間だったよ」
いまいちピンと来ないようで、可愛く首を傾げるジュリア。
そんなジュリアに、イザベラも不思議そうに首を傾げる。
「ふうむ……どうやら純粋の竜神族ではないようだ。人間族とのハーフかクォーターのようだね。しかし変だよ。ハーフでもクォーターでも竜神族の血を引く者は15歳になると覚醒して能力が発揮出来るようになるのだけれど……」
まさか?
ジュリア?
「トール、御免。あたしまだ14歳なんだ。でも後、ほんの10日だから!」
「てへっ」と笑うジュリアに俺は脱力してほうと息を吐いたのであった。
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