残された笑み
目の前の人が取り出したものをみて、僕はなんだか違和感があり、問いかけた。
「風邪?」
「ちょっとね」
彼女は目を伏せて笑みを浮かべる。いつも通りのはずなのに消えてしまいそうな笑みだった。
「体調よくないから、予防にね」
パッケージに入ったままの白い錠剤を数錠掌にのせた彼女は出会ったときからはりつめたような緊張感をわずかに持っていた。どうしたの?と聞くほどではない違和感。
店員に先ほど彼女が頼んだ水はまだこない。
すぐお持ちしますなんて信じたらダメだね。なんて、笑う相手に違和感は増す。
無視した方がいいのか、口に出した方がいいのかわからず、他愛ない会話にのる。
お店も忙しそうだし仕方ないね。そう応えれば、それもそうだよね。と同意。少し浮いているような答えにこちらもそわそわしてしまった。
お大事にね、と一言言えばいいのに、言っては言えないとどこかでブレーキがかかる。
何か、何かがひっかかる。
お待たせしました。そう言って水を持ってきた店員とのやり取りもいつも通りなのにほんのわずかな違和感がついて回る。
パッケージからぷつりと取り出した白い錠剤。掌にのせられたそれを飲もうと彼女が手を動かした。
その時、僕は思わずその手首を掴む。
「なぁに?」
「それ、本当に、薬?」
ほんの少し彼女の瞳が揺れた。細められた瞳。自分の手に力がこもる。
「薬、だよ?」
ふと、最近見たニュースが頭をよぎった。
「カフェイン剤、とかじゃないよね?」
ぴくり、と彼女の手が反応した。
「何、しようとしてるの?」
平日の昼なら眠気覚ましだろうそれは、休前日の夜には無用の長物のはずだ。じっと、彼女の目を見つめる。凍てついたように固まっていた瞳が諦めたように降りてきた瞼の下に隠れた。
「なんで、気付くかなぁ?」
誰も気づかなかったのに、あと少しだったのに。とこぼれた言葉とは裏腹にその姿は助けを求めているようで。彼女の手首を握る手に力が入る。
「なんで」
なんで死のうとなんて、言葉に詰まった僕に彼女はただため息をついて。笑って見せた。
「疲れたから」
笑っているのに、目はどこか虚ろで。薬なんか飲まなくてもこのまま消えてしまいそうだった。
「合わせて、演じて、苦しかったから」
人と会って気付かれたらやめる。そう決めて手を出したカフェイン剤。違法ではないが、長期的にそれなりの量を服用していれば早ければひと月で死に至る。そう淡々と告げる彼女に唇をかむ。
きっと僕も優しくて不器用な彼女を追い詰めた一人なのだろう。彼女のこの賭けは周囲の人間に対する試しだったのだと思う。苦しくて死にたくなるほどの悲しみを抱えたまま、彼女が無理をしていく価値が、周囲の人間にあるのかという。息を吸おうと無意識に開いた唇が震えた。
言葉が、出ない。
「賭け、負けちゃったのかぁ」
ふっと笑ってそう言うと、握っている彼女の手から力が抜ける。上に向けられていた掌が傾いで、その上に載っていた錠剤が机に散らばった。
それが呼び水となったのか、彼女の瞼がふっと閉じられ、体が傾く。僕は目を見開き、支えるために腰を浮かせて手を伸ばした。彼女の体は僕の手をすり抜け、落ちた。




