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「ぅえっ!!ゲホッゲホッ!」


心地よい暗闇が無理矢理に切り開かれる。

肺や胃の中に水が溜まっているのか、咳き込むたびに水が口の端から溢れる。

息を吸おうとして、嘔吐をするように、体内に溜まりすぎた水を吐き出した。それも相当の量を。

吐き出すべき物を全て吐き終えると私はぼやける視界の中目の前に立っている人を見ようとした時、頬を強く掴まれバケツの水を口の中に入れられる。

口を塞ごうにも頬を強く掴まれているので、口は閉じられず息を止めるにも限度がある。

水が気管に少し入ってしまいむせようとした瞬間、水は喉を通って胃にへと入っていく。

息が出来ないという事と、鼻にまでくるツンとした痛みと気管に入った痛みで視界がぼやけてしまう。

意識が遠のきそうになった瞬間、バケツは放り出さられ、水責めがなくなった。

息を吸いもうとする前に再び私はその場で水を吐き出した。

私の周りはすでに水だらけになっていたが、今の自分ではそんな事を考える事も、体温が下がっている事も気づく事が出来なかった。

私の体は、頭は、酸素を取り入れる事しか考えられなかった。


「おはよう。

子猫ちゃん」


「っはぁ……はぁっ……」


酸欠のせいか頭がまわらず目の前にいる男が誰なのか理解するのに時間がかかった。

ようやく理解できた時には、私の体はミシリと嫌な音を立てて飛ばされた。

口からは少量の水がこぼれる。

左目がズキズキと痛むが、体は目の前の男に対して酷く恐怖心を覚えているようだ。

体の震えが止まらない。

口を噛み締めながら、私は男を睨む。

男が手に持っているのは、バールのような物。

私でも扱えそうな大きさだが、おそらくそれなりに重いのだろう。

しかし、男はそれを軽々しく片手で持っている。

使い古しているのか、ところどころにサビらしき物が転々とついている。


「さてと、いい声で鳴いてくれよ?」


「……っ!」


私が男を諦めずに震える体で睨み続けていると、男はバールを振り上げた手を下ろし、目の前にしゃがみこむ。


「よほど、俺の事が嫌いなようだな。

まぁ、そっちのほうがコチラにとっては好都合だけどな」


子供をあやすような声で私に話しかける。

この状況下でも私の本能は、この場から逃げる事を考えているようだ。

現に私は男の持っているバールをなんとかして奪えないかと考えていた。

しかし、男はバールを私の目の前に荒々しく置くとポッケの中からタバコを取り出し、火をつけると口元に持っていった。


「は……?」


「そうおどろくなよ。

コレで殴り殺すほど俺はバカじゃない。

君にそれをあげるのさ」


何を言っているのだろう。この男は。

それは相手に殺傷力を与えたような物だ。

しかもコチラは、目の前の男を殺したがっていると言うのに。

男は煙を私に向けて吐いた。その煙が傷つけられた目と耳に酷くしみた。

そのせいで、涙がにじむ。


「戦意はない……と?」


正直勝てる気がしない。

相手は、私なんかよりも沢山殺している。

私は完璧に目の前の男に怖じ気付いてしまったようで、体が全く動かない。


「ふぅ……。

しょうがないか」


男は私の両手を片手で抑えると空いている方の手でタバコを私の顔の目の前に持ってくる。

煙と少しの熱に反射的に顔を後ろにそらす。


「なぁ、知ってるか?」


男は両手を抑えている手を離すと左下瞼を下に引くと間髪入れずにタバコを目の中に入れる。

ジュウという、嫌な音が耳に大きく響く。


「ーーーっあ!!」


おそらくタバコを付けられたのは本の数秒だったのだろうが、私には数分も、数時間にも感じられた。

左目からタバコが離れると私は後ろのめりに倒れ込んだ。

左目を抑えながら呻き声が出るのを必死に抑えていたが、口の隙間なら小さな声が漏れる。

男は火が消えたタバコを自分の後ろに放り投げると、しゃがんだまま左膝の上に左肘を置き、頬杖をついた。


「ま、安心しろって。

目が熱に耐えられないほど熱いわけじゃない。

せいぜい770~800前後の温度だからよ」


そう言うとニヤニヤと楽しげに笑う。

私の左目からは涙が流れる事は無く、時間が経つにつれ瞼がくっつくような感覚を覚えた。

本当にくっついたのか、自分で無意識に閉じているのかわからないが、左目から見える景色はついに無くなった。

男は立ち上がると、足元に置いてあるバールを蹴飛ばすとポッケから小さめのナイフを取り出した。

切られた時の恐怖と苦痛をすでに覚えているため、体の震えがより一層強まり、息がきれはじめる。


「どこを切って欲しいのっかなー。

……ん?」


御機嫌そうな口調から一変警戒をする獣のような目つきになり、自らの後ろに顔だけを振り向かせた。

しかし、後ろには冷たい鉄でできた扉と、硬い壁しかない。

それでも、男には何かわかるのだろうか。

私は落ち着かせるために、何回も深呼吸を繰り返す。


「……おい。

何のようだ?

悪いが途中参加は許可しねぇぞ」


キィィと鉄のドアが古臭い音を立てて開いた。

その暗闇の奥に居たのは、ニヤケ顔に黄色い毛色の彼が立っていた。

私が待ちぼうけていた、私が一番会いたかった彼が。


「途中参加に許可おりないのか。

それは、残念だ」


彼はいつもの表情のまま、肩をすくめた。

男はその動作に、いや、彼がココにいるという事自体嫌なのか不服そうな顔をしている。

しかし、彼はそんな事など気にしていないかのように、ニコリと胡散臭い笑みを浮かべた。


「それさぁ、コッチがさきに見つけたんだよ。

返してくれと言ったら返すか?」


「……答えは悩むこと無くNOだ」


「なら、実力行使だ。

悪いがそれは、返してもらわないと困る。

最後に残したイチゴを取られた身にもなって欲しいんだよな」


「なら、コッチは食べかけのケーキを取られる状況だ」


お互い笑みを絶やすことはないが、二人の間には恐ろしいほど冷たい空気が流れている。

この張り詰めた空気が切れた瞬間、二人の殺し合いが始まるのだろうか。

正直私は、彼が強いかどうかも知らないし、虐殺をしてきたのかも知らない。

ただ、死なないで、とその言葉だけが頭の中をグルグルと駆け巡った。

あまりにも張り詰めた重い空気が数分続いていた。そんなとき、隙間が開いていた鉄の扉が風のせいか小さな音を立てたその瞬間、二人の間に流れていた冷たく張り詰めた空気が切れた。


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