クラスメイト
夏休み明けの始業式。
蝉はまだギリギリのラインで死ぬのを免れているように、若干覇気をなくした声で鳴いていた。
少し動けば、身体中からじわじわと汗が滲み、それが着ているカッターシャツに染みを作り出し、そこからはむさ苦しいような汗の臭いが漂う。
長い一ヶ月半くらいの休みが終わってしまったのだという気怠さと、暑さとこれからまた始まる二学期の鬱陶しさを思うと、どうにも始業式を歓迎できない。
それは、周りのみんなも同じらしく口々に面倒臭いだの帰りたいだの夏休み一日目に戻りたいだの好き勝手に不平不満を口にする。
俺もそれに例外ないくらいに当てはまり、友達数人と早く土曜日が来てくれないか、そしたら何処に遊びに行こうかと早くも休日のことを考えていた。
こういう時の校長の話はほぼほぼ長いと決まっている。
こっちは先生達の話なんか楽しみでも何でもないのに、彼らはまるで自分の話にはたいそうな価値があるのだ、今聞いておかなければ勿体無いのだとでも言わんばかりに長々と話す。
そんな決まりきったことは高校生にもなれば、慣れてしまうが、その話がうざったいことに変わりはない。
俺もやっぱり普通の高校生と変わらない、隣や前後の生徒とちょっかいを出し合っては、クスクスと声を潜めてその話の間をやりきる。
それ以外の奴っていうのは大抵下を向いて他のこと考えるか、バレないように寝ているかで、話を聞いてる真面目な奴なんてのはゼロに等しい。
しかし、そんな恒例の学期初っ端の鬱陶しい始業式に。
今日だけは爆弾のような威力抜群の内容が話された。
その日だけはうざったい話は校長の話以外全て無くされ、最後に生活指導の先生の話で終わるという、簡単なプログラムになっていた。
生活指導の先生の話に至るまでは、10分で早々と終わった。
そんな時の俺たちは、不謹慎にも少しだけ浮き足立つ。
「いつもとは違う状況」
それは、高校生のかっこうの餌であり、平凡だと自覚しているこの学校生活に刺激を与えるものだ。
案の定、今日休んでる奴の話に話題は移り、もしかして事故にあったんじゃないかとか不登校になってしまったのかとか。
他人事の噂の域を出ない、身勝手な推測を立てては、何言ってんだよ、違うに決まってんだろ、と誰かが諌め、やはりみんなで同様にクスクスと声を潜めて笑った。
そんな俺たちの呑気な様子とは対照的に、生活指導の先生の顔は蒼白といっても過言ではないくらいに具合が悪そうだった。
生活指導の先生は30歳をやっと過ぎたかってくらいの比較的若い先生で、いつも年配の教師達にいいようにこき使われては忙しなさそうに動き回ってる人だった。
でも、やっぱりそんな先生ほど人気があり。
彼はその精悍とも言える整った顔立ちと、中学校から大学までずっと野球をし、さらに今は野球部の顧問を任されているほどの体育馬鹿で、その逞しい肉体がスーツの下からも分かるから女生徒からの人気は常に衰えず。
かといって、男子生徒から人気がないのかというとそうではなく。
下ネタも分かるし、俺たちの流行りも話も年寄り教師とは違い理解して、時にはそれに乗っかってくれる。
生徒からすれば、できた教師っていう印象。
その先生の顔はこんな暑い中でも、汗が渇ききってるんじゃないかってくらい白くなり、足元もいつもより小幅になり、何処と無く不安な印象を受けた。
先生はやっとの事でステージの真ん中に立ち、小さなスタンドに付けられているマイクに屈んで声を発した。
初めて聞くような、震えた声。
校長や副校長が座る席のあたりをチラチラとみる、不安げな眼差し。
その逞しい肩が上がりきってしまうほどの、緊張。
いつもの若いながらも堂々とした先生の姿からは想像もつかない頼りない姿。
その時、初めて俺たちはクスクス笑いをやめた。
明らかに何か、どうしようもない問題がこの学校に起きたのだと。
頭の中にサイレンにも似た甲高いほどの唸りが聞こえたような気がした。
「み………」
先生はそこまで言って、また校長の方を見つめる。
校長はその眼差しに気づき、小さく頷く。
その顔も、蒼白になり。
俺の頭にはさらに警告を表す、唸りが一層勢いを増す。
「み………宮間、薫さんが………」
そこまで言うと、先生は一気に行方不明になったと告げた。
宮間薫。
俺のクラスメイト。
肩まで伸びたショートカットよりも長めの髪型。
その日本人にしては色素の薄い黒髪が俺の瞼に映っては消えていく。
彼女は………。