椿の花は春を呼ぶ(中)
コメント、感想、ブックマーク、評価ありがとうございます!!
ちよっとダラダラと長くなってしまい、すみません!
そして、沢山の訂正がありました。
教えてくれた方、本当にありがとうございました!!
稲月家に慣れてきたある日のこと、姉は唸り声を上げていた。
「姉様?」
「うぎゃっ!?」
姉の体が驚きのあまり、前に倒れる。
「驚かせてすみません。…変な声出して、どうしたのですか?」
「聞いていたのね。」と恥ずかしそうに答える姉。
一体どうしたのだろう。
「……………どうしたら平和に長生きできるのかなぁって。」
「……平和に、長生き……?」
僕は首を傾げる。よく、意味がわからない。そして、姉の役に立てない事に気づき悲しくなる。
「あぁ、ごめんね?変なこと言っちゃって……。今のは忘れて、ね?」
僕に目線を合わせ、本当にすまそうに眉を下げて謝る姉。そんな顔をさせてしまった自分が情けなくなる。
僕は小さく「わかりました。」としか言えなかった。
その日、僕は父に呼ばれた。父の部屋に入れば暖かく迎えてくれる。
「陽、いきなり呼び出して悪いな。」
「いえ、大丈夫です。」
僕は父が座っている前に置いてある座布団に腰をおろした。そして、目の前の偉大な父を見つめた。
父は一呼吸し、口を開く。
「急だが、俺はお前に組を継がせたい。」
父の言葉に驚く。父のあとを継ぐのは血の繋がった姉だと思っていたからだ。そして、僕はまだ5歳だ。言われてもピンと来ない。
「いきなりですまんなぁ。まだよくわからないだろう。そうだなぁ……。お前はちぃを守りたいと思うか?」
その言葉に迷いなく頷く。それは確かだ。
そんな僕を見た父は満足そうに頷く。
「そうかぁ。じゃあ、言い方を変えよう。ちぃを守るために組を継いではくれないか?」
姉を守る事とどう関係あるのだろうか。
頷きそうになるが途中とどまる。よく、意味がわからないのだ。つい、首を傾げてしまう。
「俺はな、女であるあの子に普通の生活を送らせてやりたいと思っている。」
普通の生活……。
姉と過ごし、その意味を理解することができた。
姉の周りだけ他とは違うのだ。
姉の居ない屋敷は僕が過ごしてきた日常と酷似している。しかし、姉と過ごす場所はどこも穏やかなのだ。最初は姉の周りの異常さに驚くが、徐々に僕の感覚が非日常的であることに気付く。
「組を継げば普通とはほど遠くなる。どうか、椿を守ってやってくれ。」
まだ5歳である僕に頭を下げる父。
僕は昨日の姉の言葉を思い出す。
『……………どうしたら平和に長生きできるのかなぁって。』
これは姉の役に立つのでは…?
「陽、勘違いだけはしないでくれ。俺はお前を継がせるために息子にしたんじゃない。ただ、お前を見たとき家族になりたいと思ったんだ。」
その言葉は、きっと偽りのものではない。
血の繋がりのない僕にも姉同様、愛情をそそいでくれているのだ。そして、僕を見つめる目はいつだって父の目だ。
「父さん、ありがとう。まだ、良く分からないけど継ぎたいです。」
「さすがは俺の子だ。」
その大きな手で僕の頭を撫でる。この家は姉だけではなく父も温かい。
僕は姉と屋敷を守る、そう父に誓った。
*****
目の前には面白くない光景が広がる。
「見ろ椿っ!カエルだっ!!」
「よく見つけたわねぇ。あら、膝怪我してるわ。こっちにいらっしゃい、手当してあげる。」
「へっ!!これぐらい舐めとけば治るぜぇ!」
「あ、ちょっ!忍、待ちなさいっ!せめて、水で汚れを落としてっ!!」
姉は従兄弟の忍を追いかける。本当に面白くない。
忍は姉の親切心を断り、その上追いかけられている。
なんて羨まs……失礼なやつなのだろう。
結局忍は姉に捕まり手当を受けている。大事なことなのでもう一度言う。結局のところだ。そして、忍の顔は満更でもない様子だ。それが僕をさらにイラつかせる。
僕は初めて嫉妬、独占欲を覚えた。
忍を何とかせねば。
そう思うが忍は7歳も年上だ。その差にもどかしい気持になる。
「陽も一緒に遊びましょう?」
優しく笑う姉の誘いに、素直に嬉しくなる。頷こうとするが、忍が僕と姉の間を割ってきた。
「おいおい、椿。そんな女みたいな奴ほっとこうぜ!」
女みたいな奴。それは僕が一番気にしていることだ。僕は平均より小さく、忍の言う通り男らしくない。事実であるが悔しい気持ちで一杯になる。
「こら、忍!陽をいじめないで。陽は貴方より6歳も下なのよ。恥ずかしくないの?」
「お姉ちゃんに守ってもらうなんてカッコ悪りぃ!」
「忍、謝りなさい。」
「椿が怒ったぁ~!」
忍はゲラゲラと笑いながら何処かに駆けていく。
僕は忍に言われたことが恥ずかしくて、下を向く。
「陽、忍のことは気にしなくて良いのよ?忍ぐらいの年頃の男の子は誰でもいじめたくなるの。それが、たまたま陽だったのよ。陽は何も悪くないわ。」
そう優しく声をかける姉はそっと僕を抱きめる。
感じる姉の体温にホッとすると同時に泣きたくなる。
姉が僕を守っているという事実を嫌でも痛感してしまうからだ。
*****
次の日、姉は満面の笑みで僕を追いかける。
昨日、追いかけられている忍を羨ましく思ったが、これは何か違う。
「陽!逃げないで!ちょっとだけでいいからっ!!」
「い、嫌です!やめて、姉様っ。」
僕の抵抗はむなしく、姉は容易く僕を捕らえた。
それでも僕は抵抗することをやめない。
「こーら、暴れない。すぐ終わるからねぇ。」
「やっ……!姉様、やめてっ。服、脱がさないで…っ!」
その光景を舎弟達が微笑ましく見ている。
見てないで助けてと思うが、言う前に姉が素早く服を脱がす。
可愛らしく笑う姉に全裸にされ、もう泣きそうだ。いや、少し泣いてしまった。
「あらあら、泣かないで。可愛いお顔が台無しよ?」
泣かせているのは貴女だ。
姉は僕を慰めながら手際よく新しい着物を僕に着せていく。最後に僕の髪色とそっくりな長い髪を僕の頭につけ、姉は満足そうに微笑んだ。
「なんて愛らしいの……っ!」
姉はうっとりとした表情で僕を見る。そんな顔で見ないで欲しい。変な気分になる。
僕は無理やり赤い女の子着物を着させられた。苦しいし、暑いし、恥ずかしいしで最悪だ。
僕じゃなくて姉が着ればいいのにと、恨めしく思ってしまう。
「陽、天使のように可愛いわっ!」
笑みを浮かべ続けている姉に、なんともいえない気持になる。
「……姉様、もう脱ぎたい。」
「えぇ!もう??」
僕の言葉にションボリとする姉。僕はあせる。本当は脱ぎたいが、姉のためなら少しぐらいならここままでも良いと、伝えようとする。が。
「わかったわ。写真を撮ってからにしましょ?ここで待ってて。カメラ持ってくるわっ!」
「……っ!?ちょ……。」
姉はとんでもない言葉を残し、颯爽とカメラを取りに行ってしまった。
ど、どうしよう……!
写真を撮られれば、それは一生残ってしまう。そんなのは嫌だ。
僕は慌てて脱ごうとするが、脳裏に悲しそうな姉が過る。姉の悲しむ顔は見たくない。でも、写真が残るのは嫌だ。
5歳にして究極の選択を迫られている中、ふすまが荒々しく開く。
「おい、椿っ!!カエルだ……!昨日のよりも大きいぞっ!!!」
なぜお前がここにいる……!!
そこにいたのは忍だ。タイミングの悪さに自分を呪いたくなる。
僕は今、女の子の姿をしている。忍のことだ。きっと笑われるだろう。
僕は顔を真っ青にして、どう乗り切ろうかと考える。
「ゲコッ!」
忍はカエルを離した。……いや、落としたようだ。
「お前っ!俺の女になれっっ!」
「は?」
何言っているんだ、こいつは。
僕は急に心がけ冷えていくのを感じた。一方、忍は僕とは対照的に顔を真っ赤にさせている。
やめろ。そんな気持ち悪い顔で見るんじゃない。
どうやら忍は僕を女の子と思っているらしい。そしてあろうことか、僕に恋をしている。
思いっきり顔に嫌悪感を表すが、忍は全く気づかない。
「あら、忍?また来ていたのね?」
カメラを取りに戻って来た姉が現れた。姉の存在にホッとする。そして、忍を何とかしてほしくて姉の影に隠れる。
「陽、どうしたの?」
姉の言葉に忍はフリーズする。
「陽っっ!!??」
「わ、ど、どうしたの?そんなに大きな声出して…。あぁ、陽の可愛さにビックリしたのね?わかるわよ忍。この天使のような……」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!!」
忍は号泣しながら、この部屋を飛び出た。
屋敷では忍の泣き声がこだました……………。
「あらあら、どうしたのかしら……?…あぁ、陽が可愛すぎて恥ずかしくてなっちゃったのね。」
違うと思うよ、姉様……。
きっと忍は、好きになった相手が男であったことにショックを受けたのだ。仕返しができたようで何だかスッキリした気分だ。
楽しそうに僕をカメラで連写する姉。
一旦、忍のことはよそに置き、姉と過ごす時間を優先した。
*****
姉が僕のことを誰よりも大切に思ってくれているのはひしひしと感じられた。そんな姉は誰よりも優しい存在だ。だからこそ、僕の独占欲は日に日に強まっていく。相手が誰であれ、姉に好意をもつことが許せない。
僕は小学校、中学校と姉に近付く虫を蹴散らした。おかけで、姉は平和に暮らしている。
最初は姉を守ることを誇らしく思っていた。しかし、成長していくにつれ、何か見返りが欲しいと姉に対して思うようになる。そんな浅ましい自分を知られたくなくて、自ら姉と距離をとった。距離をとったことで僕が姉に対する気持ちは止まるわけでもなく、以前より高まっていく感情に悩まされる。僕の気持ちなんて知るはずもない姉は以前のように接してくれる。そんな姉に愛しさが込み上げるが、同時に疎ましく感じてしまう。
僕はもう、5歳の子供ではないのだ。優しい姉を騙すのは容易い。僕が行動を起こせば、簡単に姉は僕のものになる。しかし、姉を傷つける真似はしたくない。姉は何も知らずに平和に過ごして欲しいのだ。
悶々と過ごすこと、早16年。僕は21歳、姉は26歳となっていた。姉の年齢に焦りを感じる。いつ、嫁に行ってもおかしくない時期だ。
そして、僕の心配事は現実となる。
姉のお見合い話があがったのだ。
小話
「姉様、暗い顔してどうしたのですか?」
「あぁ、陽。なんでもないわ。」
「姉様が悲しいと僕も悲しいです。話してください。」
「陽…。実はね、私、クラスの男の子に嫌われてしまったみたいなの……。」
「大丈夫ですよ、姉様には僕がいます。だからそんな顔をしないでください。」
「優しい子ねぇ。ありがとう。おかげで元気が出たわ。」
近くにいた舎弟達が何やら言いたそうな顔をしていたが僕は気付かないフリをした。
今は姉に抱きしめられるので忙しいのだ。




