とある剣士の数奇な人生
夏休みもしかしたら連載にするかもしれないよこの作品も短編祭り!!!!!!!
第一弾、「とある剣士の数奇な人生」です。
もし気に入ったら評価してくれると嬉しいです。
この後も夏休み中にいくつか短編を出しますが、一番評価が高かった奴の続きを執筆しようというよく分かんない計画を立ててます。
まあ、そんな細かいことなど気にせずに楽しんでいただけたら幸いです。
ガヤガヤガヤガヤ騒がしいなあ。それが俺―――信田創志が突然変な場所に来て、しばらくしてからの印象だった。
辺りを見回せば、どこかの黒魔術で使いそうな石のレンガで囲まれた日の指さない真っ暗な部屋である。出口は正面に一つ存在し、なんか無駄に布面積が多くて豪華な服を着たおっさんおばさん達が自分と出口の間にまるで壁のように立ちはだかっている。よく状況は分からないが、あのむさくるしい格好をした男女の群れがすぐに部屋の外に出られるわけがないから、この陰気な部屋の中からはすぐに出れそうもないなあと思って床に腰をどっかりと落ち着けることにした。
近くにいるのは、なんか外人さん二人にカップルらしき東洋人二人。皆さん凄い美男美女である。ミスター普通を自認する創志にとっては顔面偏差値的に近くにいるのは厳しいものがあるのだが、よく分かんないこの状況で、どうやら変なところに一緒に来たらしい人たちである。どっちかっていうと、あちらで騒いでるよくわかんない人達よりもこちらの方が隔意を感じない。
取り敢えず創志は、恐らくは自分と同じく異世界に召喚されたであろう人々に対し、できる限り警戒心を取り除いたファーストコンタクトを狙ってみる。
「えーっと、俺の名前は信田創志っていうんだけど、皆さん名前を教えてくれないでしょうか?」
創志の緊張感の全くない間の抜けた質問に、いきなりの自体に二人で議論していた外人さんの少年少女二人と、少女を背中に庇うように立っていた少年と庇われていた少女の二人が一気に視線を集中させる。
「貴方は一体何? というかここ何処?」
外人さんの金髪碧眼の凄い美少女が創志に向かって棘のある質問を繰り出してきた。
多分棘は、急にこんなところにいたことによる警戒心なのだろうと推測を立て、意識してのんびりとした口調で言葉を返す。
「一応人間だと思うよ。ただ、この状況では自分のことくらいしか分かることは無いけどね。取り敢えず今分かっているのはここがどこなのかさっぱり分からないってことと、何となくここの五人の状況が一蓮托生ということだけじゃないかなあ」
「それは……そうかもね。でも、なんであなたはそんなに落ち着いているの?」
のんびりとした創志の様子に、他の三人の少年少女もこちらに興味を持ったように視線をぶつけてきた。
創志としては、世の中の大半の出来事を焦っても仕方のないことが多いという不変の真理に従っただけであって別に落ち着いているわけでは無いのだが、ここら辺の理屈はいつも他人に理解してもらえないので適当にお茶を濁すことにした。
「うん、まあどうでもよくない? それよりもさあ……」
そこで創志は言葉を区切って何やら話し込んでいる不審人物たちの方へ指をさす。
「何か彼らが俺たちをここに呼んだみたいだし、話を聞いてみない?」
「「「「賛成」」」」
「突然御呼びたてしてしまい申し訳ない。私はこの人族が中心となって統治している国であるシロヴァスという場所の国王をやっているシロヴァス・サーバントという者だ」
ガヤガヤ騒いでいた怪しい集団の一人に話しかけて、取り敢えず事情説明に案内してもらった先にいたのは、この国の国王様でした。勿論、一般的日本国民である創志にとっては王侯貴族に会うのなんて初対面であり、どういうリアクションが正しいのか分からない。
別に帰順したわけでもないので、普通に名乗りを受けても立ちぼうけをしていたのだが、残る四人はそれぞれに挨拶と自己紹介をしていた。
適当に紹介も終わり、次は王様の話かなあ~なんて思ってぼーっとしていると、わき腹にツンツンとした接触を感じる。
なんだろうと思ってみると、先ほどから少女を庇っていた黒目黒髪のイケメン少年がこちらに何かを伝えていた。
「おい。創志だったか? 自己紹介はお前の番だぞ」
「あれ? 俺もするの?」
「当たり前だろう」
「やれやれ……あーっと、信田創志です。よろしく」
何ともやる気のない自己紹介に、その場にいたあちら側の人間たちも何やらイラついたような気配が漂う。きっとカルシウム不足だ。
「そういうわけでこちらの紹介も終わりました。出来ればここがどこで、一体どうして自分たちがここにいるのかの説明をお願いしたいのですが」
空気を読んだのか、的確なタイミングで話を始めた金髪少女。確か名前がリコルだったような気がする。
「そうなのですが……実はあなた方をここに召喚したのにはとある理由がありまして……」
「はっきり言ってください」
話しにくそうにしている国王の様子に、さっさとしろよと創志が告げると、周りから凄い視線が集中した。でも多分全員が思っていることを代弁したついでに、王様の緊張をほぐそうとした創志の計算だというのに。
創志の作戦が成功したのかは定かではないが、国王様は長々と話すこともなく、王の間にさしてあった一本の剣を指さして端的に理由とやらを話してくれた。
「勇者様。どうかこの聖剣を使い、この世界の理と調律を乱す魔王を討伐してもらえないでしょうか?」
「「「「「あ、テンプレだ」」」」」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
……後に語られる魔王討伐の中核となった五人のパーティー、勇者リコル、剣士ソージ、僧侶ミツキ、魔法使いケリー、騎士ミツグの異世界に召喚されての初めての、公に向けた発言であった。
なんでもこの世界には世界の歪みを利用して、生きとし生けるものを全て喰らいつくすという魔物たちと、その王である魔王という存在がいる。
そして魔物はともかく、もともとはこの世界の外側に存在していた魔王という超上存在が、なんでもこの世界に興味を持ち、世界征服を行おうとしてきているのが問題らしい。
それを解決しようにも、魔王というのはこの世界の外側にいる超存在がこの世界に映した影のようなもので単純な生き物では無い為に普通の方法では殺せない。
そこでこの世界の生き物は女神に祈り、魔王をこの世界から排除して永遠に干渉してこれないようにする聖剣という武器をゲットした。
しかしこの聖剣というのが問題で、この国の人間や獣人たち、果ては竜人やエルフにも協力して引き抜いてもらおうとしたのだが、誰一人扱うことはできず地面に突き立ったまま引き抜くことも出来ないらしい。
そこで王様は考えた。この世界に引き抜けるものがいないのだったら、誰か別の世界の住人に引き抜いてもらおうと。
そんなわけで召喚されたのが創志たち五人である。他の四人の内、それぞれ二人ずつはお互いにお互いのことを知っている雰囲気で、どうにも居心地の悪い中に召喚された創志にとってはいい迷惑である。
つまり創志だけが完全にアウェーな状況。野球の試合だって遠くでファンが応援してくれるというのに、創志には彼を応援してくれる味方はいないのだ。
「話の論点がずれてるよ」
「ん? そうか? というか俺の考えていることがよく分かったな」
「さっきから口から出てる」
名前が確か三月という日本人らしき少女に指摘され、思わず口を手で塞ぐ創志。それを見て呆れたような視線を向ける他四人。
「それで、五人の方にそれぞれこの聖剣を引き抜けるかどうか試してもらえないでしょうかな?」
国王のそんな頼みに、まあここで反対しても仕方ないよなあと納得し、一人一人剣を引き抜けるか試すこととなった。
「じゃあ、トップバッターは先ほどから交渉してくれているリコルさんで」
「ええ? こういうのは男が先に行くもんじゃないの?」
「まあまあ」
そんな感じで創志はリコルさんの背中を押した。ちなみに一緒にいたイケメン外人のケリーさんは、それを見ても何も言わない。というか何かをぶつぶつ呟いて考え事に没頭している。
リコルさんは誰が見ても渋々といった様子で床に突き立っている剣のところまで歩いて行き、その両手を柄に添える。そして力を込めると……あっさりと引き抜けた。
「え?」
「「「「あ」」」」
「「「「「「お、おおおおおおおおおお――――――――!!!!!!」」」」」」
その後しばらく、王様たちは興奮して話ができなかった。
少年が前方が開けた空間で、右手に持った剣を横薙ぎに振るう。
その後すぐに十メートルほど先に立っていた丸太に妙な筋が入り、徐々にずれた後、上の方がずれてから地面に落ちた。
「おお~すげ~。これがファンタジーの世界か~」
「まさか訓練初日でいきなり”剣撃”を放ってしまうとは……流石、勇者様と召喚されただけはありますね」
ここは王宮の兵士たちの訓練場の一角であり、なんでも剣やら槍やらの接近戦をするために作られた場所だそうだ。
特徴としては、あちらこちらに藁とか土でできた案山子やらゴーレムやらが散在しているということだろう。こんな頑丈そうな物がいくらあってもただの無駄だと思うのだが、ここにいる兵士たちは思い思いに剣撃という技を飛ばし、槍による突きを飛ばしていた。
なんでもこの世界の人間は体内に魔力がある奴とない奴で戦闘の方向性が変わり、魔力がある奴は自分の魔力を自在に編み上げて火やら水やらを出せる魔導士に、魔力の無い奴は空間に存在している魔力を精神の糸という第六の感覚で掴んだ後、引っ張ったり、ブン投げたりして、剣技や槍技の威力を更に上昇させるらしい。
魔力という媒体が人の精神の働きに引きずられて動く可能性の偏在の大きさとかなんとかいうことらしく、体内に魔力がある人物は、それが自分に隷属している状態であるために、決まったルールに従って魔力を動かせば、いくつもの超常現象を発動させることができるらしい。ちなみに、魔力がない人物でも魔力を持つ人たちと同じく空間の魔力に干渉するという能力は存在するので、そう言った性質を変えるということ以外であれば、攻撃の威力を上げるとか、跳躍力を上昇させるとか、ある程度超人みたいな動きができるらしい。
ちなみに、ここでらしいという言葉が連呼されている理由は、これが指導教官からの話だけで実際にはそこまですごいものをまだ見ていないから半信半疑なことが理由である。
召喚された五人の中で唯一体内に魔力を持たなかったことが発覚した創志は何日かふて寝した後、ここで魔力のない一般の兵士たちと同じ訓練を受けることになったのだ。
「しっかしまあ、この魔力っていう不思議物質はよく分からんなあ」
「私としては、魔力の無い世界というものが想像がつきませんが」
創志は、兵士さんの中でも剣撃を飛ばすのが異常に上手い女性剣士のミハイルさん(独身二十七歳)にご協力いただき、早速自分で剣撃を飛ばせるかどうかを試してみた。
何となく魔力ってこれだよなあと思うものを、剣を振るうときに発生する斬撃を意識して、斬撃を纏わせるように振りぬいた結果、一度で剣撃ができちゃったのである。それを見た兵士たちは、何やら嫉妬やら羨望やらを向けてきたが創志はあまり気にしなかった。
というか、ミハイルさんが美人なせいでさっきから笑えるくらいの殺気と視線と殺意を喰らっているのでもうどうでもよかったというのが本音だが。
そんな他人の視線を気にしたりするよりも創志にとって重要なことがある。
「ところでミハイルさん。今日のご飯は何ですか? 出来ればあのロック鳥の卵を利用したホットケーキをまた食べたいんですが」
「それってあれですよね。料理人の方が最近手に入ったっていう新鮮な卵で作った最新のお菓子。なんでも僧侶であるミツキ様が作ってくださったという噂を聞きました」
「え? そうだったんですか? まさか異世界から来た彼女がそんな事をしているとは……そういえば自分以外の他の人たちは一体何を?」
自分がここ数日、与えられた部屋の中でぐうぐうと昼寝と惰眠をむさぼり、たまに王城の屋根やら柱やらをロッククライミングして、使用人の逢引きやら兵士たちの十八禁な秘密の夜のお供の隠し場所やらを覗き見ている間に、他の四人は随分と精力的に動いていたらしい。ミハイルさんはその綺麗な赤い髪を整えながら、丁寧に説明してくれた。
「まずお話にありましたミツキ様は「甘いお菓子が少ないなんてそんな事許せない!」と告げた後に、幼馴染であったミツグ様に頼んで食材を用意してもらい、いくつもの新料理を開発しています。ミツグ様は、騎士としての才能があったらしく盾を使った防御術と魔法を使った制圧術を中心に、着々と戦う術を覚えていっているそうです。今ではなんと騎士の中でも五本の指に入るとか。勇者様と同郷であったケリー様は、図書館に入り浸っては魔法の技術をスポンジが水を吸収するように学んでいて、今は魔法学の博士号を取った魔法使いとさえ話すことができるらしいです。そして勇者となったリコル様は聖剣の扱い方を学んでいます」
「おおう……。皆さん相当キャラクターが濃ゆいですねえ……」
「貴方も大概だと思うんですが……」
ふて寝している間に、幾人もの使用人やメイドたちの弱みと失敗を握り、その大半を解決して多量の恩を売るなどという妙な事をしていた創志のことは結構有名である。本人は「偶々通りがかっただけの一般人です」ということを主張しているのだが、神出鬼没に困ったところに登場する創志を見て、誰一人それを信じている者はいない。
実は創志がよく困った人に遭遇するのは、誰かが失敗やらをした時に放つ負の感情がノイズとなって空間の魔力を揺らすのだが、それを感知して創志がそちらの方向に向かうのが真相である。本人は意識していないが、要は泣いている子供がいたら構わないといけないと感じるのと同じような義務感に突き動かされているのが原因で、これは一般的に見れば普通だろうといえなくもない。
……かなりのお人よしであることも否定はできないが。
「そうなるとやはり、自分も努力しなくてはいけませんね……これは! というわけでしばらく自主訓練しておくので、訓練後に食べるおやつについて準備してもらいましょう。幸い、料理番のセイスは何度か助けたことがありますし、お礼をいつかくれるって言ってましたし」
「はあ……頑張ってください」
他の異世界人たちの話を聞いてテンションを上げた創志は、妙な口調になって訓練を再開した。
ミハイルはそれをみて「まあ訓練してくれるのだったら放っておいても大丈夫だろう」と料理人に話を付けに行くことにした。
その後、創志が日本で見たアニメの剣技を再現して、切れない剣やら追尾する斬撃を放って、兵士たちと模擬戦を繰り返しているところに帰ってきたミハイルは、今後は創志という人間から眼を離してはいけないことを深く学んだ。
「精霊の森? 何それ美味しいの?」
「それをマジでいう奴を見たのはこれが初めてだ……別に食料じゃないぞ。なんでもリコルが魔王と戦いに行く前に、ここに行って大精霊の一柱に加護をもらいに行くという話だ。お前もそれに同伴しないかという話だよ」
大体一か月が過ぎた頃。最近の日課である騎士となった貢との手合せが終わった後に、創志の下にそんな話を持ってこられた。
創志が貢と手合せをしていたのは、創志と戦ってくれる人間がいなくなったのが原因だ。なにせ、傍から見れば一体何をしているのかさっぱり分からないような攻撃を放って敵を戦闘不能に陥れていく創志の戦い方が異様に怖かったらしく、今では騎士として立派に戦える貢以外に戦ってくれる人がいない。
そんな感じで仲良くなっていった貢が話してくれたのは、ここ最近の勇者さんの情報だった。
なんでも最近のリコルは聖剣の性能を半分ほど引き出せるようになったので、そろそろ次の段階へと進むべく、精霊たちの加護を得る冒険に出るらしい。
そしてその旅の同伴者に、創志の名前も入っているということだ。
まあどうせ、今の衣食住はこの城のお偉いさんに保障されている状態なので、旅に出ろといわれたら旅に出ることもやぶさかではないのだが、今の今までそっとしておかれた自分がここに来てそんな重要そうな任務を当てられるとは思っていなかった。
なので、説明してくれるという一緒に召喚された金髪イケメンのケリーのところへ向かうことにした。
「あれ? そんなんで魔王の方から攻撃は来ないの?」
「お前は本当に興味の無いこと以外はどうでもいいんだな……魔王は三年の間、この世界の神様たちが封印してるっていってたじゃないか」
「そうだっけ」
そんな会話を交わしながら、創志は貢の先導を受けて他の異世界人たちのいる部屋へと向かう。
何か豪華な部屋に到着し扉を開けると、中には久しぶりに見た三人の若者がいた。
「お久しぶりだね。創志君」
「そういうあんたは確か、ケリーさん? だったよな。お久」
銀色の髪をした西洋風のイケメンに対し、気楽に片手をあげて返事をする創志。この世界に来た時に、魔法を使えるように魂とやらが変質した影響で、言葉もこちらの世界に準拠しているらしく、生粋の日本人で英語もほとんど駄目だった創志であっても英語圏のケリーと会話することができた。
「あははは。さん付けはいらないよ。君もここに来たっていうことは、精霊の加護を得に一緒に行くってことかい?」
「いや、それはどうかなあ。精霊の加護を得に行くっていってもそうそうそう言った物を得られるとは思わないし、普通にこの城で訓練している方が良いような気が」
「甘ったれてんじゃないわよ! あんた私を勇者にしたんだから責任とりなさいよ!」
する。というところまで言い切る前に、横合いからソファに座っていた女勇者であるリコルさんにいきなり叫ばれた。突然会話に乱入してきたリコルの方を向くと、何やらふーっふーっと猫のように息を切らしている。
「あれ? どうしたんだ? そんなに怒らせるようなことをした覚えなんてないんだけど」
「覚えがない! ふざけないでよ! あんたが私の背中を押して強引に聖剣の勇者にした怨みを私は一日として忘れたことは無かったわ! 人のことを勝手に勇者にした怨みを話そうと思ってもあんたいつも部屋とかにいないし! 城の中では何かメイドの人とか兵士の人とかを引っ掛けたとかいう話ばっかり聞くし! 私が聖剣の扱いに苦労している間、好き勝手にやってることは調べがついているのよ!!」
「え~~~」
勇者云々は創志が背中を押さなくても決まっていたような気がするし、部屋にいなかったのは普通にくんれんしていたからだし、女の人を引っ掛けた云々は完全な言いがかりである。ここまで言われれば普通の人間は不愉快に思うこと間違いなしなのだが、まるで鬱憤を晴らすかのように話している姿をみると「ストレスたまってたんだなあ」と同情せざるを得ない。
この勢いをどうにかできそうなケリーに助けの視線を送ると肩をすくまされて終わりであり、貢と三月の幼馴染二人の方は爆発しろと言いたいレベルで二人の世界を作っている。仕方なく、創志はしばらくの間リコルのストレス解消に付き合った。
「それで? 精霊の加護ってどういうこと?」
「あれ、創志はそれも知らなかったのかい?」
たっぷりと愚痴を聞いてあげた後、リコルは顔を真っ赤にしてソファの影に隠れ、いまだにいちゃつく騎士と僧侶を無視して、創志は唯一話が出来そうなケリーに話しかけることにした。
「いや、精霊の加護を得るために旅に出るところまでは聞いたんだけど、そこの詳しい情報とか理由とかはまったく知らなかったから聞いとこうと思って」
「貢は……ああ。うんゴメン。彼が詳しく話してくれるわけがなかったね」
ケリーはお互いにデザートを食べさせ合っている二人を見て、何かに納得したようにうなずき、創志に向き合った。
「じゃあ今回の話について説明するよ。今回の話というのは、魔王への対抗策だね。魔王という存在は高次の存在が世界に投影された存在ということで、どうやらこの世界では最強の力を誇るらしくてね。やっぱり聖剣を使えるといってもリコルも普通の人間だし、精霊とかドラゴンとかの加護を請けといたほうがいいということになったんだ」
「それは分かったが、そこでなんで俺も呼ばれたんだ? 俺よりも強い人間なんてそこいらにはざらにいるだろうから護衛には向かないだろうし、礼儀なんて学んでないぞ?」
「強い人間がいないって……君は十分強いと思うよ。この国の騎士の中でも君の相手をできる人間は限られてくるし、何よりも今回の旅のメンバーとして君が選ばれた理由は実力とか箔付けとかの細かい権力事情を考えた結果じゃないよ」
「え? じゃあ一体何を考えているんだ?」
そこでケリーは自分の座っているソファの後ろに隠れているリコルを指さして、
「この子が勇者となった後、関わってくる人間はこの子を崇拝する人間か利用する人間かのどちらかしかいなかった。当然ストレスも溜まる」
「うん」
「そうなると気楽に話せる人間が身近にいるという状況が望ましいわけだ。勿論同郷である僕もいるし、同じ世界から来た貢も三月もいる。でも、知らない人間や信じられない人間が大量にいる状況では、できる限り親しい人間が多い方が望ましい」
「おう」
「そうなったら君の出番だ。城の中で女官やメイド、使用人たちの間で立場を気にせずフランクに話しかけ、それでも許されるという君の性質は誰でも知ってる」
「何か不名誉じゃないか?」
「ならば至尊の頂に立っているという扱いの勇者でさえも適当に扱っても仕方ないなという認識をされてもおかしくは無いはずだ!」
「どこかおかしいぞその理論! 普通そういう輩がいたら排除するために暴走する教信者とか出てくるタイプだろ!!」
「最悪君は腕も立つようだし、いろんな人の弱みとかも握っているということだったから狙われても問題ない。しかも武力に関しては僕もいるし、貢もいる」
「僕が守るのは、三月が最優先だけどね」
最後に貢が会話に交じって発言し、再び三月と一緒にイチャイチャし始める。もげてしまえ。
「……ゴホン。とにかく、君にはリコルが周りからの有形無形の圧力に潰れてしまわない様に出来る限り支えてほしいというのが今回の選抜の理由だ。これじゃあ協力してはもらえないだろうか?」
「いや別に協力しないとかいうことは無いんだが……」
創志はここで考えてみる。この提案に関してのメリットデメリット、そして自分がどうしたいのかということを、だ。
メリットは勇者との旅という人生でも何度もない経験ができるということ。デメリットは面倒くさい連中と付き合いができるということと命の危険のある生活になるということ。そして自分としては何となく目の前で困っている少女がいれば助けたい気がするといったところだろう。
う~んと一拍悩んで……あまり気にしないことにした。もともと今の人生は異世界に召喚を喰らうという妙な人生に変貌しているし、ここで妙に自分の命に固執した生き方を選んでも先々にうまい生き方をできる自信もない。そもそも自分がそこまで小器用な生き方をすれば、後々に妙な感じでずっこけるような気がする。
要は、慣れてない生き方をするもんじゃないという事であった。
とは言え、それでほとんど話したこともない少女と一緒に旅をするというのも問題だろう。
「よし、ちょいとそこのリコルさん。ちょっとこっちに来てください」
「え? あ、うん」
創志はその問題を解決するべく、リコルさんを自分の座っている近くに呼ぶ。
そしてひょこひょこと近づいてきたリコルさんを目の前に座らせてから、その綺麗な金色の頭を上からゆっくりと撫でてみた。
「へ?」
「おお」
フワフワとしている。というのが撫でてからの第一印象だった。結ばれることも無く、自然に流されたままの輝くような金髪は、一本一本の細くフワフワした見た目に違わずフワフワしている。創志としては、ほとんど話したこともない少女に命を懸けるのに問題があるのだったら、取り敢えず頭を撫でるという既成事実を立てて置いて、ある程度親しいということにしてしまえば問題は無いだろうと考えての行動だったが、そんな不純な動機を差し引いても十分にこの手触りはおつりがくる。
「こ、こ―――――」
「よし。俺もその旅に同行する」
「この変態――――――!!!」
「うげ!?」
無論、いきなり男に頭を撫でられるという暴挙に出られた少女は、堪ったものではない。
顔を赤くしたリコルの正義の鉄拳が創志の腹に直撃し、彼は文字通り部屋の後方に吹っ飛んだ。
「い、いきなり何をする――――――」
「だ、黙れこの女の敵!」
顔を真っ赤にして拳を振り上げる少女に、本当に分かっていないのか困惑の表情を浮かべている創志。
この場にいるメンバーの中で唯一冷静に一連の流れを見ていたケリーは、思わぬ創志の一面に、今後の旅の先行きを考えて、深くため息を吐いた。
「これが精霊の森かあ」
三月は眼の前に広がる静謐な雰囲気の大きな森にほおッとため息をつく。
それを聞いて、後ろの方から笑顔を浮かべた貢が近づきながら声を掛けた。
「綺麗だね。この後そんな森の中に入るんだけど、大丈夫? 不安じゃない?」
「もう、大丈夫だよ。いっつも私を子供扱いして。一応私の方が誕生日が早いんだからね」
「いやいや。僕は三月がおねしょしたことも覚えているんだからね。不安にもなるさ」
「ちょっと! それを言わないでよ! 大体いつのことだと思ってるの!?」
「確かあれは中……」
「わぁあああああああああああああああああ」
そんな風にイチャコラし始める二人の様子を見て、創志は甘すぎるケーキを食べた時のようにうえ~という顔をした。
「なあ、ケリーさんやい。もしかしてあんたが俺を呼んだのこの空気に耐えられなかったからか?」
「黙秘するという解答を最初は用意していたけれど、今となっては君がそれを言うんじゃないという言葉をプレゼントするよ」
「はあ? いったい何を言ってるんだ。俺はあんな風に公害になる空気をばら撒いてないぞ?」
そう言って疑問を浮かべる創志の横で、顔を耳まで真っ赤にして小動物のようにプルプルと震えているリコルの姿がある。
健気かつ初心な彼女は、道中の創志との会話に入るナチュラルなスキンシップの餌食になり、今は顔を俯かせて必死に羞恥に耐えている。
彼女の腰のところでは、彼女が勇者になった原因である意思ある女神の聖剣が、手前よくも俺の目の前で俺の持ち主に歯が浮くような言葉を繰り返してくれやがったなあとでもいうようにカタカタと揺れているが、勿論創志は気にしない。
相手に警戒心を与えずに、自然にパーソナルスペースへと侵入し、かつ不快感を与える前に手を引いて、相手の興味のある話題へと話をつなげるという巧妙な話術を前にして、リコルははっきり言って陥落寸前である。
実はこれは、猫やら犬やらの動物に警戒心を与えないという方法を研究した創志の無意識下の行動だったのだが……それを知らない人間には、創志が異常に女慣れしているようにしか見えない。
「取り敢えず今晩は寝て、この後に森の中に侵入するけど……今日みたいに緊張感の無い行動は流石に自重してくれよ?」
「ん。分かってるって」
気安く頷いて見せる創志の様子に、一抹の不安がよぎるケリーであった。
夜、精霊の森の藪の前にて。
精霊が住み着いたことで世界の歪みというのも発生するということも無くなり、そこにいるのは魔物では無く普通の野生動物しかいないという状況で、盗賊とかも住み着かないし、そこまで警戒の必要も無いだろうと創志たち一行は一人が火の番をして、それ以外が眠るという結構緩い警戒を行っていた。
のんびりした夜の優しい空気の中、創志は一人火の番をしていた。
パチパチと焚火の音がする中で、創志は欠伸を一つして眠気をかみ殺す。
「平和だねぇ」
雲一つない夜空を見上げて、創志は一人しみじみとした独り言を呟く。
こんな風に鳥も飛竜も飛んでいない夜空の中には、地上の色々なしがらみが露と消えてしまうようなそんな不思議な爽快感が存在する。
ぽけーっと口を開けたまま空を見上げていると不意に眠気が体を襲う。
それを眠気なんぞにやられる儂ではないわ! というような眠い時の妙なテンションで誤魔化して、頭をブルブルと振るって眠気を払う。
そうして再び焚火を見つめて不寝番に戻っていく。そうしていると思考は自然と明日の森の中への探検について収束していく。
やっぱりどこかのファンタジーな物語のように、精霊の森では悪戯好きの妖精たちの試練やら試験を受けることになるのだろうか。そうなったら、自分は足手まといにならないで役割を果たせるだろうか。恐怖に負けないでいられるか、それとも失態をしないでいられるか。
「あーやめやめ。暗い考えは止めだ」
あえて声を出して、考えを遠くへやった。こんな悩みは意味がないものだし、そういうことは成るようにしかならないということは十八年という短い人生で悟っていた。
ふう、と息をついていると後ろの方からごそごそという音がした。
そちらを見ると、女子の寝ていたテントの中からリコルが顔だけを出してこちらの様子を覗いていた。
「あれ? 寝てたんじゃないのか?」
「そうなんだけど……なんだか寝付けなくてね」
リコルはそう言ってからテントの中から出てきて、焚火の近くに腰かけている創志の隣に並ぶように座った。距離はわずかに開いている。
「こんな平和な毎日が続けばいいんだけどなあ」
リコルはどこへともなく、先ほどの創志のように呟いて空を見上げる。それを見た創志はいくら鈍感といえども悟らずにはいられない。
「おい、もしかして今の今まで寝てないのか?」
「あははは。当たり」
悪戯気に子供っぽくリコルは笑ったが、創志としてはそんな様子に不安が増す一方である。明日には命の危険がある森の中に冒険に行くのだ。緊張はしていても、少なくともひと眠りして疲れを取ってもらわなければ危険は増すばかりである。
そういうわけで、創志としてもリコルの不安を解消して素直に寝てくれるような説得をしないわけにはいかなかった。
できる限り優しく話しかけることを意識して、創志は空を見上げる儚げなリコルに声を掛ける。
「リコルさんよう。お前さんが今日眠れていないのはもしかしなくとも明日の冒険が原因、だよなあ」
「いや、……うんまあそうだけど。もしかしなくともも何もそうなんだけどさ。それだけじゃないというかなんというか……」
歯切れの悪い返事は悩みの証拠である。どんなに人の機微に疎い人物でもそれくらいは察することができる躊躇いを声の中に含まれてしまえば、それを聞かずに済ませるような遠慮や処世術を、創志は持ちあわせていなかった。
「じゃあ何か? この後も勇者として旅を続けることが心配か? 周りから寄せられる期待に応えられるかが不安なのか? 魔王と戦うことに恐怖を感じて動けないのか? 戦うことへの忌避感か? 元の世界に戻りたいという愛着と哀愁か? 自分が間違っていないかという確認がしたいのか?」
「うわあ……そこまで踏み込む? 普通」
「明日にはお互いに背中を預ける仲間同士だろう。出来れば自分の生存率を上げるついでに仲間の不安を解消するのも吝かではない」
「むぅ……そこは素直に心配したといいなさいよ」
「そんなことを言ったら言ったで心配かけない様に素直に心情を吐かない癖によく言うな」
創志の返しに返す言葉も見つからず完全に沈黙したリコル。その姿には日頃勇者とか言われて常に何処か張りつめている姿は見られなかった。
どちらかというと何かにひどく呆れているような……?
「私はあんたという人間がよく分かんないわ……人のことを気にしないか行動を取る奴かと思えば結構な頻度で人を気遣う発言もするし、動き回るのが好きなのかと思えば寝る方が好きなのかよく分からない。天然と見せかけた策士なのか、それともただのバカなのか……」
「酷いこと言うな。そんなもんは誰にも分からないだろう。物質的に見ても人間が一度に見れる範囲は決まってるんだから、精神的にもまた然りだ。サイコロを地面に置いたときにどんなに頑張っても見える面は三面までだが、本当は六面が必ず存在するということと同じように、俺の内面に関してもそのどれもが本当であるということくらいしか話せないぞ」
「難しい表現ね」
「考えればドツボにハマるぞ。考えるな、自分がどうしたいのか感じろ。理不尽な選択肢しかなくてもそこから自分の意思で選べ。それが自由だ。大体が俺の行動の根本にあるのはこんな考え方だな」
「今度はちょっとわかりやすい」
そう言ってリコルがクスクスと指を口に当てて笑い出す。それは年齢相応な無邪気さに溢れ、色ごとに興味の無い創志でさえも一瞬魅了されるほどであった。
意味もなく天邪鬼な一面を発揮して、取り敢えず頭をポリポリと掻いて照れくささを誤魔化す創志。
「まあ、俺から言えるのはそんなところだ。まあ一つだけ安心しろといえるのは、明日は何があってもお前ら四人を死なせるようなへまはしねえよってことくらいかな。というわけで明日も早いんだから起きるのもそこそこにさっさと寝ろよ」
「ハイハイ。分かった分かった」
そしてしばらくの間。焚火の近くには二つの影が寄り添って並んでいた。
辺り一帯を木々が根っこから浮かぶほどの暴風が吹き荒れているのは、精霊の森に住む最高位の精霊、風のシルフィードの試練が、嵐の中を自在に動き、中心に立つ彼女に触れることだからである。
大木を根っこから引っこ抜き、土塊を持ち上げる風の刃が地面を切り砕き、舞う木の葉が風の向こうを覆い隠す。
風の中心に浮かぶほっそりとした見た目の半透明な少女こそが風の大精霊その人なのだが、常には悠久の年月から来るその荘厳とした雰囲気は、今はちょっと困ったような表情を浮かべている。
「しっかしこの森は魔物がいないお蔭で結構そこらへんに薬草とか野草があふれているよなあ。ホント来といてよかった」
「まあ、この森は精霊かその眷属である妖精くらいしかいないしね」
「そのせいで、果物とか実とかは無いんだよねえ……ショック」
「三月……お前はもうちょっと緊張感を持ってくれ。さっきから風を防いでいるのは俺なんだから」
思い思いに言いたいことを各々が言い合っている姿を見る限りでは、とてもじゃないがこれが試練を受けている挑戦者といった形容詞は当てはまらない。魔法使いのケリーは杖を一振りして自分の周りに半球状のガラスのように硬質で透明な結界を張って身を守り、三月は貢の後ろに立って貢の盾の業で暴風から身を守ってもらっている。創志に至っては、剣気という周囲に彼が意識して”斬る”というオーラを展開する技によって、さっきから飛びまくってくる風の葉やらなんやらを体表数センチのところですべて叩き落として平然と直立している。例外は、先ほどから真面目に試練を乗り越えようと努力しているリコル位である。
「ちょっとあんたたち! なんで私だけがこんな風にボロボロになりながら試練を受けているのに、あんたらはそんなに呑気に話し込んでいるのよ!!」
「だって加護を受けたいのはリコルじゃん。それなら試練を受けるのはリコル一人でいいかなって」
「そういうことだね」
「頑張って~」
「ゴメン。僕も僕でちょっと手が離せない……」
「薄情者おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
風の吹き荒れる中を時折ぞんざいする強い風に吹きつけられたり、複数の風にまとわりつかれて動けなくなりながらも必死に中心を目指すリコル。それを頑張れと応援する勇者パーティー。今まで試練を受けてきた中で一番の頭のねじのぶっ飛び具合に、シルフィードもちょっと勇者が可哀想になった。
「えっとあの……別に試練は皆さん参加でもいいんですよ? 加護もここに来れた全員分にあげられますし」
そもそも精霊の幻惑に惑わされずにこの森の最深部に来れている以上、試練を受ける資格はあるのだと創志たちに告げるシルフィード。彼女のやさしさが垣間見える一幕だ。
「え? でもほら、勇者様がきっとなんとかしてくれるって俺たちは信じてるんだ。それにもともと加護とかなくても僕たち普通に戦えるし、遠くから見ておくよ。幸い、そこまで命の危険はないようだしね」
「そうそう。そういうことだな。それに加護なんかに頼るようになったら剣筋が乱れそうだ」
そしてそんなシルフィードのやさしさを、ケリーと創志の鬼畜二人が無に還した。偶々風の向きでその声が聞こえたリコルは「ふざけんじゃないわよ―――!」と叫んでいたが、同じく風の影響で二人の耳には届かない。
「でもですね……流石にちょっとこの状況は可哀想というか罪悪感が半端じゃないというか……」
焦って、身振り手振りを入れながら話す様子は見るものが見れば万金の価値だ。だが、それを見れたのは試練に必死になって余裕のない勇者。剣術以外に特に興味の無い鈍感剣士。お互いしか見えてない幼馴染の騎士と僧侶、サドの魔法使いといった一筋縄ではいかない人物たちだけである。当然、そんな可愛らしい仕草に心を動かされるものはいない。
ただ、何となくシルフィードが困っていることは伝わったので、困っている少女がいれば助けようと一刹那で判断する倫理観の持ち主である創志が、「困らせるのも何だし、じゃあ俺も参加するよ」といってスタスタと風の吹き荒れる方に近づいていくことにした。
取り敢えず城からもらってきた普通の鋼でできた直剣を前方に一振りし、斬撃を空中に置く”盾切”を展開。それはすぐに暴風の影響を受けて砕け散るように消失するが、一切構わずドンドン盾切を前方に展開しては、風の向きを微妙にそらして創志が進む分だけの道を作っていく。
スタスタと気負いなく近づいてくる創志に威圧感を感じて、シルフィードはそちらに風を集中していくも、盾切以外にも飛ぶ斬撃やら蛇のようにうねる斬撃を作るやらで風の間に確実に道を作っていく。
「くっ!!」
シルフィードの風は暖簾に腕押しとばかりに創志に対して何らかの効果を与えられていない。そのことを自覚したシルフィードは意識を創志に集中し、なんとか吹き飛ばしてしまおうと全神経を使って風を束ねてぶつけようとする。
――――――――――リコルの存在をすっかり忘れて。
「今だ! リコル!」
「え? あ!」
向かってきた空気塊の斬線に沿って剣を合わせ、解き切るようにして風の勢いをばらばらにした創志は、こっそりとシルフィードの後ろにいたリコルへと合図をする。
それを聞いて間抜けな声を上げたシルフィードのすぐ後ろへとリコルは一瞬で飛びかかった。
「たああああああああっ」
ポスッというリコルのシルフィードの肩を叩く音とともに、見事、リコルはシルフィードの試練をクリアした。
カラカラカラカラと馬車の車輪が音を立てる。
「いやはやしっかし実に大変な試練だった」
「嘘つけ!! あんたがあのくらいの運動で疲れるわけないでしょ!」
帰りの馬車、というか、次の大精霊のいる土地である大海原の中心を目指して港町に向かう馬車の中で、五人は風の大精霊の試練について口々に感想を語り合っていた。
ちなみに結果としてはリコルはしっかりと加護をもらえたが、創志は何故か加護を授けようとしても加護を与える魔力の糸自体がプッツンと切れてしまい、パーティーには精霊の加護を持ったのはリコルだけという顛末になった。魔法が使えないということを聞いて、創志が地面に倒れて悔しがったので、どうにかして元気づけようとシルフィードが色々と励まして、リコルの機嫌が何故か悪くなったりしたという一幕もあったりしたが、それらはあまり重要ではない
「やっぱりあれだよな。シルフィードさんの甘さがもろに露呈した優しい試練だったよなあ」
「そうだった? 私は随分と空を舞ったんですけど」
「いやあ創志の言うとおりだよ。だって風を使えば気圧を操作して空気を薄くすることも、かかる重圧を操作することもできたからね。少なくとも僕なら間違いなくそうしたはずだし」
「ケリーは黒いからね。今回はあちらさんが優しいっていうのは良かったことだけど、他の大精霊が厳しいかもしれないし気を付けていこうよ」
「そうだね。でも皆が怪我してもしっかりと治すから大丈夫だよ!」
各々が話し合う内容は、主にシルフィードの試練がいかに生ぬるいかということであった。もしこの場にシルフィード本人がいれば、あまりの意見に涙したかもしれないほどに、甘い甘ちゃん言われまくっている。
「そう言えばさ、ケリー。次の町で海兵の人と合流するんだっけ?」
「そうそう。次は流石に森の中みたいに僕たちのチームワークを高めるための訓練的な扱いは出来ないからね。それぞれの指導官になってもらった兵士や騎士が取りまとめ役として海兵の協力を受けるらしいよ」
「ふ~ん」
国からの認識でさえ、難易度自体はともかく、殺傷力は限りなく低い甘々な試練だと認識されているシルフィードの人柄がここにも出ていた。残念を通り越して、もう可哀想になってくる。
「ん? アレ馬車が襲われてる?」
三月が道の先の方を見ていると、馬車に何人もの人間が矢を放って群がっていく様子が観測できた。
そしてそれを聞いたケリーと創志はすぐに考え込む。
「不味いな……仮にも勇者が近くにいて、盗賊を見逃したとなったら外聞が悪い」
「そうだね。少なくともここで盗賊を見逃すということは後々に禍根を残す可能性もある。しかも彼らがこちらを襲わない保証はない」
ともにぶつぶつと呟く不穏なセリフのオンパレードに、リコルはそろそろと馬車の荷物の後ろに隠れようとするも、その首根っこを創志の右手がひっとらえる。
「ひっ! 離しなさいよ! どうせまた私だけ戦わせるつもりなんでしょう! それにまだ、私は人を切る覚悟とか……」
「大丈夫だ。最近開発した”痛みだけ与えて相手は死ねない”という斬撃を開発したし、無力化だけなら簡単だし」
「それにやるのは僕と創志だけでいいしね。勇者は後ろにどーんと控えていてよ」
ケリーはそう告げると、三人をまとめて宙に飛ばす”飛翔”の魔法を発動する。
「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おおおおおおおおおお!」
歓声と悲鳴を空に響かせながら、三人は盗賊のいる方へと飛んでいく。
「じゃあね~」
「後から馬車と行く~」
三月と貢はそれを見て呑気に手を振り、のんびりと馬車を後から連れていくのであった。
その後、いろいろあって盗賊を撃退した後、本拠地に乗り込んで盗賊団そのものを壊滅させ、盗賊につかまっていた奴隷の子供を仲間にしたり、報告に行った港町にいたミハイルさんから創志だけこっぴどく怒られたり、パーティーメンバーに新しい戦士の獣人が入ったりした。
その後、水の大精霊に会いに行くために竜宮城の上のポイントまで船で行った後に、神殿で借りた魔法具を使い、みんなで海の底を歩いて向かうことになった。
勿論その後、(創志から見て)何の問題もなく物事は進み、今回は三月が精霊の加護をもらっていた。
今回もリコルが加護をもらうということをしなかったのは、一人の受けられる加護の限界というものがあって、リコルの場合はそれが精霊王の分くらいしか残っていないらしいというわけだったので、それだったら一緒に戦うパーティーメンバーに加護をもらっておこうという話になったのである。
その後も三か月をかけて大火山に向かい、溶岩溢れる中を創志が切って、ケリーが巻き上げ、貢が防いで、リコルが薙いで、三月が冷やしての大冒険を行い、約一か月の冒険の果てに火の大精霊の加護をケリーが得た。
ついでに、どっかのネクロマンサーが作った陰気な地下迷宮のところにある幻の杖をゲットしに行くために門番であったゴーレムを真っ二つにしたり、地の大精霊のいる万年雪の降る急峻な山脈に訓練をした後に登山しに行って、なんか妙な幻惑植物に食われかけたり、創志の新しい武器となった妙な花があったり、雪崩に巻き込まれて死にかけたりと、はっきり言って不思議どころでは無い冒険を体験した。
道中、リコルが不安になってから折れそうになったときに創志がうまくフォローできずに喧嘩になって失敗したり、ケリーが色っぽい未亡人につかまったり、三月と貢の結婚発表があったり、戦闘狂の英雄の超強いおっさんにしごかれたり、妙なところで勘の鋭い創志が村の娘を引っ掛けたりして、彼らは最初に来た時の三倍くらいには精神的にも成長した。尺度は創志依存であり、数字的には不明だが。
実力的にも勇者は既に人類でも最強だったし、ケリーも使えない魔法は存在しないというレベル。不老の魔法も使えるらしいし、貢は盾で約百人の魔法を一気に止めても平然としていたし、三月も不治の病で動けない老人を、祈り一つで簡単に癒してしまうレベルに進化していた。
肝心の創志はというと、気に入った剣が見つかったおかげで一振りで百メートル先の丸太を切れるようになった。剣士としては規格外だが、魔法を使えばこれくらい誰でもできると思っていたので本人はあまり自分の凄さを実感していなかったが。
時々魔王の命令を受けた高等魔獣がエルフの森やら獣人の村やら人族の都市を襲ってくることもあったが、実力的に成熟しかかっていたリコルや魔法の深淵を覗き始めたケリーが中心になって攻撃を跳ね返していた。他にも貢や三月はバックアップとして動いていたのだが、創志は全力で動いたときの周囲への被害が大きすぎたのであまり使われることが無かった。
そんなわけで創志は城でだらだらするか、そこいら周辺国を一人で旅しては、魔物を見つけ次第切り殺し、強い人物をスカウトし、たまにストレス解消の美食を城の方に送ってあげたり、勇者の愚痴を聞いてあげたり、でかい敵との戦いには召喚されたりという結構気ままなかつ不定期な毎日を送ることになる。
偶に戦闘狂に引っかかったり、美人の美人局から全力で逃げ切ったりしている毎日を送って、三年ほどの期間が過ぎ、既に自分が日本から来たことなどすっかり忘れてしまいそうになったころ、創志は彼を召喚した王様に呼び出されることになった。
「あれ、お前たちも王様に呼ばれたのか?」
「「「「創志」」」」
もう我が家と同じくらいにどこに何があるかは把握している城の中を歩いて、王の間に続く控え室の扉を開けると、そこにいたのは創志と一緒にこの世界に召喚された四人である。こちらに召喚された時から美男美女だったが、見ないうちにそれぞれ磨きがかかっている。
黒のローブを着たケリーが口を開いた。
「呼ばれたというか、呼んだのは王様じゃなくて僕達だよ」
「あん? どういうことだ?」
首をかしげる創志。
「とうとうというかやっとというか……ようやく魔王の元まで攻め込める戦力が整ったのよ。精霊の加護も竜の盟約も獣人の条約もエルフの約定も取り付けて、ついでにそろそろ女神さまの封印の効力も弱くなってくる時期になってきたからね。魔王と直接戦う人物を十人ほどを任命しておこうというわけ。その内の五人が私たちね」
「ふ~ん。……あれ? 俺も?」
「何ボケてるの? あんたこの前開催された、大陸から猛者を集めて行われる剣闘大会で一番強い剣士になったんだから実力的に見ても当たり前じゃない」
「そうだっけ」
リコルの呆れ声に、そういえばそんなことをしたような覚えがうっすらと存在している。
創志がこのことを覚えていなかったのは、彼が全ての試合をたったの一振りで終わらせてしまっていたからである。
「まあ、そんなわけでついに魔王の懐まで攻めていこうという話になったわけだよ。その士気を上げるためにも、ここで大体的に任命式を行っておこうということを王様に提案していたってわけだよ」
「要は全員で見世物になればいいんだろう? 了解だ」
これからの最期の大仕事を考えた創志はニヤリ、と不敵に口の端を釣り上げた。
――――――夜。お披露目も終了し、勝利を祈願して宴をしている最中、創志は一人城にある塔の屋根の上に片膝を立てて座っていた。
彼が見ているのは夜の王都。五百年という創志にとっては気の遠くなるような昔に建てられた町並みは、常には無い数多くの明かりが灯っていて、それがいつもとは違う地上に星があるかのような空間を広げていた。
持ってきた酒のツマミであるグルウ鳥の手羽先を揚げた唐揚げを齧りながら、未成年の為のお酒風味の水を飲む。無論、未成年の為ノンアルコールである。
別にこちらの世界では成人は十六からであり、創志は既に十八である。異世界に来たんだから郷に入っては郷に従えという諺のごとく、お酒を飲んでもいいじゃないかとも思うのだが、戦いの前に酒精を体に入れるのはあまり性に合わなかった。
かつて最も強いと謳われた剣豪はこの心構えのことを常在戦場の心得といったが、まさにその心境が相応しい。いつもであれば、最低限の警戒を残して気を抜いたままなのだが、今回に限っては意識を鋭い刃のように限界まで研ぎ澄ませておきたい。そんな思いで創志は一人で屋根に上り、この町の夜景を眺め、ひいては自分たちが守ろうとしているものの重さを再認識しようとしていた。
空の星と、地上の対比が美しく映える光景に、だんだんと自分が神経を研ぎ澄ませているのか見惚れているのか分からなくなってきたころ、彼しかいなかった塔の屋根の上に、誰かがスタッと無音で着地した。
この気配の主を創志は後ろを見なくても分かっていた。なにせ、この後の戦いで彼が魔王の元までできる限り無傷で連れて行かなくてはいけない存在だ。多少距離が離れていようと、王宮内くらいの広さであればしっかりと把握しているに決まっている。
むしろ、その人物がここに来たことの方に創志は驚いていた。
「どうしたんだリコル? この宴の主役がこんな暗い場所に一人で来るなんて不用心にもほどがあるぞ」
「どうしたもこうしたも……あんただって主役の一人でしょうが。挨拶したい人とか、一言声を掛けてほしい人とかが何人も集まってたわよ」
「面倒だ。それを受けるよりも、こっちで夜景を見ていた方がよっぽどいい」
「面倒って……まあ、後半は同意しなくもないわ」
リコルは呆れたように首を振った後、創志の視線の先にある光景を見て、創志同様に屋根の上に膝を抱えて座った。違うのは、創志が片膝だけを抱えてもう片方の足を投げ出しているのに対して、リコルが両膝をしっかりと抱え込んでいることくらいだ。
その後両者は一切口を開かなかった。ただ時間だけが星の溢れる光景を眺める二人の間に過ぎる。
「ねえ」
「おう?」
実はこの空気があまりにも静かすぎてうっかり眠りかけていた創志は、隣のリコルの呼びかけに反射的に返事をする。常在戦場とか思って磨きぬいていた精神をどこへ放り投げてしまったのかと反省しながら、リコルが次の言葉を話すのを耳を澄ませて待つことにした。
創志の返事に、躊躇ったように言葉をしばらく濁して、あー、うー、とか唸っていたが、リコルはしばらくして恐る恐る言葉を絞り出した。
「この戦いが終わったらさ……魔王を倒したら、私たち元の世界に帰ることができるわけじゃない?」
「そういえばそんなことを言ってたな」
もしも魔王を倒すことが出来れば、女神の魔王を封印していた力の分が余るため、どうにかこうにか元の世界には返すことができるとかなんとか説明されたことがある。
最も、創志本人は生きている間にこういう風に異世界に召喚される経験も滅多にないので、別に帰りたいとかそういうことも思わなかったのでそこまで気にしてなかったが。
「それで、私たちは違う時代から来てるわけよね」
「そうだな」
後から話して分かったことだが、創志のいた時代と他の四人のいた時代にはおよそ五百年以上の年月の隔たりのある同一世界だった。
「っていうことはさ。魔王を倒しちゃったら私たちはもう会えないよね。魔王に限らず、この世界で仲良くなった他の人たちも、だけどさ」
「ん? そうか? じゃあ残ればいいじゃないか。こっちの世界に」
「いや、そうは言っても親とか友達とかもあっちの世界にはいるわけだし、それに何よりも世界に他の世界の異分子が長く居ることはあまり好ましい状態じゃないって女神様が神託を下して……」
「その悩みは面倒くさいぞ、勇者リコル。俺は昔、人生の中では、自分が何をしたいのかが重要だ、ということを言ったような記憶があるぞ。今のお前にその言葉をそのまんま贈ろう。要は自分がどうしたいのかだ。それに邪魔になるんだったら魔王でも女神でもなんでも斬り捨てて進んじまえ。それもまた一つの選択だ」
「それって勇者のやることじゃないよね!?」
「どうせ魔王を倒した後は、勇者なんか用済みだ。だったら好き勝手生きても文句は出ない」
「うわぁ……」
既にリコルは創志の暴論の前にドン引きである。それを見て、創志はカラカラと笑った。
間違いなく自分だったら、魔王を倒した後に好き勝手生きるのを邪魔されればそうするだろうことを言っただけなのだが、やっぱりリコルにはその考えは異端ととられたらしい。まったくもって、聖剣が彼女を勇者に選んだのは正しかったと言わざるを得ない。
「まあ、最終的にお前が好きな道を選べばいい。俺だってこの先の人生はのんびりと生きていくという予定があるんだから、ある程度暇であれば仲間のよしみで協力くらいはするさ。取り敢えず、今は魔王だな。倒した後は酒盛りでもしよう」
「ああ、うんそうだね。……はぁ。やっぱり無理か」
「ん? どうした? ため息なんか吐いて」
「何でもないよ。夜の神聖な空気が胸いっぱいに欲しくなっただけだから」
そうリコルは言うと、立ち上がって創志を見ながら後ろに向かって踊るように跳ねる。その動きに危なげなどは一切見られず、さすが勇者というところ。流れるように広がった金髪が天と地の明かりを反射して煌めく様は、途方もなく美しく、浮かぶ無邪気な笑顔は辺りを照らすことができるほどに眩しく見える。
それを見て心に何か妙なしこりを感じたような気がした創志だったが、彼がそれに疑問を持つ前に、遥か前方、地平線の先で空中に縦に大きく、罅、としか言えない何か黒い断裂が広がった。
それを全く同じに知覚した勇者と剣士は、一瞬で答えを出す。
「「魔王か(ね)!!」」
そして二人の戦士は、最後まで言葉を交わすことなく各々が戦いに向かった。
創志は迫りくる数々の異形の魔物相手に、冒険の最中に手に入れた愛刀であり精霊刀である”月下美人”を抜き放ち、一振りで数体の魔物を巻き込みながら戦いを継続していた。
彼がリコルと一緒に魔王の大侵略を見た時に、とっさに選んだのは先行殲滅係。あれだけの数の魔物が勢いそのままにこちらに向かい続ければ、その中途にある村々が大打撃を受けるのは必定。
であるならば、できる限り早い段階で魔物の大軍に大打撃を加え、その勢いを少しでも減らしておかなくては、他の戦力の準備が間に合わない。そう悟った後の創志は、緊急時の際は自分よりもリコルの方が求心力やカリスマ性を発揮できること、そして周りに手加減しなくてもいい状況での単身での戦闘能力であれば、瞬間的には聖剣の火力にも匹敵することも考慮して、思いっ切り敵の軍隊に突っ込むことにした。
魔王の軍に遭遇する前に疾走してきた道中で、自分が最速で到着したときに魔王軍と衝突するであろうポイントにあらかじめ遠距離からの斬撃をぶっ飛ばして地形を変形させ、広く高い壁と真ん中に空白地帯を設けた後は、空白地帯のど真ん中で地上を歩いてくる魔物たちをバッサバッサと切り落としまくっていた。
創志がこんな面倒な方法をとったのにはもちろん理由がある。それは魔族の数による遠距離斬撃の威力低下が問題だったからだ。
創志本人には魔力が無い。それはこの世界にいる約六割の人間と同じ性質で、要は精神に魔力を蓄えるという性質が極端に薄いせいで、魔力が溜まらないのだ。
こういった性質を持つ人間は、代わりとばかりに”周囲の魔力を上手く引きずる能力”が高いことが多く、主に武器の攻撃範囲や威力を延長し、自分の体を外部の魔力を利用するような形で強化することで、近接戦闘に長けた兵士として活躍する。
だがしかし、遠距離への攻撃手段が周りの魔力を引きずるという過程を経る以上、どうしても周囲の魔力の流れが荒れていれば、距離に応じて威力が減衰せざるを得ない。常ならば百メートルは先の敵でさえも攻撃できる射程範囲を持つ創志でも、保持する魔力量が異常に高い魔物が密集している地域であれば、十メートル弱の斬撃しか飛ばすことはできなかった。
幸いというか、他の兵士たちのように威力自体が減衰することは全く無かったのだが、どうしても射程範囲が落ちてしまうのは直せなかった。これが、体内に存在する魔力を編んだ魔法であれば射程もそんなに落ちることもなかったのだが、ない物ねだりしても仕方ないので、できる限り敵が自分に向いてくれるようにこちらに誘導する必要があった。
そこで考えたのがこの地形を変形させた城壁だったのだが、やはり敵も魔物なのでそう簡単にはこちらに来ない。壁を跳躍して乗り越えるもの、なんとか先に進もうと壁に頭を突き刺すもの、重量のあるから体で突進するもの。実に様々な方法で創志の作った壁を乗り越えようとしていってくれる。
ただまあ空白地帯以外の地面は、斬撃の威力が減衰するよりも前にこっそりと地表だけを傷つけないようにして地盤を細切れに刻んでおいたので、いくつかもの魔物が同士討ちになったり、自爆したりしてくれている。それを見れば、魔物たちも空白地帯を通ろうとして創志の方に向かってくるし、彼も半径半径二十メートルを超える空白地帯のみに防御の意識を専念できる。
とは言え、今の彼に防御の意識なんてものは残っていなかった。取り敢えず魔物を見れば斬る。それだけを考えて自分のいる空白地帯に足を踏み入れてくる魔物たちを切り刻んでは片っ端から城壁に捕まっている魔物たちにブン投げて、行動を阻害し、時には蹴りと拳を使って魔物たちを吹き飛ばす。
自分が開発して、あまりの殺傷力と威力の高さと斬った後のグロさからご禁制としてお蔵入りしていた数十種類の剣技も解放。斬った者の血をすすり、新たなものに絡みついては自分の斬撃で形成された身体を成長させていく生物兵器型斬撃”蛇裂” 反響する音がまるで死神の鎌のように鳴り響き、聞く者の三半規管を狂わせて足並みを乱し、聴覚に特化した魔物であれば文字通り憤死させる音響破壊型斬撃”悲鳴” ただ空間に置くだけではなく、その場で回転させることで何度も敵を切り刻みい続ける自動殺傷型斬撃”呪独楽” 鋏で与えられる「割断」という現象を利用して、振るった刀をもう一度同じ軌道で振り戻し、間に挟まったものの首を刈る近距離広範囲殺傷型斬撃”鬼鋏” 斬撃を鞭のように剣に纏わせて、先端を音速を超えた速度で振り回し、その勢いで敵の一部を破裂させる超高速型斬撃”韋駄天” 鞘と柄を使用しての打撃によって体内の血管を破裂させる内部浸透炸裂型打撃”内剥” どれもこれもが創志の持つ信じられないほどのイメージ力と無駄な努力で創られた、手段を選ばずに勝つためだけの剣技たちである。
また、その狙いも最悪である。敵の命までを刈り取ることはしないまでも、ギリギリで戦闘不能に陥るように目や足の腱を重点的に斬りつけては、後ろからくる魔物の勢いに飲み込ませて圧殺し、空中を飛行する魔物を見つければこれ幸いと着弾地点に拡散する斬撃を放っては、地上の魔物も巻き込んだ。
常時一振りで七の斬撃を放ち続け、場合によっては気合を入れてその三倍に当たる二十一の斬撃を放っては魔物の軍勢を押し返す。局所的に集中させた魔物たちを振り回す刀を一瞬触れ合わせては巨体を完全に両断し、ついでとばかりに柄と鞘を使って魔物の群れを吹っ飛ばす。
こんな勢いで斬りまくっていれば、無論のこと、疲労もすぐに溜まってしまう。夜叉のように敵を斬り続け、大量の脳内興奮物質を生成している創志であっても、体にはすぐにガタがくる。時折飛んでくる魔法を斬り損ねて暴発させたり、魔物に群がられて動けないときには自分ごとまとめて斬撃を炸裂させたり、躱せない攻撃をあえて受けに行ったりしていれば、自然と体は動かなくなってくる。
開始五分で百体は確実に斬った。その倍の二百体はさらに三分もあれば斬っていただろうし、三十分で船体以上は切り捨てている。途中から手段を選ばずに攻撃し始めて、大体三時間が経った今は、既に五千体は斬ったはずだ。
だが途中から、空白地帯すべてをカバーするように動くことは出来なくなっていた。自分に向かってくる敵は四方八方、上空地中合わせて同時に十体ほどまで対応できるが、それが常に自分の周囲に向かい続け、仲間を巻き込むこと厭わないで撃ってくる魔法の数々に、足を使った動きは封じられている。
常に剣気で体表の数ミリを覆うことで、偶発的なダメージをある程度軽減してはいても、数が数だ。そろそろ走馬灯のようなものが見えてきてもおかしくは無い。
というか三時間も持たせたんだから、さっさと代わりの奴らを寄越せよ。英雄のおっさんとか適任だろうがと悪態をつくが、何となくそっちの方に強い上級魔族が向かっているような予想が経って、多分これ無いんじゃないかということが思いつく。
はあ、とため息をついて目の前にいた敵を紙を裂くように無造作に斬る。もうすでに魔力を利用した斬撃を放つには至らず、完全に物理的な剣の腕のみで敵の体を斬っている。
大体五千体を倒したと仮定して、魔物の数が一万五千居るとすれば、自分が魔物を三百斬る間に、ここを通って後ろにいった奴が千は超えるから……とまで考えてやめた。ただでさえ疲れているのに、これ以上疲弊したくない。
「思えばあれって死亡フラグっていわれるものだったんじゃないか?」
今更ながらに先ほどリコルと交わした会話がいかに危険な予兆であったのかという事を認識し、言わなきゃよかったと後悔する。しかし、後悔は先に立たないから後悔なのであって、今となってはあまりどうしようもない。
次で倒れる、次で倒れると思いながら刀を振るっていれば、とうとう刀を振るっていた右腕に力が入らなくなった。仕方なく鞘を持っていた左腕で敵の頭蓋骨を砕き、鞘はそこいらに投げといて左手一本で敵を切り捨てる。
不意に右の方に現れた気配に向かって横蹴りを繰り出したところ、どうやら体が棘のような体毛に覆われている種類だったらしい。足の裏にぐさぐさと針が刺さって、まともに地面を掴めない。まだ無事に残っている左足一本で体を支え、地を踏みしめて刀を振るう。それでようやく棘の魔物は二つに切れた。
しかし、無理な体勢で斬ったので体がぐるんとその場で一回転し、回るついでに周囲にいた魔物たちを斬った後は、その場に膝から砕け落ちた。バシャンと地面に広がっていた血の池の中に倒れ伏した時、あまり痛みを感じなかったことでこれは拙いなんてものじゃあないなぁなんて他人事のように感じた。
感覚も遠いし、やっぱりあれは死亡フラグだったかなんて妙なことを感心しながら創志は自分に向かって殺到してくる魔物を耳で知覚した。とは言っても、もう躱すは出来ないので、本当に聞いているだけなのだが。
猿型魔物の拳が振り上げられ、落ちてくる様子が妙に長い音として感じられる。聞いている音がスローに聞こえるのは恐らくは死に直面して、意識が急激に加速しているからだろう。
取り敢えず倒れ込んだ自分のできる範囲で横に転がり、拳を受ける面積をできる限り少なくした。
ドゴン、という怪音とともに右腕の上腕部が思い拳に潰される。粉砕骨折と言ってもいいほどに右腕はボロボロになり、後で恐ろしいくらいに腫れ上がりそうな気がすると妙に冷静に考えた。
幸いにして、先ほどからの戦いによって発生した脳内物質のおかげか、痛みはほとんど感じなかった。なので、至近距離にいる奴らに対して渾身の剣気を放って魔物どもを吹き飛ばし、腕を使って左足一本で立ち上がれば、目の前にはまだまだ湧き出る魔物の姿。
だがその数は、最初と比べれば明らかに少なくなっている。
「なんだちゃんと減ってんじゃん」
今使ったような剣気を放つ攻撃は、精神の疲弊が酷く、もう何度も使えない。右腕はまともに動かないし、右足はしっかりと甲まで大きな穴が開いている。
しかし、それが諦める理由には足りない。死ぬほどきついと思った物事でも、後から振り返れば「ああ、あの時も死ぬかと思った」などという感じに適当な感想を抱いて終わるのは、いつもの創志の経験則から言っても間違いない。ついでに言えば、そんな風に仲間との笑い話が出来ればなおよろしい。そういうわけで、目の前から侵略してくる敵はできる限り斬り続けてさっさと帰りたい。
血に塗れ、半身が砕かれ、疲労困憊でまともな思考能力をほとんど保持していないのに、それでも不気味ににやけながら立ちふさがる創志の狂相に、周辺の魔物たちも動きを止める。
「どうしたぁ――――――!! かかってこないんだったらこっちから行くぞぉぉぉぉぉおおおお!!」
こいつらが邪魔なせいで帰れないなら、とっとと全部叩き切ってしまえばいい。半ばマヒした思考のまま、創志はここに来て魔物に対し、逆に打って出ることにした。
「うええ……何か凄い人数斬った気がする……気持ち悪い……」
そういえば飲めばあらゆる怪我と病気が治るという霊薬があったことを途中で思い出し、それをラッパ飲みして体の傷を全開させながら、狂乱状態に陥って逃げ惑っていく魔物たちを斬っては捨て、掴んでは捨て、と斬りまくり、最終的に最後尾に行った魔物までを追っかけてから真っ二つにしたところで限界が来た。
霊薬は体の傷を治しても、精神の疲弊まで治してくれる物でないことは創志も十二分に承知していた。故に、たくさん斬撃を放ちまくった創志の今の精神には酷い倦怠感が残っている。
さっさと戻って眠りたいが、最後尾の逃げる魔物を斬った場所は既に魔王が居るという次元の裂け目のすぐ近くだ。ここまで来て帰るのもなんだかなぁ、と思ってしまい、だったらここで勇者たちが来るのを待つことにした。
さてとそれではひと眠り、と創志が寝っ転がろうとした途端、次元の裂け目らしきところから辺り一面の焼け野原を照らし出すまでの光の奔流がものすごい勢いと主にあふれ出した。
あれは確かリコルの聖剣を使用した光を雷へと形態変化させた聖剣技の一つ、極天雷光撃滅砲だったはずである。
どうやらすでに、対魔王戦は始まっていたらしい。
「うわっ! 遅刻じゃん!」
今の今まで寝っ転がろうとしていたことをも忘れ、すぐに次元の割れ目に飛び込むことになった。
怪獣大戦争という言葉がこれほどにぴったりと当てはまる戦いを、創志は今まで見たこともなかった。
勇者が振るう聖剣の斬撃線に沿って光の奔流が放たれる。それをどす黒く蠢く闇の塊が飲み込まんと大きく口を広げるようにして真っ向から受け止めれば、次の瞬間には光が倍量に膨れ上がってこちらに向けて戻ってくる。
それを大きく跳躍してリコルが躱せば、上空にいるリコルに向かって闇の塊らしきものが何発も何発も撃ち続けられていく。重力球というのだろうか。夜空のように光源の浮かぶ向こう側の景色が歪んで見えなくなるほどの濃密な攻撃は、しかし振るわれる聖剣に全て斬り落とされる。
互いに一進一退の攻防に余人の近寄れるような余地は無い。近くにいるだけで震える魔力の余波に近くにある原始世界の存在自体が解けそうになる位だ。解けそうになっているものが発現する前の世界だということは分からなかったが、直感的に何かやばい戦いということくらいは理解できる。
だからと言って、ここで引くような気は毛頭なかった。そもそもリコルがここで勇者やってるのにはあの時背中を押した自分も少なからず責任があるような気がしていたし、何よりも戦争なんかとっとと終わらせてから皆で宴を開くのだ。まだまだリコルに死なれては困る。
「一騎打ちしてるところ悪いんだけどさぁ。ちょーっと横やり入れるからなー」
「「!?」」
これが最後の仕事であると決め、ていや、と気合を入れて極大の斬撃を両者の丁度中間地点に放った。
一人と一柱のあまりの高密度の魔力のぶつかり合いは、丁度物質が高音になれば融解する様な感じに、存在の可能性とやらがぶれまくって崩壊してしまう空間が形成されていたが、その程度。要は斬撃の質の問題で、普通に斬ったら斬れないんだったら普通に斬らなきゃいい。そもそも斬撃とは何かということを考えると、何かと何かの物質の間に刃を挟み結合を断ち切ってしまうものであり、それをしっかりと認識した上で、さらに斬撃に対して触れたものの存在根源を絡まった糸を”解く”ようなイメージを連想して刀の攻撃に”意味”を過剰なほどに込めればあら不思議。魔力の高い、すなわち存在強度の高い奴らしかいられないようなそんな場所にも攻撃を届かせることができるようになったのだ。
対魔王戦用に開発した、一撃に過剰に斬撃の意味を込める奥義。その名も”解閃” 攻撃に触れた奴を斬るのではなく、文字通り解くので、どんな魔法もどんな霊的存在も――――――そしてどんな神性存在も真っ二つにできるのである。
魔王はこの世界に干渉してくる高次元の存在ということで、少々無茶をしないと攻撃も通用しないだろうと考えて作ったのだが果たして、その威力はしっかりと規定の威力を発揮した。
一回の攻撃に精神力をほとんど削られて、斬撃をほぼ一点に収束させた後に、その点を高速で動かすような矛盾したイメージによって発生する攻撃は、まさに必殺。それを次に魔王に向かって全力で動かし、人型を取る影人形の眉間辺りを狙って刀を振るう。
それは魔王が周囲にまき散らした黒い靄のようなものを易々と通り抜け……空間そのものが軋りあうようなギィィィという嫌な断末魔の悲鳴とともに、あっさりと影を霧散させた。
「あれれれれ? 随分とあっさりしてるなあ。ん? もしかしてこれは第二形態があるパターンだな! 不味いぞリコル! 早く聖剣で封印をしないとってあたっ!!」
「余計なことを言わんでよろしい! っていうか、魔王を瞬殺ってなんかもう私のやらなきゃいけないこと全部持っていってんじゃない! どうしてくれんのよ!」
ポカポカと可愛らしく、しかし凶悪な威力の拳で頭をひっぱたいてくるリコルを前にして、もう本当に一発の斬撃を放つ余裕もない創志は、必死に攻撃から身を守りながら何とか提案する。
「いやいや、待て、待ってリコル。落ち着くんだ。お前が今の今まで努力してきてるから、途中で俺が乱入したことに対して怒っているのは重々承知だ。だけどここで騒いでいたら本当に魔王が第二形態復活してくるかもしれない。そうなったらもう俺は斬撃を放つだけの余裕は残ってないし、お前も疲れてるだろう? だったら早く封印を作って、さっさと魔王をこの世界から永久退場させようぜ? そして早く勝利を祝わって宴でも開こうぜ……っていうか他の奴はどこだよ」
そこで途中から提案では無く疑問に変化したのはご愛嬌。すぐに興味が他に移るという創志の性質もあって、遅ればせながらリコルの近くに他のメンバーがいないことに気付いた創志は、リコルに対し、首をかしげて質問する。
質問されたリコルは、まるでマンガのようにピシッと固まった。完全な停止。それを見れば創志でなくとも邪推せざるを得ない。
「まさか戦死したとか……!?」
「いや、そういうわけでも無いんだけどさ……」
そう呟いてどこか遠くを見始めるリコル。その態度に何かを隠していることを感じた創志は質問を変えてみる。
「一応聞いとこうか。リコルさん」
「な、なんでしょう?」
先ほどまでとは打って変わり、ひどく冷静な声でリコルに話しかける創志を前に、リコルは何かに動揺するように声を震わせた。
「仲間と……来たんだよな?」
「……えへへ」
笑ってごまかすその姿を見て、全て悟った創志。思ったことはただ一つである。
―――――――――――コイツ一人で魔王に挑みやがった!!!
「アホかぁ!!」
「いたっ!!」
創志は拳を握ると思いっ切りリコルの頭に落とした。
流石日本人ツッコミの血。体は疲労困憊であっても、間抜けな行動をとった人物に拳骨を落とすくらいはできる力は常時残してあるらしい。頭を両手で抱えるリコルの姿を見ながら、ふと、そんな感慨にふける。
「おおおおおおおおううううう」
「まあ、別に他の奴らが上級魔物の対応に追われていて、取り敢えず自分が活路を開こうと魔王に挑んだってところだろうと思うが……お前こっちに来て数年、何を学んでたんだよ」
「ううううううう……酷い! 違うよ! アンタ絶対勘違いしてるから! あんたが魔物の大軍に突っ込んでいったって聞いて、みんなして「あのアホを連れ戻してこい!」って頼まれたから魔王に直接戦いを挑んだのよ!」
「へえ~そ~なのか~。……ってことは結構立場不味くないか?」
「そうよ。みんなそれはもうカンカンで、ミハイルさんなんかもう一度塔のてっぺんからつるし上げを喰らわせてやるって……大丈夫?」
見ると創志は顔面が真っ青になり、体中がガクブルと震え始めている。これをみて心配しない人間はいないだろう。
「あ、あんまり大丈夫じゃない……それ、逃げられると思う?」
「無理ね。残念ながら」
「そんなあ」
悲壮感をたっぷり乗せた創志の懇願の視線に、リコルも自分の中の母性が刺激され、
「まあ、取りなしくらいだったらしてあげても……」
と口を開いたのだが、突然動き出した創志によって次元の裂け目近くまで突き飛ばされる。
いきなりのことに短く悲鳴を上げ、今しがた自分を突き飛ばした男に対し文句の一つでも言ってやろうとそちらを見ると、彼女の仲間であり、一番頼りになるはずのよく分からない安心感を持っていた剣士は、材質不明の粘性の影に体を取り込まれていた。
「創志!?」
「コイツ本性現しやがった! さっきまでとは存在強度が倍以上違うぞ! そっから裂け目を俺ごと聖剣で消滅させろ!」
どうやら創志の体に取り付くような感じでまとわりついているのは、魔王の残骸らしいことを確信し、リコルに対し自分ごと裂け目を閉じるように叫んだ。
「でもそれじゃあんたが!」
「どうでもいい! というか、この状況で、全部を救おうとするな! なんかこのままだと魔王に精神が呑みこまれそうで結構不味いんだよ……というか既に半分くらい取り込まれてるしな。頼むから俺の正気の内にさっさと消してくれるとありがたい。自分の体が自分以外の奴に使われるところを見ることになりそうで結構今怖いんだ」
「………………」
沈黙が続く。創志としてはリコルが決心できるまで待ちたかったが、その間も自分は魔王に取り込まれている。
「早く!」
「……分かった。でも死ぬんじゃないわよ。もし死んでたら次あった時に殺してやるからね!」
リコルはそれだけを告げて、飛翔の魔法で次元の裂け目から飛び出していく。
残された創志は、あんまりといえばあんまりな無茶ぶりに、流石に口からポロリと言葉がこぼれた。
「無茶言うなよ……」
外の世界から感じられるのは、空気が振動し、地面が鳴動し、岩石が浮きあがるほどの高密度の聖気。これを余波で感じさせるほどの攻撃を受けて死なないのはギャグ漫画か神に匹敵する超存在くらいである。
勿論そのどちらでもない創志にとって、死亡するというのはほとんど確定事項だ。
幸いなのは、死体があの世界に残らないことか。
「まあでも、短いが随分と楽しい人生だったな。地球から異世界にくることになるなんて普通の人間は経験できないだろうし面白いものもたくさん見たし、馬鹿騒ぎも結構したしな。後は今にも逃げようとしてくれちゃってるこの魔王さんと一緒に朽ちるくらいかな」
自分の人生を振り返りながら、別にそこまで悪い物じゃなかったなあなんて回想する。
そもそも人間はいつか死ぬのであって、それが遅いか早いかくらいの違いしかない。であるならば、できる限り自分の思うように生きようと決めていた創志にとって、ここまで充実した人生を送れたのは望外の幸運だっただろう。
外から発せられる聖剣の余波がここまで来て、魔王はその攻撃から逃げようと必死に体をくねらせる。
それを許すような創志ではない。取り込まれてどこに何があるかわからないような状態の腕で魔王を掴み。必死に、魔王を食い止めながら、自分が一度言ってみたかった台詞を言ってみる。
「地獄への道行、付き合ってもらうぜ、魔王」
そして次の瞬間には、視界が真っ白に染まり―――――――――――――――――――
「ん~~~これどこだ? というかなんで俺だけここでぽつんと一人立ってんの?」
辺り一面真っ白な、世界に創志一人がぽつんと立っていた。
つい先ほどまでかっこよく魔王を足止めしていたはずなのに、いつの間にやら自分はよく分からない場所に来てしまっている。
周りを見れば、向こうの方に白装束を来た大量の人間の列ができている。何とも暑苦しそうに密集しているのだが、それでも突然自分がどこにいるのかもわからなければ、さっさと人に聞いたほうがいいだろうとそっちに向かうことにした。
「何となくあっちの流れに入ったほうがいい気がするんだけど……」
「あ、起きた?」
「お?」
しばらく歩く、といっても約七歩。体感で換算して三メートル進んだ時に、上方から妙に甲高い声が届いてきた。
そっちを見ると、なんか真っ赤な髪を背中に流した豪華な服を着た三歳時くらいの女の子が浮かんでいる。
「なんだ、幼女か。残念ながら俺にはロリという高尚な趣味は無いんだ。出来ればもっと大人っぽい外見で出てきてくれよ」
「うっさいわね! 別にこの姿は私の趣味でもないわよ! 創造神のあのエロじじいが調整神である私を作る時に外見を適当に弄ってくれやがったせいなんだから!」
「なんか言葉がおかしいし、暴力的だな。せっかく無邪気的な可愛さを得ているのにその口調はあんまり似合わないぞ」
「うえええ!?……し、資料の中であんたが生きてる間に人誑しとか、マンイーターって言われる理由がよく分かったわ……まさかここまで阿呆だったなんて……」
「おい」
ファーストコンタクトで、相手が誰なのかとかいうことを華麗に流し、適当に会話を進めていく創志。色々と気にするべきところもあるはずなのだが、彼としては自分が死んだはずなのに意識があることの方が問題であり、そのほかについてはあまり気にしていなかった。
「というかここ何処なんだ? なんか妙にあっちの集団に混ざりたくなるんだけど」
「ここは、冥府前ね。いろんな魂が輪廻転生を受けるために行列を作ってるところよ。一日大体六不可思議くらいは魂にこびりついた記憶と穢れを払って転生してるわ」
「多くね?」
「まあ、四つの世界を同時に受け持ってればこのくらいにはなるわ」
「ふーん」
死後の世界にはこんな特殊な場所に来るということか。ある所にはずいぶんとまあ不思議な世界もあるようである。
「ということは俺も死んだのか……まあ、不思議はないけどな。あ~……リコルとか他の奴らに殺されそうな気がするなあ……まあ、転生したなら仕方ない。謝り倒して許してもらうか」
「あ、そのことで話に来たんだけど、あんた今転生できないわ」
「は?」
思わずポカンと口を開けて幼女神の方を見ると、幼女神はどうしようもないとでもいうように肩をすくめた。
「なんで?」
「あの……あんたが召喚された世界っていうのは人間の持つ可能性がより具象化しやすい、まあぶっちゃけていえば妄想とかが現実になるような感じの世界でね。結構次元位相が高い場所にあるところで随分と文明レベルでの技術が発達しちゃったところなのよ。そんなところで一万も斬りまくって、ついでに斬撃の概念を変革して進化させたうえで使用させたことであんたの魂自体に変質が起こって、それが丁度輪廻の輪に入れるようにしている糸が干渉できない強度で斬ってくるような感じの魂に……」
「長い。短くまとめろ」
「つまりはアンタの魂が触ったものを全部斬るから輪廻転生させようとするとエラーしか出ないのよ」
しばらく首をひねって考える創志。まとめると、どうやら自分は転生できないらしい。
「だめじゃね? どーすんの俺?」
「だから私が困ってんじゃない!……はあ。ここであんたが選べる選択肢は二つ。一つ、更にここで百億年くらい時間をかけて、魂が劣化するを待つこと」
「うわぁ……長げぇ。というか劣化していいのか?」
「ある程度時間をかけて劣化させないと活きのいい魂だと輪廻転生に戻らないのよ。通常は私が強引に魂の意識を覚醒させた後にある程度劣化させるんだけど、あんたの場合はそういう干渉ができないから自然に劣化を待つしかないしね」
「ちなみに俺が意識を覚醒するまでにかかった時間はどのくらい?」
「大凡八万年くらい?」
「……良く消滅しなかったよな、俺。もう一つは?」
「もう一度死んだときにいた世界に戻ってから生きなおしてもらって魂の劣化を早めることね。俗に言う、記憶を持ったままの転生ってやつよ。ここで上手い具合に心を折ってもらえるとなおいいわ」
「何か後半嫌なんだけど。まあいいか。それでよろしく。出来れば時代は俺が召喚された時にしてくれよ」
「え!? いいの? 魂からの受肉だから赤ん坊からのやり直しだし、今まで魂を同じ世界に初期化しないで戻すなんてやったことないから大雑把になるけど問題なし?」
「別にいいよそれで。人生何事も経験じゃないか?」
「もう死んでるけどね~。それならさっさと戻してあげるわ。ハイ」
幼女が手を空中でフイッと振るうと、創志の足元の白い地面にフオンと音を立てて円柱状の穴が開いた。
勿論、そこは深すぎてどこにあるのか見えやしない。
「ちょ、もうちょっと手段どうにかしとけよぉぉぉぉぉぉぉぉおお」
「じゃあね~」
創志はお気楽そうに手を振る幼女の姿を見て、いつか絶対に同じ目に遭わせることを心に誓った。
(それで、これはどうすればいいんだろう)
近くを穏やかな川が流れる横で、赤ん坊がぽつんと地面に落ちていた。
転生した創志である。
幼女に言われた受肉というのはどうやらどこかの人間の体内に新しい生命として宿るということだったらしく、そのまま生まれて、生後十日くらいまではしっかりと面倒を見てもらえた。
ただ、その時期にどうやら自分の魔力を測ったらしく、魔力が無いことが分かった後はこうして崖の下に捨てられてしまっているのである。
生まれた直後で周囲の状況が良くつかめない、かつ、赤子故に常に眠り続けるような状態であったが故に、ここまで特に何も認識することが無くいつの間にか捨てられているという状態。
ロクに動けもしない生後十日の赤ん坊にどうやって生きていけというのだろう
(取り敢えず、多分同じ世界にいるであろう勇者とかに会いにいかないと殺されそうだし、出来ればこのまま何とかして生き残りたいんだけどなあ……)
せめて動けるようになりたい。うーだあーだ動いているが、やっぱり体が動かない。
(というか早速死んだら転生させた意味ないんじゃないのか?……あの幼女も、そこらへん初めてとかで適当にしかできなさそうだったしな。ヘルプもきっと遅くなるだろう)
となるとやることは一つである。
(第二の人生……ガンバロー)
取り敢えず、幼女じゃない神様に適当に祈っといた。
こうして、かつて勇者パーティーの一人であった剣士の、前途多難な二度目の人生が始まった。
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ちなみにこの後、創志君はなんやかんやあって死にはしません。
*八月三日追記。短編二個目を上げました。よかったらそっちも読んでください