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ハイヒールを履いた女  作者: 紅山帝弼
2/5

「おはようございます!」

「おざーっす」

新人教師の平野は、元気な声と明るい笑顔で、すれ違った高校生に向かって挨拶をした。普通の教師ならここで、「なんだその挨拶の仕方は!」とか「ちゃんと挨拶をしろ!」と言うだろうが、平野は言わない。というより言ってる場合ではないのだ。

平野は今年の4月から、名門校として有名な新和学園高等学校に教師として配属されることになったのだ。名門校と聞いてたこともあり緊張で始業式の前日は眠れず、教師紹介の自己紹介だけを必死に考えていたこともあり、目の下はクマができ、やつれた顔をしていた。が、心は元気で「これから頑張るぞぉ」という闘志だけは燃え上がっていた。まさに空元気の状態で存在していたので、高校生に注意することはおろか、ピカピカの数日前に買ったスーツがよれよれになっていることにも気づかず、ただ、笑顔で元気に挨拶するという新人教師の99%が行うアクションだけ、無駄に多用し、そのやつれ果てた顔の女が笑顔で元気に挨拶をするたびに、挨拶された高校生は、なにこのババアとなり、友達同士でこそこそと笑い合うのであった。

そんなことになってるとは気づきもせず、平野は学校の内部地図に書いてある職員室を目指した。


「失礼しまーす」

ガラリと大きな音を立てて、職員室の扉が開かれ、見たことのない女が入ってきたため、職員室内がざわつき、騒がしくなる。

「あぁ!平野先生ですか!?」職員室の中にある扉が開き、禿頭の見るもおぞましい親父が入ってきた。と同時に職員室内のざわつきが何故か収まる。平野は自分が入ってきたら騒がしくなったのにこの目の前の親父が入ってきたら収まった、、という事実に対して苛立ちを感じながらも、一連のことからこいつは権力者ーーーつまり教頭か校長だと思い、愛想良く笑顔を作った。

「おはようございます!」

と平野が言うと、言い終わるか終わらないかのタイミングで、禿頭が自己紹介をした。

「教頭の、丹羽です。えー今日からよろしくお願いしますね!それで〜平野先生には早速ですが、3年3組の担任をしてもらいますので、よろしくお願いしますよ!」

平野が相槌を返す間もなく、マシンガンの如く喋りあげた後大きくため息をついて、平野を一瞥する。平野は頭の中ではブチっときてたものの、相手は教頭…逆らったらなにをされるか分からないため愛想笑いを必死に保って、ハイ分かりました。と返事をした。

「部活は〜野球部の副顧問をお願いします。」と丹羽が言う。

「分かりました、任せて下さい!」

と平野が元気良く返事をすると、「別に顧問じゃないからはりきらなくてもいいですよ」と丹羽が付け足した。平野が、余計なことを言う禿げめ…と脳内で丹羽を包丁で刺し、現実の平野が己の愛想笑いを突き通している時、荘厳な音と共にチャイムが鳴り響いた。

「随分と派手なチャイムなんですね〜」と何気無く平野が呟くと、隣にいた男教師が、「この学校は昔からオーケストラでのチャイムなんですよ、」と言ってきた。

あ、そうなんですか!と、突然話しかけられて驚いている平野を見て男が、「あ、体育教師の日田です。よろしくお願いしますね!」と微笑んだ。なかなかのイケメンで、自分の好感度上位リストに追加された日田を見て平野がよろしくお願いします〜と上の空で返事をしていると、「よろしくお願いしますねぇ」と隣から甲高い声で40歳くらいのおばちゃんが平野に向かって挨拶をした。平野がその人の胸ポケットをみると、溝端と書いてあったので、よろしくお願いしますーと挨拶を返すと同時に、

「始業式が始まりますよ!急いで下さい!」と平野の脳内好感度リスト最下位の丹羽が、唾を盛大に飛ばしながら叫んだ。現実に引き戻された平野は黙れハゲめ、とまだ会って間もない丹羽に大きな敵対心を抱いた。

「いきましょうか」と日田が天使の微笑みを浮かべて言う。

平野は元の笑顔を取り戻し、元気にハイッと返事をして日田の後に続いて体育館に入った。



体育館は静まり返っていた。

ーーというのを平野は期待したのだが、いくら名門校といえど、ここは高校。普通の高校と同じように集合状況は悪く、騒がしい空間になってしまうのはごく自然なことであり、仕方のないことだった。何気無く平野が体育館内に視線を送ると、友達と好き好きに話すものもいれば、グループの輪の中に入ることのできない子が周辺をうろついている光景や、禿羽…丹羽を見てヒソヒソと何かを話し合っている教師のきみの悪い笑顔が広がっていた。

始業式開始まであと5分…平野は体育館を見渡すのをやめ、己の自己紹介文に全神経を集中させ、高校生がみんな笑顔で自分の話を聞いている、そんな自己紹介コーナーのイメージトレーニングを始めた。

「みなさんっ!お静かにっ!」

平野のイメージトレーニングが終わると同時に丹羽が絶叫する。生徒がダラダラしながらも前を向き、先程より騒がしさが軽減される。まえーならえっ…と整頓が行われ、美しく並び替えた生徒たちは、「ただいまより、始業式を開式します。」の号令と同時になったピアノの音に合わせて校歌を歌い始めた。途中平野はノリノリで体を動かして聞いていたのだが、周りの教師がまるで自分を地球外生命体でも見たかのような目で見ていることに気づき、すぐにやめた。丹羽が大口を開けて歌いながらそんな目で見てきたことに関しては、お前のほうがゴミムシだろう!と自身の中で悪態をついた。

校歌が終わり、いよいよ新しい先生の発表になった。なんと今回赴任してきたのは平野一人だったので内心は不安だったが、その分多くしゃべれると喜びも感じていた。

「では紹介しますっ!平野綾先生です」丹羽の号令とともに盛大な拍手が起こる。

やらせだとわかっていても、何故かそれが心地よく感じた平野はいつもにました笑顔で舞台に上がった。

拍手が鳴り止んで、生徒たちが礼をする。

ーーいよいよ時が来た。

平野は大きく息を吸って、マイクに手をかけ、喋った。

「みなさんっ!おはようございま…ピーーー」

マイクの設置位置がおかしかったのか例の耳をつんざくようなキーンとした音が出る。平野が思わず顔をしかめる。

笑が起きた。顔を上げその生徒達の笑が馬鹿にした笑なのだとすぐに平野は悟り、まさかまさかの自分でも驚く行動に出る。

「おはよーございまーすっ!!」

マイクを使わずに話し始めたのだ。

「今日からお世話になることになりました、平野綾です。よろしくお願いします!」平野が続ける。

「私が教師になったあかつきには、皆さんをりっっっぱな人間に育て上げるべく!日々努力し、すぐによりそってもらえるような!相談がしやすいような!そんな先生になろうと思います!」

「はい、ありがとうございましたー。平野綾先生でした。教科は英語を担当なさります。」

まだまだ平野は言うことがあったのだが、突如丹羽が割り込んで無理やりに終わらせてしまった。

最悪だ、このジジイ、そして終わりだ。と平野は絶望し、舞台からおりてきた後も、日田が励ましてくれているのに気付かず、ただただ今進行をしている舞台上のハゲを睨むばかりだった。



少し時間が経ち、担任の教師の発表の時となった。生徒は皆それぞれ不安と好奇の目で、己の進路のパートナーとなる自分のクラスの担任の発表を今か今かと待ちわびた。

「はい!お待ちかね担任の先生の発表をします」と丹羽がマイクを握りしめる。

生徒が少しざわつき、その衝撃で体育館のカーテンがゆらりと少し揺れた。

まずは1年の担任発表から。続いて2年。生徒は発表されると同時に色々なリアクションを取る。嘆く者、喜ぶ者、怒る者…そんなリアクションを眺めて平野が楽しんでいると、いよいよ自分の受け持つことになる3年の担任発表の時になった。

「まず、3年1組!、、、、溝端緑先生!」

「えーマジで〜?きもい〜」

溝端と言われた女教師が生徒達に罵詈雑言を浴びさせられながらも凛とした表情で丹羽からマイクを受け取る。

「えー、皆さんの生活をより良いものにするために一緒に頑張りましょう!」

騒ぎは収まらなかったがそのまま式は進行される。

「3年2組!日田雄介先生!」

「皆さんの一人ひとりの個性を大切にしていきたいと思います。」

マイクを受け取った日田が笑顔で話す。生徒の中からは、やった!とか、よっしゃ!などの声が聞こえ、さすがは日田先生。生徒からの人気も高いのですね!と平野はより一層日田のことが気に入った。

「3年3組!平野綾先生です!」

日田が甲高い声で叫び、平野にマイクを渡す。その間気になったのは生徒が誰もリアクションせず奇妙な目で見ていたことだった。新人教師だからそれは仕方のないことなのだが、平野は少し残念な気分になり燃えていた心が少しばかり冷えてしまった。

「平野です!よろしくお願いしますね、私はみんなと一緒に全ての物事を一歩一歩歩んでいきたいと思います!」

気を取り直して平野が言う。

生徒の反応はそれぞれだったが、それがどうした、平野はすました顔で丹羽にマイクを渡した。

これで担任発表は終わりだ、とため息をついたその時、丹羽が驚くことにまだ担任発表を続けた。

「えーと、次に特Aの担任を発表します。特Aは、岩瀬将太先生です!」

平野は驚いた。そんなクラスがあるとは知らず、いきなり発表されたから驚いた、と言うこともあるのだが、言われた先生が体育館にいないことと何より生徒の誰1人も反応が無いと言うことだった。

「特Aの生徒はいないんですか?」

と日田に耳打ちすると、ここにはいませんね、と言われ後で説明してあげますよ!と微笑まれた。

「次!特Bは鷹森信広先生です!」

平野は、たかもりのぶひろって誰だ?となりながらも次の最後のクラスに意識を集中させる。

「特Cは!堀花織(ほりかおり)先生です!」

最後の発表直後、何故か、先程までなんの反応も無かった生徒達がざわつきはじめた。すぐに収まったが何かがあることには間違いなかった。平野は脳内手帳に特Cと書き込み記憶にとどめることにした。

結局、式は何か大きな事件も起こらず、無事に終了した。




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