ティータイム
頭では分かっていても、なかなか行動にできないのが人間の性〈さが〉だ。
現実逃避をして近いうちに迫ってくる試練から目を背ける。
けれど、そんなことずっとは言ってはいられない。
現に私は一気に厳しい現実を突きつけられて、追いつめられてる。
なんで、こんなものが存在するのだろう。
なんで、こんなにも無慈悲なのだろう。
テストというものは。
「わかんなーい!!
何これ!?
どうやったら答えがx=1になるわけ!?」
正弦定理を使った応用問題?
まず正弦定理を忘れたのに、解けるわけないじゃない!
てか、この参考書はなんで解答だけ淡々と並べてあるだけなの!?
普通は解答と解説がついてるものでしょーが!
数学苦手な人への優しさ配慮はないの!?
イライラと不安で頭が沸騰しそうになる。
毎回毎回テストのたびに悩まされる数学。
赤点とらないことが過去何回あるかな?ってくらいに苦手なの。
今度赤点とったら、進級できるかどうかの瀬戸際…と今日になって先生から直接言われたから、笑えない話だ。
慌てて今日手をつけはじめて数時間。
数学のテスト勉強を先延ばしにしてしまっていた私は早速壁にぶち当たった。
今日は少しでも前向きな気持ちで勉強できるようにカフェで勉強してるけど、そんなの気休めだった。
根本的に理解していないものは気分を変えてみたところでダメだ。
私は頭を抱えながら問題集とにらめっこする。
「藍は相変わらず数学がダメなんだね。」
ふわふわとした柔らかい髪を揺らしながら、拓真はコーヒーとケーキを私の前に置く。
にこっ、と優しく笑いながら、休憩しよっかと勉強道具をさり気なく隅にまとめて、私の正面に座った。
「甘いもの補給して、それからまたがんばろ?」
私の好きな笑顔で私のことを元気づけてくれる彼を見て、私は一息つく。
あぁ、拓真は私の癒やしで素敵な彼氏だなぁと自然と穏やかな気持ちになる。
このカフェを経営しているのはマスターこと拓真の叔父さん。
私もこのカフェで普段はアルバイトとして働いているのだが、テスト期間はバイトはなし。
学生の本分はきちんとこなせるようにと、マスターは私に配慮してくれる。
「僕も休憩もらったから、一緒に休も?
ケーキは叔父さんからの差し入れだから、遠慮なく食べちゃって。」
「うん。ありがと!」
マスター優しい!
もう拓真といい、マスターといい、いい人たちが多すぎ!
私は焦りを忘れて、落ち着きを取り戻した。
適度な休憩は勉強の能率をあげる。
「じゃあ、お言葉に甘えていただきまーす!」
ベイクドチーズケーキかなぁ?
ハート型でかわいい!
めちゃくちゃ濃厚で頭を使いまくって疲れた身体にご褒美って感じ!
コーヒーとも合っておいしーい!
「幸せー!」
私は勉強中とは別人なくらいに満面の笑みを浮かべて堪能する。
疲れたときはやっぱり甘いものよねー。
あぁ、甘さが身にしみる。
ふと顔をあげると拓真がにこにこと食べてる私を見ている。
ちょ、恥ずかしいんですけど!
「…そんなに見ていられたら、落ち着かないんだけど。」
私は自分でも顔が赤くなっていくのが分かった。
拓真は天パのゆるっとウェーブを描く髪と同じように性格もどこかつかみどころがなく不思議な感じ。
包み込んでくれるような優しさと彼の放つ癒やしオーラは人を安心させる。
そして、彼の笑顔は私には破壊力抜群なくらい心臓に悪いくらい好みなのだ。
そんな顔で見つめられては落ち着かないに決まっている。
「だって美味しそうに食べてるから嬉しくって。」
「ん?」
「それ、僕が作らせてもらったケーキなんだよ。」
「え!?」
「そんなに幸せそうに食べてれば自然と藍を見ていたくなっちゃうよ?」
………な、な、何言ってんの!?
私はあまりに衝撃的すぎて、声がでない。
どうしてそういう恥ずかしいことを自然と言えるの!?
意味分かんない!意味分かんない!意味分かんない!
この天然無自覚小悪魔めっ!!
付き合ってから分かったことだけど、彼は私を恥ずかしい気持ちにさせてからかうのが好きみたい。
私は血行がいいのか、体質なのか恥ずかしくなるとすぐ顔に出る。
びっくりするくらいの速さでりんごのようになる。
それを楽しむのが彼の意地悪なところだ。
私は悶えて机に突っ伏した。
もちろんケーキは端っこにおいたさ。
突っ伏して顔面にケーキをくっつけるなんてミスはしない!
…実は過去にしたことがあるけど。
同じ失敗を拓真の前でするわけにはいかない。
「恥ずかしくなると顔を背けるクセ直らないね。」
「…誰が恥ずかしくさせると思ってるのよー」
私は突っ伏したままいじけたように言う。
顔の熱がなかなかひかない。
すぐに真っ赤になる私のほっぺは直るのに時間がかかるから嫌なのよ!
「そういえば俺が告白したときもそうだったよね。
ケーキを顔面で味わってた。」
思い出したように笑う拓真の顔が見ていないのに想像つく。
店内に人が少なく、マスターからも見えない隅の席を選んだことがあだになった。
彼は遠慮せずに攻撃してくる。
そう、これは私にとっては攻撃だ。
たとえ彼にその気がなくても。
恥ずかしがって再起不能になりかけている私どもその状況を明らかに楽しんでいる拓真。
どこまで私をいたたまれない気持ちにさせる気なのよ。
私はたまらなくなって反論する。
「あれは拓真が悪かったんじゃん!
人がやっとの思いで告白する決心してお茶に誘ったのに、不意にす、す、好きだよって言ったから!」
「だって、りんごみたいに顔を真っ赤にさせていたのが可愛かったから。ついね。」
私は身体の力が一気に抜けた。
彼はSなのだろうか。
天然なのだろうか。
どうしてこうも私を追いつめるのが上手いのか。
拓真が言葉を発するたび私の立場はどんどん悪くなってしまう。
く、くぅ~。
「………もう、拓真しばらく喋んないで!!」
恥ずかしすぎて、頭が沸騰しそう。
数学解いてるときとそう変わらないくらいに頭がぱんぱんだよー。
もう本当に信じらんない!
「えー、数学教えなくていいの?」
ピク、と私の耳は敏感に反応する。
拓真はどうしてこうも私を操るのが上手なのだろう?
4歳年上ってだけで、どうしてこんなにも余裕があるように感じられるのだろう?
私はまったくかなわない。
結局こうやってからかわれても、私は許して、彼に甘えてしまうんだ。
けど、やられっぱなしは悔しいから、たまには反撃したくなるもので…。
私は顔を見せないように立ち上がって、拓真の隣りに座る。
「藍?」
のぞき込むように拓真の顔が近づく気配が感じる。
私はまだ顔は真っ赤なのだ。
だって、仕返しとはいえ私だってこれからすることか恥ずかしいのだから。
でも、開き直った。
いつも自分からしないけど、私は彼に顔を見せないままお腹に抱きついた。
「ゆ、許してあげる。ケーキも美味しかったし。」
彼の匂いがふわりとかおる。
私の好きな安心する香りだ。
ぎゅっと抱きしめなおしてから、ゆっくりこっそりと彼の顔を見上げると目を見開いて固まった彼がいた。
そしてだんだん頬を染めてゆく。
私はしてやったり顔で正面に座り直して、ケーキを食べることを再開する。
「拓真、顔真っ赤ー」
私はからかうように愛しいように言う。
マスターが言っていた。
拓真は甘えられるのに弱いよ、と。
藍ちゃんなら、もう大打撃だろうね、と冗談のように。
半信半疑だったが、さすがマスターだ。
おかげでちょっといつもと違う彼を見れた。
「拓真まだ真っ赤ー。」
あぁ、チーズケーキが甘い。
コーヒーは時間がたったのに温かい。
数学は煩わしかったはずなのに、今はどうして早くやりたいとすら思うのだろう。
「だって、藍が。」
「うふふ。うろたえてる拓真かわいー。」
私は最後の一口を見せつけるように味わってから、
「美味しかったー!」
と彼に笑いかけた。