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面白い美容師

作者: ざね

 とある噂が流れていた。それは、隣町の住宅街にとんでもなく面白い美容師がいる。そんな話だ。住宅街のどの場所か、どのように面白いか、などの詳細は一切わからない。ただ、奴はとんでもなく面白い。面白事がたまらなく大好物の私にとっては、とんでもなく面白い、の言葉だけで充分動機に繋がる。私は翌日の早朝から、噂の美容師を探すべく行動を開始すると決めた。

 翌日。午前8時。朝の支度を済ませ、会社には電話でとびっきりのスクープがあると言い、早速隣町へと足を運ぶ。外に出ると朝日がさんさんと眩しく、雲ひとつない。絶好の面白日和であった。

 車を持たない私は電車で隣町へと向かう。最寄りの駅へは徒歩五分、と中々の立地条件の家に住んでいる。これは私にとってありがたい。まあ、そんな事は良しとして。駅に着けば、当然切符を買う。自動の切符売り場へ小銭を入れて、四駅分の金額の場所のボタンを押す。確認せずとも金額がわかる私が、いかに電車に乗りなれているかわかるだろう。ちょっとした自慢である。世間に通じるかわからないが、な。

 しかしこの時間帯、朝の通勤ラッシュにより人で混み合っている。窮屈であるが、問題無い。取材に遠出する際はいつもこのようなものだ。慣れている。ちなみに、通勤には電車を使わなくとも充分徒歩で着く距離にある為、普段乗る事は無い。

 さて、満員電車の中、人にもまれながらも、電車は時間通りに動く。耐えれば自然と目的の駅には着くものだ。ただこのような状況で一番気を付けなければならないのは、降りる時、である。奥に居れば居るほど人ごみをかき分けて進まなければならない。うまくいかなければタイムオーバーだ。扉は閉まり、次の駅へと電車は向かってしまう。まあ、この時の私は幸いにも開く扉付近に位置を維持出来ていたのでスムーズの降りる事が出来た。

 隣町、ここからが取材の本番であろう。駅に付き早速街に出る。場所は隣町の住宅街。これだけしか情報が無い為、まずは街ゆく人たちに聞き込みをしなければならない。ネットを使いあらかじめ情報を得てもいいのだが、それでは取材結果に面白みがない。街の人たちの声、これもまた記事の魅力となるからな。

 右手にペン、左手にはメモ帳。これだけで準備はいい。時計を確認すると今は9時前、まだ人は行き交う。まずは最初に目があったサラリーマン風の男に声を掛ける。見た感じは30代前半といったところか。

「すいません、この街に面白い美容師がいる聞いたのですが」

 相手に歩幅を合わせ歩きながら質問をする。質問はストレートに聞きたい事だけ。この場合、大物にインタビューする訳ではないのでこれでいい。

「面白い美容師? さあ私は農協の床屋で髪切るからわからないな」

「そうですか、ありがとうございました」

 やはりこの年代の男性は髪型には掛けないからな。情報は得られず。女性に聞くが早いはずだが急いではならない。色々な職種の方々に聞くが情報の幅が広がる。

 こうして同じように何人もの通勤する人々に聞き込んでいった。学生や男性会社員には大した情報は得られなかったが、とあるセレブ風の中年女性から有力な情報が得られた。

「あら、“ぴっぐす”の事? あそこの美容師さんは面白いわね~」

「知らないの? うふふ、行けば分かるわよ」

「場所は…………ね。看板が立ってるからすぐわかるわ」

 充分過ぎる情報だ。これを頼りに早速向かうとした。

 住宅街を歩き、かなりの曲がり角を曲がった。大体30分は駅から歩いた。あの情報が確かなら、ここを右に曲がれば見えるはずだ。家が立ち並び、道の十字路を曲がり、在った。目的の美容師がいる美容院“ぴっぐす”の看板が見える。丸い字体でぴっぐすと書かれ、バックには豚が三匹横並びで仁王立ちしているイラストが描かれている。中々インパクトのある看板だ。これは一目に付く。が、住宅街にある為目立ってもマイナーなのは仕方がないだろう。

 さあ。着いた。ここである。ここに目的の美容師がいる。店はガラス張りで中に美容師らしき人は居るものの、さほど面白そうではない。さすがに見た目ではないか。外から中を一しきり見て、私は扉に手を掛けた。

「いらっしゃいませー!」

 これもまた中々。良い返事が来る。活気があり、実にいいではないか。私は髪を切ってもらう前に、まず聞かなければならない事がある。

「私はローカル雑誌の者でして。ここに、面白い店員がいると聞いて来たのですが」

「ああ! それはきっと彼の事ですね」

 この中でも一番年輩のような容姿の美容師の方が返事をした。彼が指差した先、店の奥に座る男性。

「見たところ、それほどでも……」

「まあ。まずは椅子に座って」

 私は流されるまま返事をしてくれた美容師に椅子に座らされてしまう。どのみち髪を切ってもらうつもりでいた。来るべき時をじっと待とうか。

「よしゆき君、指名だよ。いつもの通りよろしく!」

「へい、ラジャー」

 よしゆきと名指しされた青年は指示に返事をし、私の椅子のうしろへと来た。私の顔によしゆきは顔を近づける。それと同時、ガサガサ、と頭の上で物音が聞こえた。

「今日はどんな感じで」

 この声に応答する依然に、私は目の前の鏡を見て仰天した!

「頭にクリスマスツリーが立っとる!」

 つい口走ってしまう。だが、それほど驚いたのだ。面白い、とはこういう事か。

「まあシーズンですんでね。ツリーも立っちゃいますよ」

 そういう問題か! しかしながら、これが彼のやり方なのだろう。私は込み上げてくる笑いを必死にこらえ、注文をする。頭にツリーが立ちながらも、中々手際よく作業をする。ときたま葉っぱ部分が顔に刺さるのは御愛好。面白いのに変わりないので問題にはならない。

「さあ終了です。どうです。さっぱりでしょ。お客さん、カッコイイですよ」

 鏡を見た私の髪型は何ら問題はない。実の満足する出来栄えだ。これで私の髪型までツリーにされてはどうしようか、とふと過った心配も余計であった。

 後で話をくわしく聞いてみると、一時期客足が悪い時期があり、その時がたまたま子どもの日が近く、隣の家で鯉のぼりが立っていた。それでふざけ半分(真面目にやればこんな考えしないな)でよしゆきが飲み会の罰ゲームで一日頭に鯉のぼりを指して仕事すると決まったそうだ。よしゆきも断れと思うものだが、実際に実行する。ところがそれが評判良く、客足が伸び、今に至ると言う訳だ。今では店の名物で髪を切らず写真を撮りに来るだけという人もいるそうだ。よしゆき自体ルックスは良いので、女の子の客も多くなり、店の美容師全員に彼女が出来た、とのどうでもいい話も聞かされた。

 まとめに入るが、確かに面白い美容師はいた。頭にツリーをさす美容師。だが思う。それでいいのか? と。しかしまあ、その心配も私がするべき事ではない。面白いのには間違いなく、十二分に記事にしても問題ない内容だ。今後の彼らに期待しようじゃないか。いずれ美容師全員にツリーが立つのも遠くないはず。その時また、私は、ここ“ぴっぐす”に足を運ぼうじゃないか。(笑)




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