第六発明 氷の魔女 カロ・リゼロ登場なのじゃ
「正解よ」
声がした。
ゆっくりと、ほうきに腰掛けた一人の女が空から現れた。
とんがり帽子に長いローブ。黒色の髪。細い指先に、白い霜。
女は薄く笑った。
「私の名前はカロ――カロ・リゼロ」
「ラーメン派に頼まれてね。邪魔な研究者を片付けに来たわ」
カルテが眉をひそめる。
「魔女……?」
「ワシの拳を氷で封じるとは……」
博士が低く唸る。
観衆がざわつく。
「カロ・リゼロ……聞いたことがある」
「西にいる有名な魔女だ。氷雪の精霊に愛されているって」
「氷の魔女…カロ・リゼロ」
カロ・リゼロは指を鳴らした。
「おとなしくしていなさい。次は全身よ」
その時だった。
「待てよ」
声がした。
人混みの後ろから、ゆっくりと歩いてくる男がいた。
長髪。パオ。鋭い目。
アル・デンテだった。
カルテが振り返る。
「アルさん?!」
アルは博士を一瞥し、魔女を見据えた。
「博士には借りがある。ここは俺が――」
次の瞬間だった。
パキンッ。
アルの足元から、音もなく氷が広がった。
瞬く間に全身を包み込む。
「……は?」
アル・デンテは、綺麗に氷漬けになった。
カルテが額に手を当てる。
「アルさん……」
カロ・リゼロがため息をついた。
「邪魔者はまとめて片付けるわ」
彼女が再び指を向けた先は――
博士だった。
パキキキキッ。
今度は博士ごと、巨大な氷の柱が広場に立ち上がった。
カルテが叫ぶ。
「博士ーーーーっ!!」
氷の中で、博士は目を閉じていた。
カロ・リゼロが髪をかき上げる。
「終わりね」
沈黙。
広場が静まり返った。
――その時。
氷の内側が、赤く光った。
「……?」
カロ・リゼロの目が細くなる。
光は赤から橙へ。橙から白へ。そしてーー白から黒へ。
刹那――
ドォンッ!!
氷柱が内側から弾け飛んだ。
破片が広場に降り注ぐ。
煙の中。
博士が立っていた。
白衣の裾が、ゆらゆらと燃えていた。
いや、違う。
炎をまとっていた。
赤と黒が混ざり合った、見たことのない色の炎。
カルテが息をのむ。
「あの炎……」
カロ・リゼロの顔色が変わった。
「……まさか」
博士は静かに右手を掲げた。
炎がその拳に集まっていく。
「煉獄の炎...…地獄の炎すら生ぬるい...…決して消えない黒い炎」
カロ・リゼロの声が、初めて揺れた。
「失われた……禁術……キテスヤミ魔法学院の賢者の塔を一晩で燃やし尽くしたあの...…」
「あれを使える人間が、まだいたの?」
広場が水を打ったように静まり返った。
博士は何も言わなかった。
ただ、静かに一歩踏み出す。
カロ・リゼロが後退する。
「……待ちなさい」
しかし博士は止まらなかった。
静かに、しかし確実に、一歩ずつ距離を詰める。
カロ・リゼロが両手を振り上げた。
「っ――氷槍!」
ドンッ!!
無数の氷の槍が宙から降り注ぐ。
博士は一歩も動かなかった。
炎が盾になる。
触れた氷が、音もなく蒸発した。
カロ・リゼロが歯を食いしばる。
「氷壁!」
バキバキバキッ。
足元から巨大な氷の壁がそびえ立つ。
博士の歩みが、一瞬止まった。
カロ・リゼロが距離をとる。
「……効いてる」
息を整え、再び魔法を構える。
「氷獄!」
今度は四方から氷が迫った。
上から。下から。左から。右から。
完全な包囲。
逃げ場はない。
はずだった。
ドォッ!!
博士が真正面の氷壁を、拳一つで砕いた。
破片が霧のように散る。
その向こうに――博士が立っていた。
白衣が炎で揺れる。
カロ・リゼロの足が止まった。
「なんで……」
後退する。
また一歩、博士が近づく。
炎の揺らめきの隙間から、何かが見えた。
白衣の裾。
その下。
博士の右手に刻まれた――紋様。
「……あれは」
カロ・リゼロの目が見開かれた。
「魔法陣……?」
一つではない。
二つ、三つ――
「よ、四つ……?」
クアトロ・マジックサークル。
四重に重なった魔法陣が、博士の体に静かに輝いていた。
カロ・リゼロの顔から、血の気が引いた。
「……そんな。人間の体に四重魔法陣なんて」
「刻んだだけで廃人になる……それを」
声が震える。
「使いこなしている……?」
博士は何も言わなかった。
ただ、最後の一歩を踏み出した。
炎をまとった拳が、ゆっくりと引かれる。
カロ・リゼロは目を閉じた。
その時。
「博士っ!!」
カルテの声が広場に響いた。
「たけきのこの国に争いは似合わないって――博士が言ってたじゃないですか!!」
博士は立ち止まり、そして――
拳を下げた。
炎が、ゆっくりと消えていく。
カロ・リゼロはしばらく博士を見つめていた。
そして小さく舌打ちをした。
「……引くわ。今日は」
くるりと背を向ける。
その時。
博士の手から、小さな炎の欠片がひとつ――
ふわりと宙を漂い、
カロ・リゼロのローブの裾にちょこんと触れた。
「……熱っ」
カロ・リゼロが飛び上がった。
ローブの裾がじわじわと燃え始める。
「ちょ、ちょっと!!」
ばさばさと手で払う。
消えない。
「もうっ!!」
カロ・リゼロはローブをその場で脱ぎ捨てると、黒いワンピース一枚で猛ダッシュで逃げ出した。
「覚えておきなさいよーーーーっ!!」
声が遠ざかっていく。
広場が静まり返った。
カルテが呆然とつぶやく。
「……煉獄の炎の結末がそれですか」
博士は脱ぎ捨てられたローブを見て、静かに言った。
「火の不始末はいかんのじゃ」
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戦いのあと。
アルは氷が溶けて、広場の真ん中でびしょぬれで座っていた。
カルテが近寄る。
「アルさん……大丈夫ですか」
アルはしばらく黙っていた。
そして静かに言った。
「……俺、何しに来たんだろ」
カルテはそっと目を逸らした。
博士はすでに研究室に戻っていた。
こうして博士はレシピを改良した。
それ以来、ごパンにはあるものが加えられ、名称もほんの少しだけ変えられた。
その名は――
プロテイン米。
こうしてたけきのこの国に、
筋肉を育てる主食
が誕生したのであった。
めでたしめでたし。
今日も伊沢博士は研究室で、ミケランジェロと名付けたダンベルを持ちながらつぶやく。
「発明は世界を救う。だが筋肉は―― もっと手っ取り早く救う。」
カルテがぼそっと言った。
「……博士、魔法も使えるんですね」
博士は何も答えなかった。
ただ、静かにダンベルを持ち上げた。




