第五発明 パンとごはんの戦争なのじゃ
世はまさにグルメ時代。
たけきのこの国には、三つの争いを乗り越え、久しぶりの平和が訪れていた。
その朝。
研究室に、慌ただしい足音が近づいてきた。
バタン!!
扉が勢いよく開く。
「はかせー!おはようご――」
息を切らしたカルテが飛び込んできた。
そして――
固まった。
研究室の椅子に、見覚えのある男が座っていた。
長い髪を後ろでまとめ上げ、パオをまとった青年。
「よう」
男は軽く手を上げた。
「ア、アルさん?!どうしてここに?」
「仕事でこっちに来たもんでな。ついでに寄った」
カルテは息を整えながら、男をまじまじと見た。
「そういえば……傷、すっかりよくなったみたいですね」
アル・デンテは肩を回した。
コキッ。
「あぁ。今はもうだいぶ動けるようになったぜ」
「さすが大会3連覇ですね」
アルは口の端を上げた。
「ふふ。今はもう4連覇だぜ」
カルテが目を丸くする。
「え?!あの怪我から?!」
「博士からもらった骨をつなぐ薬のおかげでな」
アルは遠い目をした。
「……副作用で関節が固まるから、固まらないよう三日三晩動き続けろと言われたときには焦ったが」
「そ、そのかいがあって?」
「あぁ。おかげで新しい武の極致にたどり着いた」
カルテはしばらく黙って、アルを見つめた。
そして静かに言った。
「……あの変なダンスでですか」
「ダンスって言うな」
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しばらくして。
博士が研究室に入ってきた。
ボロボロの白衣。爆発したような白髪。丸眼鏡。 右手にはメモ帳と――左手にはミケランジェロ。
「おぉ、アルか。来ておったのか」
「お邪魔してます」
博士はちらりとアルを見てうなずき、それだけ言うとダンベルを床に置いた。
カルテが眉をひそめる。
「博士、もう少し驚いてあげてください」
「何を言う。ワシの薬を使えばこのくらい当然なのじゃ」
その時だった。
「博士ーーー!!大変です!」
扉を開けて飛び込んできたのは、近所の親方だった。
「今度はパン派とごはん派が争っています!!」
カルテが振り返る。
「またですか……」
博士はすでに立ち上がっていた。
「そいつはいかん。平和がワシを呼んでいるのじゃ」
アルがぼそっと言った。
「……俺に伝えたいことがあったんだが」
誰も聞いていなかった。
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広場では、すでに争いが最高潮に達していた。
パン派が叫ぶ。
「ふわふわのパンに何でも挟める自由度がわからんのか!」
するとごはん派が言い返す。
「おかずとの調和!あの噛めば噛むほど広がる甘みを知らないとは人生の半分を損している!」
ついにはパンが投げられ、おにぎりが手榴弾のように飛び交っていた。
博士は争う人々を見渡し、静かに言った。
「みんながこれ以上争う姿を、ワシは見たくないのじゃ……」
拳を握る。
「ワシが……ワシがこの国を平和にしてみせるのじゃ!!」
カルテがつぶやく。
「博士……今回こそ発明で解決ですよ」
こうして博士とカルテは、来る日も来る日も研究に研究を重ねた。
そしてある日。
巨大な装置の前に立つと、博士は大量のパンとごはんを投入した。
装置は唸りを上げる。
ゴゴゴゴゴ……
そして――
一つの食べ物が誕生した。
その名も、
ごパン。
米粉を使ったもちもちのパン生地に、ごはんのような旨みと小麦の香りを閉じ込めた奇跡の一品である。
カルテが目を輝かせる。
「博士、ついにやりましたね!」
博士は静かにうなずく。
「あぁ。これで平和を取り戻すのじゃ」
パン派が言う。
「もちもちでふわふわ……毎朝これでいい!」
ごはん派も言う。
「噛むほど甘い……おかずが合う!」
国民たちはごパンを頬張り、笑い合った。
こうして世界には―― もちもちとした平和が訪れた。
――かに見えた。
その平和を乱す者が現れたのである。
それが――
ラーメン派だった。
ラーメン派は鼻を鳴らした。
「パン?ごはん?ぬるいんだよ」
「麺の前ではどちらも霞む」
「スープを飲み干した後の充足感を知らないやつに、食を語る資格はない」
国中にラーメンがばらまかれ、たけきのこの国は再び大混乱に陥った。
博士は静かに言う。
「落ち着くのじゃ。争う必要はないのじゃ」
「主食はみんな違って、みんなよいのじゃ」
しかしラーメン派は聞く耳を持たない。
「ラーメン最強!」
「固形物は時代遅れ!」
広場は騒然となった。
沈黙が流れる。
博士はゆっくりと立ち上がった。
そして――
白衣の袖をまくった。
周囲がざわつく。
カルテが小声でアルに言う。
「……来ますよ」
アルが小声で返す。
「……ああ」
博士の拳が空気を引き裂く。
はずだった。
ドンッ。
「――?」
博士の拳が止まっていた。
いや、違う。
固まっていた。
白く、透明な氷に閉じ込められて。
広場が静まり返る。
カルテが息をのむ。
「……氷?」




