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「トリセツ」

今回は平成女子が好きな西野カナで、僕もMVがいいなぁと思った曲「トリセツ」です。

挿絵(By みてみん)



彩七が桜の木の下のベンチに座り、紙コップでワインを飲んでいた。

ポテトチップスをつまみに西野カナの『トリセツ』を口ずさんでいる。

スーツ姿の僕は、それを遠めに見ながら近づく。


「久しぶり。ずっと一人で飲んでたの?」

僕は隣りに座る。

「遅い」

「ごめん、打ち合わせの後の直帰だから」

「私は生理がきついことにして休んだ」

彩七がワインを注いで僕に渡す。


彩七は、「とりあえず乾杯しようぜー!」

「彩七、酔ってる?」

「ワイン一本では酔わないよ」


ベンチに空のワインの瓶があった。

「もう二本目か・・・」


最初に彩七と会ったのもこのベンチだった。

その時はベンチが二つあって、仕事帰りに別々のベンチに座ってお酒でくつろいでいた。


コロナで居酒屋が閉店しだした頃だった。

彩七と僕は別々のベンチで確かビールを飲んでいた。

僕が、焼き鳥を取り出すと彩七が羨ましそうに見つめていた。


知らない子なのに「じーっと」見ている。

思わず彼女に言った。


「食べます?」


彩七は、「一本二百円で買いますよ」と言った。


「これ三百円です」

「高っ!どこで買ったの?」

「あそこに屋台が出てて」


少し歩いたところに屋台がある。


「あー。あの屋台よりコンビニの焼き鳥の方が美味しいよ」と彩七は初対面でもタメ口だった。

「そうなんですか?」

「最近引っ越してきた人?」

「三ヶ月前に。わかります?」

「あの屋台が不味いの知らないから」

「でも食べます?」

僕は、焼き鳥を差し出した。

彩七は、「じゃあさ、近くに美味しい焼き鳥屋があるんだけど?」と住宅街を指差した。

「8時まで?」

「うん。コロナだし」


あれから三年半。

二つあったベンチが一つしかなくなっている。

「ベンチが一つなくなってるね」と僕が言うと、「一つあればいいよ」と彩七。


舞った桜の花びらが彩七の頭に着く。

取ってあげた。


「もう桜も終わりだね」と僕は言った。

彩七は、「最後の花見だね」と意味深に返した。


ポテトチップスを持っている彩七に鳩が集まってくる。

「うわっ。私、鳩苦手なの」


僕は、面白がってポテトチップスを彩七の足下に投げる。

「きゃあ」とたくさん集まってきた鳩に脚を上げる。

「こっち来ないで」


ポテトチップスには「チキン味」と表記されている。

「ある意味共食いだ」と彩七。


「鳩って味覚あるんだっけ?」と僕が聞くと、

「ないよ。だって舌ないんだし」

「舌ないんだっけ?」

「ないよ?見たことがない」

「でも舌切り雀って言うよ?」

「あーそうだね」


彩七が怖がりながら覗きこんで鳩の舌を見ようとする。

他の鳩達はお菓子を取り合っている。


その中に小さく白い鳩がいた。

僕が「この子、可愛いね」と言う。


そういえば、付き合った当初、僕と部屋にいる時に彩七が聞いてきた。

「どう?私のすっぴんは」

「…素朴で可愛いよ」

「それ褒め言葉?」

「え?可愛いよ??素朴で」


それから一時間後、僕は彩七の誘いで商店街に行くことになった。

彩七は、「化粧をしてなかった…」とメイクをし忘れたことを後悔していた。


「近所だし、いいんじゃない?素朴でも」

「さっきから言ってる素朴って何!(怒)」


小さい電気屋に彩七が僕を連れて行った。

彩七は、「ここ、ここ」。

一台の炊飯器を二人で眺めた。


「ほら。これ安くない?大型店より一万円ぐらい安かったの。美味しいお米を食べられるよ」

「ご飯を炊いたことあったっけ?」

「あるよ!」


電気屋のおじさんが出てきた。

「これ、展示してる現品だけで少し型が古いよ」

彩七は、「永久保証ですか?」

「そんなわけないじゃん」と僕。

「私はそうだよ」

「西野カナか」


そんな会話を思い出していた。


「彩七、よくカラオケで『トリセツ』を歌ってたよね」と今更ベンチで聞いた。


「言わなかったけど、あの曲はお姉ちゃんの結婚式で流れていて。憧れの曲なの」

「初めて聞いた」

「急かしてるみたいで言わなかった」

「何を?」


「察しろ」と彩七。


白い小さい鳩が他の鳩にお菓子を横取りされる。

僕が「文系出の鳩だね。ピアノとか弾くタイプだ」と言うと、「ピアノを弾ける男子っていいわぁ」と彩七。


「俺がおまえを今夜、奏でてあげようか?」と言うと、

「相変わらずバカだね」


彩七とは、よくベッドでだらだらしながらバカな話をした。

彩七は僕の胸を見て、

「何で男の人に乳首あるのかな?」と聞いた。


「押すと足の小指が少し伸びる」と僕が言うと、笑って「相変わらずバカだね」と言った。


久しぶりに二人でベンチで飲んでいてバカな話をしていたら、日も暮れ始めてきた。


鳩に慣れてきた彩七はお菓子をあげながら、一番大きい鳩が他の鳩の餌を奪うのを見て、「私、あいつ嫌い。すぐ横取りするし」と言った。


「番長タイプだな」

その鳩は今度はぷくーっと胸を膨らませてメスに近づいた。

「番長、急に求愛を始めたよ」と僕。


求愛中の鳩にわざと僕はポテトチップスを投げる。

投げた途端に番長の鳩はメスより先にお菓子の方に行った。


「彼女にあげないんだ?番長サイテー」と彩七が言うと、再び番長は逃げるメスを追い始める。


「しつこいと嫌われるよ」と彩七が言う。


その時、メスの足が止まった。

一瞬見つめ合う番長とメスの鳩。


「メスの気が変わったんじゃない?」

すると二羽がキスをした。

あっけにとられる僕と彩七。


「鳩もキスするんだ…」

「しかもディープキスだったね」

「舌あったね…」


キスをした途端、番長がメスの背中に乗った。

しかし2秒で番長は飛び立っていった。

彩七がぽつりと言った。


「あれはイカン…」


「男だってそういう気分の時もあるよ」と何故か番長の味方をした。

「早い上に終わったらすぐ帰る奴」

「俺は番長の何倍も長いけどね」

「相変わらずバカだね。こんな話をしに来たんじゃないでしょ」


「ああ…ちゃんと会って話したかった」と僕が話そうとすると、

「もういいよ…焼き鳥でも食べない?」

「あの居酒屋で?」

「ここで。コンビニで買ってきて」

「うん」

僕は、近くのコンビニに向かった。


コンビニで焼き鳥やチキンやコロッケを買ってレジ袋を持って戻って来たが、彩七はいない。


ベンチに一枚のメモ用紙が貼ってあった。

『あの子のこと、ずっと大切にしてね。永久保証で!』

紙の隅にはキスをする鳩の絵。


遠くに、彩七が一人揺れるように歩いている後ろ姿があった。


『トリセツ』をカラオケのように歌っているのが微かに聞こえる。

「この度はこんな私を選んでくれて どうもありがとう」


僕は「彩七!」と声を上げた。

彩七は、「小さな変化にも気付いてあげましょう」と歌っている。


僕は走って近付き、彩七に言う。


「違うんだよ、あの子とは付き合ってもないから!それを説明しに来たんだ。あっちから相談あると言われて、二人で歩いていただけで、なのに彩七と音信不通になるし」


彩七が振り返り、戻って来る。


「でもさ!私とすれ違ったら、すっごく気まずそうでしたー!」


「そりゃ気まずいでしょ?彩七以外の女の子と歩いているし」

「ランチもしたんでしょ!」

「するよ。後輩だし」


彩七を抱きしめて言う。


「抱きしめればいいと思ってるでしょ」

「西野カナの『トリセツ』の歌詞にあった」と僕は笑う。「彩七は、一点ものだから、これからも返品しないつもりでいるんだけど」


「男が『トリセツ』を引用しないで」

「彩七がいつも歌ってるからだよw」

「じゃあ、今度西野カナを歌ったら許す」

「『トリセツ』歌うよ」


「なんかキモい」と彩七。

「彩七が西野カナを歌えって言ったんじゃないか」

「歌うなら、あの歌詞通りでいてよ?」

「いるよ。不意にディナーでしょ?たまに手紙書いたり。太っても言わないし」

「太るの前提にしないで」

「まずは、今度ご飯食べてカラオケ行こう?」

「やだ」

「え?」

「今日行く!」


「お腹空いたし、初めて行ったあの店に行ってからにしない?」

「私もそう思ってた」

「でも、コンビニで買った物もあるんだけど」と僕がレジ袋を見せる。

「それは明日の二人の昼食!」


「もう勝手に勘違いしないで。これからもどうぞよろしく」と僕。


僕らは手を繫いで、初めて二人で行ったあの店に向かった。


次回は3月12日、夜を予定しています。

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