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「糸」

今回は「名曲」とされる中島みゆきの「糸」。

Bank Band(ボーカルがミスチル桜井さん)のカヴァーする「糸」も秀逸です。

挿絵(By みてみん)



会社帰りに見かけた絵画の展示会にふらっと立ち寄った。それは複数人で開催していてジャンルもばらばらだった。


あるブースに行くと、私が憧れている80年代の日本をポップに描いた油絵があった。

大瀧詠一さんでも流してくれれば、もっと気分に浸れるのに。


そんなことを考えていると、一人の画家が話しかけてきた。

スーツ姿でまるでサラリーマンのようだった。


「この絵ね、僕が20歳の頃に描いた絵なんです」

「そうなんですね」

「FMステーションって雑誌がありまして…」

「父が持ってました!」

「え、僕も父が保管していました!僕はあれに付いてたカセットレーベルのデザインや写真が好きで今でも大切に取ってあります」

「私も同じ境遇です!父以外と初めてしました、FMステーションの話」

「僕もです!ゆっくり見ていってください。気に入ったものがあると嬉しいです」


私は彼のいろいろな絵を眺める。

そのポップアートはアクリル絵の具などではなく、油絵のキャンパスに描かれていた。

白いところに編み目が見える。


一点気になる作品があった。

ビルと風とアメ車を感じさせるシティポップなアート。

さっき話していたサラリーマン風の男性が描いているようには思えなかった。


他の女性も値段を見ている。

買うのかが気になる。

手放したようだ。


私が近くで見に行く。

値段は150,000円。

絵にしては、それほど高くはない。


迷いながらも、「よし、買う!」


「すみません、これ買います」


「え!!いいんですか?ありがとうございます!」

「おまけ付けてもらっていいですか?」

「ええ」

「今度食事に行きませんか?先生がどういう人なのか知りたくて」

「嬉しいな。いつにします?」


私たちはLINE交換をした。

私は彼の絵よりも彼の人柄を好きになったのかもしれない。

となるといわゆる逆ナンだ。


私はこれまで、絵画と猫だけに癒やされてきた。

男性には興味がないわけではないが、いつも別れることに怯えていた。

だから、お香や快眠グッズや入浴剤など癒やしてくれるものばかりが増えていく。


先生の絵は猫がジャンプ出来ない高さに飾り、ベッドからも見えるようにした。


食事の日、先生は正装して私をフレンチに招待した。私も正装してくれば良かったが、普段着だった。


食事中も絵の話ばかりした。

アンディ・ウォホールとゴッホとクロード・モネと鈴木英人が好きだと話した。

私もほぼ同じだ。


「ゴッホの絵の価値が付いたのは死んでからなんだよね。画家は死んだら大抵絵の価格上がるんです。皮肉だよね」

「一生絵で食べていくつもりなんですか?」

「さすがにバイトもしているけどね。絵はなかなか人目に触れることもないし、これから食べていけるのかなあ」

「大丈夫ですよ。好きなことをやっていくのが一番幸せな人生ですよ」


私が彼のスポンサーになれたら良かったのにと思った。

でも将来が不安定だからって好きにならない理由になるわけではない。

二人で協力し合えばやっていける。


なんて、私一人が決めることじゃないしな。

彼なんか私を一顧客としか思ってないだろうし。


でもまた彼に会いたかった。

すると彼が、「今度僕のアトリエを見に来ませんか?」と誘った。


私は、「ぜひ!」と快諾した。


次の土曜日彼のアトリエに行く。

彼はアトリエの中に住んでいる感じだった。

たくさんの80年代風の絵がある。

レモンティーを飲みながら眺める。

一枚の東京の絵が気になった。


「これ、いくらですか?」

「それ、まだ制作途中ですよ」

「え、これで?」

「下書きが見えるけど、ビルの下に赤いスカイラインを入れる予定です」


私は決めた。


「先生、これからも先生の絵を応援して良いですか?微弱でもSNSで広めてみます」


「ありがとうございます!」


それは先生に会う口実に過ぎなかった。

もし付き合えたとしても私はあの時、全く未来が見えなくて不安だった。


でもそれは一人でいても同じだ。


それから先生は三年で十八枚の絵を描いた。

私が応募した先生の絵の写真がテレビのオークション番組のプロデューサーの目に留まった。


そこに出したスカイラインのあの絵は三百万円の値が付いた。

今その瞬間に二人でいる。私たちはカメラを気にせずに抱き合った。

私は思わず泣きじゃくってしまった。


翌朝ホテルで早く起きた私は、先生にレモンティーを作った。

起きた先生は一口飲んで言った。


「これからも毎朝一緒にお茶しよう?」


「一緒にいていいの?」

「一緒にいてくれなきゃ困る。不安定な生活な僕だけど…。一枚高く売れたぐらいで調子に乗ってるかな?」

「ううん。まだ他の作品も売れるってプロデューサーが言ってた」

「昨日のお金で指輪買うよ」

「もしかし婚約指輪?」

「幸せにします!」

「ほんとに!こんな何もない私で良ければ…でも!無駄遣いしないで。私指輪いらないから。先生の傍にいられるだけでいいから…」


これまで私は何に不安だったんだろう。何に怯えていたのだろう。

全てが現実にならない妄想に過ぎなかった。


これから二人、同じ空の下を歩んでいく。これから二人、一枚のキャンパスに同じ仕合わせを描いていく。

これまでの未来への不安は一瞬で一掃された。

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