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みこラブ  作者: 九条九重
一章 尊

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9/11

結い

洞窟の中には鹿が他にも何頭かいたが、ミコを見るなり洞窟の奥へと逃げて行く。

「ミコ避けられてるで」

カレンは傍で冗談っぽく言う。

「嫌な予感がするんだけど」

「やっぱりか、鬼が出るか蛇が出るかやな」

こういう時でもカレンはあまり緊張感が無い様子である。少し疎ましく思う反面、慣れてしまえば普段通りいてくれるのは助かるとも思う。

そのうち短く急な坂が現れ、少し上がった場所に出口が見える。その先にある不安を色々と考えてみた。だがカレンはその間に先へ進んでいる。その後ろ姿に何か言ってやろうと急ぎ足でカレンの隣まで迫ってみた。すると途端に何と言っていいのかわからなくなり声が出なかった。

森閑としていたところに小さく波の音が聞こえてくる、二人は洞窟を出た。


目の前には月に照らされる砂浜。奥には小屋があり小舟が置いてある、そして小屋の手前に更に洞窟の入り口が見える。まさに秘密基地といったところだ。

誰しもが一度はこういうものを夢見るものだ、ミコも小さい頃に考えてみたことがあるのを思い出した、それがこんな形でお目にかかれるとは何とも複雑だ。今から倒そうという者にも、私たちと変わらない夢や生活なんかがあったのだと思うと足が竦む。如何に自分を正当化しようとも、結局のところ他を苦しめる事には何ら変わりないのだから。

二人は砂浜に出て海を一瞥した。そんな場合でない事はよく分かっていたが、それほど美しい場所だ。ついでにカレンの方を見るとその表情に雲が差している。

洞窟の入り口に近づくと、何かを引き摺って来たような跡が洞窟の方に続いていた。おそるおそる洞窟の中を覗くと、洞窟というほど奥行きは無く、深い窪みのようだった。

その窪みに向かって月光が差していたので、奥の壁には窪みの前に立った二人の影が大きく映った。そして二つの影に挟まれて二人の女が壁に倒れ込んでいる。

女の内の一人はリンの人形。ガワだけは綺麗に整えられ、リンの姿をしているがもう動く気配は無い。

もう一人は悪霊を回収していった鐘の女だ、人形を大事そうに抱えている。身体は朽ち果てたようにボロボロだ。特に足は酷く崩れ、引き擦ってきた跡がある。

カレンは何とも言わず、同情しているように見えた。二人の女からは死が漂っている、死を間近にして二人に何か思うところがあるのだろうと思う。

だがミコは鐘の女に腹を立てていた、リンを無理に現世に留め、魂を人形に入れ私欲を満たすなど、他人事でも到底許せないことだ。ミコはカレンにこの事を伝えていない、伝えても罪悪感が増すだけで行動は変わらないものと思ったからだ。

ミコは静かに鐘の女に近づいて行った。女は途中で気付いたようで、瞼が少し開こうとして開かない様な、そんなふうに見えたがそれきりで動かなかった。

ミコは難なくクイーンラバーと鐘の女に触れた。直接に戦鎚を下さないのは、鐘の女に罪を認めさせたくなったのとカレンの前で暴力的な死を見せたくなくなったから。


列車の中で目を覚ますと扉の前であたりを見まわす女がいた。

「ここで懺悔してもらう。」

ミコがそう言い女に罪を認めさせようと凄んだが、

「それは私の罪です。」

すぐさま罪は認められた。それは鐘の女ではなくリンだった。

突然の事で頭は体を忘れ、無意味に素早く回り、その結果としてミコは固まってしまった。聞きたい事がいくつも浮かんだが、

「鐘のコードは私のものなんです」

どう聞こうかと考えているとリンが先に話を始めた。こうなると質問攻めをするより話を聞く他ない。

リンは鐘のコードは私のものと言い、自分の肉体を捨て魂を人形に留めておく事でコードを消滅させないようにしていた事。鐘の女と思っていた者は名前をマキと言うらしく、マキの魂を現世に繋いでおく為にコードを使っており、そうしてマキを死から遠ざけようとした事を語った。

「それが愛だと思った、どうしてもマキに幸せに生き続けてほしかった」

愁然と言うリンの姿にミコは自分を見ていた。

「そんなの望んでない。」

マキはリンの胸を突くように言う。短い中に千秋の苦悩が感じられた。

「そう」

リンは落ちた調子の返事を一つするだけだった。

マキは鐘のコードを出した。

「ごめんなさいミコトちゃん、私のせいで...

 これはあなたが預かって」

ミコは鐘のコードを渡された、リンの話を聞くまでコードを譲渡なんて考えたことがなかった、ミコはリンの話からそんな事ができるかもしれないとは思っていたが、にわかには信じられないと動揺しつつそれを受け取った。

コードはミコのクイーンラバーと融合し新たな形となった。

鐘は鈴に変わり、クイーンラバーの腰に拵えられた。ミコはこれで合っているのか困惑していたが、マキは何も言わないので静かに受け入れた。

「それは私自身です。」

リンはコードの受け渡しを見てそう言った。

「貴方はコードとは関係ない」

マキはそれを否定した、リンの抱える懊悩を切り捨てさせるかのように。

「もっと早くそれを受け入れる勇気があれば...

 私は弱いので、人形になりたいと思ってしまいました。

 ミコトには分かりますよね。そして、それがやはり間違っている事も。」

静かに頷くミコの顔には曇りがあった。リンの言葉はミコにとって痛く突き刺さり、そして焼き付いた。

コードと共にある人生からコードのための人生へ変わっていくのを感じる瞬間がある、コードがあるのに救えないのかと思った時、そんな時に人形になれば、もっと優秀な道具にならなければと焦りがあるのだ。それが間違っているとしても。

ミコは煩悶している様子だった。マキはミコにどうしてそんなに頭を抱えているのか尋ねた。

「ミコトは悩み事があるの?私でよければ聞くよ、言いたくないなら言わなくてもいい。」

マキはリンとまともに話す機会はもう訪れないと思っていた、その機会をくれたミコに何か恩返しがしたかった。

結局ミコはカレンの事を話した。


ミコは列車から戻った。

「終わったんか」

カレンはミコの背中に優しく手を置き待っていた。

カレンの死は近いのにと、ミコはそう思った。

「うん」

ミコはカレンにそう言うとカレンの頭に手を伸ばしていた。

「どうしたんや」

「カレンに私のこと忘れてほしくないな」

頭を優しく撫でた。

カレンもまた今までコードを持った人間に会った事は無かった。初めて頼れるミコの事を特別に思っていた。そのせいか、またも無自覚にカレンの見つめる目は、もっとそれを求める様にミコへ訴えかけていた。

「ごめん、もう時間が無いから」

だがミコはカレンの死が迫っている事で気にしている余裕が無かった、カレンの頭から蝶を取り、クイーンラバーは手に持っていた帰蝶を奪った。

取られたカレンはすぐに最悪な結末を想像した。それはミコが帰蝶を使い、運命の死を受けようとするのだろうという事だった。

ミコが掴んだ蝶はクイーンラバーと繋がり形を変容していた。それはミコの願いを叶えるように。ミコは元々蝶だったものをカレンに投げて渡した。

カレンはそれを掴んで手のひらを広げた、不意を突かれしばし呆然とした。だがすぐに溢れる思いが胸を締め付ける、それと同様に手のひらのものを握り締め、頬を伝うものは悔しさばかりではない、感情を処理しきる前にカレンの身体は勝手に動き出していた。


怖くて目を覆いたくなっても、過去に押し潰されそうになって足が竦んでも、向き合い続けないとね。そして願わくは、少しでいいから、ほんの少し踏み出したい。それが今のミコの思いだった。

ミコは列車で目覚め、もう扉の前にいた。会釈だけで別れを済ませ、すぐに列車を降りた。降りる直前マキとリンは最後に微笑んでいた、コマは何も変わらずにいたが何故だか普段より穏やかに見えた。

列車を降りたミコを、一面の星空が包み込み喪失を埋めていく。ミコは振り返り、初めて列車の全貌を目にした。その汽車はどんどんと小さく見えなくなっていく。星々の光も遠のいて、背中の方から闇が広がってくると、宇宙の端に来た様な感じがした。闘は背後からどんどんと包み込み、最後の星の光がプツリと途切れた。


カレンは気付くと家のベッドの上にいた。時刻は変わらないが日付は三日戻っていた。

握り締めていたものを付け、掛け布団を投げ寝間着を脱ぎ捨てた。

すぐにカレンは外に出てきた。真っ暗のなか自転車にまたがりミコの方へ漕ぎだす。カレンの蝶は二つで一つの物になっていた。

ミコが見てきたものを今カレンは覗いている、夜風にあたるも熱い身体は、冷ましても冷めやらぬ脈をうつ。そのせいか道理を多少はずれてもミコの過去を肯定的にそして悲劇的に気持ちを注ぎ、胸が詰まる思いをした。


朝方最初の列車が駅に着いた。

その駅に降りたのはミコだけだった。改札機を通ると端のベンチに座り込む人がいた、ミコはそれが誰かを直感した様に思った。

実際は近付いてみて安心した、ただそうであってほしいと思っただけなんだとその時感じた、これが運命なのかとも思った。

胸の高鳴りから言えば、今すぐにでも身体を揺らし、無理にでも起こしたいところではある。だがそれは常識ある彼女の行動ではない、寝顔を脳に焼き付け優しく声をかける事にした。

「カレン」

耳元で囁くとすぐに反応があった。

カレンは目を擦るより先にミコの方に手をやった。その冷たい手を握ると心が満たされていくようで温かかった。


そしてまた運命の夜が訪れた。二人はまた月に照らされる砂浜に来ていた。

二人は終始無言のまま、まず小屋の傍に置かれた使われなくなった小舟を持ち出した。そして持ってきた大きな布で遺体を包み、窪みから小舟に運ぶ。海面にも星空が見えている、どこまでも続くこの星空の中を一隻の小舟が逝く。穏やかな波に押され、ゆっくりと遠ざかっていくのを静かに身を寄せ合って見守る。

二人は一緒に洞窟を出た。

繋がれた手には二人だけの指輪があった。

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