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みこラブ  作者: 九条九重
二章 愛

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10/11

華門

自転車を漕ぎ、堤防沿いから昼下がり海を横目で見る。この夏は例年より気温が高い、海の輝きも一層憎らしく、波のうねりはそれを衒っている。

ミコがこの地に来て一週間以上が過ぎた頃、カレンとミサキと三人で遊びに行く事になった。ミコは白いワンピースに帽子を被り、集合場所であるミサキの家の神社に向かっていた。

神社に着くとカレンの自転車は止めてあり、もう先に来ているようだった。ミコはカレンに会えると思うと少し足を遅め、思案し時折帽子の下で顔を緩めた。境内に入るとカレンの様子はなく、見回しながら神社の前まで来て立ち尽くした。寂しさを感じながらも安心して一息つき、二人が来るのを待った。

少し待っていると声がしてその方を見た、

「ごめん待たせた。カレンはまだ来てないのか」

と聞きながらミサキが歩いて来る。

「自転車があったから来てるはずだと思うんだけど」

「トイレにでも行ってんのかな」

ミサキが近付いて来ると後ろでガタっと音がして神社の戸が開いた。ミコは目を見開いた。

「勝手に開いた」

ミサキはその場で立ち止まり、不思議そうな顔で見ている。

ミコはすぐにミサキの方に駆け出した。ミサキには見えていない様だが、開いた戸から黒く濁った泡が出ている。泡は集まり腕の様にしてミサキへ伸ばし、先端は枝分かれして指の様な物が六つ、ミサキを掴もうとした。しかし間一髪のところでミサキは突き飛ばされた。両手を地面に付けたまま顔を上げるともうミコはいない。ミサキは目の前で起きたことに呆然とし、へたり込んだままでいた。


ミコは小高い丘の上に立って周りを見渡していた。

一面に緑が広がり花々が春風に揺れている、幾つか丘も見えた。いったい何処へ行けばよいかは分からない。そこが現世でないと考えるのは何ら不思議な事では無いと思う。

ミコは丘を降りて一本の木に向かった。特に理由はない、何処へ行けばよいかも分からないからといってただ立っているだけなのも変なので、色々と見てみようと思っただけだ。

木には実がなっていた。その実は桃に似ている。実を取ろうとすると赤毛の小猿が何処からともなく現れ、先に取ってしまった。木の枝に乗ったまま実を頬張る小猿を見ていると、後ろから轟音が迫ってきた、空を見上げると丁度ミコの頭上を汽車が渡って逝く。汽車は空をうねらせ波を立てどんどんと進み、すぐに見えない程となった。その様子を祈る様な気持ちで見つめていた。

汽車が逝く先に背を向けて帰ろうとすると、ミコの前に一人の女が降って来た。それはミコがよく知っている者、クイーンラバーであった。

「降りてきたの」

「ええ」

ミコはクイーンラバーの漠然とした返事に戸惑った。そしてクイーンラバーは続けてこう言った。

「ミコトが抜けて、私は少し自由になりました」

戸惑うミコと違い平然としていた。

クイーンラバーはミコが背を向けた先に進み始めた。

「そっちの方向は…」

「カレンを一人にするのですか?」

話を遮って言われたその言葉に、ミコはただついて行くしかなくなった。


「クイーンラバーは何で降りてきたの?」

クイーンラバーは自我を持って行動をしている、もうミコの言いなりではない。それならどうして一緒に来るのか。

「ミコトを愛してるから」

「私を?」

クイーンラバーを道具として使ってきた自分を愛してるなどとは信じ難い事である。

「ええ、愛してるから。それと私の事は愛と呼んでほしいな」

クイーンラバーは仮面を外した。物悲しそうに微笑んでいるのを見てミコは胸が痛くなった。

「分かったよ。アイ」

アイは静かに微笑みを浮かべている。

それからは森閑とし、長閑な景色の中を歩き続けた。


歩いていると花が一面に咲く場所に来た。ミコはしゃがみ込み幾つかの花を見て触った、小さい頃に押花をした事を思い出した。アイはその様子を静かに見守っている。

ひとしきり見たら一輪の赤色の花を手にし、

「これは何て花だろうね」

アイに見せると悩んだ様子をした、どこかで見たような気がする。そしてアイが何か言いだそうとした時、知らぬ声が答えた。

「リベラの花だよ」

下からひょっこりと少年が籠を背負って現れた。少年の手は震えていて、籠の中には赤色の花がもう九分目まで入っている、中からは果実の様な少し甘い香りが漂っていた。

「君は?」

アイは優しく話しかける。

「カッセルレイ。貴方達は?」

「私はミコト、こっちはアイ。」

こんな場所に一人で花摘みしているのを、ミコは不思議に思って尋ねた。

「レイはこの花集めてるの?」

「うん」

それを聞きそっと籠の中に持っていた花を落とすと少年は目を輝かせた。

「ありがとうございます」

ミコはことさらに不思議に思い、

「この花を何で集めてるの?」

その用途を聞いた。

「お母さんが元気なくて。でも大きな月の日にこの花で祠を一杯にしてその中で眠ると、お母さんはまた元気になるはずだから。だから沢山集めないといけないんだ」

一生懸命に説明してくれた少年の手はまだ震えている。

ミコはそれをおまじないか何かの様に考えた。

「あとどの位必要なの?」

「あとはこの籠が一杯になれば足りると思うんだけど」

「なら少し手伝おうか?」

籠はほとんど埋まっている、一杯になるまでそう時間が掛からないと踏んでミコは提案した。

レイは首を横に振って、

「いえ、危ないから一人でやります」

危ないとはどういう事なのか、見渡す限り長閑なものだが。

「ミコトはどうしてここに来たのですか?」

「私たちは」

ミコが言いかけた時にはアイが物悲しそうに微笑んでいるのを見て察している様だった。

「お元気で、では」

「ん…」

アイは静かに軽く頷くとレイも頭を下げて花摘みに戻って行く。お元気でとはおかしな話だ、口元は微笑みながらミコは歩みを進めた。


それから歩き続けていると、進んでいく先の空から段々と暗くなってくる。しばらくすると向こうの方はもう夜になった。二人の頭上も薄暗くなり、宵に飲まれた。

暗くなっていく中で、少し遠くに灯りがともっていくのが見えた。このまま進めばそこを通る事になるだろう。

「危なくない?」

ミコは灯りに疑いの目を向ける。

「私がいますから」

アイは優しく背中を押した。ミコにとってこれほど頼もしい言葉もそうそうない。

「そうだね」


二人はそのまま進み、灯りの元に着いた時にはもう夜になっていた。夜空には大きな月が出ている、まるで太陽のようだ。それはただ大きいからではない、他に光るものが何も浮いていないのだ。

あの灯りはある一軒家から漏れ出たものだった。周りには他にも家が建っている、ここは町の外れといったところだ。

その家に近付いてみると、

「レイ…」

と弱々しく聞こえてきた。

レイとはあの花摘みをしていた少年の事だろうかと考えていると、家の戸が開いて婆さんが出てきた。婆さんは二人を訝しげに見て、

「なんだい?今は立て込んでるんだよ」

忙しそうに言う。

「さっきレイって」

「レイは何処だい、知っているのか」

ミコがレイの名を出すとそれを遮って詰問を始めた。

「レイは花摘みをしてましたよ。赤色の花を集めて」

「それはリベラの花か」

婆さんはまたもやミコを遮り嘆息する。

状況から察するに、レイが元気がないと言っていた母はよほどの重体らしい。カレンの事もあるが見捨ててはいけない。

「レイを呼んできます」

ミコが行こうとすると、

「もうよい」

家の中から爺さんの声がして止められた。

婆さんはそれを聞いて家の中に戻る。ミコは開いた戸からなんの気力も感じない眠った女と傍に座る爺さんを見て、アイに目を向ける。暗にレイの母であろう女の魂を掴めと訴えかけている。アイはそれを踏まえ、何もせずにいる。

「アイ!」

慌てて言うもアイはただ悲しそうに佇んでいる。

「どうして」

「もうよいと言っておるだろうに」

婆さんの言葉にはミコを遮る様な気迫は無い。だからこそ、もう慌てているのが自分だけと気付けたのだろう。

「ほれみい」

爺さんは女を差し、魂が抜けていく様子を見せた。

ミコは見守るしかなかった、表情にはやりきれない思いがありありと浮かんでいる。

ゆるりと抜けた魂は夜空に向かって昇って行き、汽車と同じ方に彗星の如く流れて逝く。見えなくなったと思うと、すぐにもう一つ彗星が流れた。

「レイもか」

婆さんと爺さんは嘆息した。

「レイ、どうしてですか」

婆さんにミコが問うと、

「リベラの花には少し毒があるんだよ、痺れて動かなくなる毒だ。それを」

ミコはそこまでだけ聞き、寂寥を呑んで歩みを進めた。アイは婆さんと爺さんに頭を下げ、愁然とミコについて行く。

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