今日も変わりはありません〜二軍中層・大橋蒼〜
なんて書こう。
学級日誌を前にそう考えることができる私は、至極平和な立ち位置だと思う。
ここは、ある田舎の中学校、一年二組の教室。
今は放課後だから平和だが、これが休み時間になるとそうもいかない。
例えば今日の昼休み。
「ねぇ朱音、ちょっと自販機行ってスポドリ買ってきてよ」
一軍の川谷沙奈の声が響く。
沙奈はこのクラスのトップ…池松はのんの幼馴染。はのん、沙奈、斉藤絢香、林川奈緒美はこのクラスの一軍と言っていいだろう。
お使いを頼まれた青浜朱音は、逆にこのクラスの最底辺…はのんが見下している音楽部グループに属する。三軍というのだろうか。他に音楽部に属するのは飯田瑠奈、荻野奏奈、熊原叶恵、港萌華、そして和田志穂。
それ以外…例えば私のような…は、二軍。1番平凡で、1番平和。このままでいい。このままがいい。
朱音は嫌がりながらも、一軍に逆らえる訳がない。渋々と自動販売機…ここは3階だがそれは1階にある…へと向かった。
更に一軍のおしゃべりは続く。
「でさ〜、こないだ絢香がバスケ部の先輩に告られてて、ウチ偶然その場面見ちゃったんだよねぇ!」
「え〜マジ?沙奈、待ち伏せしてたんじゃなくて?」
「マジだって〜、奈緒美も一緒に見たんだから!」
うにょうにょの伸ばし棒が見えそうな一軍の話し方に若干の嫌気を覚えながら私は読みかけの本を開いた。
朱音が戻ってきたのは、それからだいたい五分くらい後のことだった。
一軍の皆さんは当たり前のように朱音を非難する。
「朱音、遅いって〜。マジとろ〜い」
「てかさ、ウチがアクエリじゃなくてポカリ好きだってこと知ってるでしょ〜?なのになんでアクエリ買ってきたの〜?」
「え〜マジやん。嫌がらせだよ〜朱音ひど〜い」
朱音は無言で俯く。肯定はしたくないが、否定もできないからだ。
それが一軍の気に触ったのだろうか、悪口はどんどんエスカレートしていった。
「人の話聞けよ、何のためにこの耳ついてんの?」
「その耳引っこ抜いてやろうか?」
「アハ〜それいいじゃーん!」
朱音はすごくすごく小さく「ごめんなさい…」と言ったが、一軍の勢いは止まらない。
「なんで謝んないの?ちょっと来て!」
かわいそうな朱音は、沙奈に教壇に立たされた。
そしてそれを見てほしいというのかのようにはのんは大きな声で言った。
「ねぇみんな、これに相応しい罰を考えようよ!」
その一言でクラス中がそれぞれの反応をした。
二軍上層は朱音を蔑むような目で見て。
私を含む二軍中層は気にしつつも自分には関係ない顔をして。
二軍下層は彼女を憐れむような目で見ながらも、誰も自分から動こうとはしなかった。
音楽部グループは…
瑠奈はそっと目を逸らし、奏奈はオドオドしながら現場を見ていて、叶恵は本の世界に夢中、萌華は暴れ回ろうとする志穂を押さえつけていた。
呆れ返るほどのいつも通りの景色。私には関係ない、そんな顔をして私はまた本を開いた。
夕焼けが私の開いている学級日誌のページを染めていく。
「今日もいつも通りだったね、蒼。」
私と同じ美術部二軍の大川美奈がそう話しかける。
「それが一番平和。どうせ一軍には逆らえないんだから。」
私はそう返す。少しぶっきらぼうになってしまっただろうか。
「でも…私、このままでいいのかなって時々思うよ。音楽部、苦しそうじゃん。」
これは聞き捨てならない。もし一軍に聞かれてたらどうするつもりなのか。今、一軍は全員部活だろうから大丈夫だろうけど。
「美奈、それは…」
「分かってるよ、蒼。でも、ほっとけないんだ。分かってる。動きたいのに動かないこんな私が一番ダサいってくらい…」
私たちはそれから、何も喋らなかった。
すっかり暗くなってしまって美奈も帰ってしまった後、私は学級日誌に一文だけ、こう綴った。
「今日も、いつも通り平和だった。」




