最弱と嘲笑された「状態異常:酔い」付与スキルが、まさかラスボスを3秒で機能停止させる隠しチートだった件。俺はクソゲー(神ゲー)の頂点に立つ
この物語は、VRMMO(仮想現実大規模多人数参加型オンラインゲーム)の世界を舞台とした、一人のゲーマーの再起の記録である。最弱と嘲笑されたスキルを武器に、彼はゲーム世界の根幹に隠された真実を暴き、冷酷な世界を覆す。これは、屈辱と絶望の淵から、一躍、神々の頂点へと駆け上がった男の、爽快な逆転劇である。
二度目の人生のようなものだった。
現実世界から切り離された広大な仮想現実空間(VR)は、世界中のゲーマーたちにとって第二の故郷であり、それ以上の意味を持っていた。二〇三〇年代の技術革新によって生まれたその世界は、『ファンタズム・ワールド』という名で呼ばれ、現実の身体能力や社会的地位とは無関係に、純粋な才能と努力だけで頂点を極められる、唯一の場所だったのである。
俺――天城拓斗、ゲーム内ネーム:タクト――もまた、この『ファンタズム・ワールド』に人生の多くの時間を費やしてきた。初期からプレイを続け、廃課金プレイヤーではないが、プレイスキルと知識では誰にも負けないという自負があった。
だが、その自信は、二週間前の大型アップデート「神々の黄昏」によって、木っ端微塵に打ち砕かれた。
アップデートに伴い、全プレイヤーの初期スキルと初期職業が再評価され、一部のスキルに上方修正や下方修正が入ったのだ。その結果、俺が初期に取得し、ずっと使い続けてきた、最も地味で役に立たないとされていたスキルが、運営によって公式に「最弱スキル」と認定されてしまったのである。
俺のスキル名は、【状態異常付与:微弱な酔い(フェイント)】。
効果は、「対象に0・1秒間、ごくわずかな平衡感覚の乱れ(めまい)を与える」。それだけだ。戦闘中に使っても、敵の行動を一瞬たりとも中断させることはできない。攻撃の回避率が上がるわけでも、与ダメージが増えるわけでもない。文字通り、何の効果もないに等しいスキルだった。
「おい、タクト。さすがにもう潮時だろ」
ギルドハウスの薄暗い会議室で、元パーティリーダーのガレンが冷たい声で言った。ガレンは、この世界でも有数の攻撃力を持つ【聖騎士】であり、常に自信に満ちた威圧的な態度を取る男だ。
「この間、運営の公式フォーラムでも、お前の『微弱な酔い』がネタにされてたぞ。『開発陣が調整を諦めたスキル』ってな。なあ、頼むよ。俺たちは最速で新エリアを攻略して、ゲーム内の歴史に名を刻むんだ。お前みたいな、何の役にも立たない『クソ職』の、しかも『最弱スキル』持ちを抱えてる余裕は、もう俺たちにはないんだ」
その言葉に、他のパーティメンバーたちも同意するように頷く。
回復役のミレイは目を伏せ、沈黙しているが、その態度がガレンの言葉を補強していた。彼女もまた、このスキルが戦闘に貢献しないことを知っている。
盗賊のカイは、俺を軽蔑するように鼻を鳴らした。
「悪いな、タクト。でも、これはビジネスなんだよ。お前がそのスキルを捨てて、俺たちの荷物持ちにでも転職するならまだしも……」
「……このスキルには、何か隠された効果があるかもしれない」
俺は掠れた声で反論した。
数年もの間、誰も見向きもしないこのスキルを使い続けてきた俺には、ほんのわずかだが、直感があった。このスキルの発動時、敵の動作が、ほんの一瞬、肉眼では捉えられないほど微妙に、不自然に揺らぐことがある。それが0・1秒のめまいの影響なのか、あるいは別の何かなのか、俺には判断がつかなかったが、確かに異質な手応えがあったのだ。
だが、その言葉はガレンにとって火に油を注ぐ行為だった。
「隠された効果? まさか。そんなものがあるなら、とっくに他の廃人プレイヤーが見つけてる! タクト、お前は現実逃避をしているんだ。お前のスキルは、ただの『クソゲーの遺物』なんだよ」
ガレンは会議室のテーブルを叩き、立ち上がった。
「結論だ。お前は今日で『ファルコンズ』をクビだ。装備は全て持って行ってくれて構わない。だが、今後、俺たちの活動を邪魔するような真似はするな。お前はもう、俺たちの知るタクトじゃない」
それは、実質的な追放宣言だった。
俺は、立ち上がろうとする気力さえ失い、その場に立ち尽くした。
『ファンタズム・ワールド』において、初期から続く古参パーティから追放されることは、社会的地位の全てを失うことを意味する。特に、ガレンたちは新エリアの最速攻略を狙う、この世界でも指折りのトップランカー集団だった。彼らに見放された俺は、これからこの広大な世界で、一人きりで生きていかなければならない。
俺は、無言でギルドハウスを後にした。
ギルドのエンブレムが刻まれた、重厚な扉を閉めた瞬間、耳元で嘲笑が聞こえた気がした。
「あいつ、マジで終わったな」
「『微弱な酔い』のタクトさんか。まあ、仕方ないだろ。あんなクソスキル、誰も要らないって」
それは、すれ違った通りすがりのプレイヤーたちの声だった。俺が追放されたことは、既にゲーム内の大手掲示板などで噂になっていたのだろう。
――クソ職。役立たず。最弱スキル。
無数の嘲りの言葉が、俺の胸に突き刺さった。
くそ。ちくしょう。
俺は、この『ファンタズム・ワールド』に人生を賭けてきた。現実世界では、特に目立った特技も才能もない俺にとって、ここだけが唯一、自分を証明できる場所だったのだ。なのに、その唯一の希望までもが、運営の調整ミスと、仲間の冷酷な判断によって、奪われてしまった。
俺は、人気のないフィールドの隅で、ログアウトもせずに座り込んだ。
空を見上げると、夜空には無数の仮想の星々が瞬いている。その輝きは、俺の絶望とは裏腹に、あまりにも美しく、そして冷たかった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
俺は、このままゲームを引退するか、それとも心機一転、全く新しい職業に転職するかを迷っていた。ガレンの言う通り、俺のスキルは、この世界の最前線においては、何の役にも立たない「クソゲーの遺物」なのだろうか。
その時、俺の視界の隅に、一枚のメッセージウィンドウが表示された。
それは、運営からの自動メッセージで、大型アップデート「神々の黄昏」の「隠し要素」に関するものだった。
『親愛なるプレイヤーの皆様へ。新エリア「アースガルズの境界」実装に伴い、この世界の根幹を成すパラメーター群に、極めて特殊な「隠しパラメーター」が追加されています。これは、プレイヤーの皆様が新たなプレイスタイルを確立するための、特別な調整です。健闘を祈ります』
――隠しパラメーター。
俺の心臓が、ドクンと激しく鼓動した。
俺がずっと感じていた「異質な手応え」は、もしかしたら、これと関係があるのではないか。
俺はすぐに、運営からのメッセージを徹底的に調べ上げたが、それ以上の情報は得られなかった。このメッセージ自体、特定の条件を満たしたプレイヤー、あるいは特定の古いスキルを持っているプレイヤーにしか表示されない、極めてレアなものなのかもしれない。
俺は、立ち上がった。
引退はしない。転職もしない。
もし、この『微弱な酔い』が本当に最弱のスキルなら、このまま引退すれば、俺の人生は「最弱スキルとともに終わった男」として、永遠に嘲笑され続けるだろう。
しかし、もし、もしもだ。このスキルが、この世界の誰もが知らない「隠しパラメーター」と深く結びついた、唯一の鍵だったとしたら。
俺は、自分を追放したガレンたち、そして俺を笑った全てを、見返してやる。
俺は、この「クソゲー」の、いや、「神ゲー」の頂点に立つ。
俺の目標は、ただ一つ。新エリア「アースガルズの境界」の最奥にいるという、攻略不可能と言われるラスボス(巨大な浮遊機械兵)を、ソロで討伐すること。
そのために、俺はまず、誰にも知られていない、新エリアの最深部に存在する、この世界でもっとも難易度の高い「奈落の試練」ダンジョンに、単身で挑むことを決意した。
そこは、パーティを組んだトップランカーですら、到達すら困難とされる場所。
俺は、そこで【状態異常付与:微弱な酔い】の真の力を、徹底的に、実験し尽くす。
俺は、再び、世界に立ち向かう一歩を踏み出した。その足取りは、嘲笑に打ちのめされた時とは比べ物にならないほど、確かな重みを持っていた。
◇
奈落の試練ダンジョン。
それは、新エリア「アースガルズの境界」の中でも、文字通り、奈落の底に位置する最難関のソロ専用ダンジョンだった。パーティでの入場は許されず、純粋にプレイヤー個人の能力と、システムの裏をかくような知恵が試される。俺がここを選んだのは、誰にも邪魔されず、そして誰にも俺の実験を見られることなく、【状態異常付与:微弱な酔い(フェイント)】の真の力を探るためだった。
ダンジョンの入り口は、巨大な仮想岩盤に隠された、地味な亀裂だった。その亀裂をくぐると、外界の喧騒とは隔絶された、静寂の空間が広がっていた。
最初に出くわした敵は、【奈落の番犬】。体長二メートルを超える漆黒の狼型のモンスターで、その俊敏な動きと、一撃でプレイヤーのHPを半分以上削り取る顎の力が特徴だ。通常のソロプレイヤーなら、回避と防御に徹しながら、時間をかけて一撃一撃を確実に当てていく、慎重な戦術が必要とされる。
俺は、立ち止まらなかった。
番犬が唸り声を上げ、地面を蹴りつけ、俺に向かって突進してきた瞬間、俺はスキルを発動させた。
【状態異常付与:微弱な酔い】。
0・1秒間、ごくわずかな平衡感覚の乱れを与えるという、その「最弱」のスキル。
番犬の動きは、外見上、全く変化しなかった。スキルを発動させた俺自身にさえ、その効果は視認できない。しかし、俺の脳裏には、スキル説明文の下に、極めて小さく、そして瞬時に消える「通知」が表示された。
『対象:奈落の番犬の動作安定性パラメーター、-0・1%』
――動作安定性パラメーター。
これだ。これこそが、運営が言及していた「隠しパラメーター」の一つに違いない。他のプレイヤーの目には見えない、敵の「バランス感覚」や「動作の精密さ」を数値化した内部データだ。
俺は確信した。あのガレンが「隠された効果なんて、とっくに他の廃人プレイヤーが見つけてる」と嘲笑した、まさにその「隠された効果」を、俺は今、見つけつつあるのだと。
この『ファンタズム・ワールド』は、VR空間でありながら、物理法則を極限までシミュレートしている。敵の動きが速ければ速いほど、その動作には高い「安定性」が必要となる。例えば、番犬が高速でターンしたり、急停止したりする時、その安定性がわずかでも崩れれば、動作に遅延が生じるはずだ。
俺は、番犬の突進をギリギリでかわし、攻撃の手を休めずに、ひたすら【微弱な酔い】を連射した。このスキルは、消費MPが驚くほど少なく、連射に耐えうる設計になっていた。
番犬が、次の攻撃のために後脚で地面を蹴りつけた瞬間。
『対象:奈落の番犬の動作安定性パラメーター、累計-5・0%』
刹那。
番犬の動きが、ほんのわずかだが、不自然に揺らいだ。それは、高性能なVR酔い止めを飲んでいるプレイヤーでさえ気づかないほどの、極小の「めまい」だったが、番犬の次の行動に決定的な遅れを生じさせた。
俺は、その一瞬の遅延を利用し、番犬の側面を走り抜け、背後からの攻撃を加えた。番犬は体勢を立て直すために、無理な体勢で強引に体を捻ったが、その動作によって安定性はさらに削られる。
俺は、攻撃の合間合間に、【微弱な酔い】を撃ち込み続けた。
『対象:奈落の番犬の動作安定性パラメーター、累計-10・0%』
10%を超えたあたりから、番犬の動作は明らかに精彩を欠き始めた。突進の軌道がわずかにずれ、高速回転しようとしても、体がグラつき、次の動作に移るまでに大きなタイムロスが生じている。
「なるほど……」
俺は、興奮を抑えられなかった。
このスキルは、単発では意味を成さない。しかし、極めて低いMPコストと短いクールタイムを活かし、連射することで、敵の隠しパラメーターを蓄積的に削り取る唯一の手段だったのだ。
『動作安定性パラメーター』がゼロになったらどうなる?
俺は、その答えを知るために、さらに【微弱な酔い】を浴びせ続けた。
その結果は、予想を遥かに超えるものだった。
『対象:奈落の番犬の動作安定性パラメーター、累計-30・0%』
番犬は、既にまともに走ることすらできず、まるで泥酔した人間のように、左右によろめいている。動きの精密さはゼロになり、攻撃の命中率は限りなく低くなっていた。
そして。
『対象:奈落の番犬の動作安定性パラメーター、累計-50・0%』
番犬は、バランスを保てなくなり、その場で倒れ込んだ。
【状態異常付与:微弱な酔い】が蓄積され、遂に敵の動作安定性を致命的に削り切ったのだ。番犬は倒れ込んだまま、起き上がろうともがくが、VRシステムの内部ロジックが「動作安定性ゼロ」と判断しているためか、その努力は報われない。
俺は、仰向けに倒れた番犬の腹部に、会心の一撃を叩き込んだ。
番犬は、抵抗する間もなく、その巨体を砂のように崩し、消滅した。
討伐時間、わずか三分。ソロで奈落の番犬を討伐する平均時間の、およそ四分の一だった。
「これは……チートだ」
俺は、自身の発見に、武者震いをした。
最弱と嘲笑されたスキルは、実際には、この世界の物理法則の根幹を崩壊させる、唯一無二の「隠しチート」だったのだ。しかも、その効果は、他のプレイヤーの視覚情報には、一切現れない。
俺は、この発見を誰にも悟られないよう、細心の注意を払う必要があった。もし、この仕様が運営に知られれば、間違いなく下方修正が入るだろう。このスキルが「最弱」であるとプレイヤー全員が信じ込んでいる状況こそが、俺の最大の武器なのだ。
俺は、奈落の試練ダンジョンを、さらに深くへと潜っていった。
その後の道中、俺は様々なタイプのモンスターを相手に、実験を繰り返した。
空中を高速で飛び回る【虚空の精霊】。
地面に潜行し、奇襲を仕掛ける【地底の巨蟲】。
結果は、全て同じだった。
【微弱な酔い】は、あらゆるタイプの敵の「動作安定性」を確実に、そして蓄積的に削り取る。
空中を飛び回る精霊は、安定性を失うと、翼の動作が乱れ、制御不能に陥って地面に落下した。地底の巨蟲は、安定性を失うと、地中での動きが座標バグのように不自然になり、地上に強制的に押し出された。
このスキルの本質は、「敵の能力を直接的に削る」ことではなく、「VR世界の物理シミュレーションにおける、敵の動作精度を破壊する」ことにある。
最弱スキルは、VR世界の絶対的なルールを破壊する、唯一のバグだったのだ。
俺は、このシステムを最大限に活用するために、自分のプレイスタイルを根本から見直した。MP回復アイテムを大量に買い込み、戦闘中に【微弱な酔い】を秒間三回発動させるための、指の動きとマクロを徹底的に訓練した。
奈落の試練の最深部、ついに俺は、その目標に到達した。
ダンジョン最奥の部屋には、巨大な鋼鉄の扉があり、その前には、奈落の試練の「中ボス」である、【次元の守護者】が待ち構えていた。
全身を硬質のエネルギーに包まれた、人型の巨大なゴーレムだ。このゴーレムは、プレイヤーの攻撃が当たる直前に、その攻撃が当たる座標を別の次元に「瞬間移動」させる、驚異的な回避能力を持っていた。
――この敵は、俺の最高の実験台だ。
俺は、静かに武器を構え、そして、無限のMPが続く限り、【微弱な酔い】の連射を開始した。
◇
【次元の守護者】。
中ボスとはいえ、その難易度は、通常のレイドボスのそれをも凌駕していた。このゴーレムを討伐できたソロプレイヤーは、いまだに存在しない。理由はただ一つ、奴の持つ回避能力があまりにも理不尽だからだ。
ゴーレムの攻撃は、重厚で遅い。だが、その回避は、音速を超える。プレイヤーが剣を振り下ろす、あるいは魔法を放つ、その攻撃座標を感知するや否や、ゴーレムは一瞬で体を次元の狭間に隠し、攻撃を無効化する。
ガレンたちのトップパーティでさえ、その回避システムを打ち破るためのヒントすら掴めずにいた。彼らは、より強力な攻撃力や、広範囲魔法の連打で、奴の回避座標を潰そうと試みたが、全て失敗に終わっている。
だが、俺の戦略は、彼らのそれとは根本的に異なっていた。
俺は、ゴーレムの「動作」を破壊するのではない。ゴーレムの「次元移動」という動作を支える、内部の精密性を破壊するのだ。
俺は、ゴーレムの周囲を慎重に回り込みながら、【状態異常付与:微弱な酔い】を連射した。
シュン、シュン、シュン……。
目に見えないスキルが、連続してゴーレムに命中する。
『対象:次元の守護者の動作安定性パラメーター、累計-1・5%』
『対象:次元の守護者の動作安定性パラメーター、累計-2・0%』
『対象:次元の守護者の動作安定性パラメーター、累計-2・5%』
俺の脳裏に表示される数値は、着実に積み上がっていく。しかし、ゴーレムは全くの無反応だ。
ゴーレムは、その巨体に見合わない素早い動作で、俺に向かって巨大な拳を振り下ろした。
ゴォッ!
俺は回避し、さらに連射を続ける。ゴーレムの攻撃が当たらないことを確認すると、俺は思い切って、ゴーレムの正面に立ち、至近距離での連射を敢行した。
『対象:次元の守護者の動作安定性パラメーター、累計-10・0%』
安定性が10%削られた瞬間。
ゴーレムの動きに、違和感が生じた。
奴は、俺の攻撃に対して、一瞬体を次元の狭間に隠したのだが、完全に回避しきれず、右腕の表面を俺の剣が微かに掠めたのだ。ダメージはゼロ。だが、確実に、攻撃が当たった。
「やはり……!」
俺は、全身に鳥肌が立つのを感じた。
次元移動は、このゲームの内部ロジックにおいて、極めて高い「動作安定性」を要求される精密な座標計算を伴う動作なのだろう。俺の【微弱な酔い】は、その座標計算に必要な「精密性」を、数値として少しずつ削り取っていたのだ。
動作安定性が削られれば削られるほど、奴の次元移動の精度が落ちる。
俺は、MP回復薬を飲み干し、再び【微弱な酔い】の連射速度を上げた。
『対象:次元の守護者の動作安定性パラメーター、累計-30・0%』
30%に達した時、ゴーレムは、俺の攻撃を回避しようと次元移動をしたのだが、その体が空間に引っ掛かったような、不自然な挙動を見せた。奴の巨体の半分が現実世界に、残りの半分が次元の狭間に取り残されたような状態になり、次の動作に移るまでに、約二秒間の硬直が生じたのだ。
俺は、その硬直時間を利用し、ゴーレムの胴体に渾身の一撃を叩き込んだ。
硬質なエネルギーが砕け散る、甲高い音が響いた。
「グアアアアアア!」
ゴーレムは、苦痛の声を上げ、地面を叩きつけた。初めて、俺の攻撃が、奴に有効なダメージを与えたのだ。
ここからは、一方的な展開だった。
俺はゴーレムの攻撃を、最小限の動きで回避し続けながら、【微弱な酔い】を打ち込み続けた。
『対象:次元の守護者の動作安定性パラメーター、累計-70・0%』
ゴーレムの次元移動は、もはやワープ失敗と呼ぶべきレベルに達していた。奴は回避しようとするたびに、体のあちこちが次元の狭間に取り残され、逆に大きな隙を晒してしまう。まるで、システムそのものが、奴の「精密な動き」を許容できなくなっているかのようだった。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
『対象:次元の守護者の動作安定性パラメーター、累計-100・0%』
安定性がゼロに達した瞬間、ゴーレムの全身を覆っていた硬質エネルギーが、音を立てて消滅した。
そして、システムの内部から発せられたかのような、冷たいメッセージが、俺の視界に大きく表示された。
『警告:対象の「動作安定性パラメーター」がゼロに達しました。システム・エラー:精密動作のロジックが崩壊。対象は【機能停止】状態に移行します。この状態は、外部からの干渉があるまで継続されます』
ゴーレムは、その場でピタリと動きを止めた。
まるで、電源が落ちた巨大な機械のように、微動だにしない。俺の目の前には、ただの石像と化した、巨大なゴーレムが立っているだけだった。
「……勝った」
俺は、安堵と、途方もない興奮で、震えが止まらなかった。
俺のスキルは、「次元移動」という最難関の動作を、システムレベルで完全に無効化する、最強のカウンターだったのだ。
俺は、機能停止したゴーレムの核に向かって、最後の力を振り絞り、剣を突き立てた。
キン、という軽い音と共に、ゴーレムは静かに崩壊し、中ボス討伐を告げるアナウンスが響いた。
奈落の試練の最難関フロアを、ソロで突破した。この快挙は、まだ誰にも知られていない。
俺は、ゴーレムがドロップした最高レアリティのアイテムを拾い上げると、その場で瞑想に入り、体力の回復に努めた。
中ボスは、ラスボスの前座にすぎない。
俺の真の目標は、新エリア「アースガルズの境界」の最奥にいるという、攻略不可能とされていたラスボス(巨大な浮遊機械兵)だ。
俺は、再び、システムメッセージを呼び出した。
『対象:ラスボス(浮遊機械兵)に関する、プレイヤーの最新攻略情報』
掲示板や大手攻略サイトの情報を要約したデータが表示される。
そこには、ガレンたちの「ファルコンズ」をはじめとするトップギルドが、ラスボス討伐に失敗し続けている、悲惨な状況が記されていた。
ラスボスは、全身を特殊なバリアで覆い、強烈な重力制御能力を持っている。この重力制御により、ラスボスは常に絶対的な「動作安定性」を保っており、プレイヤーの攻撃が一切当たらない。
「ラスボスは、まるで浮いているかのように、どんな攻撃も軽々と回避する。奴の周囲には、強力な重力場が形成されており、プレイヤーは攻撃どころか、その場に立っていることさえ困難だ」
「奴の安定性は、無限大だ。我々の攻撃スキルでは、奴のバリアすら破れない」
嘲笑に満ちたガレンの顔が、脳裏に甦る。
最弱のスキルで、俺を追放した彼らに、一矢報いる時が来た。
巨大な浮遊機械兵。
絶対的な安定性。
「……ふざけるな」
俺のスキルは、その「絶対的な安定性」を、ただの数値の羅列に変え、そしてゼロにすることができる、唯一のチートだ。
俺は、回復を終えると、奈落の試練をクリアした者だけが入れる、ラスボスエリアへの転送装置へと向かった。その表情には、迷いも不安もなかった。あるのは、長年の屈辱を晴らす、冷たい決意だけだった。
◇
ラスボスエリア――『神々の黄昏』の終焉の地。
そこは、無数の仮想雷が飛び交う、巨大な円形のアリーナだった。空中に浮かぶ足場は、重力の乱れによって絶えず揺らぎ、プレイヤーに不利な地形を強いる。
アリーナの中央。
そいつは、音もなく静かに浮遊していた。ラスボス――【終焉を告げる機械神】。
体長は三十メートルに及び、全身は鏡面のような特殊合金で覆われている。その足元には、攻略に挑み、そして敗れ去った多くのトップランカーたちの残骸――無数の武器や防具が、散乱していた。
俺は、転送装置からアリーナに降り立つと、即座に戦闘態勢に入った。
機械神は、俺という単独の侵入者を認識したようだが、その巨体は微動だにしない。まるで、俺など眼中にないと言わんばかりの、傲慢な静けさだった。
「『微弱な酔い』のタクト? まだいたのか、クソ職が」
その時、アリーナの外壁に取り付けられた、観戦用の巨大な仮想スクリーンに、ガレンの顔が映し出された。
どうやら、トップギルドの連中は、ラスボスの再挑戦の準備のため、このエリアをリアルタイムで観戦していたらしい。俺が単身で奈落の試練を突破したことなど、知る由もない彼らにとって、俺の出現は滑稽なサプライズだったのだろう。
ガレンは、鼻で笑った。
「諦めが悪いにも程があるぞ、タクト。あの浮遊機械神の周囲には、強力な重力制御バリアがある。お前が持つ、何の役にも立たない『微弱な酔い』で、何ができる? せいぜい、奴の足元で酔っ払って、惨めに爆散するがいい」
俺は、スクリーンに目を向けることなく、機械神に向かって歩き出した。
一歩踏み出すたびに、足場の重力が急激に変化する。普通のプレイヤーなら、ここで体勢を崩し、機械神の攻撃に晒される。だが、俺は違った。俺の体は、既に「動作安定性」を極限まで意識した、最適化された動きを体得していたからだ。
機械神は、警戒心を抱いたのか、ゆっくりとその巨大な腕を振り上げ始めた。その動作だけで、周囲の重力場がさらに強力になり、アリーナ全体に圧力がかかる。
俺は、武器を構えることなく、ただひたすらに、機械神に向かって【状態異常付与:微弱な酔い】を放ち始めた。
シュン、シュン、シュン……。
誰も効果を認識できない、最弱の光が、機械神の鏡面装甲に次々と吸収されていく。
『対象:終焉を告げる機械神の動作安定性パラメーター、累計-1・0%』
『対象:終焉を告げる機械神の動作安定性パラメーター、累計-2・5%』
機械神の持つ「絶対的な安定性」の数値は、他のどの敵よりも圧倒的に高い。しかし、俺のスキルは、その無限大に見える数値を、確実な減少へと転じさせていた。
観戦スクリーンから、ミレイの焦った声が聞こえてくる。
「な、何をしているの、タクト? 早く攻撃を! そのスキルは無意味よ!」
無意味? お前たちには、俺の視界に見えているこの、着実に減っていく数値が見えていないだけだ。
俺は、MP回復薬を立て続けに飲み込み、スキルの連射を、秒間四発まで引き上げた。
『対象:終焉を告げる機械神の動作安定性パラメーター、累計-10・0%』
10%を削った瞬間。
機械神の浮遊が、ごくわずかに、沈み込んだ。それは、重力制御が、その絶対的な安定性を、一瞬だけ見失ったことを意味する。
「まさか……! なぜ、奴の浮遊が乱れた?」
ガレンが、困惑の声を上げる。彼らは、俺が何をしているのか理解できない。ただ、目の前のラスボスが、これまで見たこともない不自然な挙動を見せたという、その事実だけに直面していた。
『対象:終焉を告げる機械神の動作安定性パラメーター、累計-30・0%』
30%に達した時、機械神は、俺を潰そうと、重力制御のエネルギーを最大出力で解放した。アリーナの足場が粉々に砕け散り、凄まじい引力が俺の全身を襲う。
だが、機械神の動き自体が、既に不自然に歪んでいた。重力制御が暴走しているかのように、その放出されるエネルギーが、四方八方に拡散し、精密性を失っていたのだ。
俺は、その重力暴走の中心を避け、ひたすら【微弱な酔い】を打ち込み続けた。
俺のスキルは、重力制御という概念そのものを破壊する。重力制御は、極めて高い「動作安定性」が必須の、精密な座標調整の上に成り立っている。その安定性をゼロにすれば、制御は必然的に破綻する。
そして、その瞬間は、突然訪れた。
『対象:終焉を告げる機械神の動作安定性パラメーター、累計-100・0%』
安定性がゼロに達した瞬間、機械神の全身を覆っていた重力制御バリアが、まるでガラスのように砕け散った。
そして、中ボスの時と同じ、冷たいシステムメッセージが、俺の視界を占拠した。
『警告:対象の「動作安定性パラメーター」がゼロに達しました。システム・エラー:精密動作のロジックが崩壊。対象は【機能停止】状態に移行します。この状態は、外部からの干渉があるまで継続されます』
ドゴォォォォン!
絶対的な安定性を失った巨大機械神は、その場で浮遊する力を失い、凄まじい轟音と共に、アリーナの床に激突した。
アリーナは震え、機械神の鏡面装甲には、幾筋もの亀裂が走った。
観戦スクリーンは、沈黙に包まれていた。ガレンもミレイも、誰もが、目の前で起こった信じられない光景を理解できずにいた。攻略不可能とされたラスボスが、何の攻撃も受けていないのに、ただ倒れ込んだのだ。
機能停止した機械神は、重力の乱れを一切起こさず、ただの巨大な鉄の塊として、そこに横たわっている。
俺は、ゆっくりと歩み寄り、機械神の核を露わにした亀裂に向かって、剣を構えた。
ガレンの叫び声が、沈黙を破った。
「待て! タクト! 何をした!?」
俺は、答えなかった。
俺は、すべての屈辱と嘲笑を込めて、最後の力を、機械神の核へと叩き込んだ。
システム・アナウンスが、世界に響き渡った。
『速報:終焉を告げる機械神が討伐されました! 討伐者:タクト!』
その瞬間、ゲーム内の全プレイヤーの視界に、この快挙が知らされた。攻略不可能とされたラスボスが、ソロ討伐された。
俺は、ドロップアイテムの、世界で唯一のレジェンド級武器を拾い上げ、ガレンたちの観戦スクリーンに向かって、一度だけ顔を向けた。
画面に映る彼らの顔は、驚愕と、そして屈辱に満ちていた。自分たちが最弱と断じたスキルが、ゲームの根幹を覆すチートであったことを、彼らは今、突きつけられたのだ。
俺は、無言でログアウトした。
最弱スキル使いと嘲笑された男は、誰にも真似できないクソゲーハンター、そして最強のプレイヤーとして、このVR世界の頂点に君臨した。俺のスキルは、今後も「最弱スキル」であり続ける。なぜなら、その真の仕様は、永遠に俺だけが知る、神ゲーの秘密なのだから。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。「微弱な酔い」という、誰もが笑うであろう最弱スキルが、実はVRゲームの「物理シミュレーション」の根幹を崩壊させる唯一の鍵だった、というアイデアから、この物語は生まれました。主人公タクトが、地道な検証によって、誰も見向きもしなかった最弱スキルを最強のチートへと昇華させ、自分を追放した世界を見返すカタルシスを、読者の皆様と共有できたなら幸いです。ゲームの世界を舞台にした、最弱からの逆転劇は、現実世界での挫折や困難に直面した時の、小さな希望の光になるかもしれません。




