第六話 破壊的な彼女と盛りすぎた転校生。
いつも通りの時間に変化があったのは、選択科目履修のため、結華が教室を離れようとしたときの事だった。
「あっ、結華ちゃーん!」
と、突然声を掛けてきた一人の女子に、結華は身を翻す。
すると視界に飛び込んできたのは、その豊満な乳房を揺らし、結華のほうへと駆けてくる褐色娘の姿だった。
「あれ、蛍ちゃんどうしたの~? また教科書忘れちゃった?」
彼女の名前は、安瀬山蛍。
その裏表のない気持ちの良い性格と活発な姿で、男女の隔たり無く多くの友人を持つ女子だ。その髪は彼女らしいショートの黒髪で、キリッとした眉は健康的な小麦色の肌によく映えていた。
蛍と結華はさほど交流があるわけではないが、菜子同様同じ中学から進学したこともあり、ノートの写しや教科書の貸し借り程度はしている……という程度の間柄だ。
「移動教室、一緒に行かない?」
「ん~? それは別に良いけど……」
今日はよく首を傾げる日だな、と内心苦笑しつつ、結華は彼女と共に教室を離れた。
蛍の足音は忙しない。
ただ廊下を結華と同じペースで歩いているだけなのに、二人の足音はちぐはぐで、蛍の方はドタドタと怪獣のような音を辺りに響かせていた。
「それで、結華ちゃん今日は何も問題無さそうなの?」
と、突然の質問。結華にはその言葉の意図を汲むことが出来ず、その場に立ち止まってしまう。
「えっと、何がー?」
「だからほら……悪霊とか。――この間は、大変だったんだよね?」
結華に続き立ち止まる蛍。その言葉はあまりに端的で、しかし質問の意図を示すには十分なものだった。
「えっ…………っと」
……試されているのだろうか。訝しんだ結華は言葉に詰まってしまう。
と、その神妙な面持ちに、蛍は慌てて言葉を付け加えた。
「あ、あれ? な、なんか思ってた反応と違うね!? あっ、えっと……ちょっと待って一旦今の忘れて! あっああぁそうだ! 私、蒼彩さんに頼まれたの! 結華ちゃんのお稽古!」
安瀬山蛍。
その活発な姿で多くの友人を持つ女子。そんな彼女は、肝心なところで抜けていて、そして――
「今日からしばらくウチの神社でお稽古だから、よろしく! あ、あと色々遅くなったのは菜子ちゃんがずっとくっついてたから! 別れるタイミング狙ったの!」
実は神主の娘で巫女でもあるという、希有な存在でもあったのだ。
「うん……色々腑に落ちたけど、もう少し静かにねー……」
「んぐっ、ご、ごめん……」
項垂れる蛍の肩を、結華はポンポンと軽く叩く。
腑に落ちたのは事実だが、不器用を絵に描いたような彼女が修行の相手というのは、結華には想像出来ない。……正直、不安になってきたというのが本音である。
――うん、今日のお昼は肇くんとノミコさんに相談しよう。
そう意を決し、一人結華は苦笑いを浮かべた。
◇
果たして、待ちに待った昼休み。
生徒達が各々席を移動し始めたタイミングで、結華は弁当の入った包みを片手に教室のドアを開く。
隣の教室はというと何やら黄色い歓声が響いていて、彼女はまたも首を傾げつつもその教室を訪ねることにした。
「お邪魔しまーす……」
別クラスなので、一応腰を低くし結華は教室のドアを開く。
するとその目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。
「おやおや、これまた可愛らしいお嬢さんがやってきましたね」
なんて、この学校らしからぬキザな台詞を吐いていたのは、一人の男子生徒。
スラリと細長くも、つくべきところには筋肉をつけていて、所作がどこか上品な美形男子。
面長でよく整った目鼻立ちに、ポニーテールにまとめたロングの白髪。おまけにその瞳は美しいブラウンで、女性のようにまつ毛が長く見る者を魅了する。
実際、先の黄色い歓声の原因は彼なのだろう、その虜になってしまったらしい数人の女子生徒たちが、要人を警護するが如く彼の周りを囲っていた。
「えっと……わたし、肇くんに用事が」
「あぁ、彼なら丁度私の隣にいるよ。ほら」
キザ男は隣の机で突っ伏している一人の男子生徒を指さす。……と、ここで結華は違和感に気がついた。
――あれ、他に男子がいない?
首を振って室内を見渡すも、いるのは机に突っ伏した肇に、例のキザ男と、それから彼を囲う女子生徒たちに、離れた席ながらもチラチラと彼の様子を窺うその他の女子数名のみ。
……それに、違和感といえばそもそもの話、結華は四月から結構な回数この教室を訪れているのだが、この男を見たのはまったくの初めてなのである。
「……不思議そうな顔をしているね? 私の名前は凰院玲那。実は今日ここに転校してきたばかりなんだ、以後よろしく」
キザ男……もとい、玲那は優しく結華に微笑みかける。周りの女子は「玲那くん優しーい」と謎に彼を持ち上げていた。
「…………」
そんな彼の姿に、しかし結華はまるで興味を示さない。むしろ、嫌悪感をあらわにする様に荒々しい足音を室内に響かせ肇のほうへ向かっていく。
そして表情を崩さない男を一瞥しそのまま横を通り過ぎると、肇の肩を軽く小突いた。
「ほら肇くん、いつまで寝てるの。こんなところ早く出ちゃおうよ」
「ん……結華?」
ようやく気がついたのか、肇はその顔を上げ彼女と目を合わせる。
その姿を確認するより早く、結華はその細い手で彼の腕を思い切り引っ張り催促した。
「ほらほらぁ、早く早く」
「分かった、分かったから! ……そんなに腹が空いてたのか?」
――そんなわけないでしょうが。
と、この言葉は胸の奥に仕舞い、弁当を手に取った彼の手を引く。すると、本日二度目のすれ違いざまに、玲那は再びその口を開いた。
「ごめんね、何かまずかったかな」
「…………わたし、急いでるんで。それじゃあまた、凰院くん」
――ぴしゃり。
一方的にそれだけ言い残すと、結華はそのまま教室を出て行ってしまう。
開けたドアはそのままで、残された生徒達は先程までとは別の意味でザワつき始める。話し好きの女子九割の空間において、その喧噪は瞬く間に広がっていく。
「あー、面倒だなあの女」
そんな女子たちの話し声が室内にけたたましく響く中で、ボソリと吐かれたその毒に気づく生徒は一人としていなかった。
◇
その後、二人はたまに使わせてもらっている空き教室……もとい、生徒会室にやって来た。
以前は役員たちの集会のため昼から開放していたらしいが、今ではそんな集まりは無くなってしまい、早めにここを開ける文化だけが残ったようだ。
勿論中に一般の生徒が入るには許可が必要だが、そこは道中役員にOKを貰ってきたので問題は無い。擬似的ではあるが、今だけはここが二人と一匹のプライベート空間となっているわけである。
「あー……なんか結華、怒ってなかった?」
「あ~……あはは、凰院くんの事だよね」
ようやく腰を落ち着けて話が出来る。
小さくため息をこぼすと、結華は室内の席に着き弁当を広げ始める。
それに倣い、肇は隣の席に着く。
普段使っている教室とは異なり生徒会室の机は最小限で、代わりに窓際の長机にデスクトップパソコンが二台置かれていた。
「う~……ん、と。あれは怒った……というか、嫌悪感? 生理的嫌悪? かな、多分」
「いや、容赦なさすぎだろ」
苦笑いと共に肇は弁当箱を開ける。本日の母手製料理は卵焼き、焼き鮭、プチトマト、ブロッコリー(マヨネーズを添えて)、そして仕上げに白米と梅干しをその中心に一つ……と、中々統一感のあるラインナップだ。
「何がそんなに嫌だったんだ?」
と、卵焼きを一口頬張る肇。本日の味付けは出汁が効いていて、噛む度にその香りが鼻腔をくすぐり彼に白米を求めさせた。
「うーん……感覚的なんだけど、凰院くんって、多分全部嘘だよね、アレ」
結華は表情一つ変えずに、ゆっくりと弁当箱を開く。
肉じゃが、焼き鯖、お約束の卵焼きに、ごぼうのきんぴら、そして肇と比べると少なめの麦ご飯に、タッパーに入っているのはデザートの梨と葡萄だ。
「嘘って?」
「話し方とか、立ち方とか、なんかもう……全部、なのかなぁ? 作り物めいてて、気持ち悪かったんだよね……」
早速肉じゃがを口に運ぶ結華。昨晩の残り物は、彼女自身良い味付けに思えた。
「なるほどなぁ……。僕はそこまで無かったんだけど、あの空間にいるのはきつかったな……。多分、だから男子皆出て行ったんだと思う」
「まぁ、アレはね……。そういえば、凰院くん制服の下になんか黒のインナー着てなかった? 首とか綺麗に隠れてたよ」
と、これは結華が彼の横を通り過ぎた際に気づいたことである。
……冬ならいざ知らず、この季節に常時首を衣類で覆っているというのは、正直かなり異常だ。
もっとも、あのキャラで白髪、おまけに高身長……と要素が渋滞しすぎてあの場においては異常が常態化していた、とも言えるのだが。
「アレは自己紹介の時に本人が『火傷を隠すためです』って言ってたぞ」
「ふぅん」
と、空返事で結華は箸を進める。
――絶対信じてないだろ。
そう言いそうになるのをなんとか堪え、肇は建設的な話をする事にする。
「…………それで、結局蒼彩さんの件はどうなったんだ?」
「あっ、それはね――」
待ってました、とばかりに結華は安瀬山蛍の話を始める。
その後一通り話を聞いた肇は、やはり結華と同じく不安げな表情を浮かべてしまうのだった。




