第四話 専門家(プロ)の戦い。
肇の言葉に、蒼彩はふむ、としばし考えると、
「……ちょっと二人とも、私について来てくれるかな」
と二人を部屋の外に連れ出した。
◇
見知らぬどこかへ栗毛の彼女が導くその道中、蒼彩は結華にアクセサリーを手渡した。
「なんですか? これ……」
結華は渡されたそれをジッと見つめる。
金属の装飾と、それに埋め込まれた輝き。
青く輝くそれは、宝石のように煌めき少女の瞳に反射する。
「綺麗だろう? それはキミを守るためのものだから、身につけておいてくれ」
蒼彩の言葉に従い、結華はそのアクセサリーを首に掛ける。パッと見はやや高価そうなただのネックレスだ。
「……あ、でもこれじゃ見せびらかしてるみたいだな……肇くん、ちょっと向こう見てて」
「ん? あぁ……」
肇は結華の言葉の意味を図りかねるも、素直にその言葉に従い脇の小道に目線を逸らす事にする。
すると結華の方からスルリスルリと布擦れの音が聞こえ始め、やがて「はいっ。終わり!」と肇の肩を軽く叩いた。
「ん……あれ?」
視線を戻したところで、肇は言葉の意味を理解する。
「これなら目立たないでしょ?」
動きやすそうな黒のシャツブラウスの下にその本体を隠しているものの、彼女の細い首元には、確かに先ほどのネックレスの紐が見えていたのだ。
見知らぬどこかへの案内は続いていく。
その道中、「睡蓮寺さん、わたし達は今どこに向かっているんですか?」と訊ねる結華だが、蒼彩の悠然とした歩みは変わらない。
「……まぁ、キミ達ならすぐに気づくだろうさ」
答えはくれてやらず、その口角を上げるのみだった。
蝉の鳴き声と、空の青。
進めば進むほどに、錆びていくその景色。
その光景は、先日の夜とはすっかり色が違うが、ようやく二人はその目的地に気が付く。
「睡蓮寺さんの行こうとしてるところって、まさか……」
「ふむ、ようやく見えてきたね。キミたち……いや、特に結華ちゃんにはあまり良い思い出のない場所だろうけどね」
眼前の建物を見据える三人。
今にも崩れ落ちそうなその白い建物は、昨夜結華達が訪れた例の廃ホテルだった。
「でも……なんでこんな所に?」
「……私は結華ちゃんを守るために、何が出来るのか。キミの疑問に対するその答えの一端だけでも見せておこうと思ってね」
「どういう事ですか?」
肇の疑問に、蒼彩は二人の背を軽く押す。
「まぁ、それはこれからのお楽しみということで。ほら、二人とも中に入って」
二人はお互いに顔を見合わせ首を傾げるも、彼女に従いその錆びたドアを開け放つのだった。
作夜とは異なり割れた窓ガラスから日の光が差していたが、建物の中は言い様のない重たく澱んだ空気が支配していた。
そんな、体に纏わりつくような空気の中、楽し気に口を開く蒼彩。
「肇君。キミのようなタイプの人間には、何より行動で示すのが一番だろう。見ていてくれ」
「はっ――」
何を、とそう聞き返そうとしていると、肇の隣……結華の背後から、何かの影が突如として出現する。
「いやっ、何これ……!」
一つ、二つ、三つ。
現れた複数の影たちは、まるで結華の体を求めるかのように彼女の肩へ、肌の露出した太ももへ、確かん膨らみのある胸部へと手を伸ばし、そして――
その指先が、彼女に触れることは叶わなかった。
バチッと音を立てた閃光のような輝きに、影たちは弾き飛ばされたのだ。
「――――――!!」
獣のそれにも似た、黒い影たちの苦し気な咆哮。
室内にその声が反響するその中で、蒼彩は一人口角を上げる。
「言っただろう? それはキミを守るためのものだって」
「それって……」
結華はシャツブラウスの内側に手を突っ込むと、中から例のネックレスを取り出す。
硬い感触のそれは、輝き眩いばかりの青い光をその内から発していた。
「なんだ、これ……」
「それは特殊な製法で作られた退魔の道具でね、その効果を発揮するとそうして内側から青く光るんだ。……さて。それじゃ、肇君はそこで見ていてくれ」
栗色の髪を靡かせ、蒼彩は尚も悠然とした足取りで建物の端に飛ばされた影たちに近づいていく。
……が、影たちがその様子を黙って眺めているはずもなく、そのうちの一体が蒼彩のすぐ目の前まで脱兎する。
「この気の滅入る日差しの中で、まったくご機嫌な悪霊たちだ」
ふぅ、と小さくため息をこぼす蒼彩。
結華の前に立った彼女へ影が手を伸ばした、その瞬間。
何か強い力で押し潰されるように、影は床に叩きつけられ消滅した。
その現象に、あっけにとられた二人と対照的に蒼彩の表情は変わらず口角を上げたまま。
部屋の隅にいた二つの影が、明確に彼女を敵と認識した瞬間であった。
「――次」
蒼彩はその表情を変えないが、その目だけはまるで獲物を見つけた肉食獣の如く冷たい視線を影たちに向ける。
それに遅れて聞こえてきたのは、獣のような二度目の咆哮。
それは、二つの影が同時に彼女に襲い掛かるその合図だった。
……が、その手は決して彼女に届かない。
まるで、そこに境界があるかのように、先の影が押しつぶされたのと同じ位置で二つの影もまた床に叩きつけられ、存在を消失させてしまう。
「肇君言ってたよね、『結華を守るために、何が出来るんだ』って。……これでは不満かな?」
「いや、その……」
その質問に、肇は答える事が出来ない。イエスと答えるのが嫌だったから……では、勿論ない。
こちらを振り向く彼女の後ろに、いつの間にか起き上がっていた影を一つ見つけたからだ。
「「危ない!」」
声を重ねる二人。
そんな二人とは対照的に、蒼彩の口角は上がったまま。
「すまない、もう一度聞くとしよう」
その指先で、空を横になぞる。
その静かな動きに背後の空間そのものが軋み、横にズレる。
「……これでは不満かな?」
果たして、彼女の背後にあったのは、体を横に真っ二つにされた影の姿。
睡蓮寺蒼彩。
結華に襲い掛かろうとしていた三つの影を祓い、この光差す暗闇の中で尚も微笑む彼女の姿は、まさに超常の専門家そのものであった。




