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第十三話 来たる現実は唐突に。



 幼い子どもの寝息というのは強烈で、三人揃って部屋で寝息を立てていると、階下から玄関のドアを開く重たい音が木霊した。

 眠たい瞼を(こす)り、ふわぁ、と小さなあくびと共にベッドに預けていた体重を元に戻す結華。時計の針を確認すると、時刻は夜の七時半を過ぎた辺りで、瞬間的に青ざめた。

「やばっ……ご飯まだ作ってない……!」

 悲しむ父の姿を想像し、結華は慌てて立ち上がる。そんな彼女の様子に、脇で寝息を立てていた蛍も「どうしたのー?」と目を覚ます。

「あっ……えっと、お父さん帰ってきたから、ちょっと下行ってくるねぇー」

 蛍の返事を待たず、結華は部屋を飛び出す。……と、勿論これはなるべく音を立てないよう注意しながら、である。



 階下に降りると、ちょうど彼女の父がスーツをハンガーに掛け一息つこうとしているところだった。

「ただいま」

「うん、おかえりお父さん。……あれ、なんか良い匂い?」

 夕飯の準備が済んでいない件について謝罪をしようとした結華だが、鼻腔をくすぐるジャンクな香りが気になり質問が口をついて出てしまう。

 匂いを辿ってみると、見慣れたフライドチキン店のロゴが入った半透明の袋が食卓の上に置かれていて、袋越しにその白い箱の姿を覗かせていた。

「あぁ。今日は蛍ちゃんが家に来ると言っていたから、帰りにね。それで何度か結華に連絡をしたんだが……」

 苦笑いを浮かべる父に、結華は自分の携帯端末を確認する。画面を見てみると、ちょうどシャワーや寝かしつけをしていた時間に三件ほどの不在着信が入っていた。

「……ごめん、さっきまで寝てた。ケータイもマナーモードにしてたみたい」

「いや、責めているわけじゃないよ。結華にはいつも飯を作って貰っているし。今日くらいは自炊を休んで友達と食べると良い」

「ありがとう、お父さん。蛍ちゃん呼んでくるね」


 居間を離れ再び部屋に戻る結華。程なくして蛍を連れ戻ってきた。

「お邪魔してます、結華ちゃんの友達の安瀬山蛍です。ごめんなさい今日は急に来ちゃって!」

「いやいや、むしろいつもは二人きりだから、友達が来てくれて嬉しいよ。今日はチキンを買ってきたから、部屋で食べると良い。……僕がいると何かと気を遣うだろう?」

「わぁっ、ありがとうございます! わたしお肉大好きなんです!」

 と、全身で喜びを表現する蛍。まるで大型犬である。

「若いんだから沢山食べなさい。僕は二つだけ貰うから、残りは二人で分けると良い。……っと、少し多すぎたかな?」

 小皿に自分のチキンを乗せ、まだまだぎっしりと箱の中に残っている動物性タンパクに苦笑いを浮かべてしまう結華父。最後に「余ったら下に持ってきなさい」とだけ加え、二人を部屋に戻らせた。



 部屋に戻る道中、幼い女子の泣き声が二人の耳を(つんざ)く。

 その泣き声の主は考えるまでもなくあの子で、「これじゃあほんとにお母さんみたい」とため息混じりに結華は急ぎ階段を駆け上がる。

 階下から「誰か他にいるのかー?」と父の声が聞こえるも、結華が無視して部屋のドアを開け放とうとしていたため、「ごめんなさい、ちょっと古い映画見てて! すぐに音下げますねー!」ともっともらしい言い訳をして蛍は彼女に続いた。


 部屋に戻った二人が目にしたのは、先程までの泣き声はどこへやら、キャッキャと明るい声ではしゃぐ菜子の姿だった。

『なんなんじゃ……この状況は…………』

 と、幼い彼女に抱きつかれその長い獣耳を良いようにされていた小さな獣は、珍しく相方不在の狐神、夜長月(よながつき)勇槍之御狐(いさやりのみこ)だ。

「ふわふわ~♪」

『やめんか……。(はじめ)とおっても暇じゃからと来てみればこれじゃ……まったく…………』

「ノミコさん!」「神様!?」

『まさか巫女娘まで一緒とはの。退屈せずに済みそうじゃわい』

 予想だにしない来訪者に、驚きの顔を隠せない二人。

 かくして、女子二人プラス幼女(?)一人プラス獣一匹というおかしな組み合わせで、その奇妙な夜会は幕を開けた。



 ポテトにフライドチキン、生地の真ん中に穴の空いたビスケットをそれぞれの皿に盛り、早速頂くことにする二人。

「良いにおい……」

 と、眼前のチキンに思い切り顔を近づけ唾を飲み込んだのは、結華の膝の上に座る女子、菜子だ。

「ちょっと食べてみる?」

 そんな彼女に、結華はチキンを一口大にちぎり手渡してみる。すると菜子は間髪を入れずにそれに食いつき、ハムハムと咀嚼(そしゃく)し始めた。

「しっかり噛んで食べてねぇ」「んー」

『母親か』「……だよね、わたしもそう思う」

 蛍も菜子に続きチキンを口に運ぶ。歯で肉を裂く感触が心地好く、口の中で溢れる脂は独特な香りでその鼻腔を刺激する。秘伝スパイスの香りも中々のもので、食欲をそそるそれらの要素に彼女の味蕾(みらい)は歓喜の悲鳴をあげ、「おいひい~」と喜びの声が口をついて出た。

『…………それで、この幼子(おさなご)のような女子はなんなんじゃ?』

 と、ようやく菜子のモフモフ地獄から解放され伸びをしていたノミコ。彼はあまり肉に興味はないらしく、ジトッとした瞳で今まさに二口目のチキンを口に運ぶ黒髪の少女を指さす。

 結華は苦笑いを浮かべて、「実はこれは……」とここまでの経緯(いきさつ)について話を始めた。



 一通りの説明を終える頃には、膝の上の彼女はチキンを一個平らげ、満足そうにしていた。

『んーなるほど……。つまり肉体は自宅にあるんじゃな?』

「うん……。正確に言うと〝今の〟なーちゃんの体、なのかなぁ? 高校生のなーちゃんの体が今眠ってて、それで何故か……」

『何故かこの幼いのがここにおる、と』

 ふぅむ、とノミコはその顎をふわりとした指先でなぞり思案する。

『とりあえず確定的なことだけを言うと、これは過去の此奴(こやつ)がやって来た……というわけではないの』

「えっ、ほうふぁの?」

 と、モゴモゴと肉を頬張りながら蛍。

『事態はもう少しシンプルな様じゃぞ。では、逆にお前らに問おう。……そこの女子が儂を見て、儂に触れることが出来る理由はなんじゃと思う?』

「わかんらひ」「わたしや蛍ちゃんと同じってこと?」

 一般人に神様の存在は認識出来ない。見ることが出来ないし、触れない。

 それが出来るとするなら、それは結華のように特異な人間か、あるいは蛍のように過去の訓練や経験から認識出来るようになった者のみ。……と、これは一般論である。

 しかし、今回の件に関してはその理屈は適用されない。……というより、前提が間違っているのである。

『……そうではないの。外見にそぐわぬ幼い言動で確定したわ。今目の前に見えるこの少女は自宅で今も眠り続けているという女子の中身……つまるところ、〝魂〟じゃ』

 ノミコの言葉は端的で、無駄なく事実を突きつける。

 結華はごくりと生唾を飲み込み、彼に話の続きを促した。




 魂は嘘をつけぬ。

 魂に今の姿形は関係なく、故に自分が覚えておるあらゆる年頃(としごろ)の自分の姿になれる。

 魂は自らの願望を見せる鏡であり、〝こうありたい〟という願いが形を為したものじゃ。……出来の良い作り物に対して〝魂が宿っている〟と例えて言うことがあるじゃろう? あの言葉は中々核心を突いておるわけじゃ。

 あー、しかしだからといって、此奴(こやつ)にとっての願いが今の姿とも言い切れないんじゃ。

 今の姿で、此奴は何かどうしても為したいことがあるのか。あるいは、この姿で過去何か願いを既に実現していて、その再生を望むのか。

 いずれにせよ重要なのは〝姿形〟ではなくあくまで〝記憶〟というところかの。姿はあくまで手段であり目的ではないんじゃ。

 …………で、ここからが問題じゃの。何故此奴は見た目以上に幼い精神をしておるのか。

 結論を言おう。

 魂が肉体を離れ、それもそれがこうして実体を持って普通の人間のように振る舞うことなど、普通は有り得ん。……有り得んことが、起きておるんじゃ。

 故に儂はこう結論づける。今回の件には何者かの意思が絡んでおる。

 何か(そそのか)され肉体から魂を無理矢理剥がしたんじゃろう。……誰がどんな目的でやったのかは分からんがの。その時魂と肉体に()()が生じてこうなったんじゃろう。

 ……? あぁ、例の男は間違いなく関係ないの。何せ今回の件に結華は友人として関わっておるだけ。ましてあれ程力を付けた者が遠回しに結華への接触を図る理由が無い。


 …………と、いうことで、じゃ。

 ひとまず誰がこの事態を引き起こしたのか……については今考えても無駄じゃ。

 今儂らに出来る事は一つ。此奴の願いを知ることじゃ。

 そのためにはまず、魂と肉体をなるべく近づけズレを戻さねばならん。

 ? 願いを知ってどうするか、じゃと? 

 そんなの決まっておる。――満足のいく夢を見れたなら、あとは夢から目を覚ますだけのこと。此奴を現実に連れ戻すんじゃ。

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