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第一章  和光、その名を得る

※本作はフィクションです。

歴史上の人物・地名・出来事をモチーフにしていますが、

登場する寺院・家系・事件・書状などはすべて創作によるものです。


物語の舞台は、AIもSNSも電子メールも活字も存在しなかった戦国時代。

剣を取ることもできない少年が、たった一つの筆を手に取り、

「書くこと」で時代を生き抜こうとします。


硯の音が鳴り響くたび、

一行の文に人の命が宿ることもある。


これは、言葉の力と、書に命を賭けた少年たちの記録――

『ふでざむらい』、どうぞお楽しみください。

一.

永禄(えいろく)十一年 (1568年)――。

「ドオォォォォン!!………」

群雄蠢く戦国の世、尾張の若き雄・織田信長は、足利義昭を奉じて京へ上洛した。火薬の匂いが風に溶け、銃声が京の空を震わせる。その銃口を向けていたのは、異形の威容を誇る鉄砲――その試し撃ちであった。

信長「ふふふふ、たまらんわ、この威力!いざ、次は堺じゃ。これを手中にすれば、この雷火を大量に仕入れられる。あの航路こそが、天下への道ぞ。」

その背後、祐筆(ゆうひつ)として控えていた男が一礼する。

信長「これより軍議を行う。夕庵(せきあん)よ、諸侯らを集めよ。」

夕庵「はい……」

 夕庵――。知る人ぞ知る信長の祐筆、武井(たけい)夕庵(せきあん)。その眼差しは、火薬の煙の向こう、遠く堺の海を見据えていた。

「祐筆」……主君の言葉を預かり、時に政を、時に命運を筆先一つで左右する、影の軍師である。

信長「ふふ、乱世よ、挑んでくるがよい……!」

 ゴロゴロと鳴る天を見上げる信長の笑みに重なり、京の空がしだいに灰色に染まってゆく。


二.

 天は重たく垂れ込め、やがて細かな雨が静かに町を濡らす。

 ほぼ同時刻、洛中の一角、ひと気の薄い小路。降り始めの雨が、乾いた砂と――ペトリコールの匂いを巻き上げる。

 編み笠を深くかぶった二人の影が、互いのすれ違いざまに立ち止まり、笠の縁越しに目を合わせる。

文鎮(ぶんちん)「久しぶりよの……(すずり)の主よ」

硯「……ただの坊主ではないと思っていたが、まさか正真正銘のボンボンとはな。」

文鎮「墨は……どうしているかの。」

硯「勿体ぶるな。耳にはしていよう。」

文鎮「だからこそじゃ……が、大和路をうろつく妙な小僧がいると聞いた。こやつを掴めれば――」

硯「まさか……なるほど。しばし、待っておれ。」

 言葉が切られると同時に、二人の背後で、水たまりに打ちつける雨粒が幾重にも波紋を広げた。無言のうちに、場は静けさに呑まれていく――。


三.

 永禄(えいろく)元年(1558年)、初夏――

大和から紀州へと続く古道を、ひと組の親子が歩いていた。腕と胴を縄で結ばれた少年、高坂湊(こうさかみなと)を前に、引き綱を握って歩くのは、いかにも頑固そうな男――その父である。

少年「おやじ〜、今日もまだ歩くのか〜?」

 日差しに顔をしかめながら、少年――が不満をもらす。

父「そうじゃ。昼までには着くから、それまでは辛抱せい。」

 父・高坂忠清(こうさかただきよ)はぶっきらぼうに言い返しながらも、どこか楽しげである。

湊「何遍も言ってるけどよ〜、こんな体罰なら筋トレとか水泳とか、もっと体を鍛えられるやつにしてくれよ〜。」

 縄の擦れる腕をぐいと引き上げ、湊は愚痴を続けた。

忠清「フン。そんなもんでお前の捻くれた根性は治らんわ。」

湊「だからって、なにもこんな土くせー、田んぼくせー田舎道を歩かせること…」

忠清「ほら、もっと早く歩け! わしも明日には平群(へぐり)に帰っておかねばならぬのじゃ。」

 忠清は足を止めずに言った。口ぶりは厳しいが、その声には確かな焦りも滲む。

忠清「久秀(ひさひで)殿は、時間に厳しいからの。」

そう付け加えられては、湊も返す言葉がない。

湊「はぁ〜、このくそ頑固おやじ…」

ぼそりと漏らしたつもりだったが――

忠清「何か言ったか?」

 父の声に、湊は肩をすくめた。道は、なおも西へと延びている。


四.

 同日、正午。

忠清「着いたぞ。ここだ。」

 そこは何とも厳かな風格を漂わせる門前であった。高くそびえる山門の奥に、堂宇の屋根がいくつも連なって見える。どうやら、かなりの規模を持つ寺院のようだ。門前に立つ門番は、粗い編笠を深くかぶり、その手には無骨な槍を携えていた。

 その姿からも、ここがただの修行寺でないことは明らかだった。

湊「……どこだよここ……」

 少年らしいつぶやきが、無意識に漏れる。足は自然と止まり、気圧されたように肩がすくむ。

忠清「根来寺(ねごろじ)という、由緒ある寺院だ。」

湊「寺ァ!?」

 いつもの平行眉が、大きな角度をつけて跳ね上がった。門番は忠清と短く言葉を交わすと、そっと門に手を伸ばす。 重々しい扉が静かに開き、湊の眼前に境内の全容が広がった。

 そこは、まるで別世界だった。白壁と黒瓦、整然と並ぶ堂宇。風にはためく法印の旗が、静かに境内を貫いている。 ただの寺とは違う。ここでは、武と学が同居しているような、そんな空気があった。

??「お待ちしておりました、忠清殿。」

 現れたのは、堂々とした体格の僧だった。

宥珍「私は当院の軍政を指揮しております、宥珍と申します。」

湊「ぐ、軍って……!? な、何だよここ、寺じゃねーの!?」

忠清「それはだな。あー……その、宥珍さま。この小僧に分かりやすく……。」

宥珍「ええ。」

 宥珍は柔らかな笑みを浮かべた。

宥珍「この根来寺は本来、悠久の歴史を持つ由緒ある名刹なのですが、戦の世にあって、僧たちは筆だけでなく、己らの身をも護らねばならなくなりました。そうしていつしか学と武を併せ持つ、少々異なる寺となったのです。」

忠清「……だそうだ。」

湊「最早……言葉が出ねぇよ……。」

(いや、でも待てよ? ここで武芸に励めってことか……?)

宥珍「ささ、こちらへ。住職がお待ちです。」

 誘われて歩を進めるうち、堂宇の奥にひときわ大きな建物が見えてくる。それが多宝塔——根来寺最大の仏閣にして、寺の中核だ。 その大扉は来る者を拒むどころか、むしろ迎えるように開け放たれていた。

忠清「あちらにいらっしゃるのが静覚(じょうかく)さまだ。ほれ、ピシャッと挨拶せんか」

 湊の足が止まる。堂の奥は外光が届かず、わずかに床を照らすばかりの薄明かり。

その光の中に、一枚の紙が敷かれていた。奥の闇の中から、ふと一本の腕が伸びてくる。

やせて萎れたようなその腕は、静かに何かを握っていた。その手には――墨の付いた筆。湊は思わず息を飲む。その人物こそが、根来寺の住職・静覚。

 扉の前に立たされた二人は、ただ息を殺し、唾を飲んだ。筆が紙に、滑らかな軌道を描く。──そして、「二字」がしたためられる。

「コト。」

 筆が硯に戻される音が、静かな堂内に響いた。闇の中から、ゆるやかにその男が立ち上がる。深く垂れた法衣がわずかに揺れ、威厳を湛えた高僧が歩み出る。

静覚「遠路はるばるご足労であったな。少年よ。」

湊「…………。」

 遠足をねぎらうような言葉にも、湊の口は紡がれない。初夏の光が差し込み、頬にひと筋の雫が浮かぶ。静覚は紙を少年に差し出す。

静覚「今日からお前の名は――和光(わこう)。ここで存分に書に励むとよい!」

 和光――柔らかな光が、人を和ませるように。そしてその字は、厳かで流れるような筆致で記されていた。それは、湊に与えられた、もう一つの名。その顔は地味で無骨だが、光の似合う少年のもの。

 しかし忠清も宥珍も、湊の顔ではなく、その紙をじっと見つめていた。

湊「………………。………!!……えっ?……………!??」

 長らく沈黙。少年の顔は、呆気にとられていた。静覚はその沈黙にすぐ応えることなく、まるでその反応を楽しんでいるかのようだった。 だが見かねたように、端的に意を伝える。

静覚「書!」

湊「ショ?」

静覚「書!」

湊「ショォォォオオオ!!??!?!」

 静かな寺に木霊する悲鳴にも似た叫びが、重い屋根と、高く青い空を突き抜けた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

※本作『ふでざむらい』の物語構成、登場人物、世界観、脚本・原案はすべて2025年6月10日より作者・葉庵によって創作された完全オリジナル作品です。一部、創作支援としてデジタルツールを補助的に用いておりますが、構成・表現・人物設定に関する創作的判断は一貫して作者自身が行っております。

本作の無断転載・無断使用・AI学習利用・商用利用等を一切禁じます。


この物語は、「戦乱の時代に、筆で生きる少年」の物語です。

剣のかわりに書を取り、言葉の力で時代と対峙する。

少しでも「書ってこんなに熱いんだ」と感じていただけたら、

作者としてこれ以上ない喜びです。


現在、第2章も鋭意執筆中です。

少年・湊の書の才能と過去、そして新たな出会いが待っています。

更新情報はSNS(X/Instagram)でも発信していきますので、

よろしければ「葉庵」で検索してみてください。


どうぞ、続きの物語も見届けていただけたら幸いです。

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