表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

7

 翌日は休校になった。

「屋上で話し声を聞いたって人はね」

 香織がストローを咥えながら言う。

「奈緒子が誰かに『やめて』とか『離して』って、言っているのを聞いたんだって」


 ビルの立ち並ぶ大通り。

 三車線もある広い道路が、大量に車を運んでいる。

 喧騒とは反対側に道を二、三入る。

 裏路地。

『白蛇霊祓事務所』の文字がある。

 雑居ビルで、看板を掲げるのはうちだけ。

 他の階はすべて空欄だ。


「相手の声は聞いてないってこと?」

 窓際にある机に行儀悪く腰掛けて、二人はダベる。

「もしかしたら独り言だったのかも」

 香織はおもむろに取り出した携帯電話の画面を、例の飛び降り現場の写真に切り替えた。

「見て。この髪の毛」

「貰ってきたの? 画像」

 怪訝な顔をしても香織は携帯端末を引っ込めず、私に見せつけた。

 フェンスがそれなりにアップで写っている。

 望遠で撮ったことが、周囲とのピントの合わなさからわかった。

 緑色の金網。

 そこに、髪が絡まっている。

「絡まってる、というより、巻き付いてる?」

「そうなの」

 それはさながら、夏休みの宿題で育てた朝顔の蔓のようだった。

 支柱にしがみつくように成長した蔓のように、髪はひし形の連続した網をしっかり掴んでいるように見えた。

「まるで落っこちるのを拒否してるみたい」


 そのとき、携帯電話が鳴った。

 相手は父だった。

「わりい、茜。杉田のばあさんが」

「?」


 ***


 父としたことが、鈴守りの追加注文を受けて発送までしたものの、入金確認を怠っていたらしい。

 代金は振り込まれておらず、電話をかけても出ないので、住所はすぐ近くだから、様子を見てきてほしいとのことだった。

 古い民家。

 塀と狭い庭を通り過ぎて玄関へ。

 インターホンを押すも、中から応答は無かった。

「ねえ、あれそうじゃない?」

「ちょっと」

 香織が縁側から中を覗いていて、指した先には、ソファーがあった。

 背もたれがこちらを向いていて、その上に人の頭が見切れている。

 白髪まじりの頭頂部だった。

「寝ちゃってるのかな、あ、開いてる」

「……」

 とても嫌な予感がした。

 縁側の窓は鍵が開いていて、香織はずけずけと押し入った。

「お邪魔しまーす」

「杉田さん」

 反応してくれ、と祈りながら声をかけた。

 室内は水を打ったように静かだった。


 ソファに近づくと、老婆がソファの背もたれに頭の重さを預けているのがわかった。

 天井を見上げる形である。

 その口が大きく開いているのも見えた。

 さらに近づくと、目も、見開いていることがわかった。

「きゃああああああ」

 香織は悲鳴をあげた。

「救急車」

 私は三桁の番号を押した。


 聞かれたことに答えながら、視覚だけは現場を必死に観察していた。

 明かりはついていない。

 ソファの前には低いテーブルがあって、白い皿とティーポット、ティーカップが置かれている。

 小さな桐の箱は、茶葉だろうか。

 皿には、きな粉がのっていた。


 天井を見上げる老婆の口の奥には、何かが詰まっていた。

 餅か。

 きな粉まみれの塊が老婆の狭い口腔を完全に塞いでいた。

 しかし。

 それよりも奇妙だったのは、髪だ。

 老婆の白髪混じりの髪の毛が、四方から口の中に入り込んでいた。

 餅と思しき白い塊にも、びっしりと絡みついている。

 頬、顎の下から伸びた髪が、口の中に這って潜り込んでいるようだった。


 父に伝えると「面倒なことになった」と言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ