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3

 ホンモノの仕事とは何なのか、父は、何を聞いても答えてはくれなかった。

 どこで何をしていたのか、どうして血まみれなのか、ホンモノということはニセモノの仕事もあるのか、私にはさっぱりわからなかった。


 風呂場の洗面台には、血で濡れたスーツが丸めて置かれていた。

 シャワーを浴びて出てきた父の身体は、傷こそ無いものの、全身が痣だらけだった。

 服や身体を汚していた血液は、被ったものか、あるいは、吐いたものかもしれない。

 父は自室でゆっくりと部屋着に着替えていた。


 ピロロロローン。

 父の携帯電話が鳴った。


 ボロボロの身体で、覇気のなかった父だが、かかってきた電話には、声のトーンをひとつ高くして応答していた。


「はい、お世話になりますー。はい、ええ、ほおほお、それはまた大変ですねえ。ええ、こちらとしても、杉田様のお役に立てれば嬉しい限りでございますよぉ」


 玄関から風呂場まで、廊下は血で汚れていた。

 ナメクジの這った跡のように、糸を引いた血痕が輝く。

 玄関の外はというと、不思議なことに扉の前に血溜まりがあるだけで、それがどこかへ続いているというようなことはなかった。

 だから、私は血みどろの理由を、父が玄関先で帰宅と同時に血反吐を吐いたのだと睨んでいるのだ。


「ええ、あー、鈴守(すずも)りですね。はい、もちろん、一つよりは二つ、二つよりは三つ持っていた方が、霊に対する抵抗力は高まります。はい、ありがとうございます。あと二つですね。代金の方は以前の振込先へ、入金確認次第、すぐにお届けさせていただきます」


 父はにこやかに電話を切ると、糸が切れた操り人形のように脱力した。


「携帯持つのもしんどい」


 そういってスプリングの硬いシングルベッドに身を投げた。


「鈴守り、二つ梱包。用意できたら、集荷を呼べ。送り先は……」


 番地まで正確に住所を述べる。


「お前も15か」


 天井を見ながら父が言う。


「献血がどうしてボランティア頼みか、わかるか」


 突然を何を言い出したのだろう。


「臓器提供しかり、どうして対価を払わないと思う?」


「さあ、わからない」


「対価を払うと、それを売る奴が出てくるからだ」


 全身の力を抜いて、喉だけを震わせて言った。


「自分のことを売る奴、他人のことを売る奴、どちらも出てくる。希少で欠かせない、それでいて無価値、そういうことにしておくんだ」


 血まみれからの連想ゲームで、献血の話だったのだろうか。


「クラスメイトが自殺したって?」


「どうして知ってるの」


「これだけは言っておく。大事なことだ。自殺はするな。良いことなんかひとつもない」


「……うん」


「命は一つ、失えば戻らない、この上なく希少だ、しかし、価値は無に等しい。投げ売って、何かに換えようとするな」


「うん」


「何にもならん」


そう言って、思いついたように疲弊しきったはずの上体を起こした。


「金は別だ。できるだけふんだくれ。お前も一日も早く稼げるようになってくれ」


「………」


 良い話の雰囲気がぶち壊しだった。

 お前みたいな奴が臓器を売り、また、他人に売らせるのではないか、と思った。


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