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だいぶ深く眠っていたようである。
部屋は暗く、暖かかった。
遮光カーテンから外の光が漏れ入ってくる様子は、ページの輝く魔法の本が閉じられているみたいだった。
胡乱な私をぶん殴るかのように、携帯電話が鳴った。
相手は父だった。
「おい、学校は?」
低い声に跳ね起きて、携帯電話を耳から離して画面を見た。
表示は、午前9時56分。
「ずいぶん、寝ちゃったねえ……」
「ねえ、じゃねえよ、阿呆。学校から電話かかってきたぞ」
「あちゃあ……」
やってしまった。目覚まし時計は、記憶がないが、私が無意識に止めたのだろう。
変な夢を見たせいで、妙に長時間眠りこけてしまったようだ。
「学校には、風邪引いて寝込んでるって説明しておいた」
「え、行けって言わないの?」
「日数はまだ大丈夫なんだろうな」
「多分……」
「反省しろ。でも今日は休んどけ。絶対出歩くなよ?」
それだけ言うと、父は自分勝手に電話を切った。
今日は、"ホンモノ"の仕事がある、と言っていた。
私は詳しく知らない。
父は、稀に"ホンモノ"の仕事とやらに行く。
何をしているのかも、どこに行っているのかも知らない。
連れて行かれたこともない。
ただ、帰ってきた父は疲弊し、負傷し、決まって数日寝込んでしまう。
危険な仕事であることは間違いなかった。
父が私に学校を休ませたのは、そのせいかもしれない。
今のうちに私を休ませている。
父が帰ってきたら、家のことや父の世話、事務所の普段の仕事まで、私が主としてこなすことになるから。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
はーい、と返事をしそうになって、咄嗟に口を押さえた。
私は今日、寝込んでいるのだ。
そういうことになっている。
元気に返事をして、どうするのだ。
居留守を使おう。
……いや、寝込んでいるだけなのだから、家には居ていい。
出ないほうが、不自然か。
うーん。
出なくても、別に不自然ではないだろう。
布団の上から動けなかった、ということで。
ドンドンドン!
玄関扉を叩く音がした。
握った拳を金槌のように扉に向かって振り下ろしている。
安アパートの玄関は、鉄扉だが、堅牢ではない。
音が響いて、うるさかった。
携帯が鳴った。
クラスメイトの香織からだった。
電話ではなくメッセージ。
『奈緒子が自殺した』
携帯電話のディスプレイ上部に、通知文が垂れ下がる。
『学校大騒ぎ。茜、大丈夫?』
端末を急いで手に取る。
両手で早打ちする。
『マジで言ってる? 私は大丈夫』
『よかった。
本当に、死んじゃったみたい。
先生がいま話して』
次の通知が紙芝居のように続く。
『奈緒子、昨日変なこと言ってた。
最近、嫌な夢をみるって』
ドンドンドンドンドン!
『たしか、蛇がどうのって』
ピンポーン、ピンポーン。
インターホンに向かう。
モニターに映るのは、血だらけの父だった。
私は震える指で通話のボタンを押す。
画面越しに父の声。
「わりい、鍵忘れた。ただいま」