表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

2

 だいぶ深く眠っていたようである。

 部屋は暗く、暖かかった。

 遮光カーテンから外の光が漏れ入ってくる様子は、ページの輝く魔法の本が閉じられているみたいだった。


 胡乱な私をぶん殴るかのように、携帯電話が鳴った。

 相手は父だった。

「おい、学校は?」

 低い声に跳ね起きて、携帯電話を耳から離して画面を見た。


 表示は、午前9時56分。


「ずいぶん、寝ちゃったねえ……」

「ねえ、じゃねえよ、阿呆。学校から電話かかってきたぞ」

「あちゃあ……」

 やってしまった。目覚まし時計は、記憶がないが、私が無意識に止めたのだろう。

 変な夢を見たせいで、妙に長時間眠りこけてしまったようだ。

「学校には、風邪引いて寝込んでるって説明しておいた」

「え、行けって言わないの?」

「日数はまだ大丈夫なんだろうな」

「多分……」

「反省しろ。でも今日は休んどけ。絶対出歩くなよ?」

 それだけ言うと、父は自分勝手に電話を切った。


 今日は、"ホンモノ"の仕事がある、と言っていた。


 私は詳しく知らない。

 父は、稀に"ホンモノ"の仕事とやらに行く。

 何をしているのかも、どこに行っているのかも知らない。

 連れて行かれたこともない。

 ただ、帰ってきた父は疲弊し、負傷し、決まって数日寝込んでしまう。

 危険な仕事であることは間違いなかった。


 父が私に学校を休ませたのは、そのせいかもしれない。

 今のうちに私を休ませている。

 父が帰ってきたら、家のことや父の世話、事務所の普段の仕事まで、私が主としてこなすことになるから。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。


 はーい、と返事をしそうになって、咄嗟に口を押さえた。

 私は今日、寝込んでいるのだ。

 そういうことになっている。

 元気に返事をして、どうするのだ。

 居留守を使おう。

 ……いや、寝込んでいるだけなのだから、家には居ていい。

 出ないほうが、不自然か。

 うーん。

 出なくても、別に不自然ではないだろう。

 布団の上から動けなかった、ということで。


 ドンドンドン!


 玄関扉を叩く音がした。

 握った拳を金槌のように扉に向かって振り下ろしている。

 安アパートの玄関は、鉄扉だが、堅牢ではない。

 音が響いて、うるさかった。


 携帯が鳴った。

 クラスメイトの香織(かおり)からだった。

 電話ではなくメッセージ。


奈緒子(なおこ)が自殺した』


 携帯電話のディスプレイ上部に、通知文が垂れ下がる。


『学校大騒ぎ。(あかね)、大丈夫?』


端末を急いで手に取る。

両手で早打ちする。

『マジで言ってる? 私は大丈夫』


『よかった。

 本当に、死んじゃったみたい。

 先生がいま話して』


次の通知が紙芝居のように続く。


『奈緒子、昨日変なこと言ってた。

 最近、嫌な夢をみるって』


 ドンドンドンドンドン!


『たしか、蛇がどうのって』


 ピンポーン、ピンポーン。


 インターホンに向かう。

 モニターに映るのは、血だらけの父だった。

 私は震える指で通話のボタンを押す。

 画面越しに父の声。


「わりい、鍵忘れた。ただいま」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ