表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

プロローグ

 人は、常に戦闘している。

 人は、常に見えない敵を呼び起こしている。

 人は、常に安全を確認している。

 扉の向こうに誰もいないことを確認できた一瞬だけ、安心して眠りにつくことができる。


 ***


「我々は、こう定義します」

 壇上の胡散臭い男は嗄れ声で言った。

「霊とは。

 理不尽であること。

 逃げられないこと。

 不可解であること。

 そして、祓えること」

 黄土色のツイード生地、紳士風のスーツ姿。

白蛇霊祓(しろへびれいふつ)事務所では、この四要件に一つでも該当しない存在は、我々が対処すべき『霊』ではないとし、いかなるご依頼もお断りしております」

 口髭が輪郭を隠し、ただぽっかりと空いた穴から息と声が漏れている。

「裏を返せば、今までお引き受けした事案は解決実績100%、ということです」

 セミナー室に集められた生徒兼依頼希望者は、息を呑んだ。

「これからお一人ずつ別室で、ご相談内容をお伺いさせていただきます。その委細によって、我々が対処すべき『霊』なのか、はたまたそうではないのか、判断させていただきます」

 聴衆は前のめりで、今にも椅子から立ち上がりそうになるのを必死で我慢している。

「その際、成功報酬のお話もさせていただきますが、皆様、ご事情あってのことですから、ご苦労痛み入りまして、今回限り、めいっぱい奉仕させていただきました。大特価、用意しております。後ほど、お楽しみに」

 にわかに歓声が上がった。


 ***


 こうして人から騙し取った金で、飯を食って、生きている。

 食わせてもらっている身からして、文句を言える筋合いじゃない。

 父は、依頼人が心底ハッピーになって帰ってゆくのだから、それでいいじゃないか、と言う。

 そういうファンタジーを売って、買い手がついたから金をもらっている、ただそれだけのこと。


 人生の何らかの問題を、霊のせいにしたい人。

 話し相手がただ欲しいだけで、霊なんてどうでもいい人。


 そういう人が求めるものを提示しているだけ。


「それでは、商談成立ということで」

 父が、金額の書かれた書類に依頼人から判をもらったところで立ち上がった。

「ご依頼、承ります」

 そう言って振り返る。

悲巫女(ひみこ)さま、お願い致します」

 父は、私の前に跪き、頭を下げた。

 私は、父の言葉で目を覚ましたように、頭を上げる。

 眼前に垂れる黒いベールを、おもむろにたくし上げる。

 たった今、契約書にサインをした依頼主が、ソファから腰を浮かして、私の顔を覗き込んでいる。

 目が合う。

「ああ……悲巫女さま……!」

 恍惚とした表情。

「なんとお美しい……」

「お祓いください」

 父とのままごと。

 拙い寸劇。

 幼い頃には、楽しくて仕方がなかったことだ。

 同じことをしているはずなのに。

 今は。

「首を垂れなさい」

 十五匹の蛇の抜け殻を束ねた祓串(はらえぐし)

 昨日、一匹足したばかりだ。

 十八になったら、何をしよう。

 私はどう生きればいいのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ