9話 中継初日
中継室。暇になってきたので、中継を一旦閉じる。今回の出場者は慎重らしく、ルナチームしかダンジョンに入らなかった。面白くないなぁ。メロウの肉体が魔石化したところを見ると、明日はダンジョンに来れないだろうし。
中継室は龍恩派閥の溜まり場となっていた。
アロードは第零を往復して、円形のカメラを大量に持ち込んだ。魔法陣を何重も描き、耐久性を上げている。
「それにしても、メロウ凄かったね~。やっぱり、剣術は1番!」
「本当にメロウの事が好きなんだな」
アロードの言葉を聞いて現実に戻される。メロウの書斎にあった一冊の本を見てから、心が壊れ始めた気がする。
「フロラっていう婚約者が居る。それに、ダンジョン協会で働いてくれているセツナも仲が良い。今はルナと良い関係だね~」
「響衛、真実は残酷なんだよ」
「龍恩さんも悪いですよ。メロウを隠していたのに、アロード先輩に共有しちゃったんですから」
「みんな喜ぶかなぁって。特に灯り……とかね」
放心状態の灯りを見て、苦笑いをする龍恩。人間の頃、魔物に囲まれていた龍恩は人への興味が薄い。だからこそ、リーダーとして大成した。だが、恋愛という全く知らない領域には手を焼いていた。
「龍恩さんは知らないから仕方が無いですよ。ユラーゼの彼女遍歴なんて興味無いでしょうし」
「え!?めちゃくちゃ気になる!」
アロードの言葉に龍恩が反応する。響衛も全て知っている訳では無いので、アロードの話を聞いている。
「第1に居た頃は雪波。第零では……龍恩さんが知っている通りコノハです」
「ああああ。第1ではラスティナだと思ってたぁ……。第零でも仲良さそうだったし!」
悔しそうに机を叩く。ラスティナでなければ、チャンスがあったと考えていた。
「ユラーゼは裏で付き合うタイプなんですか?」
「いや、付き合うと言っても一緒に居るぐらいだった。ユラーゼに個人的な時間は無かったからな」
「僕や灯り、アロードとずっと居たからね。コノハもずっとメロウと魔法について研究してた」
響衛はユラーゼの生き方を想像する。ずっと仕事をする人らしい。でないと、神王には成れないか。
「しかも雪波なのがムカつく。絶対に私の方が早く好きになった」
「そうだろうな。ユラーゼも灯りを特別視していた。俺は何度も付き合えと言ったのに……まぁ、メロウを奪えば良いだろう」
アロードは心の中で言ってはいけない事言ったと反省する。人間と獣人は種族が違う。異種族間の結婚は認められていなかった時代だ。今はラスティナに似た容姿になっている。人間に憧れていたのだろう。
「奪えるわけないよ」
「俺が説得してくる。今の灯りは神だ。立場なんて関係無い」
「絶対に止めて!」
兄妹の話を聞いていて疑問が浮かぶ。ユラーゼを処刑した者は雪波だ。ユラーゼと雪波の間で何かがあったはずだ。浮気か。雪波が浮気を発見し、別れた。それなら、説明がつく。
「ユラーゼは雪波に処刑されたと聞いていますが、2人の関係は悪かったとか?」
「雪波の記憶にユラーゼは居なかった。ただの他人だ」
「雪波は神に選ばれる資格が無かったのよ。だがら、ユラーゼが神になった段階で、雪波が持っていたユラーゼに関係する記憶を封印してる。人間として生きて欲しいと日記に書かれてた」
灯りは龍恩を睨む。心当たりがあるようで、システムを操作して気分を紛らわせる。
「封印されたままなら良かったけど、ユラーゼが残した書斎に記憶が残ってたみたいだね。雪波はユラーゼの記憶を思い出して……ユラーゼを探してる感じかな」
システムには月家の姿が映っている。龍恩として選択を間違えた。あの頃の第1は誰でも強かった。龍恩派閥は最弱。強くなるために急ぎ過ぎた。神戦に選ばれていない理由を考えずに、招待してしまった。
今でも思い出す。神戦の偵察をするために第1を僕とユラーゼで歩いていた。ユラーゼを見た雪波はユラーゼの腕を掴んで離さなかった。ユラーゼは腕を振り払う。乱暴なユラーゼを見た事が無かった。第1で有名な貴族である雪波を拒絶した事実が龍恩を駆り立たせる。心の隅に居た正義感が邪魔をした。
「雪波が名前と容姿を変えたのは、自傷行為で再起不能になっていたから。ユラーゼも一途な女の子に酷な事をするね」
アロードと灯りは魔法陣を展開する。他人の責任、それもユラーゼの責任にした龍恩に殺気を向ける。だが、一瞬で解除する。
扉が開き、セイラが入って来たからだ。魔力の流れを誤魔化すために、龍恩は扉近くに向かう。
「仕事が終わったんですか?」
「ええ、肉体を取り替えた者が居る。これは確定よ」
「なるほどね」
見張りのセイラ、凛を突破した強者。どこのキングさんやら。会議室を出ると風が吹いていた。右手が沁みる。月夜に照らされた右手は流血していた。自傷行為ね。人の事を言えないなぁ。メロウ、そろそろ世代交代をしても良いよね?