7話 初陣/魔法定義
第10世界、森の中。太陽の光が目を刺激する。眩し過ぎるだろ。誰がこの世界を設定したんだよ。
季節は冬だろう。遠くに見える山は雪化粧。地面が湿っていることを考えると、この辺りで雨か雪が降っていたと考えるべきだ。近くに曇は見えないので、心配は必要無さそうだが。
「貴方がメロウさんですか!?」
後ろから可愛らしい声が聞こえる。振り返ると、女性2人組がメロウを見ていた。先に合流していたみたいだ。
「メロウだ。よろしく」
「ルナです!よろしくお願いします!」
「月家。よろしく」
ルナは笑顔で元気だ。リーダーに向いているな。月家は……頼れないタイプだな。多分、俺と似た雰囲気を感じる。神戦にも興味が無さそうだ。怠そうにルナや俺を見ている。
「ルナがリーダーだな」
「本当に私で良いんですか……?」
「ルナしか居ないわ。私とメロウはリーダーに向いてない」
お互いの印象は近いみたいだ。月家と視線が合う。どこかで見た気がするが……憶えていないな。そもそも、他世界の人間と会うことなんて大転移日でしか無い。2年前は……そんなに他世界から来てなかったはずだ。
「神戦の方針を決めようか」
「方針ですか……例えば、優勝目指すとか?」
「えぇ……」
月家は嫌そうに小声で呟く。ルナは考え事をしていたようで、気付いていないみたいだ。
「そうそう。俺は願い事が無いから、ルナの方針に従うよ」
「じゃあ、のんびりしたいです!」
「良いね、月家はどうだ?」
木に凭れている月家に視線を向ける。また、視線が合う。何で俺を見ているんだ?
「賛成。私は自由に動くから、ルナの事を頼むわ」
そう言って、東へ向かって歩き出す。システムを開くと、地図が送られていた。書き込めるらしい。実用性のある設計だな。
「折角出場者として選ばれたから、最下位には成りたく無いな」
「そうですね!序列を上げるとしたらダンジョン攻略……?」
「だな。ダンジョン協会に向かおうか」
「はい!」
ルナと話しているとフロラと接しているように感じる。楽しい神戦になりそうだ。遠くに飛んでいる龍を見ながら南に進むことに決めた。
ランド国。市街地の離れに転移したフロラ。ランド国は第5よりも発展していると感じる。近未来的な建物が多く、道路も整備されている。第5では、トラモ王国城付近しか整備されていない。数分後、ダンテとルーカスが転移して来た。
システムを見ると、出場者の転移先が表示されている。リーダー名が表示されているらしく、急いでルナを探す。地図の右側から探す。消星国には居ない。ランド国にも居ない。ロンオン国にも……居ない。アーク王国だ。
「フロラです。この神戦は自由行動にします。私はメロウさんと合流したいので、アーク王国に向かいます」
「メロウ?なら、ルナのチームか?」
西へ向かおうとしていたフロラの動きが止まる。ルーカスが反応が早かったからだ。チームを記憶しているのでしょうか。
「そうですね」
「ルナは俺の娘だ。神戦前から合流する約束をしていたからな。俺も付いて行く」
「ルーカスさんですね」
「そうだ。この神戦は近くに居そうだな。よろしく」
フロラとルーカスは西へ向かうために森へ視線を向けた。だが、もう1人の男も2人へ付いて行く。
「待て、俺も月家と合流する約束をしている。ロンオン国まで付いて行こう」
「ダンテさんもですか」
「月家はチームと別行動を取ると連絡が来ている。ロンオン国までだ」
「確かに、第1、第4、第5だな」
システムを操作しながらルーカスは頷く。ルナがアーク王国に居ると知った時は、合流出来ないと考えていた。神戦に興味の無さそうなメンバーだ。チームに恵まれたな。
「じゃあ、私だけ合流する約束をしていないんですね~」
フロラの言葉にルーカスは恐怖する。もしかして、ストーカーと一緒のチームになったのか?
「青春だな」
ダンテは勘違いをしていた。的外れの言葉に、ルーカスは頭を抱える。だが、退屈はしなさそうなメンバーだ。不審者にならないように気を付けることを心に刻んだ。
アークダンジョン協会。建物に入る前から野次馬が沢山見える。何かを囲っているようだ。入ったら面倒なことに巻きまれる気がする。隣に居るルナを見ると、興味があるのか窓から見ていた。
「絶対に変なことに巻き込まれるぞ」
「いや、人が倒れているみたいです。助けたら人への影響力稼げそうじゃないですか?」
下心丸出しのルナを見て笑う。嫌いじゃない考えだ。
「行こうか」
アークダンジョン協会はお洒落な造りになっている。壁は全面ガラス張り。中心に巨木がそびえ立つ。落ち着いたダンジョン協会だ。
「そう言ってくれると思ってました!」
嬉しそうにメロウを見詰める。何故か好感度が高い。ここまで距離感が近い女の子と接したことが無い。年頃の女の子なら男を警戒した方が良い。親の教えはどうなっているんだ。
ダンジョン協会は、ダンジョンの入り口近くに建てられることが多い。アークダンジョン協会もその中の1つだ。ダンジョンの入り口には、血だらけの男が寝転がっている。もう1人は、寝転がっている男を運んで来たのだろう。膝を付いて助けを呼んでいる。
だが、誰も治療に当たらない。無理は無い。そもそも、治癒魔法は光属性と水属性。高い魔法制御が必要。あれほど重症なら、難しいな。血は止められるが、癒すことは出来ない。
「私は出来ますよ?」
ルナは小声で話す。メロウの考えている表情を見て、メロウでは出来ないと判断した。
「頼むよ」
「任せてください!」
ルナが治癒魔法を使っているところを野次馬と共に眺めていた。出場者の特徴に書いてあった魔法の才。神からの評価は正しい。魔法適正が高いのだろう。魔法陣を多重展開しながら、魔法を完全に制御している。ただ、魔力量が高く無いみたいだな。
「魔力は気にしなくても良い。集中しろ」
ルナの肩に手を置き、魔力を流す。5分も経たずに治療を終えた。倒れていた男が目を覚ますと、歓声や拍手が湧き上がる。
「あれ?死んでない!?」
「ゼクタ様、目の前に居る者が治してくださりました」
ゼクタ様か……。貴族だと面倒だな。まぁ、ルナが出場者と知ったら手を出しては来ないか。月家にルナを任されてしまったからな、保護者として振舞おう。
「お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「私は第4のルナと言います、彼が第5のメロウさん。神戦の出場者です」
「ゼクタ様を救って頂きありがとうございます。既にクリアしている安全な36層を攻略していたら、特集演出に当たってしまいまして……」
特殊演出か。ダンジョンが育っていたのか。特殊演出次第では、ダンジョンの難度が上がる。影響力は大きいはずだ。それに、ルナとゼクタを引き離す機会だ。
「特殊演出の詳細を教えてくれ」
「太陽を模した黒色の魔石が地面に落ち、魔物に寄生する植物が吸収した……どうでしょうか」
ダンジョンは各層によって設定が異なっている。地上を演出するために、空に黒色の魔石を配置し、太陽を模している。黒色の魔石を吸収した魔物は難度9から。アークダンジョンの難度は7。難度9以上になる可能性がある。
「十分だ。行くぞ」
「はい!」
ダンジョンの入り口の横に、真っ暗な部屋がある。クリアした層は転移魔法陣が解放される。アークダンジョンは36層までクリアされているので、36個の転移魔法陣があるということになる。手前の数字は1。つまり、奥に向かうにつれて数字が大きくなる。
36層の転移魔法陣を踏むと、ルナはメロウの隣に立つ。一緒に転移するつもりらしい。2人の体は光となって消える。真っ暗の部屋を覗いていたゼクタは、2人を見送った後、システムで出場者を確認する。
「リザキ、ルナチームは強そうかな?」
「そうですね……チームとして強そうですね。ルナさんとメロウさんはお互いの事を分かっているようでした」
自然と魔力を渡していた。それに、ルナの肩に手が置かれた時。ルナは安心していた気がする。神戦は今日から始まったはずだ。なのに、男から触られて嬉しそうな表情をするのか。いや、メロウはイケメンだった。面食いの可能性が残っているのか。
「違う世界出身なのに?」
「は……はい」
ゼクタでは無い、初めて見る顔の男。後ろに居る2人の女性。服装と雰囲気から第10の者ではないと断定する。
「不思議ですね、ルナは人と関わるタイプの子じゃないのに」
「藍は学校一緒だったの?」
「いえ、ルナの父親のルーカスから御守を任されたことがありました。箱入り娘なので、異性とは全く接していませんでした」
「抑圧されていたから爆発したとか?」
「ミラレヤさん?第2の淫魔は黙っていてください」
「こらこら、喧嘩するな」
リザキの隣で喧嘩を始める。ただ、話の途中で気付いたことがある。システムで名前を照らし合わせると、この男はヴィルアートとなる。やはり、出場者はダンジョン協会で情報収集をするみたいだ。
「リザキ、会議室を予約した。ルナ達を待っておこう」
遠くの方からゼクタの声がする。藍は舌打ちをする。ミラレヤは藍がロンオン国へ向かうと駄々を言わなければと責める。ヴィルアートは2人の服を掴み脅している。
「了解しました」
ヴィルアートチームを横目に主の元へ向かう。最初にルナ達に会って良かったと感じた。
「エルテイトと合流するから、ロンオン国へ向かうぞ」
「えぇ~」
「最初から向かえば良かったんですよ」
どうやら、アーク王国から出ていくみたいだ。もう、会わないかもしれないな。
視界が戻ると、システムにアークダンジョン36層と表示される。特殊演出なので、リセットはされていない。森の中の微かな光がダンジョンの挑戦者を導く。ジャングルのような場所で、冬服では暑いな。
「魔力残ってますか?私が使い過ぎたかも……」
「大丈夫。俺の本職は前衛だし、魔法は必要無い」
体感だが、魔力量は半分ほど残っている。武器の創造さえ出来れば魔力なんて必要無い。
「そうなんですか!?魔法屋さんだから後衛かと思ってました」
「何でも出来るから頼ってくれ」
「はーい!」
システムに通知が届く。どうやら、第10の序列戦に参加したと書かれている。出場者の序列戦が勝手に開かれると、ルナチームが1位となっている。他チームの名前は無く、1番乗りみたいだ。
『最初の序列戦参加はルナチーム!』
勝手に中継が開かれ、灯りの大きい声が耳を劈く。急いで音量調整をし、音量が下がったことに安堵する。せっかくの新しい体なのに右耳が若干聞こえない気がするんだが。
『おっと、ルナチームはアークダンジョンに居ますねぇ。行きますか』
『既に準備をしている』
アロードの低い声が右耳から聞こえてくる。どうやら高い声だけ聞こえないらしい。
『『ルナチームさ~ん』』
灯りの声が二重に聞こえて来る。頭上に円形のカメラがあることに気付く。小型であり、野球ボールぐらいのサイズ感だろうか。宙を回り続けている。止まることは出来ないのか?気が散るなぁ。
「は~い!」
『メロウ、お前もやれ』
馴れ馴れしいな。この声はアロードか?一回も会ったこと無いぞ。中継してるから従うが……直接会ったらしばく。
「は、は~い」
『ふっ、え~と、ふふ』
『メ、ふっはは』
中継の2人は笑いを堪えることが出来ない。灯りはツボに入ったらしく、机を叩いている音がする。
「知り合いなんですか?」
「知らないね。一回も話したこと無いし。失礼な奴らだよね」
メロウの言葉に背筋が凍る。キレている時の反応だったからだ。メロウは怒ると距離を置くタイプ。どれだけ仲良くても、他人の様に振舞う。
『ごめんね~、ほら、中継だよ?機嫌直して~』
『許してくれ。一生のお願いだ』
「神が簡単に謝るな」
明らかに不自然な態度の灯りとアロード。ルナは龍恩が言っていたことを思い出す。メロウの紹介文を書いたのは灯りだと。ここで思考を巡らせる。メロウは1回も話したことが無いと言っていた。なのに、灯りとアロードはメロウの事を知っているように感じる。
分かった。灯りは人間のメロウに恋をしてるんだ。なら……灯りはストーカー!?アロードは妹の灯りを支えるために謝っている共犯者だわ!男嫌いを克服させるために手を貸しているのね!
「メロウさん、気を付けてください。肉体に監視カメラか位置情報を共有するものがあるはずです!」
「急にどうしたんだ……」
『出場者全員の位置情報は把握してるよ~』
「やっぱり!メロウさん、夜道に気を付けてください。襲われますよ!」
話が見えて来ない。ルナに手を握られているんだが、俺は弱そうに見えるのか。確かに着瘦せするタイプだからな。でも……冬場にタンクトップは追放されるだろうし。
『メロウが襲われたら龍恩派閥が出るから安心しろ』
「共犯者が何か言ってますよ!」
『共犯者?どこに居るんだ!』
『メロウだけじゃなくて、出場者全員ね~』
「頭痛ぇ」
中継はダンジョン内のみ。早く特殊演出を終わらせて、中継から逃げる。龍恩派閥と関わっていると永遠に時間を奪われるからな。昼間に宿も探したい。一撃で仕留める。
脳内で剣を想像する。剣身は魔石で出来ていたら嬉しい。魔法陣が良く馴染むからだ。魔法の発動時間も短縮出来る。ルナも杖を魔法陣から取り出す。
魔法陣に腕を入れると、良さそうな剣を掴んだ。魔法陣はガーデンに繋がっている。ガーデンは何か分からないが、大量の武器があることは確か。武器庫なのかもしれない。
「ルナ、魔力はどれだけ残ってる」
「3分の1くらいかな……」
魔法陣を展開し、魔力を流す感覚から予測する。赤色の魔法陣だ。
「後衛の火力を任せる。合わせろ」
「任せてください!」
木々を走り抜ける。円形のカメラはメロウに追い付けず、アロードは全身を使って操作する。灯りは両手でペンダントを握っていた。2人の様子を見ながら、自分の考えが間違っていなかったと安堵する龍恩。
「メロウさん、警戒してください!」
「分かってる」
フロアボスが俺を視認したか。蔦が木々の狭間からメロウを襲う。脳内に赤色の魔法陣を想像する。魔法陣に魔力を流すと、ツタの動きを炎が抑制する。ルナは蔦が展開した魔法陣を破壊する。
「やるね」
「メロウさん……も!」
杖に絡みつく蔦を力強く振り払う。身体能力も高いみたいだ。動きながら魔法を連発する
メロウはポケットに入れておいたメモ帳に触れる。脳内に魔法陣の情報が湧き出て来る。このメモ帳は魔法陣に手を突っ込んでいたら手に入った物だ。つまり、ガーデンにあった物。
開けた場所に出ると、太陽代わりの魔石が大樹に落ちている事を確認する。枝を通じて魔力を吸収している様に見える。これは、厄介だな。
「大樹が吸収している魔石を破壊すればクリアだ」
「あんなに大きい黒色の魔石を破壊出来るんですか!?」
「魔石には耐久値があるから大丈夫、破壊可能だ」
大樹の動きを確認する。複数の枝に魔法陣が展開されており、近付くと発動する魔法陣みたいだ。接近戦は向いてないな。だが、中継で派手な魔法は使いたくない。温存しておく。前衛も出来るというアピールが出来る。多くの出場者は中継を見ているはずだ。
「俺が魔石を破壊する。無理だったら罅を狙えるか?」
「もちろん!」
剣を構え、思考をクリアする。感じるのは魔力の流れのみ。剣を握るのはバートンとの決闘以来だな。剣を握ると、悪夢を思い出す。剣を拒絶していた俺に機会を与えたセツナ。セツナのお陰で剣は手に馴染んでいる。ああ、俺は剣士だ。剣を握ると、魂が燃え盛る。誰にも負ける気がしない。
大樹に流れていた魔力の流れが止まった瞬間。地面を蹴り上げ、巨大な魔石の目の前でイメージする。脳内に浮かんだ魔法陣が剣身に展開されてゆく。
『一撃』
スキルを獲得したと通知が届く。今はどうでも良い。剣身に次々と展開している魔法陣を右腕の力のみで制御しながら、魔石に届かせる。
魔石に触れた瞬間、ダンジョンは魔法の灯りに包まれた。
魔法は魔法陣に魔力を流すことで発動します。魂を用いる魔法では、どのような魔法を使いたいかイメージして、魔法陣を感覚で出現させることが出来ます。多くの者が魂で魔法を使用しています。才能によって、属性の偏りがあったり。
一方、メロウが使っているのは脳内に魔法陣を展開し、魔力を流すやり方。魔力が足りるなら、どの魔法でも使えます。ただ、魔法陣を覚えるのは効率が悪いこと。適正な魔法で無ければ威力が弱まるなど、様々なデメリットから主流にはなれません。