20話 アークダンジョンクリア/考古学者レミアード
ルルカが扉を開くと、和風な建物に転移する。見たことないはずなのに、懐かしさを感じる。魔物が居る場所では無い。フロアボスは人間らしい。
「木造の建物ね」
ルルカは慣れた足取りで真っ直ぐ向かう。ギシギシと鳴る床はストレスが溜まる。確か……靴を脱いでいたんだっけ。何もかも忘れてしまったな。
ルルカが重厚感のある扉を開くと、1人の男が座っていた。何も無い部屋。ただ、1つだけ写真が飾ってある。目の前に座っている男と綺麗な女性。誰だろう。
「ここは、零ダンジョン290層だ。お前たちは神だな」
刀を出現させる。魔法陣では無く、無から創り出した。いや、魔法陣化しているのか?試しても面白いだろうな。
「神では無いわ。神戦で……」
『一撃』
『時雨』
ルルカの首元で刀が止まる。咄嗟に出た魂を用いた魔法。知らない魔法だ。
『龍星』
手のひらを開けるも、短剣は出て来ない。やっぱり、魂を用いた魔法は使えない。
拘束が解除された男は後ろへ大きく飛ぶ。身体能力は非常に高い。俺以上だな。
「ルルカ下がれ!」
ヴィルアートが声を荒げる。明らかにおかしい。ヴィルアート達は部屋に入れていない。扉からこちらを見ている。ヴィルアート達は見えない壁に阻まれているようだ。
「足手纏い達は安全地帯に居るから安心しろ。この空間は俺が認めた者しか入れない。誇っていい」
「足手纏い……ね」
ルルカの体が震える。ヴレイヴの威圧に肉体が耐えきれない。ここで、死ぬわけにはいかないのに。肉体が制御出来ない!
「ルルカ、下がっていい。ラストキルは任せたよ」
ルルカの肩にメロウの手が乗る。悍ましい威圧感が和らぐと、体が勝手にヴィルアートの近くに転移する。ヴィルアートに差し出された手を取ると、部屋から出ることが出来た。
だが、部屋には入れない。見えない壁が阻む。フロラとルナは隣の壁を破壊し、メロウに近づこうとしていた。だが、メロウがいる空間には見えない壁がある。
ヴィルアートとエルテイトは何も話さない。床に座り、メロウを見守っている。
逃がしたか。初めて見る魔法を使う奴だ。少しは楽しめるだろう。刀を構え、一撃の条件を満たす。
「大人数相手には敵わないから締め出したんだろ?」
「雑魚は邪魔だろ?」
「才能には恵まれている連中だ」
「才能?強さが全てだろ。お前が1番分かっているはずだ」
「何のことだろうな」
メロウは時間を稼ぐ。頼むから透明の壁を破壊してくれ。後ろを振り返ると、ヴィルアートとエルテイトは諦めているらしく、行儀良く座っている。ルルカは杖で叩いているのか?馬鹿なのか?ルナとフロラが頼みだな……。
男を見ると、視線が合ったことを喜ぶ。
「じゃあ、やるか。お前、刀はどうした」
「刀?持ってるわけないだろ。俺は魔法使いだぞ」
「惚けるな。『炎流相伝』だろ?」
『炎流相伝』
手のひらを開けるも、何も起きない。男は呆れたように、構えていた刀をメロウの元へ投げる。刀なんて使ったこと無いぞ。
「それを使え。お前の名前を聞いていなかったな」
「メロウだ。普通の人間だ」
「生まれ変わりか。安心しろ、お前は世界最強だ」
「それはどうも。名前は?」
「ふははっ。忘れたのか。ヴレイヴと言われている」
ヴレイヴ……?どこかで聞いたことがある……ゼクタが言っていた名前か。言われているっていうことは別の名前があるのか。誰だろうな。
ヴレイヴは刀を構える。一撃の準備だ。
カメラが部屋の角を飛んでいる。手の内は見せない方が良いな。死ぬ選択も考えておくか。俺が居なくても、大丈夫だろう。
『一撃』
刀身が紫に染まる。【一撃】は無属性だ。違う。何か違和感がある。
ヴレイヴの一閃。弾いた右腕の一部が魔石化する。違和感の正体が分かった。肉体の寿命を減らす。闇だな。
ヴレイヴを見ながら、後退する。見えない壁に背中がぶつかると、ルルカの声が聞こえる。
「ルルカ、壁は壊せるか?」
「私は無理ね」
ルルカから伸ばされた手を触れようとするも、見えない壁に阻まれる。俺は逃げれないらしい。
「俺がクリアするけど良いか?」
「死なないことが条件よ」
「了解っ」
久しぶりの対人戦。相手はルルカよりも強い。心臓の位置に黒色の魔石が見える。あれを破壊すれば勝ちだ。
『時雨』
ヴレイヴの動きが止まる。魔力の乱れは無い。行ける。
風魔法を展開した靴で床を蹴る。刀を魔石に向け、刀身に魔法陣を多重展開する。威力は十分だ。
「危ない!」
カメラから聞こえる灯りの声。突如、天井と床に現れる魔法陣。刀から手を離し、転移魔法でルルカの元へ向かう。
投げられた刀を手のひらで受ける。先端が魔石に触れ、微かに欠ける。罅が入ったか。
「メロウ、どんな魔法を使った」
「さぁな、勝手に体が動いたんだ」
右上にある円形の物体から声が聞こえた。魔力はメロウからだが……消すか。あいつは、秋宵のストーカーだ。
「あれか」
有無を言わせず、一刀両断。綺麗な半球が2つ出来る。魔法陣が出現し、修復を始めるので、念入りに破壊する。
「ありがとう」
これで本気を出せる。魔法陣から剣を取り出し、一撃に備えて構える。透明な剣身に魔力を注ぐ。
「……変わってないか。結輪も生きているんだな。楽しそうな時代だ」
礼を言うメロウを見て笑う。刀を構え、全身に魔力を流す。
この層にメロウが入った時、武器は持っていなかった。刀の振り方も力任せ。本当に魔法使いをしているのだろう。
同じ土俵に立つメロウに敬意を払う。手加減はしない。
『『一撃』』
粉々に砕けた刀が宙を舞う。剣先がヴレイヴの魔石に触れると、空間が変わる。
「楽しかった」
ヴレイヴの声が聞こえた気がする。周りを見ると、真っ白な空間で何も無い。システムを開くと、アークダンジョンクリアと書かれている。クリア者はメロウ、ルルカ。2人の名前しか無いところに、ヴレイヴの誇りが感じられる。
数秒後、ルルカが転移してくる。両手に杖らしきものを持っている。持ち手の部分で折れているみたいだ。
「お疲れ様」
「はぁ~怖かった。あの人の斬撃が見えない壁を貫通して来たの」
やっぱり、魔法を使っていたのか。刀が壊れたことで制御を失ったんだろう。同じ刀を使っていたら負けていたかもな。
「ルナ達はどこ行った?」
「分からないわ。クリア通知が出てから全員の足元に魔法陣が出現したみたいね」
クリア者は別の所に飛ばされるのか。円形のカメラが現れると、灯りとアロードの姿が見える。中継には、ルルカの姿が映っている。
「おめでとうって言いたいけど、ここは第零なんだよね」
「死んだのか?」
「死んでないよ。いや~バグかなぁ。アークダンジョンの製作者はクリアされないと考えてたみたいね?」
「怠慢な奴らだ。神として恥ずかしくないのか。なんてね、素晴らしいダンジョンだ」
「……素晴らしいダンジョンです」
円形のカメラが2人を向く。馬鹿にしていた2人はダンジョンを褒める。態度が全く違うところを見て、ルルカは吹き出す。
「で、迎えに来てくれたのか?」
「そうそう!インタビューも兼ねて、迎えに来たよ」
アロードがマイクを渡してくれたので、ルルカに渡す。ルルカにインタビューを任せることにした。
「アークダンジョンどうだった?」
「味方が強くて、魔法を撃ってただけね。ヴィルアートの前衛に助けられたわ」
システムを開くと、沢山のメッセージが届いている。ゼクタが1番最初にメッセージを送っているな。中継を見て、用意していたのだろう。
「メロウは?」
灯りがメロウに近付いて、メロウの口元にマイクを持っていく。逃がさないという意思を強く感じるな。
「俺はサポートに回っていただけだぞ。ルルカに序列を上げて欲しいからな」
「ヴレイヴとはどうだった?」
「まぁ、強かったよ。神の中でも上の方だろ?」
「ふふっ、そうだね」
上から3番目かなぁ。恍惚としている灯りを見て、ルルカは危機感を覚える。アロードは頷けず、真顔でメロウを見ていた。
「じゃあ、残りの神戦の意気込みを聞こうかなぁ」
話す素振りを見せないメロウの口元にマイクを当てる。
「最後まで魔法屋やります」
満足したような表情を見せ、灯りがルルカに視線を向ける。中継を見ると、ルルカしか映っていない。どうやら、俺の出番が終わったらしい。
「序列1位を目指します!」
「頑張れ~」
中継の画面が変わる。龍恩はロンオン国を散歩しているらしい。他のダンジョンが攻略されていないのだろう。
「また、会おうね」
灯りの言葉で転移する。ダンジョン協会へ戻ると、他のメンバーが待っていた。アークダンジョンがクリアされたことにより、鉱脈が増えたとモニターに書かれている。鉱脈から黒色の魔石が取れるようになったみたいだ。
冒険者達がアークダンジョンへ入ってゆく。これで、魔石不足は解消されるだろう。
「全員揃いましたね。では、行きましょうか」
ゼクタに付いて行くと城へ案内される。食堂が華やかに飾り付けされている。こんなに広かったんだな。
ゼクタが普段飲んでいるワインを貰い、食堂の端からパーティーを眺める。テラスがあるため、心地の良い風が入って来る。
ミカやクライも来ており、ゼクタと談笑。ルルカ、ログダ、フロラの3人で色々な人と交流している。王族組だな。
「お疲れ様です」
ルナも同じワインを選んだらしい。お前は未成年だろ。世界によって常識は異なる……か。何も言わない方が良いな。
「ルナはパーティーに参加しないのか?」
「華やかなところは苦手ですから」
「同じだな」
パーティーのような幸せそうな雰囲気は好きだ。だが、当事者には成りたくない。幸せを感じてしまえば、終わりが見えてくる。人間は幸せを維持するためにリスクを排除してしまう。他人の進化を恐れ、自分の変化を嫌う。
能力がある者はリスクを恐れず死に、能力のない者は過去に囚われ長生きをする。
「ヴレイヴは第零創設者の一人。秋宵や魔夜に勝てず、龍恩に最愛の妹を奪われた」
ルナの雰囲気は大人びている。ルナでは無いのかもしれない。
「考古学者レミアードさん」
「どうしましたか?」
学者モードだ。エリー派閥は研究者が多かった。
「妹さんは、どうして奪われたと考察したのですか?」
「良い質問ですね。妹……柚奈は龍恩と結ばれて捨てられています。龍恩はヴレイヴの妹を人質に取り、ギルド戦に勝利していたみたいです」
「龍恩最低だな」
「最低ですね」
中継で散歩をしている龍恩の足が止まる。カメラを凝視し、見ているぞと指を挿す。
「捨てられた際に記憶を封印されていました。偶々零ギルドが保護したらしいです」
「博識ですね」
「当然です」
ルナはグラスを窓枠に置き、地面に倒れ込む。酔っていたんだな。
ルナを背中に乗せ、テラスからルナの部屋へ向かう。ルナをベッドの上に寝かせ、自分のベッドに転移する。完全に魔力が切れたため意識を失った。
「あれ……メロウ?」
ベッドの上に寝ているメロウに困惑しながら、灯りはベッドに入った。