2話 ユラーゼ最後
少なめ
最後の1人。目の前に居る青年を殺して意識が戻る。後ろを振り返ると、魔法で作られた血液が雪道を赤く染める。魔力を帯びた血液は、いずれ光となって消えるだろう。手に持った剣を消失させ、柔らかい雪の上に寝転がる。止まらない頭痛と、魂の鼓動を止めなければいけない。殺される前に……誰に別れを告げれば良いんだ。
「疲れた」
独り言で脳をクリアにする。俺は何のために神を殺したんだ?自分が何者なのかさえ分からない。視界の右端にある王冠マークを凝視するとシステムが開く。溜まっているメッセージを無視して、自分のステータスを確認する。
ユラーゼ
【召喚龍】【森羅万象】【ガーデン】
430歳 男 第1世界 魂レベル10
第零序列1位
ユラーゼ。俺の名前らしい。そう言えば、魔法を使い過ぎると記憶が無くなるという研究をした気がする。2人で研究したはずだ。いつも隣に居てくれた女性を思い出せない。
メッセージを開くと、多くの者から心配の声が送られている。中には、俺と一緒に戦いたいと送ってくれた者も数人居るみたいだ。通知に表示された時間は3日前。まだ、記憶がある頃に送られたのだろう。
どうやら、ユラーゼは1人で戦いたかったらしい。
しんしんと降る雪の御蔭で、魂の暴走が止まった。敵を討つことに執着していた魂は姿を暗まし、記憶が欠如した肉体が脳を動かす。目の前で殺した青年は光となって消え、鮮やかな血が残っていた。少し遠くから男性の声が聞こえて来る。ようやく死ぬことが出来るらしい。記憶が無いのにもかかわらず、解放された安堵で体が軽くなる。
「ユラーゼ?」
遠くから聞こえた声とは違う。女性の優しい声が真上から聞こえる。目元に積もった雪を払って体を起こす。視界に映る少女は、汚れた袖で涙を拭く。乱れた髪。靴に刻印された緑色の魔法陣が光っていることから俺を探していたのだろう。メッセージをくれた仲間だろうか。
「多分、ユラーゼだ。魔法で記憶が無くなってる。だから、君のことを知らない」
ユラーゼの言葉を聞いて固まる。予期していたが、聞きたく無かった言葉。魔法は感情で威力を増すことが出来る。魂は魔法を効率的に発動するために、大切な記憶から消費していく。ユラーゼが暴走したと聞いて、全力で探したが間に合わなかった。力の無い作り笑いをしている彼を見て、最期を悟った。
「……コノハよ。ユラーゼの……彼女」
コノハがユラーゼの体を支える。肉体は酷く損傷しており、両足から大量の血が漏れていた。全身に渡って切り傷が見え、じわじわとユラーゼを苦しめる。軽傷なら治癒魔法を使うことも考えたが、白銀の世界に現れた赤色の炎を視認した段階で助けることを諦める。未来への選択肢が急速に減っていく。
真上で龍が舞っている。2人を転移させる魔力も残っていない。コノハを転移させようとするも、魂が拒絶する。脳内に転移魔法陣を思い浮かべるも、第零が拒絶する。いつの間にか小指に付けていた白花の指輪に触れるも、個人世界に転移する魔力は残っていない。完全に詰んでいた。
「コノハね。覚えた」
明るい笑顔を見て、ユラーゼの体を抱きしめる。死ぬことを悟っているのに、コノハを不安にさせないように立ち振る舞う。ユラーゼの根底にある人柄を感じて、我慢していた感情が溢れ出る。ユラーゼも抱きしめようとするが、左腕しか動かない。右腕から黒色の魔石が見える。魔法で酷使した肉体は魔石に変わっていた。肉体は限界を迎えていたのだ。
「馬鹿ね」
ユラーゼ派閥は誰もユラーゼを探さなかった。常に勝ち続ける者がユラーゼであり、誰もユラーゼが負けると思っていない。ラスティナというサブリーダーが死んだことに何も思わない。死んだことよりも、神王という称号を手に入れるために自己研鑽に励む連中だ。
「ごめんね、コノハ。もう、時間だ」
周囲を見渡すと、魔法陣を展開した神に囲まれている。抱きしめていた左腕から力を抜いて、最後の力を振り絞って立ち上がる。
コノハはユラーゼの隣に立つ。「死ぬなら一緒ですよ?」と小声で話す。可愛らしい仕草に笑ってしまう。全く生きることに固執していない。流石、俺の彼女だ。
上空に居た龍を従えている青年がユラーゼに話しかける。ユラーゼを警戒せず、ゆっくりと近づく。複雑な表情を見せ、握り締めた拳から鮮血が垂れている。
ユラーゼを囲む者達は千差万別だ。泣いている者、頭を抱え転移魔法陣を用意している者、システムでメッセージを送っている者、無表情な者。全員に共通していることは、攻撃的な魔法陣を展開していないことだ。
「ユラーゼ。ラスティナが殺されたことの報復であることは理解している。だが、暴れ過ぎた。魂に吞まれた神は処刑だと定めてある」
ラスティナが誰か分からない。だが、彼女が殺されたことで、俺の魂が暴走したのだろう。記憶が無いというのは非常に厄介だ。ラスティナという名前を聞いても、何も感じることが無い。清々しい気持ちで死に向き合える。
「龍恩、俺を殺せ」
「ユラーゼは全く間違ったことはしていないんだ。俺が親友を殺さなければならないのか?」
龍恩という名前は憶えている。だが、関係性は空白だ。親友だとしたら、俺は惨いことを言ってしまった。最期くらい許してくれ。
第零の神が次々と周囲へ集まる。その中で、1人の少女が龍恩に向かって歩く。虚ろな瞳でユラーゼを凝視する。
「龍恩派閥の皆さんはユラーゼさんに思い入れがあるみたいですし、ユラーゼさんと関係の無い私が殺します」
木々は白い傘を被っており、魔法陣の光が鮮やかに見える。目の前にいる少女は、短パンに装備していた短剣を構える。短剣には黒色の魔石が剣身に使われ、魔法陣が刻印されている。
ユラーゼの命を奪う行為を仕事として捉えているらしい。殺気は感じず、淡々と仕事をするように魔法陣を展開する。氷属性の魔法陣から冷気が漏れている。
「雪波……頼む」
龍恩はユラーゼを殺すことに躊躇った。「だから神王に成れないんだ」という言葉が脳内に浮かぶ。冗談を言い合う関係だったのだろうか。龍恩が目を逸らすと、ユラーゼを覆っていた魔法陣が光を放つ。氷針がユラーゼの肉体に組み込まれた魔石を破壊する。ユラーゼは足元から光となって消え始める。
「じゃあね、コノハ」
コノハは笑顔で頷く。視界の端に魔法陣が見えると、コノハの心臓が何者かによって貫かれる。透明な魔石が粉々に砕けた。月家と龍恩は警戒し、周囲を見渡す。ユラーゼの肉体は光となって雪と同化した。
誰がコノハを殺したんだ?
誰がコノハを殺したんですかね。