ウロコまなこの特異な子
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
は~、今日の授業は目からウロコな内容が多かったなあ。
よくよく考えてみると、インパクトのある表現じゃない? 目からウロコが落ちるってさ。
目の前をぴっちりと閉ざしていたウロコ。それが剥がれ落ちることによって、明瞭になる視界のギャップ。ここから新しい見解を得て、視野が広がる様を現した言葉になったという。
つまり、裏を返せば、それだけウロコというのは堅牢なものである、という信頼があったわけだ。
竜のウロコといえば、神話などでも強力な防具の素材であったり、様々な効力をおよぼしたりするもの。
実在の生物だって、外からの様々な力から、内側の身体を守るものとして役割を果たしてくれている。ウロコの生成もまた、必要に応じて作られていったものなのだろう。
だから、もし目からウロコが落ちるようなことが本当にあるならば、それはひょっとしたら重大事の始まりかもだねえ。
僕が以前に聞いた昔話なんだけど、聞いてみないかい?
むかしむかし。
とある村では「ウロコまなこ」と呼ばれる症例が、まれに確認されていたらしい。
これは齢13以下の子供に対し、特によくあらわれるものと知られ、そのときの患者も10歳を迎えたばかりの男の子と聞いている。
家族そろって、いろりを囲む部屋で寝入っていた、朝のこと。
その男の子が起きるや、「まだ夜なの?」と、いぶかしげに思う尋ねを、皆へしてきたというんだ。
なんでも、目の前が暗いままなのだという。しっかりまなこは開いているはずなのに。
いざ家族が確かめてみて、驚きの声をあげる。
子供の両目を、薄い緑色をたたえる一枚のウロコが、覆い隠していたからだ。
ぴっちりと眼球にかぶさったそれは、指などが少し触れただけでも、飛び上がるような痛みを発する。どうやら、神経と直接連動しているかのようだったとか。
ウロコまなこだ、と親たちはさっそく、このことを村の長へ相談しに行ったらしい。
ウロコまなこの治療には、専用の点眼薬が用いられる。
村の長の家が、あらかじめ干した状態で保管している薬草を用い、特定の手順でもってぐらぐらと煮込んで完成する。
そうしてできあがったものをウロコに垂らしていくわけだ。
実際、今回も同じ手法がとられ、横に寝かされた男の子の見開いた目。そこに被さる二つのウロコへ、薬が落ちていった。
すると、さしたる抵抗もなく、ウロコはそろって、ぽろりと目からはがれ落ちた。
しばらくぶりに取り戻した視界に、子供一家は喜ぶものの、村長はそのはがれたウロコは今日より、月が満ちて欠けるまでのひとつきの間、保管しておくこと。
そしてもし、同じようなことが起こった際には、また自分へ相談するようにと、注意を促していったとか。
再びまなこを、ウロコが覆う。
村長の予見した通り、治療より七日後に、再び彼の両眼は神経とつながるウロコによって、閉ざされてしまった。
二度目ということもあって、本人も家族も落ち着いている。また村長にことの次第を伝えて、対処をしてもらう。
そうしてまたウロコははがれ落ち、時を置くことになる。
複数回、ウロコまなこが出た症例も過去にはあった。その場合も、最後にウロコが落ちた日から、ひと月が経つまで様子を見ることになる。
これまでは、どれほど回数が多くても8回までのうちにおさまっていた。
しかし、今回の彼は3カ月の間で、実に20回におよぶウロコが生成されたといわれている。
指示の通りに、ウロコは20対の40枚が保管され続けていた。
心配に思いこそすれ、そのたびに治療をされるからいいかと、どこか楽観的に構えていた子供たち一家だったが、ついに21対目が生成されてしまったおり。
村長からはじめて、別の指示を受けることになったのだとか。
村長いわく、ウロコをそれぞれ小さく穴をあけ、21枚ずつひもで結わえておくこと。
そして次の満月の夜に、子供は二組となったウロコの綴りを、それぞれのまぶたの上へ乗せて眠るように言われたという。
「お前の目は、月のものたちに見初められたのだ。もし、何もしなければ、その両目は月のものたちの光を受けて持ち去られ、とこしえの闇へ身を置くことになろう」
若年には、身を震わせるほどの怖さだった。
すぐにウロコたちは、形をととのえられる。まなこに被さり、またはがれてすぐは、鉄のような形をほこっていたウロコ。
それが一刻も時間を置くと、貝殻たちとそん色ない硬度に落ち着いて、道具を用いればたやすく穴を開けられるようになっていた。
親たちは不安がる子供をなだめつつ、村長にいわれた通りの準備を整える。
穴をあけられた21枚のウロコたちは、麻縄を通されて、二組のひとつづりと相成った。
「蔵など、光の差さないところにいてはならぬ。月のものたちは、たとえ火を起こしてでも穴をあけ、中へ入らんとする。無用な被害が広がるだけだ。
備え終わったならば、いつも通りに寝入って、時を待て。そしたらあとは見守るだけだ。
我ら自身にも、月のものへ抗うすべはないのだから」
村長も家へとどまった、満月の夜。
いつも通りに、子供はいろりの隣。窓から差す月明かりの下へ寝かされる。
たとえ話に聞いていても……と、親たちは自分たちのわきへ、護身用の刃物を携えて、時の訪れを待っていたが、話の通りに無駄だった。
白くほのかに差し込んでいた光が、にわかに青みを帯びてきて、家全体へ広がったかと思うと、大人たちは村長を含めて、ぴんと全身を糸で吊られたかのように動けなくなってしまったんだ。
指先も、口元も動かせない。ただ見開く目の先で、子供に乗せたウロコたちのてっぺんが、より青々とした光を受けて、輝き出す。
そして、火を噴いた。
これもまた、よく見る赤々としたものでなく、青々として火が。
灯る端から、連なったウロコをどんどんと駆け下りていく。
本来ならば上へ、上へと逃げていくだろう火の、めったに見られない姿に、親たちは見えざる者の意図を感じざるを得ない。
その、村長の話す「月のもの」の存在を。
そうしている間に、火はとうとう、ウロコの最下段まで到達した。
子の、閉じているまぶたも焦がさんとしているように思えたが、子本人はまったく苦しがる様子なく、寝息を立てている始末。
やがて青々とした炎たちも、みるみるととろ火となっていき、かき消えた。
そこにはもはや、黒ずんだわずかな灰ばかりとなったウロコと麻縄のみが残り、その下の子供の皮膚は、一分たりとも傷ついてはいなかったのだとか。
目からウロコが落ちるのは、月のものをはじめとする、得体のしれないものから身を守るために、我々が生み出す手立てだという。
ウロコそのものでなくとも、新たな見識を得て、これまで自分にとって未知だったものに備えること。
いわゆる危機への準備として、語られていたのかもしれないね。