ロールバック ~天才お嬢様に負けたくない男子高校生の話~
登場人物
・桜庭 甲信
高校1年生 男子
ムキになりやすいサッカー男子
サッカーが好きだがあんまり上手ではない
酒美 アリア(さかみ ありあ)
高校1年生 女子
海外生まれ天才肌なトランペット吹き お嬢様
すぐに感情をあらわにする甲信を見て楽しんでいる
ロールバック(rollback) ―― 後退、巻き戻し、撤退、引き下げ、巻き返し、反撃。
初めてあいつと出会ったのは、高校に入って最初の登校日のこと。
知ってるやつと知らないやつが入り交じる初めて来た1-3の教室で行われた自己紹介。これからの1年を一緒に過ごす奴らの顔と名前を一致させるための簡単な挨拶の中、俺の前に座っていたあいつは、誰よりも堂々とした態度をしていた。
直前の自己紹介が終わり自分の番がくるやいなや、彼女はすっと立ち上がり自分の名前を告げる。
「酒美アリアです」
声量が大きいわけではないのにやたらと通る声。日本人離れしたキリッとした顔立ち。サラリと伸びた綺麗なロングヘア。印象的な少し青味がかった瞳。そしてなぜか知らないけれどやたらと自信満々そうな立ち振舞い。当時教室にいた誰もが、一瞬彼女に見惚れていた気がする。
その興味の視線を当たり前みたいに受け入れて、彼女は微笑んだ。
「母親がアメリカ人で、11歳まではアメリカにいました。音楽が得意なので吹奏楽部に入る予定です。よろしくね」
そのまま軽く礼をして、静かに椅子に座る。それだけの所作が妙に様になっていて、とても同年代とは思えないようなオーラを感じた。ありきたりな表現だがまるで芸能人のようといえばいいのか。皆その雰囲気に呑まれていたようで、自己紹介終わりの拍手が彼女にだけ少し遅れて鳴っていた。
そして俺はといえば、酒美をしばらく見つめていたせいで自分が自己紹介の番になっていたことに一瞬気づかなかった。
「あなたの番よ?」
酒美の声で我に返る。微笑ましそうに……というよりは、どこかしょうがない奴を見るような視線を受け、気恥ずかしさをごまかすように勢いよく立ち上がる。
「桜庭 甲信。小中はずっとサッカーやってました。高校でもやります。よろしく」
端的に告げればパラパラと拍手が返ってきた。駆け足になったのが自分でもわかる。少し気まずさを覚えて、さっさと座ろうとすると前の酒美がこちらの様子をじっと見つめていた。その表情はどこかにやついているように見える。
「……なんだ?」
何を言うでもなく見つめてくる彼女が不思議で、少し怪訝に尋ねる。
すると彼女はくすっと上品に笑い、愉快そうにこう尋ねてきた。
「私に見惚れちゃった?」
「は?」
「自己紹介、慌ててたでしょ」
まあ仕方ないことね、と付け加えて酒美はくすくすと笑う。
「よかったわね、私に出会えて」
そして、そんな歯の浮くようなセリフとともに俺に向かってほほ笑んだ彼女は、自己紹介をしている生徒の方へ視線を戻した。まるで何ともなかったかのように伸びた背筋で、ほかの奴のなんて事のない自己紹介に耳を傾けている。
(…………なんだこいつ)
こちらに向けられたあまりにも思い上がりすぎているセリフに、思わずそんな感想が浮かぶ。
それから今言われた言葉を改めて反芻し、盛大に揶揄われたという事実に今更ながら気づいては、後追いでどんどんとムカつきが腹の底から湧いてきた。
(なんだこいつは!)
初対面の奴に対し、自分は見惚れられて当然という態度が傲慢でないならなんだというのか。
何よりその態度のせいで自分に見惚れた可哀そうな奴のような見られたことが気に食わない。
とんでもない奴だ、この酒美アリアという奴は!
――そんな会話が、俺と酒美アリアの最初の出会い。
このやたらと自信過剰な彼女との、決して短くはない縁の始まりだった。
***
高校生活が始まり少しの月日が流れ、酒美アリアに関してわかったいくつかのことがある。
一つ、彼女はとにかく自信たっぷりだということ。
「やっば、もうすぐテストじゃん。アタシなんもやってないんだけど」
「アリアちゃんは勉強してる?」
「ええ、もちろん。一番を取るための準備をしているわよ」
「うへーやる気満々だ~」
「じゃあその知識、分けてくんない?」
「いいけれど、ついてこれなくても文句は聞かないわよ?」
いついかなる時もピンとした背筋で堂々と物事に取り組む。その態度がぶれることはないし、弱気な言葉を聞いたことはない。
一つ、自信を裏付けるような能力をたくさん持っているということ。
「そ―いやお前、吹部の調子どうなの?」
「あー……まあぼちぼちだけどさ、同じトランペットの酒美がすごすぎて萎えてる」
「え、マジ?」
「なんか顧問が話してたけどプロに教わってたんだってよ。アメリカ帰りはやっぱスケールがちげえわ」
「テストもこの前学年トップだっけ? やべーわ」
運動、勉強、そしてご自慢の音楽、その他諸々。
彼女に何か苦手なことがあるという話は今まで一つも聞いたことがない。
一つ、彼女の威風堂々たる振る舞いは誰にでも変わらないということ。
「〇〇先輩にアリアが告られたって本当!?」
「あ、うん。そうみたい。でも『信念のない男は嫌い』って言って断ったんだって」
「わー、理由が大物だあ……」
先輩だろうと教師だろうと、彼女が日和ったりするようなことはなく、むしろ確固たる自分を貫いたようなエピソードばかりが聞こえてくる。
そして、もう一つ。
「ねえ、このごみ捨てておいてくれない?」
「はあ?」
……何故か俺に、信じられないほど面倒くさい関わり方をしてくるということだ。
「なんで俺がそんなことしなくちゃならないんだ」
突きつけられたプラスチックごみをやんわりと押し返すと、酒美は意外そうに目を丸くする。
「あら、光栄でしょ?」
「思い上がるなよ」
まるでそれに喜ぶことが当然のように押し付けられた。
俺が本気で喜んでやると思っているのだろうか。目の前の心底意外そうな視線は、本当に俺がそう思っているようで中々に癪だ。
「てっきり私のためになることは何でもしたいんだと思ってたのに」
「それを思い上がりっていうんだよ。自分のことお姫様だとでも思ってんのか」
「ドレスは似合うと思うけど、おしとやかに振る舞うのは性に合わないわね」
「今アンタが姫っぽいかどうかの話ししたか?」
会話の通じない相手に俺が苛立ちを覚えている一方、彼女は何がおかしそうなのか上機嫌そうに微笑んでいる。それがまたこちらの神経を逆立ちでして胸がムカムカしてくるのだ。
声を荒げすぎないように睨みつけることで不服を示すと、それに気づいたのか彼女はふうと一つ息を吐いて肩を落とす。
「まあ不愉快になったと言うなら謝るけれど……それなら視線には気をつけなさい」
「……何のことだ?」
「私のこと、見すぎよ?」
人差し指をこちらに向け、年下を叱るように優しい声音でそう告げられる。妙に様になっているその立ち振る舞いに一瞬思考が止まって、彼女の瞳をじっと見つめてしまった。
青い瞳の視線を受けこちらが固まっていると、やがて彼女の目が少し細められる。それが酒美が満足そうに満面の笑みを浮かべているのだと気づいた時には、既に彼女はこちらに背を向けて立ち去ろうとしていた。
スタスタと優雅に歩き去る酒美の後姿を眺めながら、まるで自分がいつも彼女を見つめているかのように決めつけられたことに今更ながらまた憤りの感情がわいてきて、吐き出す対象のなくなった気持ちを苦虫のように心の中で嚙み潰す。
「……だから、自意識過剰だって言ってんだろうが」
こっちの視界に入っているのだとしたら、普段からあれだけ目立つ言動をしている方に問題があるに決まっている。ましてやそれが気に入らない相手であれば、こちらの目に留まってしまうのは当然だ。
本当に、鼻持ちならない高飛車なお嬢様野郎だ。
改めて感じた悪感情に、俺はまた苛立ちを募らせるのだった。
***
そんな酒美との半分喧嘩のようなやり取りを重ねながら日々を過ごしていると、季節はいつの間にか夏を迎えた。
その日は夏の大会を勝ち進み、全国の出場を決めた野球部の壮行会が開かれる日だった。
体育館に全校生徒が集められ、壇上には野球部の部員がユニフォーム姿で集まっている。そしてそんな彼らに対して校長先生のありがたい話や、各種お祝いの言葉が述べられている。
直近に合った県大会の決勝では全校応援が実施されたということもあってか、朗らかな空気でそこにいる誰もが勝利をつかみ取った野球部の皆を讃えている。俺はそんな空気の中で、壇上の光景をどこか遠い場所の出来事のようにぼーっと眺めていた。
それが退屈そうに見えたのが、俺の後ろに座っているサッカー部仲間の男子がこっそりと話しかけてくる。
「眠そうじゃんか」
「……まあ、他人事だからな」
「冷たい奴だなあ」
冷めた態度の俺をケラケラと笑う。
そのままそいつは視線を壇上の方へ向けると、にこやかな笑顔の野球部員たちを見て羨ましそうにため息を漏らした。
「いやー、あとちょっとであそこに俺達もいたのになあ」
「……先輩たち、惜しかったな」
「な? まさかあんな土壇場で捲られるなんて思わねぇよ」
……今年の夏は、俺達の所属するサッカー部も大会を勝ち進んでいた。
過去1チームが仕上がっていたと顧問の先生が言うほどで、実際準々決勝まではかなり順調だった。全国も射程圏内に入る、そんな雰囲気が部内にも流れていたと思う。
けれど準決勝、小さなミスの積み重ねが大きなほころびを生み、結果は敗北。スタンドで眺めていただけの俺達にも伝わるほど、先輩たちは悔しそうにうなだれていたのが印象深かった。
『来年は勝てよ』
試合後、俺達にそう伝えた部長の言葉に表し難い表情には、彼らがこの3年で注ぎ込んできたものの重さを感じたものだ。
だからこそなのだろう、残される2年生以下の中では「次こそ」という思いからか練習モチベーションが高まっている。
「先輩たちの敵は俺達で討とうぜ。特に甲信は次からベンチ入るんだろ?」
「まだベンチだ。活躍するには程遠い」
「冷めてんなぁ」
「現実思考なんだよ」
先輩が引退し、下級生から新たにベンチ入りする奴らも出てくる。俺もたまたまその中の一人に入ることができた。
けどこれはスタートラインでしかない。結果が出せなければすぐ他の部員と入れ替わりになるだろう。
とにかくまず、期待に応えなければ話にならない。
「続いては、吹奏楽部の演奏です」
そんな話をしていると壮行会は次のプログラムに進んでいた。話しかけてきた男子も慌てて前に向き直って姿勢を正す。
ステージ上の野球部と向き合うようにたくさんの吹奏楽部員がステージ前に楽器とともに集まってくる。こうしてみると中々の人数だ。
その中に、ひと際存在感のある人物がいる。
酒美だ。
ご自慢のロングヘアを靡かせながらトランペットを持った彼女が真ん中に座る。
周囲の視線が、彼女の後ろ姿に集まったのを肌で感じた。それを見てかは知らないが、後ろからまたあいつが話しかけてくる。
「ひゃ〜すげえ……。いいなー野球部。ここで演奏して試合でも演奏してもらえんだろ? 羨ましいよな〜」
「……そんなにか?」
「もちよ。俺こんな演奏で応援されたらホームラン打てるわ」
お前サッカー部だろ。
そんなことを考えられないほど、吹奏楽部の演奏にテンションを上げているらしい。
浮かれた様子で次はこんな事をいってくる。
「それにほら、吹部可愛い子多いじゃん。それこそうちのクラスの酒美とか」
「…………」
「うわー露骨に嫌な顔するじゃんか」
無言を貫くつもりだったのに顔に出てしまったらしい。呆れた様子の視線が刺さる。
どうも彼女の話題になると日頃のアレやソレを思い出してムカムカとしてきてしまう。
「前から思ってたけど、酒美と仲悪いの? その割には良く話してるじゃん」
「向こうが揶揄ってくるんだよ。嫌なやつだ」
「他の奴らが聞いたら羨ましがられそうだな」
「あいつのどこがいいんだよ」
こいつのように酒美と話したあとに探りを入れてくるやつは少なくない。それ自体は彼女の普段の評判を聞けばわからなくはないが、だからといって普段からあんな偉そうに関わってくるやつとの会話を羨ましがられても困る。
「そもそもな、あんな自意識過剰でナルシストな……」
と、いかに酒美が傲慢ちきな野郎なのかと説明しようとしたところで吹奏楽部の顧問の先生がタクトを振り上げたのを見て押し黙る。
……演奏が始まった。
そこからは一瞬だった。野球応援歌の定番を、圧倒的な音の圧で奏でていく。音楽には詳しくないがおそらくうちの学校は吹奏楽部も強いのだろう。素人でもわかるほどよい演奏だった。
その中でもやはり目を引くのは酒美の姿だ。
誰よりも威風堂々と、無類の存在感で演奏し続けている。彼女が誰よりも音の先頭に立っている。そんな感覚が俺の中ではあった。
演奏する姿を見ていると、ズボンの上に乗せている拳をいつの間にかぎゅっと握りしめていた。それはきっと、彼女の自信満々な態度が確かな実力からくるものなのだと気づいたからだと思う。
憎らしいほど、圧倒的だった。
演奏が終わった瞬間、会場は拍手に包まれた。
後ろのチームメイトが感嘆の声を漏らす。
「ひゃー、すげ。なんかわからんけどなんかめっちゃ良くなかった?」
「…………」
「……甲信?」
黙りこくった俺の顔を覗き込んでくる。
けれどそんなものが気にならないほど、俺はただまっすぐ彼女を見つめている。
他の部員と合わせて一礼し、楽器を持って手短に立ち去っていく。それだけの動作がまた様になっていて、俺は顔をしかめた。
壮行会はその後野球部主将の意気込みなどを経てつつがなく終了した。
教室に戻ったあとの休み時間、お手洗いに行こうとしたタイミングで丁度教室に戻って来る酒美を見つけた。通り過ぎるつもりだったのだが、何故かその時の俺は無意識のうちに彼女に声をかけていた。
「酒美」
「あら」
少し目を丸くして、興味深そうにこちらを見つめ返す。
「どうしたの? あなたからは珍しいわね」
「…………いや、その」
微笑みを浮かべながらこちらの言葉を待つ彼女の態度に居心地の悪さを感じ、なぜ声をかけてしまったのかと自分を責めたくなる。
何を言えば良いものかと少し思案して、それからなんとか絞り出した言葉を伝えた。
「良かった」
たった一言の賛辞。こんなのは言っても言わなくても変わらないものだと自分でも思う。
俺の言葉に彼女は、ニンマリとご満悦そうな笑みを浮かべると。
「知ってる」
と、当たり前の事実のようにその賛辞を受け止めた。
相変わらず傲慢なやつだ、と思う。でもそれ以上に自分の実力を称える言葉を照れもなく受け止める彼女は、どこか眩しく見えた。
「でも、ありがとう」
そう呟いて、彼女はまた歩き出す。
教室に入りクラスメイトに迎い入れられる彼女の後ろ姿を見送って、俺は踵を返した。
***
それからまた少し経って、季節は秋へと近づいていた。
日が落ちればどこか肌寒さを感じるような季節になっていて、夜に染まるのもずいぶんと早くなった。
時刻はもうすぐ19時。俺が立つグラウンドも照明の光の当たる場所を除けば真っ暗になっていて、人の気配はない。
そんな誰もいない暗闇の中で、俺は一人練習を続けていた。
今日の部活は早めに終わってしまっていたが、なんとなく引き上げる気にならず顧問に許可をもらって一人こうして残っていた。
明確な目的があるわけではない。ただ、なんとなく人より頑張らなければならないという漠然とした焦りが俺を動かしていた。
ここ最近何度か試合でベンチ入りしているし、起用してもらえた試合もあった。けれどそこでの活躍は自分の満足行くものではなかったし、他のレギュラーと比べても自分が特筆すべき能力があるとも思えなかった。
周りと比べて何が足りないのか、その答えは未だにわからない。
……ぐるぐると思考を巡らせながらしばらくグラウンドを走り回る。少し休憩をしようと荷物をおいていた場所に戻り水を手に取った瞬間、不意に声をかけられた。
「あら、まだいたの?」
透き通るようなその声音に反射的に視線が吸い込まれる。
聞き間違いではなかった。頼りない照明の足元で、酒見がこちらを不思議そうに見つめていた。
何故、とバカ正直に聞きそうになったのをぐっと抑えて、あくまでなんてことなく尋ね返す。
「……そっちこそ。天才さんが居残りか?」
「何だか棘のある言い方ね」
こちらの皮肉をさらりと躱して歩み寄ってくる。
近づいてくるまっすぐ見据えられるのが気まずくて、視線を逸らすように水をあおった。
「才能を保つのは努力よ。伸ばすときなら尚更」
「天才ってことは否定しろよ」
「しないわよ。謙遜も過ぎれば嫌味と言うじゃない」
当たり前のことのようにケロッと言い放つ。
下手すれば傲慢にも見えるその態度だが、珍しく少し疲労の色があり汗をかいたであろう跡も残る顔を見ると、そうも思えなかった。
本当に今の時間まで居残って練習していたのだろう。周囲の期待に応えるために。
「だからこそ、その評価に見合った自分でいるために努力するのよ」
浮かべた笑みには自信が詰まっている。酒見自身が積み重ねてきたものが今の彼女を作っているのだろう。そう思うと少し羨ましくも思えた。
他者に対しても誇れる自分がいるということ。それは俺にはない自信の形だ。
興味のないそぶりでそっけない返事を返し、そのまま近くのベンチに座って休んでいると何故か彼女もこちらによってきて隣に座る。
視線の高さが近くなる。横目だけでこちらを見ながら、彼女はぼんやりと座っていた。
「あなたは何を?」
かと思えばそんなことを聞いてくる。雑談でもしたいのだろうか。
全然そんな気分ではなかったが休憩したいのも事実なので断る理由がなく、ため息を吐いてから渋々答えた。
「……居残り連」
「あら」
わざとらしく驚いたような反応が返ってくる。
そして、大げさなくらい興味津々な様子でこちらの表情を覗き込んできた。
「じゃああなたも天才? それとも落ちこぼれかしら」
「どっちでもねぇよ」
ぐいと迫ってくる酒見から距離を取るように少しだけ身を引きつつ、彼女の言葉を考える。
別に自分が特段周りから劣っているとは思わない。試合どころかベンチにまだ入れてない同級生だっていることを考えれば、自分はまだチャンスを与えてもらえてると思う。
それでも、今の自分に納得できるかといえば、それは間違いなくノーで。
「……それが嫌で、残ってる」
気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。
彼女が目を丸くしたのが見えた。言わなくていいことを言ってしまったと気づき、視線を明後日の方にそらす。気まずさを飲み込むように水を飲むが、それでも喉が渇いてしまって仕方なかった。
少しの沈黙の後、それを破るように彼女が静かな声で話しかけてくる。
「桜庭はいつからサッカーをしてるの?」
「今度は何だよ」
「世間話よ。休憩中くらいいいでしょ?」
今度はそんな身の上話が始まった。
「……4歳から。友だちに誘われて地元のチームに入ったんだ」
「あら奇遇ね。私も初めて音楽に触れたのは4歳だったわ」
「あっそ」
「嫌な相槌だこと」
そんな気が合うわねみたいな態度を取られたところで、俺と彼女では周囲の環境が違いすぎて並べられるとは思えない。俺はあくまで遊びの延長だが、彼女はきっと多くの人に期待されて与えられてきたはずだから。
「それからずっとサッカーを?」
「……まあ、好きだし」
「それはいいことね。好きに勝るモチベーションはないもの」
「でも上手くはない」
彼女の言葉に被せるようにそう口にする。
「昔から……ベンチには入れてもレギュラーはいつだって遠い」
いつのまにか拳に力が入っていたことに気づいた。
「今だって3年生が引退してようやくベンチには入れたけど、同学年にはレギュラーになってるやつもいる。俺はまだ全然だ」
「だから居残りしてまで?」
「当たり前だろ。好きなことで勝てないなんて、腹が立つ」
多分このときの俺は、胸の中に沸き立っていた感情を初めて言葉にしていた。
自分が至らないことへの憤り。理想と現実のギャップがどうしても受け入れられなくて、きっと俺は足掻き続けている。
ただ、負けたくないから。それだけの理由で。
「子供ね」
そんな俺の態度を彼女は呆れたように笑う。
けれどその直後、彼女は静かに頷いた。
「でも、わかるわ」
思わず彼女の表情に視線を向ける。同意の言葉が返ってくるとは思わなかったから。
「私も同じだったから」
「同じ? お前がぁ?」
「何よ、その心底嫌そうな顔」
夜風になびく長い髪を細い指先で耳にかけながら、彼女は少しだけシニカルにほほ笑んだ。
「世の中には私より恵まれてる人なんていくらでもいるわよ。生まれたときから何千万とする楽器に触れて、世界で一番のオーケストラを聴いて育った人だっているんだから。そういう人と比べたら、私だって劣ってる部分はたくさんある」
にこやかに語る彼女の言葉にはどこか重みがある。この学校においては誰と比べられても一番になってしまいそうな彼女が誰かと比べて劣ることがある。そんなことはどうにもイメージできなくて遠い世界の言葉のように聞こえる。
「アンタも誰かに負けることがあるんだな」
「もちろん」
さも当然のように彼女は頷く。
「でも、それだけで私のほうが下手って認めるのは悔しいでしょ。だって、私も音楽を好きな気持ちは負けてないんだもの」
微笑みを浮かべながらそう語る彼女の声音にはどこか熱を感じる。普段優雅に堂々と振舞う姿には表れない、他者に対する嫉妬や対抗心が滲み出ていた。
そのギラギラとした表情に、どこか親近感を覚える。
「ほら、同じでしょ?」
情熱を宿した瞳で俺を真っすぐ見つめながら無邪気に笑っている。
同意を求めているようで口ぶりだけれども、俺はその言葉が何かの問いかけのように思えた。
――アナタだってそうなんでしょ?
そう、言外に確かめられているような。
「どうだかな」
首をすくめて曖昧な言葉で返す。彼女は微笑みを崩さない。
話は終わりだと思い手元の水を一気に飲み干す。そのままボトルをしまいに立ち上がったところで彼女が「ねえ」と声をかけてくる。
「いつか努力が実ってレギュラーになったら、全校応援で私が演奏してあげる」
「……は?」
ひどく突然な提案に俺は間の抜けた声を返す。
「だからそれをモチベーションにして頑張りなさい」
「いらねぇよ馬鹿」
「相変わらず口が悪いわね。少しはありがたがったら?」
「傲慢野郎の応援なんて受け取れるか」
「でも私の音楽好きでしょ?」
「……そういうところが傲慢だって言ってんだよ」
「否定はしないんだ」
何もかもを理解したようないやらしい表情がこちらの感情を逆なでしてくる。
不満たっぷりに睨んでみるものの、彼女はまるで気にした様子もない。
「――あなたの好きなものに嘘はつかないところ、好きよ?」
――それどころか、聞いているこちらが気恥しさを覚えるようなことをさらりと口にした。
その時の自分はどんな顔をしていたのだろう。ひどく呆けた顔をしていたような気がする。
「少しだけ、ね」
愉快そうにこちらの反応を一通り見終わってから彼女はひらりと身を翻す。
「じゃあね。今日は冷えるから早く上がりなさい」
そんな気遣いの言葉と共に彼女はその場を後にする。俺は遠ざかっていく彼女の背中をじっと見つめていた。
スラリと伸びた背筋で真っ直ぐ立ち去る彼女の背中は、迷いのなさと確かな自信をにじませているようでどこか眩しく感じる。
どれほど気に食わない奴だとしても、積み上げてきたものの大きさだけは否定することはできない。
「……クソ」
溜まり続けるフラストレーションを無理やり押さえつけながら近くの荷物をまとめる。
ここで意地になって練習を続けたって意味はない。やるべきことは我武者羅に自分を傷つけることじゃなく、明日からも頑張るために休むことだ。
そうは言っても沸き立つ感情に何度も流されそうになりながらも俺はその日の居残り連を終えた。
……早く結果が欲しい。
自分のことを認められるような確かな形の。
酒美にだって胸を張って誇れるような、そんな結果が。
***
――ピッチを我武者羅に駆け回る。
目一杯に声を上げて、ボールを視線で追いかけながら攻める機会を伺う。中盤でのやり取りが続き膠着した試合展開となっていた。
ちらと視線をフィールドの外に向ければ、0-2という何十分も変わらないスコアと決して多いとは言えない残り時間が目に入る。何度確かめてもその事実は変わらなくて、それがまた俺の焦燥感を加速させた。
もうすぐ終わる。終わってしまう。初めてレギュラーとして出た試合が、何の成果も残せずに。
「桜庭!」
味方の鋭い声でハッとする。必死の表情で中盤からパスが来たのを確認して無我夢中でそれを受けた。
「っ!」
そのまま敵陣へと切り込んでいく。
スタミナ不足か、それとも気負いすぎか、走るフォームもドリブルも乱れに乱れていることを自覚しながらもそれでも懸命に前へ、前へ。
何もしないまま終われない。せめて一点だけでも――。
「あっ――」
が。
そんな前のめりな感情に結果は応えてくれず、いつの間にか戻ってきていた相手のディフェンダーに阻まれる。大きく蹴り上げられたボールを追いかけなおそうとしたところで、もっとも聞きたくない甲高い音がピッチに響く。
――ホイッスルだ。
世界が止まったかのようにその笛の音だけが響いて、それが試合終了の合図になる。
ガッツポーズをする敵チームと残念そうにうなだれる味方の2つを交互に見ながら、俺は。
自分が何もできなかったという事実に、ただ打ちのめされていた。
***
……雨が降っている。
ここ最近でも一番の豪雨で、人の気配のない放課後のグラウンドは泥々になってしまっている。
すでに時刻は最終下校時刻となり、流石にこんな日には校舎の明かりもほとんど消えてしまっていた。そんな雨音だけが響く場所で、俺は一人ボールを追いかけている。
何度も転びそうになるのを必死に耐えながら、ゴールもないまま足元にボールを引き寄せ走り続ける。けれど雨でぐしゃぐしゃになった地面に足を取られ、ついにはボールがあらぬ方へ飛んでいってしまった。
フラフラになりながらそのボールを追いかけてグラウンドの端の方へ歩いて、ようやく気づく。
誰かが俺を見ていた。
「雨の日にまで居残りなんて、効率が悪いとは思わないの?」
傘を片手に冷ややかな視線と声音で、酒見アリアはそう問いかけた。
思わぬ相手からの言葉に一瞬理解が遅れ、俺は言葉を返せないでいた。その間も彼女はただ俺の様子をずっと伺っていたが、やがてこちらに近づくと俺の全身を舐めるように確認していく。
「怪我もしてるじゃない。そんなんじゃ明日からにも響くでしょ」
「……るせぇ」
「そもそもただ根を詰めるだけじゃ意味はなくて、練習においては休息とのバランスが……」
「うるせぇっ!」
彼女の合理的な指摘を聞いているうちに、気がつけば鋭い声で叫んでいた。
それは酒見の言葉を受け止めたくないというただの我儘で、そしてそんな甘えた態度を彼女は見逃さない。
「……加えて、八つ当たりなんて無駄の極みなんじゃないの?」
こちらの弱さを彼女は鋭く指摘する。その厳しい指摘に返す言葉なんてなく、そうして黙れば黙るほど自分のダサさがにじみ出ていくような気がしていた。
自分は何をやっているのだろう。こんな無理な練習をしている自分にわざわざお節介をかけに来た彼女に怒りをぶつけてしまうなんて。
視線を上げられなくなる。今彼女がどんな表情をしているのか、それを確かめられなかった。
「……悪かった」
口をついて出たのは、そんな一言の謝罪の言葉。
それを彼女がどう捉えたのかはわからなかったけれど、一つのため息が聞こえてから彼女はさらに一歩こちらに近づいてくる。
そして、手に持った傘を半分こちらに差し出してきた。
「許してあげる。でも次はないから」
そう言った彼女の表情は、いつもの自信に満ち溢れた笑みが浮かんでいた。
「とりあえず、雨を避けられる場所に行きましょう? ほら、荷物まとめて」
「え、ああ……」
彼女に促されるまま近くに放り投げていたカバンを拾って移動する。近くの屋根付きのベンチに移動し彼女が座ると、自然に隣に座るように促してくる。
「何してるの? ほら」
「……」
「ところでタオルはある?」
「……ある、けど」
「そう」
カバンから取り出したタオルで濡れた髪や体を拭っていく。そうしてみてはじめて、自分の体がずいぶんと冷えてしまっていたのだと気がついた。
俺がタオルを使う間彼女はしばらく無言だったが、やがて唐突に口を開いた。
「試合でミスしたせいで負けたんでしょ?」
「……どこで聞いたんだよ」
「さあどこだったかしら。私、顔が広いから」
得意気に微笑んでくる彼女がとても疎ましく感じる。試合のことを知っているのだとしたら、自分が今こんな時間まで練習をしてしまっている理由だって想像がつくだろうに。
だというのにそれをわざわざ本人に指摘しにくるなんて。本当にいい性格をしている。
再びわき上がってきた負の感情に顔が思わず歪む。
すると酒見は、そんな俺の様子を見てなんと可笑しそうに吹き出した。あまりにも愉快な様子に、驚き以上に呆れがくる。
「……なんだよ」
「珍しくしょぼくれてるからおかしくって」
「放っておけよ」
「否定も心なしか元気がないわね」
いつもならもっと切れ味鋭いのに、といいながらこちらの様子をじっと見つめてくる。
気に食わないと思っている奴にしょぼくれた姿を見られ、あまつさえ揶揄われてしまっている。心底格好のつかない自分の現状に思わず深い溜息が漏れた。
こんなダサいところを見られてしまっては今更下がる株もないだろう。そう思えば、もう今のモヤモヤを吐き出してしまってもいいかもしれない。
そんな投げやりな気持ちが浮かんできて、気づけば口が動き出していた。
「……初めてスタメンになったんだ」
口を開いた俺に彼女は最初少し驚いたようだったが、やがて真剣な面持ちになると軽く頷いてこちらの話に耳を傾けだす。
「でも、俺のせいで負けた」
「ミスをしたんだ」
「……チャンスの度に、何度も」
「負けはチーム全員の責任でしょう?」
「でも俺が、俺がもっと上手くやれれば」
「自分のせいで負けたと思ってるの?」
俺の自責の念の正体を確かめるように、彼女は何度も容赦のない言葉で詰め寄る。
自分のせいで負けたというのは傲慢ではないかと、彼女は言外にそう問いかけてきている。確かに、チームスポーツであるサッカーは自分一人でするものではない。負けはチームのもので、チームの負けはチームメイトの皆のものだ。
だからその責任が全て自分にあるなんて思うのは傲慢だ。
でも。
「違う」
試合のことを思い出す。俺につなげてくれたボールを受け取った瞬間を、その後何度も敵チームのディフェンスに阻まれた展開を。
その度に、何度も何度も強く思った。
「ただ俺は、俺に納得できないんだ」
どうして自分はこんなにも不甲斐ないんだろう、と。
期待に応える技能も、なりたい自分になる力もない自分がどうしても悔しくて、気づけばこうして豪雨の中でもグラウンドに立っていた。
「それで悔しくて雨の中で居残り、ね。わかりやすい人」
俺の負の感情を認めた上で、それを感情の赴くまま発散しようとした愚かさを彼女は冷たく指摘する。
正しさを振りかざしてくるなんていやな奴だと思う。でもその言葉は正しくて、反論の余地はない。
「……煽りに来たのかよ」
言い返せる言葉なんてせいぜいそのくらいだった。
いくら俺がこうして荒れているからといって、その否をわざわざ乗り込んで指摘するなんて相変わらずトンデモ野郎だ……と不甲斐なさを噛み締めていると、彼女は静かに首を振った。
「違うわ、心配しに来たの」
「…………あ?」
あまりにも予想外な言葉が聞こえてきて、思わず彼女の表情を伺った。
グラウンドの向こう側を遠い目で見つめながら、静かな口調で彼女は語りだす。
「負けるのって、嫌よね。特に自分の下手さに気づいた時は特に」
その言葉は俺に共感する言葉であると同時に彼女自身の言葉でもあるように思えた。
いつだか酒見が言っていた。彼女も負けることがあるのだと。
同世代の誰よりも優れているように思える彼女は、いったいどんな相手に負けてきたのだろう。その時彼女は、どうやっていつもの彼女に戻ったのだろう。
「ねえ」
彼女の視線が俺に向けられる。彼女の瞳に映る俺はひどく間抜けな顔で同じように彼女を見つめていた。
「……できないのが苦しいならやめればいいのにって言ったら、あなたはどう思う?」
そして、そう問いかけてくる。
……できないことは、苦しい。沸き上がる悔しさを感じる谷に、身が張り裂けそうになることばかりだ。
でもその痛みは、やめる理由になるのだろうか?
「ブチギレる」
「どうして?」
「……悔しいんだよ。悔しいから、このままで終われるわけないだろ」
「負けたままは嫌?」
「嫌だ」
問いかけられてみれば、答えは明確だった。
負けるのは悔しい。でも負けたことを認めて諦めるほうが、よっぽど悔しくて苦しい。
だから、諦めるわけにはいかない。
気づけば膝の上で拳を強く握り込んでしまっていた。
俺の視線を真っ直ぐ受け止めた酒美はしばらく俺の表情を確認するように真剣な表情で見つめていたが。
「そう、なら大丈夫ね」
「……は?」
ふっと柔らかく微笑んだかと思うと、彼女は、そう温和に告げて頷いた。
「その言葉が聞けて安心したわ。心が折れてないなら大丈夫よ」
「……なん、それ」
「あ、でも今日は流石にやめておきなさい。雨天時は室内でできるトレーニングにしておくべきよ。それから、怪我の手当も早いうちにしちゃいましょうか」
「ちょ、待て!」
不意にこちらに身を寄せたかと思うと、どっから取り出したのかわからない手当て用のあれこれを傍に置いて擦りむいた俺の足に手を伸ばしてくる。
「……なんのつもりだよ」
思わずその手を止めてから彼女に問いかける。
すると彼女は、驚いている俺を見て可笑しそうに肩を揺らす。
「変なこと言うのね。凹んでいる人を励ますなんて当たり前のことでしょ」
そして、付け加えるようにもう一言。
「それに私、ファンには優しいの」
サラリとそんなことを言い放って、優雅な笑みを浮かべる。
敵わない、と思った。
「私に手当をしてもらえるなんてそうそうないことよ? 光栄に思いなさい」
「ずっとうるせえなお前は……」
「はいはい」
悪態をさらりと流しつつ慣れた手つきで手当てを済ませていく。こんなところまで器用なのかよコイツ。
「はい、終わり」
手早く片付けたあとそれを誇るでもなくそそくさと片付けを始める。当然のことのように手当までしてくれた彼女を見ていると意地を張るほうが格好がつかないような気がして、素直に感謝の言葉を口にすることにした。
「……どーも」
「素直でよろしい」
同年代じゃなかったら撫でてあげたのに、というゾッとするようなことを呟いた後、彼女は「それと」といいながら人差し指をピッと立てる。
「居残り練習するモチベーションは立派だけれど、それでオーバーワークになったら元も子もないわ。きちんと顧問に相談して練習ペースを確認しなさい」
そうやってご尤もな指摘をする。たまらず俺が頷くと彼女は満足したように頷いた。
これで話は終わりということなのだろう。立ち上がった酒美は荷物をまとめてから傘を開く。
「あなた、雨具は持ってる? 傘なら貸せるけれど」
「教室にあるからいい」
「そう。じゃあ私はこれで」
そのままその場を後にするのかと思ったが、ふとこちらに向き直る。
「次は負けないよう頑張りなさい。少しだけなら応援してあげるから」
満面の笑みでそう言い残して彼女は立ち去っていく。迷いのない足取りでまっすぐ遠ざかっていく彼女の背中をしばらくじっと見つめていた。
遠くなればなるほど彼女が手の届かない場所に行ってしまったような気がしてくる。いや、実際のところ彼女と俺では人間としての出来がずいぶん違うように感じた。
……それでいいのだろうか? 自分と彼女が、まるで格の違う人間だということを認めて、それで終わり?
「負けてらんねー……」
ボソリとそう呟く。
彼女との距離を感じて、それから湧き上がってきた感情。
悔しさと、対抗心。
「負けてらんねー」
彼女と自分は全然違う。生まれも育ちも好きなこともやりたいことも周りからの評価も、何もかも。
でも、なりたい自分がいて、それを追いかけているのが同じならば。
「……負けて、やんねー」
せめて熱量だけは負けないようにしよう。
彼女と同じように、いやそれ以上にまっすぐ生きていると自分が誇れるように。
ダサいままでなんて、いられるものか。
***
「……なあ、姉さん」
「んー?」
「……女子への御礼って、どうすりゃいい?」
「…………甲信、好きな子できたの?」
「バッ、ちっげーよっ!」
***
酒美と夜のグラウンドで話してから翌週の平日。冷たさを増した秋風が吹いているとある一日。
すでに時刻は放課後となり眩しいくらいの夕日が校舎を照らす中、俺は一人廊下を歩いていた。
右手に小さな紙袋を持ちつつ目指しているのは音楽室。クラスメイトに聞いた限りでは今日は吹奏楽部は休みらしい。
そして、彼女はそんな日でも基本的に毎日一人教室を借りて練習しているらしいということも、しっかりと確認してきた。
やがて音楽室の前に立つ。防音仕様のため中の様子をうかがうことはできない。それでも俺はためらいなく扉を開けた。
「……酒美」
尋ねたい相手はすぐに見つかった。他の誰もいない教室の真ん中で、彼女は楽譜とにらめっこをしながら水を飲んでいたらしい。
いつもは垂らしている印象的なロングヘア後ろで軽くまとめている彼女は、俺の声に気がついて振り向くと心底意外そうな表情を浮かべた。
「あら、どうしたのこんな場所に。居残りランニングでこんなところに迷い込んじゃったのかしら」
「んなわけあるかよ」
「じゃあ何の用事かしら。私に会いに来たんでしょ?」
「……まあ」
決めつけられてしまうとそんなことないと否定したくもなるのだが、実際のところ彼女に会いに来たのは確かなのでそうするわけにもいかない。
こちらの出方を伺う彼女の視線を浴びつつ、どう話を切り出したものかと思案する。今更になって本題のことを考えると気恥ずかしさが出てきてしまった。
ただそこで頭を捻ってみても別に気の利いた話し出しが思いつくとも思えなかったため、観念して愚直に彼女に歩み寄る。
「これ」
そして、持ってきていた小さな紙袋を彼女に渡す。
彼女はそれを不思議そうに受け取ったあと、紙袋に書かれたロゴを見て尋ねてくる。
「……これ、クッキー?」
「ん」
「私にこれを?」
「この前の……礼だ」
答える時につい目を逸らしながらになってしまった自分自身にまた情けなさを感じる。そしてそんな分かりやすい反応をした俺を見て酒美は上機嫌になる。
「憧れの人への差し入れってことね」
「勝手に憧れにすんじゃねえっ」
浮かれポンチなのが標準なこのお嬢様には本当に腹が立つ。けれど向こうはこちらの憤りなんてどこ吹く風で、物珍しそうにクッキーのパッケージを眺めていた。
「恥ずかしがらなくていいわよ。センスもいいじゃない。意外と甘いもの好きなの?」
「……姉さんに聞いた」
「へえ? お姉さんがいるんだ。それはそれはきっと私に似た素敵なお姉さまなんでしょうね」
「似てねぇよ」
うちの姉はある意味酒美くらい派手な人ではあるが、こんなに鼻につく言動はしたりしない。
「私とどっちが美人?」
「黙っとけ」
「やっぱり私?」
「アホ抜かせ」
「手厳しい人」
大げさなため息で責められるがそんな事知ったことではない。そもそも今日は鍔迫り合いをしに来たわけじゃない。
会話の間が少しできたあたりで一呼吸して、俺はゆっくりと伝えたいことを切り出す。
「……この前は助かった」
次いで頭を下げる。
「ダサいところ見せた」
「別に元からかっこいいと思ってないから気にしてないわよ?」
「あぁ?」
「冗談よ」
そうからかいつつも、こちらの声音から真剣さを感じ取ったのか彼女は真っ直ぐこちらを見つめている。
「別に気にすることなんてないのに」
「お前に貸しを作るのが嫌なんだよ」
「貸しだなんて大げさね。私からしたらいつものことよ」
「……それでも、だ」
彼女からすれば、ただの気まぐれだったのかもしれない。あるいは目の前の人に手を貸すことに本当に何の躊躇いもないだけなのかもしれない。
でもそれによって俺が助けられたのは本当で、それならばそれを誤魔化すわけにはいかないと思った。
「酒美のおかげで気づけたんだ。負けたことよりも、負けたことを受け入れられないほうがダサいって」
彼女のあの日の言葉は、悔しさで荒れてしまっていた自分がもう一度奮起するには十分すぎるほどの意味があった。
そして。
「できる根拠があるわけじゃないけど、それでも俺は何度でもピッチに立ちたい。立って、勝ちたい」
……そこまで俺のために言ってくれたやつに、これ以上無様なところを見せるわけには、いかない。
彼女の視界に俺がいようといまいと関係ない。少なくとも俺自身だけは、彼女に勝てるくらい我武者羅に走り続ける。
そうでなくちゃならない。
だから俺はここにそれを宣言しに来た。
「……そう思えた。だから、その、ありが……とう」
最後の礼の言葉は少しだけつっかえる。
言うべきだと思う言葉であっても、彼女に対して自分の素直な言葉をぶつけることそのものな気恥ずかしくて仕方なかった。
「そんなに気恥しいならわざわざ言わなきゃいいのに」
「んだよ、ここで意地になる方がダサいだろ」
「……そうね。あなたってそういう人よね」
不意に、穏やかな笑みでこちらを見つめてくる。
必死になっているこちらの様子を彼女なら笑うだろうと思っていたが、その眼差しにこちらを冷やかすような色はない。
ただこちらをじっと見ている。
「なんだよ。ジロジロ見てくんなよ」
「ああごめんなさい。ちょっと思っただけなの」
「思った、って何を?」
「あなた、やっぱり私と似てるなって」
そう告げて彼女はニヤリと口角を上げた。
いつもであればこちらをからかう時のその悪い笑みは、けれどその時はいやらしさのようなものを感じなかい。
むしろ、俺と似ていると感じたことを楽しんでいるような、喜んでいるような。
「……アホ抜かせ」
「そう? まあ確かに気品とか学力とか人望とかは全然違うけれど」
「はっ倒すぞ?」
「でもあなたは私と同じ、負けず嫌い」
でしょ? と付け加える。
俺を見つめる彼女は気づけば足先が触れそうなほど近くに寄ってきていて、だからこそ彼女の表情がよく見えた。
額はよく見ると汗をかいている。誰もいないこの音楽室でどれほど熱中していたのだろうか。
それもまた、「負けず嫌い」のなせる熱量、なんだろうか。
だとすればそれが、彼女がこんなにも輝いて見える理由なのだろうか。
……呆気に取られてしばらくぼーっと彼女と見つめ合っていたが、ふと我に返りぱっと身を引いた。
それが話しの終わりの合図となった。酒美はふうと一つ息を吐くと譜面台と楽器の方へ戻っていく。
「私、そろそろ練習に戻るけど、聞いてく?」
好きでしょ? と言いたげな自慢げな微笑みの彼女にきっぱりと首を振って応える。
「いや、いい」
俺はそのまま扉の方へ振り返りつつ、もう一言。
「どうせならスタジアムで聞く」
それだけ言って音楽室の扉の方へ向かって歩き出した。教室を出る間際、彼女がくすりと笑っ俺の背中に声を掛ける。
「そう。楽しみにしてるわ」
その時、彼女がどんな顔をしていたのかはわからない。ただその声音はどこか浮ついているように聞こえた。
「お互い頑張りましょう」
言葉は返さない。ただ自分だけが分かるように頷いてから音楽室を後にする。
向けてくれた言葉をただ受け止めて、もう一度歩き出す。
自分を叶えるために。
***
……風が、吹いていた。
秋風は日々冷たさを増しており、いずれ来る冬の訪れがそう遠くないことを感じさせるそんな日に。
俺はフィールドに立っている。
踏みしめる芝生の感触は重くはないが、一歩歩むたびに痺れるほど強い反応があるような気がしてくる。
そう思うのはきっと、今日が全国への権利をかけた県大会の決勝だからなのだろう。
ユニフォームの胸元をぎゅっと握りしめる。サッカー部の明日をかけたこの大一番に俺は今レギュラーメンバーとしてここに立てている。チャンスが与えられているというその事実が何よりも誇らしかった。
普段以上に大きいスタジアムのピッチと観客席を遠く見据えながら大きく呼吸をしていると、部員の一人が緊張した面持ちで話しかけてくる。
「ふおおおおおお……緊張するわあ……ここ勝てば全国……ここ勝てば全国…………」
一目でわかるほど青ざめておりコンディションが心配になるほどの様子だった。
たまらず見てられなくなった俺は彼の背中を軽く叩いてやった。
「意識しすぎるなよ。やることは普通に試合だ」
「いやいやいや流石に無理だって。ここ勝ったらうちの部が全国だぜ? ついに全校応援までついちゃったしよぉ、ベンチに居るだけの俺でも震えるって……」
彼の言葉にあわせてちらと観客席に目を向ければうちの学校の制服を着た生徒がずらりと並んでいる。
全国をかけたこの大一番は全校応援の対象となった。全校応援を観客席側から見たことはあったが、こうして選手側で見るのははじめてだ。
席の前方のほうでは吹奏楽部員の姿も見える。各々応援演奏のための準備を進めているらしく、慌ただしげな様子が目に入る。
そこにはもちろん、彼女もいるのだろう。
一瞥した後興奮した目の前の野郎に視線を戻す。緊張に飲まれそうな背中を今度はさすってやった。
「……ベンチにいるだけなんて言うな。お前も出るかもしれないんだ」
「む、おお……そうだな。ていうか甲信は大丈夫かよ? レギュラーで出るお前のほうがよっぽど緊張するだろ?」
「そうかもな」
「やべえだろ。緊張がさあ、ほら、あ、ストレッチ先やっとくか?」
「でもいいが……」
動いていないと落ち着かない様子のこいつを揉んでやっても良かったが、その前に一つやっておきたいことがある。
ちらりと時計を確認し余力があることを確認した俺は入場口の方へ戻るように歩き出した。
「え、おい、どこ行くんだ?」
「気持ちを作ってくる。すぐ戻る」
そしてスタジアムの廊下に出ると、目的の相手を探して歩き出す。
彼女がどこにいるか知っているわけではなかった。それでも不思議とこうして出歩けばどこかで彼女に出会えるだろうという確信があった。
――そして、フロアが吹き抜けになっている廊下を歩いていると、手すりにもたれかかりながら優雅に佇んでいる彼女の姿が目に入った。
ただそこにいるだけで目についてしまうほど、美しい立ち姿だった。
「酒美」
「あら」
歩み寄りながら声をかけると彼女は――酒美アリアは、いつもの柔らかな微笑みを浮かべ答えた。
「よくわかったわね、私がここにいるって」
「なんか演奏前一人になりたがるって聞いたからな」
「さすが私のファンね」
「誰がだよ」
こういう時が来たら言っておきたいことがあったので予め吹奏楽部員に聞いておいた。どうも彼女は演奏前一人の時間を過ごしたがるらしいと教えられていたので、わざわざこんな何もない廊下に探しに来たというわけだ。
もっとも彼女はわざわざ探しに来た俺を揶揄いたくて仕方ないようだけれども。
ひとしきりケラケラ笑った後、ところでと酒美が訪ねてくる。
「スターティングメンバーが試合前にこんなところにいていいの?」
「問題ない。試合前の気分転換だ」
「私と話すことが? むしろドキドキして震えちゃわないかしら」
「傲慢姫野郎が」
「あら、プリンセスに見える?」
「都合のいいところだけ聞き取るな」
ご機嫌で饒舌な彼女の言動に呆れつつも、こんなどうでもいい会話のおかげで少し固くなっていた自分の身体から緊張が抜けていくのを感じた。
そういう意味では彼女は案外勝利のウンタラみたいなものなのかもしれないな。絶対に本人には言ってやらないが。
酒美は一通り笑った後、不意に落ち着いた様子で姿勢を正す。
「……今日は観客席で私も演奏してあげる」
改めて襟を正すようにそう宣言した。
今日の全校応援には吹奏楽部の演奏がある。それは当然、彼女もその中で奏でるということだ。
いつだかの約束が叶う日が来た。
「楽しみにしてた」
思った言葉をそのまま伝えると酒美は少し虚を突かれたように驚いた。
「……珍しく素直ね」
「待ってたからな。この時が来るの」
「へえ、やっぱり私の演奏がモチベーションだったんだ」
「まあな」
問いかけに肯定を返すと、それがまた彼女にとって意外だったようで珍しく気まずそうに視線を逸らした。
「……妙に素直ね」
ぼそりとつぶやいた言葉が聞こえてくる。
確かにいつも彼女の言葉に抗ってきた俺らしくない発言だったかもしれない。自分のことながらおかしくてつい笑みがこぼれた。
ただ、まあ。そうはいっても事実ではあるのだ。
俺が今日ここに立てている理由。
好きなサッカーでこれ以上誰にも負けていられないという意地が、半分。
もう半分は――。
「……今日のあなたは勝てそう?」
俺の瞳をじっと見つめて、酒美が真剣な表情で問いかける。
そこには揶揄いも好奇心もない。ただ真っすぐ問われている。今日の俺は、俺に自信を持てているのかと。
だから俺はふっと口角を上げて自信満々にうなずいた。
「勝つさ、絶対。だから見ててくれ」
そして、力強くそう断言する。
俺の言葉を咀嚼するようにうなずいた酒美は、いつものように自信たっぷりに笑みを浮かべる。
「……私にそこまで言ったなら、負けるなんて許さないわよ?」
「任せろ」
迷いない俺の返答に彼女も満足したようで、晴れやかな表情のままそっと手すりから身を離して彼女は歩き出す。
「じゃあ、頑張りなさい。信じてるから」
控えめな応援の言葉の後歩き出す彼女の背中をじっと見つめる。
すらりと伸びた背筋の姿は、威風堂々たる彼女の生き方がそのまま表れたような歩き方。
迷いのないその在り方は、どこか美しくも思える。
「……酒美」
「ん?」
だから思わず声をかけてしまった。
……言いたいことがあったわけじゃない。
ただその時の俺は、遠ざかっていく彼女の後姿を見て「何か」を感じた。その感情はひどく曖昧でぼやけていて正体なんてちっともわからなかった。
でも、確かに感じた。
――今日俺がここに立てている理由の、もう半分。
それは、ひどく単純で、欲張りで、単純な、そんな理由。
……憧れたやつに、今度はかっこいいところを見せてやりたい、ダサいままではいられないという、そんなどうしようもない理由。
「どうかした?」
「……いや」
何も言わない俺を、彼女は不思議そうに見つめる。
そんな視線すらどこかむず痒かった。
「……俺だけ、見てろよ」
……いうべき言葉が見つからず、思っていることからどうにか言葉を絞り出してみたものの、出てきたものはどこか変なニュアンスになってしまっていて。俺の言葉を聞いた酒美はニヤリと意地の悪さを隠すことなく笑う。
「あら」
これからさぞいやらしいあれこれを聞かされることになるのだろうと予感した俺は、たまらず大きな息を吐いたのだった。
***
……この時、形にならなかった俺の気持ち。
その正体に気がついたのは、この試合のずっとずっと後のこと。
***
「あら、ねえみて甲信」
不意に彼女にそう声をかけられて、俺は本棚を整理していた手を止めた。
声の主を探してみると、彼女は押し入れの前で片っ端からモノを広げている中で数枚の写真を眺めていた。
彼女は俺が近づいてきたことに気がつくとこちらに手招きをする。俺は一つため息を吐いてその隣に座った。
「……なんだよ、アリア」
「これ、甲信が全国行ったときの写真でしょ? どこかいっちゃったと思ったらこんなところにあったのね」
「おい、失くしてたのか?」
「ええ、この前整理したときにふらっと消えちゃってね」
「……アリアって意外とこういうところ雑だよな」
「あなたが細かいのよ」
責任転嫁発言にまたため息が漏れた。
暮らし始めてからわかったことの一つに、彼女は情熱を燃やすこと以外には案外雑なところがあるというものがある。
物の整理が苦手なのもその一つだ。
今も年の瀬の大掃除の途中だというのに思い出の写真を見つけてこうして過去に思いを馳せるのにハマってしまっているらしい。
片付かない人の典型例だ。
「懐かしいわね。まだこの時の甲信は肌も健康的で可愛かったのに」
「今が残念みたいに言うなよ」
「人は老いに勝てないものね……」
「おい」
そりゃ学生の時よりは色々劣化はしているだろうが。
「そもそもアリアも同じだけ老いてるだろ」
「でもほら、私はまだ綺麗でしょ?」
得意気に微笑んでいつからかショートになった自身の髪を彼女は軽く撫でた。
自信満々に言われるのはちょっと癪だが、まあ実際酒美アリアという女性は今も昔も変わらず人の目を引く人のままだ。
それは持って生まれたものももちろんあるが、何よりそれを保とうとする努力あってのものということも、俺はよく知っている。
「……別に、まだなんて言わなくてもずっとそうだろ?」
だからそれは素直に認める。実際好きだし。
いつの間にか照れくささを感じることもなくなった俺からの褒め言葉を、それでも彼女は初めて聞いた言葉のように満面の笑みで受け止める。
「ありがとう」
柔らかく穏やかな微笑みはとても綺麗で、俺はまた見惚れてしまう。
……今思い返してみれば俺は最初からそうだったのだろう。
彼女が持っている、彼女の積み上げてきた全てが眩しかった。強気な態度の向こうに見える気高い精神に憧れた。美しさも強さも優しさも、なんならちょっと意地の悪いところにだって、俺はすっかり夢中になっていた。
だからこそ、彼女の噂ばかり耳を傾けてしまったのだろうし、ああやって突っかかっていってしまったのだろう。
憧れているからこそ、憧れだけでは終わらせられなかったから。だから我武者羅に追いかけたのだ。
隣に立てる自分になれるように。
「あら、もうこんな時間」
アリアの言葉でぱっと壁掛けの時計に目をやると、夕暮れ時のいい時間になっていた。晩ご飯の用意を始めるのだろうアリアは俺に残りの片付けを(適当に)引き継ぐと、そのまま台所へ向かう。
「何にするー?」
去り際にそう聞かれたので思案する。
「オムライス」
「毎回具体案を出してくれてありがとう」
素直に食べたい好物を口にすると彼女は上機嫌にキッチンに入っていった。片付けは苦手でも、料理はどこに出しても恥ずかしくない一流の腕前なのだ。
鼻歌交じりに調理に励む彼女を横目に大掃除を再開する。そこで先ほどの写真が目に入った。
全国の舞台へと真剣な表情で試合に臨む過去の自分を見ていると、あの時の気持ちが蘇ってくる。
そしてその度に、あの頃の彼女の姿を思い出す。
『――あなたの好きなものに嘘はつかないところ、好きよ?』
『変なこと言うのね。凹んでいる人を励ますなんて当たり前のことでしょ』
『じゃあ、頑張りなさい。信じてるから』
「……アリアー」
「何ー?」
与えてもらったものは大きくて、かけがえのないものばかり。
だから俺はこれまでも、これからも、何度でもこの思いを伝えていく。
「愛してる」
「……私もよ」
──ここまで連れてきてくれた彼女への、感謝と愛情を、何度でも。
読了いただきありがとうございました!