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勇者の最愛  作者: 柊冬希
7/8

○ 6.大嫌いな人


「ユルバン!」

 ジュストが大きな音を立てて戸を開けると、従兄が椅子に座っていた。ドアベルがけたたましく鳴る。

「……まだ開店前なんだがなあ」

 苦笑しているが、鍵は開いていた。従兄は自分が来ることを予想していたのだ。

「何の用だ?」

 ……わかっているくせに、どうして尋ねる。

「あの孤児を雇ったと聞いた。本当か?」

 エプラには六年程前から孤児が住み着いている。町民はよそ者を嫌う傾向が強く、その孤児も町の外から来たので嫌われていた。従兄は、その最たるものであったはずだ。ジュストも町長という立場にありながら、外の人間には嫌悪感がある。

 なのに、一体どうして。

 ___ユルバンが自分の店で孤児を雇い始めた。

 噂を聞きつけ、ジュストは急いで従兄が営む青果店へやって来た。

「本当だよ」

 従兄は静かに首肯する。

「どういう風の吹き回しだ。ずっと嫌っていただろう」

 ジュストが尋ねると、従兄は穏やかな笑みを浮かべた。

 なんだ、その、

 __自分だけわかったような表情(かお)は。

 ジュストは心の奥に、昔抱いていた感情が二十年ぶりに思い起こされているのを感じた。


**


 ジュストは生まれたときから従兄のユルバンが大嫌いだった。

 世には年下が可愛がられるという謎の法則があるらしい。だが、祖父に可愛がられるのはいつもユルバンだった。

 思い違いでなければ、父もジュストよりユルバンを構っていた。

「ユルバンには両親がいないから、おじいちゃんがユルバンの親代わりなんだ」

 父にはそう諭されたが、簡単に納得できるものではない。自分だって、可愛がられたかった。

「なんでお前ばかりじいちゃんや父さんに可愛がられるんだ!」

 ユルバンに直接文句を言ったこともある。彼はいつも、悲しそうに微笑むだけだ。

 その自分だけわかっているような顔が、ジュストを余計惨めにさせた。


 ユルバンが二十歳、ジュストが十八歳のとき、祖父が亡くなった。最期、大嫌いな従兄の名を呼びながら抱きしめていた。ジュストのことは、名を呼んだだけであったのに。

 こんなときまで、ユルバンばかり。ジュストは唇を噛んだ。

「ユルバン」

 ジュストが呼びかけると、祖父の身体に覆い被さっていたユルバンがゆっくりと振り向いた。泣いてはいなかった。

「お前、悲しくないのか」

 尋ねると、悲しい、と小さく返ってきた。

 ならばなぜ泣かない。

 身内が死んだら、泣くものではないのか。自分の頬には涙が伝っている。自分よりも可愛がられていたお前が、なぜ泣かない。

「泣けねえよ」

 その声は、何かを我慢しているみたいで。

 ジュストの方が余計に泣きたくなった。

「ユルバン、お前は兄さんと義姉さんが死んだ理由を知りたがっていたな」

 父が徐に口を開いた。

 そういえば、ユルバンが祖父や父に「どうして父さんと母さんは死んだの」と尋ねるのを見かけたことがある。祖父は「二度と訊くな」と吐き捨て、父は「すまん」と言って逃げていた。このときばかりはユルバンに対し、ザマァ見やがれと思ったものである。

「ああ、誰も教えちゃあくんなかったからな」

「教えてやる」

 父が始めた話を聞いて、ジュストは吐きそうになった。ユルバンは唇を噛み締めて、静かに涙を流していた。ユルバンが泣いているところを初めて見た。

 誰も、ユルバンを構うはずだ。(むご)いやり方で両親を殺された少年を、可哀想がっていたのだ。

 祖父に口止めされていたのだと説明した父は、ジュストを連れてその場を去った。

 直後、ユルバンの泣き叫ぶ声が辺りに響いた。長い長い、獣の咆哮のような、哀しい声だった。

「父さん」

 横を歩く父の背中に呼びかけると、父は何も言うなと言わんばかりにジュストの頭を撫でた。

 父に頭を撫でられるのは自分だけだったと、今更ながらに思い出す。

「……可哀想だからではないぞ」

 父が溢した言葉を理解したのは、数日後ユルバンと話したときだ。


「どうしてじいちゃんはお前ばかりに構っていたんだ」

 子供の頃にぶつけた問いを、もう一度ぶつけてみた。

 ユルバンはまた、悲しげに笑った。

「そりゃ、じいちゃんは俺の親代わりだったからじゃねえかな。じいちゃんと俺は父と子で、じいちゃんとジュストは祖父と孫だったからじゃねえの」

 それは、ジュストの胸にストンと入ってきた。

 自分の子供への態度と孫への態度。違うのは当然じゃないか。

 父に関してもそうだ。自分は子供で、ユルバンは甥で。

 自分への接し方とユルバンへのそれが違うから、それがジュストには特別に見えた。

 それだけだった。

 ユルバンが可哀想だからではない。

 そもそも、“可哀想”とは一体何なのだろう。それについての答えは、二十年経った今でもわからない。

「……ごめん」

「何がだ?」

 ユルバンを嫌いだという感情は、もう小さくなっていた。

 小さくなったはずだった。


**


「俺はルークを雇うことにした。それだけだ」

 孤児の名はルーク()というのか。

 いや、そんなことはどうだっていい。

「だからっ、なんで急に……っ!」

 あれだけ孤児を嫌っていたはずのユルバンが、なぜ雇うことにしたのだ。

 ジュストが気になるのはその一点。

 だが、ユルバンは穏やかな笑みを浮かべるだけ。

 その顔を見ると“嫌い”という感情を思い出す。

 どうして、何も話してくれない。話してくれないことが歯痒い。いつも自分ばかりがわかったような顔をして。


 __ああ、そうか。自分がなぜここまでユルバンを嫌うのか、ジュストは今更ながらに理解した。

 祖父に自分よりも可愛がられていたからだけではない。

 ユルバンは何も話してくれないから。

 自分は何も知らないから。

 だから、嫌になる。

 これまでも、今回も。

 話してほしい。

 一人で納得しないで。一人で抱えないで。

 独りで泣かないで。

 ジュストは、彼は、


 からん……。

 ジュストの後ろで、静かにドアベルが音を立てた。

「よぉ、ルーク」

 ユルバンが体を傾ける。ジュストもゆっくりと振り向いた。

 戸口には、鮮やかな金色の髪と瞳を持った美しい少年がいた。

「えっと……こんにちは?」

 ユルバンとジュストを交互に見て、こてんと首を傾げている。その喉からは声変わり前の少年特有の、高くて可愛らしい声が紡ぎ出される。

「ルーク。上で準備して、ちょっと待ってろ」

「わかった」

 少年が横を通り過ぎ、奥の階段を登っていく。

 その金色が、眩しい。ジュストは目を細めた。

「……まさか、彼が?」

 思わず溢れた言葉に、ユルバンがゆるりと頷く。

 信じられない。

 あの孤児は、もっと汚れていた。もっと痩せこけていた。孤児の瞳はいつも虚ろで、少し仄暗さを纏っていた。

『こんにちは?』

 __人を、あんな純粋な瞳で見る子ではなかった。

「ああ、あいつがルークだ」

「……………………見違えたな」

 言えるのはそれだけだ。

 ジュストはユルバンの顔を見つめ、ユルバンは目線を少し下げ、何も言わなかった。

「ユルバンおじさん、まだー?」

 階上から、少年の声が聞こえてくる。

「もうちょいだ!」

「わかったー」

「………“ユルバンおじさん”……!?」

 従兄が想定外の呼ばれ方をしていた。

「お前のことだから、“店主”とでも呼ばせているのかと思っていた」

 言葉遣いがぞんざいに見えて、実は割と線引きをしっかりとしているユルバンである。

「いや、就業時間中はそうなんだがな。俺が親戚とかの子供から“おじさん”って呼ばれるのに憧れてたんだよ」

 ジュストの子供達はユルバンに懐いているが、“ユルバン”と名前で呼んでいたように思う。町の子供らも、よくて“ユルバンさん”、悪ガキだと“おっちゃん”“オヤジ”などと呼ばれている。

 それらを笑って受け入れていたが、そうか。“おじさん”呼びに憧れていたのか。

 ……初耳である。

 成人して二十年、生まれた時からなら四十年前後一緒にいるのに、全く知らなかった。

 ジュストは小さく溜息を吐く。……これだから、


 ユルバンは何も話してくれない。

 ジュストは彼について多くのことを知らない。従兄弟なのに。

 そんなところが嫌いだ。

 もっと話してほしい。

 頼ってほしい。

 ジュストは、自分が思うよりもずっとユルバンが嫌いで、それ以上に、



 _____愛している。




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