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勇者の最愛  作者: 柊冬希
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4.ここで、はたらかせてください


 ルークは体調が良くなり、寝台から起き上がれるようになった頃。

 リュミエルが手をぱんっと合わせて言い放った。

「もうちょっとしたら働けるようになるわね!」


**


「いーやーだー!」

「仕方がないでしょう。奪わないなら買うしかない。買うにはお金が必要。お金は稼がなければならない。私の言うことを信じるのではなかったの?」

「リュミエルが言うことは信じてるけど、でもやだ!」

 ジタバタと暴れて逃げ出そうとするルークの腕を、リュミエルは掴んで放すまいとする。その細く柔い手にはどれほどの力があるのだろうか。

 朝早く、エプラ唯一の青果店の前まで来ていた。前に、ルークが働くことを拒否された店だ。

「働き手を探しているお店がここしかないのよ」

「前に『お前なんか働かせるか』つった奴だぞ、どうせ頼んだって雇ってなんかくんねえさ!俺だってこんなとこで働きたくないよ!」

 鮮明に思い出す。

『お前のようなガキ、置いてやってるだけ感謝してほしいもんなんだがな』

 たしかにそう言われた。

 ルークは、以前のリュミエルに拾われる前とは違う。涙を流せるようになった。屋根のあるところに住んでいる。毒草なんてもう食べていないし、人から奪ってもいない。リュミエルが作ってくれたご飯を食べている。服もリュミエルが縫ってくれた綺麗なものを着ている。

 お前のような。そう言われることは、ないのかもしれない。

 以前は以前、今は今。でも、なかなか割り切れない。

 ここ数日、似たようなやり取りを繰り返している。働け。いやだ。その繰り返しである。

 昨日まではリュミエルの方が折れてくれていたのに、今日は違うのか。無理矢理家から引っ張ってこられた。

 リュミエルが困ったように眉根を寄せる。ルークの腕を掴む力が、ふっと弱くなった。

 その瞬間ルークは逃げようとした。だが、ぎっと戸が開く音がして、ピタッと止まった。

「おい、店の前で騒ぐんじゃねえ」

 店主が中から出てきた。

 ルークの体が強張った。

『お前のようなガキ、置いてやってるだけ感謝してほしいもんなんだがな』

 その言葉が、頭の中でこだまする。

 ルークはリュミエルの後ろに隠れた。

「おはようございます、ユルバンさん」

「エルの嬢ちゃんか、どうしたんだ開店前に」

 “エル”って誰のことだろう、と疑問に思ったが、すぐにリュミエルのことだとわかった。

 店主の名はユルバンというらしい。

 そして、ユルバンとリュミエルは知り合いだったようだ。

「少し、頼みたいことがありまして」

「なんだ、言ってみろ」

 ルークの手が、そっと引かれる。

 大丈夫だから。耳元で囁かれた。

 体の強張りが、少し緩んだ。

「この子を、雇ってくださいませんか」

 ユルバンは、ルークをじろりと見た。

「……誰だ、このガキ」

 ルークは息を呑む。

『お前のようなガキ』

 再び体が強張った。

「ルークです。……以前あなたたちが嫌っていた、孤児の少年です」

 リュミエルが答えると、ひゅっという声が聞こえた。今度はユルバンが息を呑んだようだった。

「こいつがか!?」

 ルークたちの間に、沈黙が訪れた。

 どっちでもいいから、何か言ってくれ。ルークは切に願った。

 最初に沈黙を破ったのは、ユルバンだった。

「……お前の髪、そんなにきれいな金髪だったんだな」

 汚れてたから気づかんかった、と言った。

 ルークは何も言わずに頷いた。

「お前、今はちゃんと眠れてんのか」

「毒草、食べてねえよな」

「そういう服着たら、それなりに見えんのな」

「もう、人のもん奪わねえよな」

 すべてに頷いた。

 最後の問いに、そういえばルークが集めた薬草をユルバンが横取りしたことはないな、と思い出した。

 __ここがいい。

 働かなければならないのなら。働くのなら。

 お前のようなガキ。そう言われたのは忘れられないが、自分から奪って行かなかった人のところがいい。

 リュミエルの方を見ると、微笑んで“どうぞ”とでも言うように首を動かした。

 ルークは、意を決して口を開いた。

「み、店のもん盗ったりしてごめん。食べ物とか、奪ってごめんなさい。あんたは俺のもん()ったりなんかしなかったのに、」

 声が震えた。

 ユルバンの反応が気になるが、目を向けられなかった。

「町の奴らは、みんな俺のもん奪うんだって思って、それで何回も奪って」

 ぐっと頭を下げる。

「ほんとうに、ごめんなさい。__ここで、はたらかせてください」

 おねがいします、と頭をさらに下げた。

「お願いします、ユルバンさん」

 隣で、リュミエルも頭を下げてくれていた。

「……頭を、上げてくれねえか」

 その言葉に、ルークはそろそろと上半身を起こす。

「ルーク、だったか」

 ルークは目を見開いた。

 名を、呼んでくれた。

「お前今、幸せか?」

 質問の意図がわからない。だが、これだけは自信をもって言える。

「うん。リュミエルが俺を拾ってくれたから」

 一呼吸おいて、そうか、と返ってきた。

「雇ってやるよ、俺の店で」

 明日から来い。それだけ残してユルバンは店の中に戻って行った。

 一度振り返って何かを呟いていたけれど、それはルークには届かなかった。




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