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勇者の最愛  作者: 柊冬希
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3.あなたを信じたい


 ルークの体調は、なかなか良くならなかった。それまで不健康極まりない生活を送っていたのだから仕方がない。

 ルークは怪我をして蹲っても体調を崩したことはほとんどなかった。

 もしかしたら、安心して一気に体の力が抜けたのかもしれない。

「こんなの初めてだ」

 腹一杯に食べることも。清潔な服を着ることも。屋根の下で雨風に晒されることなく眠ることも。名前を得て、それで呼ばれることも。誰かと穏やかに喋ることも。優しくされることも。甘えることも。__誰かを信じたいと思うことも。

 何もかもが初めてで、怖いくらいだ。


**


 当初ルークはリュミエルにごはんを少しずつ食べさせてもらっていたが、数日もすると自分でお椀一杯分を食べられるようになった。

「なあ、リュミエル」

「なあに?」

「これ、誰から()ったの?」

「と……!?」

 お椀もスプーンも新しいものだ。店から盗んだのか、それとも誰かが新しくしたのを奪ったのだろうか。それに、リュミエルはスープを作って出してくれるが、材料はどうしているのだろう。

「私が買ったっていう考えにならないのがルークよね」

「金持ってたの?」

 だって、働いているところなんか見たことがない。世話をしてもらっている立場で何を言っているのかという話にはなるが、リュミエルは一日中家にいて、ぶっちゃけ暇そうである。ルークの枕元で本を読んでいたり、編み物や裁縫をしていたりする。

「失礼ね。手仕事をして作品を売って稼いでるのよ」

「てしごとって何?」

「手先を使う……まあ、裁縫とかのことよ」

 なんと暇つぶしのようにやっていたのは仕事だったらしい。なんでもリュミエルの作品は主に髪飾りなどで、女性たちに人気の商品なのだとか。

「すげえな」

「ふふ、ありがとう」

 口元に手を当てて微笑むリュミエルに、心臓が跳ねた。なんだ、今の。

 それより、とリュミエルは顔を引き締めた。

「あなたには教えなければならないことがたくさんあるみたいだわ」

 ……また心臓が跳ねた。さっきのとは違う感じだ。リュミエルの声が低くて怖い。

「なにを?」

「まず、食べ物に限らず人のものは奪ってはいけないわ」

「はあ!?そんなん死んじまうよ!」

 奪わずに、どうやって食べ物を手に入れろと言うのだ。ルークを雇ってくれる人はいないのに。

「あなたが奪うことで食べられなくなる人もいるかもしれないでしょう」

「『かも』だろ。町の奴らはみんな俺が奪っても食べれてるじゃんか」

「あなただって奪われたくないでしょう」

 たしかに、奪われたら困る。

 でも、仕方がないじゃないか。

 どうして自分ばかり責められる。

「じゃあ、俺が全部悪かったってえのかよ」

 向こうも、ルークのものを奪ったのだ。

「それは違うわね、あなたはいい子だわ」

「なんだよ、それ」

 『いい子』なんて、初めて言われた。

「人のものを奪うことは褒められることではないけれど、そうしなければあなたは生きてこられなかったのも事実でしょう。そういうふうにあなたを生きさせてしまった大人の責任よ」

 __奪って詰られることはあっても、奪うことがいけないことだと誰も教えてくれなかった。金を稼いで買え、と言いながら雇ってくれるわけでもなく、分け与えてくれるでもなかった。何より、ルークが全て悪いわけではないと言う人はいなかった。

「………なんで、そういうこと言ってくれんの?俺のこと『いいこ』だって信じてんの?」

 鼻がツンとする。

「信じたいからよ。あなたを信じたいから信じるの」

「なんだよそれぇ」

 涙が溢れた。ぼろぼろと止め処なく流れる涙を、リュミエルがそっと拭ってくれる。

 疑われたことしかなかった。人のもの奪うやつの言うことなんか信じられるか、と本当のことを言っても信じてくれなかった。そのくせにお前のせいだと言われた。

 リュミエルは町の人々とどこか違う。

「これから全部、私がルークに教えるわ。あなたを奪わず奪われずに生きさせるから」

 このひとなら。リュミエルなら。

 信じたい、と思った。

「…………信じていい?リュミエルのこと」

 声が震える。鼻水が垂れてきそうで、慌てて鼻を押さえた。

「信じて、ルーク。私を信じて」

 リュミエルはそっと、ルークを抱きしめた。

 ルークは声をあげて泣き始めた。

 見つけるのが遅くなってしまってごめんなさい。耳元で囁かれた言葉の意味はよくわからなかった。

 ルークが知らない人はいても、ルークを知らない人はエプラにはいない。『見つける』という言葉が引っかかったが、リュミエルが真剣な瞳で見つめていることに気づき、どうでもよくなった。




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