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勇者の最愛  作者: 柊冬希
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1.孤児の少年


 少年は孤児だ。

 記憶は朧気ではあるが、四歳の誕生日、ここエプラの町に母親に連れられて来た。

 いい子にしてね。それだけ残して母は町を去った。二度と戻っては来なかった。

 町の人々はとても迷惑に思っただろう。なんせエプラはとても小さな町で、孤児院というものはない。どうして孤児院もないのに子供を捨てていくんだ、と少年に文句を言ってきたのだから。

 たぶん、ずっといらない子だったのだ。だって名前をつけられなかった。母親は少年を「お前」としか呼ばなかった。少年が少しでも泣けば、鬱陶しそうに顔を歪める。なんでアタシこんな子産んだんだろ、何度もそう呟いていたのを聞いた。

 自分は母親にはいらない。それがわかっていたからか、まったく悲しくはなかった。

 母親に捨てられたというのに泣きもしない子供だと、町の人々には不気味なものを見るような目で見られた。

 不気味な捨て子に手を差し伸べるような人は、エプラにはいなかった。

 少年は町の隅や家々の裏などを寝床とし、そこらへんに生えている草や、ときには町の人々から奪って、食べられそうなものはなんでも食べた。毒草を引き当てた際は腹を下したが、おかげで常人には食べられないようなものでも食べられるようになった。四歳という物事の道理もわからぬ年齢(とし)であっても、生きることには必死だった。

 働かせてくれ、と懇願しても、ボロ雑巾のような服を着た少年を雇おうとする人はいなかった。

「お前のようなガキ、置いてやってるだけ感謝してほしいもんなんだがな」

 青果店の店主はそう言い捨てた。

 『お前のような』それは何を指すのか。孤児。母親に捨てられたのに泣かない子供。外の汚い場所で寝ていること。草であればたとえ毒草であろうとも飢えを凌ぐために食べること。人の食べ物を奪うこと。汚いぼろぼろの服(むしろ布?)を着ていること。たぶん、すべてだ。少年を取り巻くすべてを指している。

 でも、それらは少年にはどうしようもない。少年が孤児なのは母親が捨てたからで、それも少年が捨てられたかったわけではない。屋根もない場所で寝ているのは、誰も家には上げてくれず、少年が建物の近くに寄ることさえよしとしないからだし、それで何度風邪を引いただろうか。毒があるかどうかなんて、見分けがつかないから仕方がない。人の食べ物を奪うなとは言うけれど、お金を持っていない少年は買うことはできないし、お金を稼ごうにも誰も雇ってくれない。服がぼろぼろなのも、買うお金がないのだから。


 少年の生活は、少年が十歳になってもあまり変わらなかった。

 満足に食べられていない、雨風を凌げる場所がない少年の体は、同年代の他の子供達に比べてとても小さい。しかし、服は四歳の頃のもののままではさすがに小さくなり過ぎていたので、ゴミ捨て場を漁って着られそうなものを探した。

「あの服ゴミからとったんだぜぇ」

 ガキ大将が少年を指さして笑い、それに周囲の男の子達が同調する。

「きったねえなー」

「一生ボロゾーキンでも着てろよ」

 女の子は何も言わないが、少年を見てクスクスと笑っている。目は完全に汚物を見るためのものだ。

「なら、俺の素っ裸さらしても文句言うなよ」

 少年がそう返すと、男の子達は何も言わなくなった。女の子達も、少年を見てもクスクス笑いはしなくなった。実際に裸を晒すことはしないが、ときどき脅すくらいはいいかな、と少年は考えた。

 大人は子供達を注意したりしない。迷惑をかけているのは少年の方であり、子供達に指さして笑われるのは甘んじて受け入れるべきだと考えているからだ。

 というか、大人の方がひどい。

 慈悲だとかなんとか言って、毒草をも喰らう少年でも食べるのを躊躇うほど腐った草を投げつけてきたり、少年が苦労して集めた安全に食べられる薬草たちを、しれっと自分のものにしたりする。お前だって人の食いもん奪ってんだからいいだろ、とは言うが、それは少年には食べ物がないからだ。町の人々は少年とは比べ物にならないほど十分に食べ物を持っている。

 そして、大人は暴力という手段を知っている。食べ物を奪うのに失敗して蹴りを喰らったときなんか、痛くてたまらない。子供相手に手加減しているのかもしれないが(おそらくそんなことはない)、痛いものは痛い。子供達にも暴力を振るわれることはあるが、力が弱いので大人と比べるとそこまで痛くない。

 町の人々は、少年に優しくなかった。




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