ウォール・エルサの再建 〜進撃の除雪車〜
これは幕田が雪国である新潟県上越市に住んでいた頃に、雪かきに追われる悲しき日々をなんとか盛り上げようと、物語っぽく書き綴ったエッセイです。
雪国の朝は早い。
豪雪の朝特有の、窓の外の異様な静けさに溜息を吐いて、私は布団から這い出す。
子供であれば『雪だるま作ろー』などと歌い出していたであろうが、生憎会社員にそんな余裕はない。
時は早朝6時。
場所は会社事務所の駐車場。
2時間後の現場出発に備え、私は目の前に立ちはだかるこの壁を打ち砕かねばならない。
高さ約100センチ、厚み約70センチ。歩道の縁石に沿って鎮座するこの雪の壁は、除雪車が排出し押し固めた氷の塊によって構築されている。
我が相棒の社用車ADバン(4WD)の進路を確保するため、私の孤独な戦いが始まった。
手始めに、膝まで積もった駐車場の雪を押し分けること1時間。満身創痍ながらもやっとの思いで公道の側までたどり着いた私は、目の前で冷笑を浮かべるこの憎き壁を睨みつけた。
ここからが本番だ。
この壁を打ち砕き、進むべき道を切り開かなければ、この地から無事に旅立つ事は出来ない。
逃げ出したい気持ちを理性で押さえ込む。
やらねば、ならないのだ。
スノーダンプを持ち上げ、振り下ろし、壁に切れ込みを入れていく。鉄と氷の粒が軽快な声を上げるが、今の私にとっては不快以外の何者でもない。
壁を30センチ程の長さに切り分けると、次にスノーダンプを地面に置き、本来の使用法で雪の運搬を試みる。ダンプの刃を壁の立ち上がりに深々と突き刺し、雪を引き出した。
重たい、なんて重たい雪の塊なんだ。
取っ手を握る両腕がプルプルと震える。
水分の少ない軽い雪であれば、このまま雪上を滑らせて運べるのだが、この地に降り積もる湿った雪は、地面に腰を据えた大岩のように動く事を拒んでいる。
ダンプ押す両足の関節が軋みを上げる。
ただ、ひたすらに、辛い。
やっとの思いで塊の1つを、隣接する用水路に廃棄した。後を振り返ると、まだ大して変化の見られない雪の壁がそこにあった。
あと何回この作業を繰り返せば、相棒の進路を確保することが出来るのだろうか。
スノーダンプダンプの上に、巨大な雪の塊と、多大な絶望を乗せて、私は地獄の往復運動を繰り返す。予定時間に滞りなくこの地を発つという、ささやかな願いを胸に秘めてーー
そして迎えた出発の時。
事務所で書類の準備をしていると、外から不吉な地響きが聞こえた。超大型の巨人が地ならしをしているような、心を押し潰すような不安感。
まさか、と私は急いで外に出る。
考えたくない、しかし避けて通れない現実がそこにはあった。
再び作られた雪の壁。
暗澹とした空の下、除雪車の登場によって再び雪が路肩に押し固められ、魔の壁はいとも容易く再建されたのである
私はただ、その無慈悲の塊を、死んだように虚な目で眺める他なかった。
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努力が実るとは限らない。
そんな、雪国あるある。
雪は美しく、楽しい。
でも大変。