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第1話

 万物が静止する灰色の世界に突如現れた眩い光。

 朝日を浴びるトパーズのような煌めきをまとった存在。

 エリザベスは突然の事態に息を呑んだまま唖然とする他なかった…。


 光の中心で怪訝な表情を浮かべる老人は視線を右から左へ流す。

 一瞬瞼を閉じ、視線をエリザベスにひたっと向ける。


 「世界の静止をうけて飛んできたけど、どういうことかしら」


 怪訝な顔でギロチンを眺める。

 現状に困惑しているようだが、エリザベスにとっても不可解な状況だ。


 「あなたが術者なのは間違いないけど、まさか死刑台とは……」


 エリザベスの眼前に立ち、まじまじと観察してくる。


 「あ……あの……あなたは…?」


 困惑しつつも質問を向けた。


 「私は時の精霊と契約を結んだ魔法使い。あなたの発動した時魔法によって世界が崩壊しないよう飛んできたけど……無自覚なようね。時魔法が使えない人と会話できるわけないし、あなたが術者なのは間違いないのだけど」


 一体何を言っているのだろうか。

 エリザベスは彼女が言っていることのほとんどが理解できない。


 『……思考するのも結構ですが、急いでください』


 どこからともなく、声がした。

 先ほどまで語っていた謎の魔法使いとは別の声。

 佇む魔法使いの体が僅かに光り出した。

 だんだんと光が人の体を形造り、褐色肌の女性が登場する。


 「そうね。クロノス、この静止世界をなんとかしないとね」


 その名を聞いて戦慄が走る。

 御伽噺の世界にしかいないものだと思っていた時の精霊。

 驚愕しつつも、今の異常な環境によって、その存在が眼前にいるという事態を受け入れるしかなかった。


 「まずはあなたの拘束を解かないといけないわね」


 老魔が杖を構えた。杖の先から琥珀色の光が発射され、処刑器具が破壊される。

 エリザベスは両手と首の拘束が解かれたことで、よろよろと立ち上がった。


 「あ…ありがとう…」


 足をすすめようとしたところで違和感を覚えた。まるで自分の体ではないような違和感。

 小さな木片に躓き、咄嗟に片手を地面にあて、体を支える。目に映る自分の手に刻まれる夥しい皺に絶句した。


 「……ッ!?」


 驚きのあまり両手を頬にあてた。

 顔にも皺が刻まれている。

 まるで老人のように。


 「世界に影響を与える時間魔法の代償よ。このままでは寿命が尽きるわ」

 「で……でもどうすれば…」


 エリザベスは焦った。

 人生で魔法がまともに発動したことなどない。

 今の現象だってなぜ起きているのかわからない。

 止めれるものなら止めたいが、やり方がわからないのだ。


 「ついてきて」


 老魔が掌をむけてきた。

 エリザベスは無心にその手を握る。

 ごくりと唾を飲む音が大きく聞こえた。


 彼女が再び杖を構えると光に包まれ、景色が揺らめいていく。

 王都の景色が一転し、いつの間にか静かな森の中にある湖畔になった。


 「ここならもう大丈夫よ。あなたの魔力に干渉するけど、怖がらなくていいわ」


 彼女の掌から体内に湯が侵入してくるような感覚。

 不思議と嫌ではなく、むしろ心地よかった。


 全身を琥珀色の魔力が包んだ瞬間、そよ風が髪を揺らす。

 木々が僅かに揺らめき、水面の波紋が動き出し、雲が動きはじめた。


 「あ……」


 時間停止の終了を景色が動き出しことによって理解した。


 「さ、何があったのか教えてもらえるかしら。若い魔法使いさん」


 まるで母親が娘に語りかけてくるような優しい物言いだった。

 湖畔の横に佇む小屋へと案内され、エリザベスは自身の出自と、身におきた恐怖について語った。


 ……


 「そういうことだったのね…」


 老魔が頷きながら呟いた。


 「先ほど魔力をつなげた時に、時の精霊の気配を感じたのは気のせいではなかったのね」

 『まさか私が零した魔力の破片を胎児に使用するとは……愚かさに驚嘆するばかりです』

 「最上位精霊のカケラであれば1000年以上経過していても効力は残っているでしょうね。全く……本当に命を軽視する国だこと…」

 『命の危機に瀕して、私の力が彼女の中で暴走したのでしょう……』


 どこからともなく響く声と老魔が語り合っている。

 数分ほど経っただろうか。

 老魔が優しく微笑み、エリザベスの目を見つめてくる。


 「大変な目にあったわね……まさかアディスでそんなことが起きているとは」


 話をじっくり聞いてくれたことと、友人たちの死を思い出したことで、涙が溢れてきた。

 老魔は肩を優しくだき、背中を撫でてくれている。


 「あなたが望むなら、残りの人生はここでゆっくり過ごしてもいいわよ」

 「え…?」

 「ちょうど弟子たちを自立させたばかりで、話し相手がいなくて退屈していたのよ。私にとってはちょうどいいわ」


 エリザベスは手の甲で涙を拭い感謝を述べた。

 王都は今頃処刑者が急に消えて大騒ぎに違いない。

 のこのこと王宮に戻れば死が待っている。


 同時に、自分と友人たちを死に追いやったものたちへの憎悪が込み上げてきた。


 「申し出は嬉しいですけど、私はあの人たちを許せない……」


 怒りで全身が震える。

 しかし、時間停止の副作用で、救ってくれた老魔と見た目が変わらぬ年齢となってしまった。いくら怒っても、時間も力もない。


 「そう思うのは当然でしょうね」


 老魔が小さくフゥッと息を吐く。


 「では、あなたの手助けを私がしてもいいわよ?」

 「え?」


 エリザベスは驚いた。

 まだ出会って間もないが、この魔法使いが並大抵の力でないことは理解できる。

 味方となってくれるならばこれほど力強い話はない。


 「けど、3つの条件があるわ」

 「条件?」

 「えぇ、1つは私はあなたの復讐に直接関与しないこと。私はこの地で静かに生を終えることを願っている。けどあなたを弟子として育てることはやれるわよ」


 何か事情があるようだ。

 直接ではなく間接的に協力してくれるという話でもありがたい。

 エリザベスは静かに頷いた。


 「2つ目は私の存在とこの場所を絶対に口外しないこと」


 この点もエリザベスは頷いた。

 人気のない森の奥で暮らす魔法使いがひっそりと生きたいということだろう。


 「最後は……この道を選んだ場合、最低でも5年の修行を積むこと」

 「えッ!?」


 エリザベスは驚嘆の声を発した。

 既に老化のせいで残りの人生が短いことは理解できる。

 今からさらに5年経ったらまともに歩くことができるかも不明だ。


 「寿命が尽きることについては心配しないで」


 老魔は穏やかな口調で理由を説明した。


 彼女の提案は時の魔法を行使する基礎をこの地で身につけること。

 その後、エリザベスを時の魔法で過去に転生させる。

 この魔法には膨大な魔力消費と、術者が記憶を保持できないという弱点があること。

 魔力を貯めるのに数年に及ぶ準備が必要であり、その時間を使って修行する。

 術者が記憶を保持できないので、本来ならば使用する意味はないが、他者を転生させる場合、転生者は記憶が保持できる。

 悪の心を持った人間を過去に戻すと、暗黒世界になってしまう危険性があること。

 修行を共にする期間、些細でもエリザベスに対して危険性を感じた場合、この提案はなかったことにしたいこと。

 魔法の基礎を身につけ、時の魔法を使いこなすためには最低でも5年必要であり、回帰後も修行を重ねる必要性がある。


 「ーー…と、いうことなの。あたらしい世界では私とあなたの関係は消えてしまっているわね」


 一頻り説明を聞いたエリザベスは考える。

 間違いなく茨の道だ。この地で静かに過ごす方が楽ではある。

 しかし、自分の無罪を主張して殺された友人たちを救うことができる。そして自分を陥れた連中がこの先ものうのうと生きていることが我慢できるだろうか。


 「やります。……修行します!」


 エリザベスは力強く返事をした。


 「そ。では早速準備をしましょう」


 老魔が微笑み、立ち上がった。


 「あ、1つ聞きたいことが」

 「何かしら」

 「あなたの名前は…?」


 大きく目をパチクリとさせている。


 「いけない。うっかりしていたわ。普段人と会わないから自己紹介を忘れていたわ」


 けたけたと笑い、視線を合わせてくる。


 「私は賢者ジョナよ。家名はないわ」


 ーーエリザベスは知る由もないが、それは国家が血眼になって探している魔法使いの名であった。


 「ジョナ様……今後、よろしくお願いします」


 エリザベスは深々と頭を下げる。


 「様はむず痒いわね。“師匠“でいいわよ」

 「は、はい」


 歩みを進めるジョナの背中を追いかける。


 ーーこうして、賢者ジョナと修行の日々がはじまった。

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