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第12話

 シャローラ侯爵令嬢との交流を持つことができた。回帰後からエリザベスが縁を持ちたかった人物との関係構築がすすんだ。喜びと緊張感からの解放に、まるで心の中の硬い氷が解けるような感情につつまれた。

 椅子にもたれかかりつつ、今後のことについて思考する。

 やることは山積み。“焦りは禁物”と自信に言い聞かせ、修行、財政活動、困窮者への支援などをこなしていく。自分と仲間の命を守るために。


──そして、月日は過ぎ、エリザベスの社交界デビューが来年という年になった。


 社交界ではエリザベスより一年早くデビューしたシャローラ令嬢の噂でもちきりであった。ルビーのように深紅の瞳に魅了された紳士たちが次から次へと交際を申し込んでいるとか。


 エリザベスは回帰前と違い、魔法の発動を問題なくさせたことと、チャリティーの開催を繰り返したことで市民からの人気が高くなっていた。冷遇されることはなくなったが、社交界に出るため、もとい結婚相手を見つけるために様々な教養を身につけさせられた。この時間がエリザベスにとっては苦痛そのものであった。

 どんな建前をとっていても、結局は貴族による女性の政治利用という側面を出ない。王家とどこかの家が婚姻関係を結ぶさいに、そこに自分の意思を持ち込むことはできない。

 店の商品が売れやすくするために、自分で価値を高めろと命令されているようで、たまらなく嫌だったのだ。


 そんな時間をとるくらいならば、師匠のような魔法使いになるべく、修行に時間を割きたかった。幸いにして魔力量を高めることも、時魔法の発動技術も向上して、頗る順調であった。


 エリザベスの悩みは、クラウザー公爵と会合であった。何年待てども機会がない。


 「困ったわね……」


 視線が自然と窓の外へと向いた。

 自身の処刑に反対したもう一人の貴族に思いをはせる。マリアが何度かに分けて支援金を届けてくれた。あとは直接話せる機会をつくるだけだが、難儀せざるをえなかった。

 クラウザー公爵は舞踏会などの行事にはまったく参加せず、13領を出ることがなかったのだ。

 エリザベスの方から赴くにしても口実がない。

 国王に直訴する権限もない。

 お忍びで向かうには距離がありすぎる。

 手立てが見えず肩を落とすのみであった。



 「クソッ!」


 エリザベスの兄である皇太子リチャードの部屋で、机を叩く音が響く。乱雑に新聞を破り捨てる音が続き、部屋に佇む執事の表情には緊張が表れていた。


 破られた新聞には、エリザベスが開催したイベントが再び成功し、巷で妹の賛辞が尽きないという記事だった。女に継承権はない故に、エリザベスの行動をこれまで放置してきたが、リチャードにとってみれば面白い話ではない。王家がなんらかの政策を実行する際に、市井の声は重要な判断基準となりえる。


 誰かの評価があがれば、相対的に自分の地位が下がるものであり、他者を如何に蹴落とすかが、リチャードの行動原理であった。


 「まったく、無能な女を褒めたたえる愚民も、宣伝紙もなにもかも煩わしい」


 リチャードの愚痴がとまらず、破られて散った新聞を踏みつけていた。


 「こんなことならもっと早く動くべきだったな」


 エリザベスの評価が上がってきたのはなにも町の中だけではなかった。魔法授業の課題を筆記も実技も、すべて高評価で修了させ、王宮お抱えの魔法使いたちは誰もが“天才だ”と褒めたたえるのであった。

 リチャードは暫し思考する。その内容は目障りな人物の排除。


 数刻後、結ばれた口角が上を向いた。


 「そんなに愚民を救うのが好きならば、ふさわしい舞台を用意しよう」


 リチャードはくつくつと笑い、執事に視線を向けた。


 「おい、13領への視察団を組織して、王家代表としてエリザベスを向かわせろ」


 執事が予想外の指示に目を丸くする。


 「しかし……そのような前例は──」

 「聞こえなかったのか?」


 苦言を遮り、威圧した。


 「では、手配いたします」

 「あ、そうそう」


 リチャードはお辞儀しながら返事をする執事の肩に手を載せた。


 「13領は魔物の出没も多い上に治安が悪い。どんな事故が起きても不思議ではないな」

 「……」


 執事の頬を汗が伝い、数秒の沈黙が流れた。


 「承知しました」

 「わかったのならばいい」


 執事が退室した後、椅子にどかっと腰かけ、リチャードは再び笑った。


 「あとは朗報を持つのみ」


 目障りならば暗殺する。それが皇太子である自分の地位を確立するもっとも確実な方法である。

 執事以外に話を聞いたものはいない。万が一失敗しても、直接的な指示でないので、執事の暴走で終わらせればよい。


──ふんぞり返る皇太子の思いをよそに、部屋のカーテン裏にとまっている紅い蝶が、一連の話を聞いていたのであった。



 「なんですって……」


 エリザベスは思わず驚きの声が漏れた。

 マリアが持ってきた2種類の文章を繰り返し読む。


 1つには13領への視察命が書かれていた。

 これまで望むが行けずにいた土地へ行けることに思わず胸が躍るものの、同時に不安も襲ってくる。


 「こんなこと前はなかったのに……」


 疑問が口をついて出た。

 回帰前にはなかったことだ。しかも、自分が資金援助をしたクラウザー公爵の土地へ行く話。まさか誰かにばれたのだろうかと疑問を持たずにはいられない。


 「……どうなさいます?」


 心配な表情を向けるマリアの声に反応する。


 「あなたはどう思う?」

 「嫌な予感しかしません。あの地はどんなトラブルが待っているか予想もつきません」


 マリアのいうことはもっともだ。

 13領では洞窟や草原で魔物の大量発生が続き、家を失う人が続出している。現地の軍が懸命に働くものの、討伐も復興も遅れていた。


 (そろそろクラウザー公爵が安定化させる頃のはずだけど……なにか問題があるのかしら……)


 13領では数年前に冒険者ギルドが組織されたという情報を聞き、予定通りことが進んだと喜んでいた。しかし、回帰前と比べると、支援金を送ったにも関わらず、13領の安定化に苦戦しているように見えたのだ。


 当然、魔物に襲われる危険性が高く、マリアはそのことを心配しているようだった。

ただ、エリザベスの懸念は別のところにある。なぜ、こんな指令が自分にきたのか分からなかった。


 「そして、こっちの手紙にも驚いたわ……」


 エリザベスに届いたもう1つの文章はシャローラからの手紙であった。

 お互いが社交界に出るまでやりとりを避けようという前言を、シャローラの側から崩したことにも驚いていた。しかも、その内容は、「13領に視察へ行く場合は、役所の職員を連れていくことを推薦する」などと書いてある。このことがさらに不可解であった。


 そもそも、13領への視察はエリザベス自身が今知ったことである。その文章の内容を、なぜシャローラが知っていて、前言撤回をしてまで助言をすることの意図がわからなかった。


 「うーん……悩ましいけど、これは行くしかないわね」

 「エリザ様!?」


 マリアが驚愕している。

 どんな邪な狙いや罠があったとしても、これがチャンスであることには変わらない。長年やろうとしても叶わなかった行動へ、堂々と足を踏み出せるのだから


長期間の停止、誠に申し訳ございません。

筆者の仕事と生活の変化に追われていました。続ける意思はありますので、末長くお付き合いをお願いします。

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