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第11話

 エリザベスはマリアとマイケルと計画を共有してからの日々の忙殺されていた。

 3人で投資、交渉、財政管理を行い、それをエリザベスがやっているとバレないようにすることに苦労していた。もしも発覚した場合、女が社会に影響力を持ってきたことに対して、なんらかの干渉があるのは間違いない。それもあってマイケルを通して仕事をしてきたが、投資家としての影響力を増すごとに、マイケルに対しての注目が上がってしまった。

 投資を望む商人たちから付き纏われるだけならまだしも、憲兵からも追跡されるようになってしまったことで、マイケルの行動にかなりの制限がかかったのだ。


 マイケル本人は最上の幸福と言いながら働いているが、何か事件に巻き込まれない不安に思ってしまっていた…


 ただ、既に必要な財力は確保した。

 もう新たな投資先とやる必要はないと判断し、マイケルには目立たぬよう日常を送るよう指示した。


 彼は庭師としての仕事以外の時間の全てを筋力訓練に費やしているようで、もともと大柄だった身体が、さらに巨躯になっている。二の腕は材木よりも太く、着る服はサイズが大きすぎて店頭では買えずオーダーメイドしないといけないほどだ。万が一に備えての助言だったが、思って以上の効果が生まれている。



 エリザベスは貧困に苦しむ人に向けて初のチャリティーを開催した。かつてはこの行為をおこなって市井での評判が上がったことで、兄から目をつけられた。

 また同じ道を歩むことに逡巡したが、今後の事件を予想する上で、回帰前に行ったことはできるだけ忠実に繰り返しておきたいという思いもあった。何よりも街での生活時間が増えたことで、貧困に苦しむ人に対して何かしたいという気持ちが大きくなった。


 エリザベスが陰ながら支援した商人たちが尽力してくれ、回帰前よりも大規模なイベントを行うことができた。飢えに苦しむ子どもたちが、笑顔で炊き出しを食べている姿を見て安堵する。


 少ない私財を使ってのイベントで民が喜ぶ姿は貴族界でも話題となった。

 以前はそうした声を気にすらしなかったが、これが功を奏す。


 「エリザベス、返事が来たわよ」


 母の言葉に歓喜した。

 ついにウィンチェスター家のシャローラ令嬢からお茶会の返事が来たのだ。

 母に相談した直後から誘いはしていたものの、やんわりと断れ続けた。

 本来、王家の誘いを侯爵家が断れば無礼とされるところだが、暗殺家業に特化した一族なだけに、報復を恐れて誰も咎めることができずにいる。もちろんエリザベスにそんなつもりは毛頭ないが、ついに会いにいくという返事をもらうことができた。


 喜んだ直後、一抹の不安がよぎる。そもそも面識などない。

 死刑が確定した自分を庇ったという一点のみで連絡を取ろうとしたが、今の時間軸にその事実はない。

 緊張でいつもより体が強張るが、誘ったのは自分だ。




 月末、ついにその日がやってきた。

 黒地に深紫の蝶が描かれた馬車が王宮に着く。

 扉が開くと、金髪に深紅の瞳、凛とした表情の令嬢が降りる。


 ついにシャローラ侯爵家令嬢との対面だ。


 唾を飲む音が聞こえるほど静かに感じる。

 自分よりも数歳年上という年齢にも関わらず、彼女が口を開くまで、誰も発言してはならないと思うほどの貫禄を感じた。


 シャローラと目が合うと、微風とともに微笑んだ。


 「お招きいただきありがとうございます。エリザベス皇女様」

 「こちらこそ、ありがとうございます。今日という日を本当に楽しみにしていました」


 シャローラが挨拶はしたものの、口頭のみの挨拶。これはまだ、心からの敬意がなく、警戒しているということだろう。誘いには応じたが、関係的には距離があることを暗に示したと言ったところか。

 それについて批判するつもりも、咎めるつもりもない。横に待機していたマリアは、緊張が表情に出ていて不安げだった。


 「マリア、お願いね」

 「あ……はい」


 マリアがいそいそとお茶の準備をする。


 園庭の一角、青空の下で、2人だけのお茶会が開催された。

 

 「あら、これは」


 マリアが用意した紅茶を一口のみ、シャローラの表情が緩んだ。


 「高価なものではないのですが、王都で流行っているブレンドティーです」


 裏では巨万の富を築き上げたが、その金を表だって使うことはできない。エリザベスが使うことのできる予算は微々たるものなため、高級な茶っぱを使うことはできなかった。

 マイケルから貰った流行りの紅茶を用意したのだが、シャローラは気に入ってくれたようだった。


 「ふふ、王都の商店街で流行っている紅茶ね。ミルクやレモンと相性がよく、子どもからお年寄りまで楽しめると人気よね」

 「お口にあったようで何よりです」

 「ふふ、財力に物を言わせたお茶より、好きな味よ」


 にっこりと微笑んではいるが、背筋が寒くなった。

 全ての動作を採点されているような、そんな緊張感がある。


 「そんな固くならないで、皇女様」

 「いえ……そんなつもりは」

 「それで、単刀直入に聞くけど、誰を殺して欲しいの?」


 あまりにも唐突な質問に、瞠目した。思考が停止し、体が凍りつく。


 「あら?違ったのかしら」

 「ち、ち、違いますよ」


 キッパリ否定するものの、シャローラが怪訝な顔を向ける。


 「面識のない私を、しかも他の令嬢を差し置いて誘ったから、そう思ったのだけど」


 真っ直ぐ目を見て、不思議でならないといった表情だ。


 「もしも違うなら、気をつけたがいいわよ。邪なことを考えている思われるから」

 「そんなことは……」

 「いいのよ、ウィンチェスター家が暗殺一家なんて有名だから。でも、そんな私と接近するのに、殺してほしい相手がいないなんて、私も逆に変に思うわ」

 「そんな相手はいません…ただ……」

 「……?」


 「友だちになりたくて、仲良くなりたくて、お誘いしました……」


 エリザベスは精一杯の本音を語った。

 本当は処刑時に助けようとした理由を知りたいが、その理由は彼女本人すら知らないこと。ならば、早くから仲良くなりたいと考えた。


 シャローラは驚いた表情を数秒した後、目を瞑った。長い睫毛がピクピクと動き、なにやら考え込んでいるようだ。


 「本当に驚きましたよ。私と仲良くなろうとする人なんて初めてだから」


 エリザベスの本音に影響を受けたと言わんばかりに、本音を漏らしてくれた。


 「でも、本当にそれ以上の理由がなくて……」

 「そのようですね」

 「わかりますか?」

 「人の嘘を見破る力については、抜きん出ている自信はありますから」


 口元が綻ぶが、目が笑っていない。まるでベテランの拷問官のような迫力があった。

 思わず、ははっと乾いた笑いが出る。


 「せっかくの茶会ですから質問しても?」

 「はい、なんでもどうぞ」

 「先日のチャリティーイベントをなぜ開催したのですか?」

 「なぜと言われましても……」

 

 流石に回帰前もやったからとはいうわけにいかない。

 ここは初心を語るしかないだろう。


 「私は皇室では蔑まれていますから、分け隔てなく接してくれた町民の方々に恩返しをしたいと思ったからです」

 「……?皇女様が……?魔法の扱いは天才だという噂が私にも聞こえるほどですから、初耳ですね」


 シャローラは不思議そうに顔を曇らせる。

 それもそのはず。以前は魔法を習っても何もできなかった。しかし今は違う。

 師匠ジョナのお陰で全ての魔法を難なく発動させているからだ。

 自身に「無能」「所詮女か」といった中傷はまだ生まれていないのだ。


 「この国は女だからという理由だけで下に見る傾向がありますから」

 「……それもそうですね。本当に忌々しい」


 何かを思い出すかのようにシャローラの顔が強張る。


 「私に対して、身分や性別に関係なく接してくれたのは町で遊んでいる子どもたちでした。けれども、そうした人たちは明日の食べ物が手に入るかもわからぬ暮らし。ですから感謝を少しでも形にしたくて」

 「なるほど……。感銘を受けますわ」


 心なしか、シャローラの表情が緩んだように感じる。


 「もう1つ、皇女様はこの国の女に対する振る舞いには、どうお考えですか?」


 あまりにも質問に目を見開いてしまった。漠然と広い問題であり、この国と自分に関わる大きな問題だ。


 「難しい質問で、うまく答えれるかどうか」

 「別に講義するわけではないから、率直なお考えを聞かせていただきたいです」


 シャローラが一段と真剣な目を向けてきている。


 「女だから出世できない。女だから劣っている。そうした考えには反吐が出ます」


 つい、兄の顔を思い浮かべながら発言したのもあり、ぶっきらぼうな答えをしてしまった。答えを聞いたシャローラは一瞬だけ目を丸々とさせ驚いた。直後、口元がわずかに綻ぶ。

 直後、シャローラが椅子をひき、立ち上がった。


 「改めまして、帝国の若き太陽エリザベス皇女様。本日はお招きいただき感謝申し上げます」


 スカートを広げながら半身を下げて挨拶をした。

 皇族とは政治に関わることのない自分に対して、する必要のない枕詞をつけている。冒頭挨拶の無礼を恥じるかのように、微動だにせず、返事を待っていた。


 「シャローラ様、やめてください。私はただ友人になりたくて…」

 「ありがとうございます。では、シャローラとお呼びください」


 お辞儀をとき、笑顔を向けてきた。これまでの冷酷さを秘めたような不敵さは消え去り、年頃の少女のような変わりように、改めて驚く。気さくさはあれど、礼儀を忘れぬ振る舞いに、自分に対して警戒を解き、敬意を持って接するという決意を感じた。


 それからは趣味や近況など、他愛ない話で盛り上がる。

 貴族の令嬢なのに昆虫採集が好きという話が1番の驚きであった。

 数刻ほどの時が流れ、傾く太陽によって園庭の影が伸び始めた頃、シャローラがさらに本音を語ってくれた。


 「実はこうした交流の席には応じるつもりがなかったのです。特に皇族からの誘いは」

 「そうだったんですか?では、どうして今日は……」

 「チャリティーよ」

 「え?」

 「王家の人間は権力と保身のことばかり。特にうちと関わる貴族は碌でもない奴ばかり。そんな連中の中で育っているのに、市民のために私財を投げ、しかも商人を組織して企画を成功させる人なんて、聞いたことがなかったから興味を持ったのよ」

 「そうだったんですか」

 「そ、それで試す質問をしてごめんなさいね。あと、もし誰かを暗殺してくれなんて言われたら、断絶するつもりだったけど」


 シャローラがケタケタと笑っているが、エリザベスは苦笑いするしかできなかった。


 だが、今の理由を聞いて、回帰前に動いてくれた理由がなんとなくわかった気がした。


 侯爵家の立場と関係なく、シャローラは皇族に対して嫌悪感を持っている。市民を虐げる貴族に対しても反感を持っているのが、会話の端々から感じられる。

 置かれた環境は違えど、市民の中で活動していたエリザベスに対して、少なからず共感してくれたのかもしれないと思った。


 茶会も終わり、シャローラが立ち上がり、耳打ちしてきた。


 「侯爵家との連絡はいらぬ噂を呼ぶため、お互いが成人するまで控えた方が良いと思います。けど困った時は私宛に“紅の蝶を見たい”を求めてください。会合の場合は“蒼い蝶”を」


 これは彼女なりの気遣いだと受け取る。

 エリザベスの手紙には検閲がつきまとう。誰が読んでも大丈夫なように闇文を伝えたといったところだろうか。

 

 「それでは本日のお招き誠にありがとうございました」

 「こちらこそ、縁ができたことを心から嬉しく思います」


 再びお辞儀し、シャローラが去っていった。

 緊張感のある交流会だったが、関係を作りたかった1人と、明確なつながりを作ることができたのだった。

半年も待たせてしまい申し訳ございません。

執筆活動は気長に続けていきます。


仕事の繁忙期がやっと終わりました。頑張ります。

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