第9話
「そんなバカな……ッ」
カジノスタッフの愚痴が止まらない。あまりの衝撃に、客の前にもかかわらず、頭を抱えている。
エリザベスはスロットの7を3つ揃え、投入チップを100倍にした。
当然1回限りで終わらせるつもりなどない。星の数ほど市民を破産に追いやったカジノに遠慮など無用。
エリザベスは2度、3度と最大報酬を獲得する。
いつの間にか背後には聴衆が集まり、感激と称賛、僅かばかりの妬みを含んだ歓声が上がる。カジノ内の注目を浴び、次から次へと声をかけられる。
「綺麗なねーちゃん、俺と遊びに行こうぜ」
「客のよしみだ、チップを分けてくれよ」
アルコールによって赤みがかった顔をにやつかせ、中年の男が話しかけてくるが相手をしている暇はない。この力は時間制限がある。無駄な会話すら惜しい。大勝したらさっさと去るのが吉だ。
「やめとけ。大人しく見てろ」
ぶっきらぼうな低い声で、絡んでくる中年客を蹴り付ける男が一人。
度数の高いウィスキー瓶を片手に、隣のスロット台にどかッと座る。
その男は絡んでくるわけではなく、スロット台にチップを投入し始めた。
7を揃えようと狙ったようだが、2匹の蛇がでたことでチップを大量に没収されることとなる。その結果に怒るわけでもなく、逆に爆笑していた。
その後は興味ありげにエリザベスの顔を覗き込んでくる。
(何この怪しい男は……)
不敵な笑みに横柄な態度。絶対に会話してはならないと思っていた。どうやら客の間では有名なのか、聴衆たちは数刻前と変わり、一歩引いてひそひそと会話している。
エリザベスが複数の箱をチップで一杯になってきた。そろそろ引き時かと思い始めた頃、カジノの奥扉が乱雑に開く。
出てきたタキシード姿の男がコツコツと足音を鳴らし、エリザベスの横までやってきた。
「お客さま。本日は来店、誠にありがとうございます」
胸に手を当て、深々と頭を下げるものの、表情には隠す気もない怒気が含まれていた。
眉は吊り上がり、顳顬に血管が浮いている。
(やりすぎたわね……)
思わずため息が出そうになる。
相手は胸に支配人と書かれたバッジをつけていた。店視点では大きな負けに、責任者が乗り出したと言ったところだろう。しかし、イカサマをしていると言われても発覚するわけない。弱気になる必要はないと自分に言い聞かせた。
「少々お時間をよろしいでしょうか」
エリザベスは仕方なく支配人の後に続き、奥の客室に通された。
黒の布地で、金の肘当てという悪趣味なソファーに座らされる。
眼前には支配人がドカッと音を立てて座り、二人の巨漢が左右に佇む。
「どんなイカサマをした?」
他の客の目が途絶えたことで、言葉を選ばなくなったようだ。
高圧的な態度でギロッと睨んでくる。
「何のことかしら。自力で7を揃えただけよ」
「“サマ師”みんなそう言う」
「とは言え、あの台は防御魔法がかかっているから、イカサマなどできないと説明したのは、あなた方のスタッフよ」
エリザベスの返事に支配人がチッと大きく舌打ちする。
左右の巨漢たちが生意気言うなと大声で怒鳴ってくる。
エリザベスは怒声を浴びながら、思考する。
(どうしようかしら……勝ちを諦めると、財力を手にする他の手が浮かばないし…。かと言って、この人たちを倒したところで、報酬をもらえるわけでもないわね)
勝ちすぎたことに後悔した。しかし、中途半端な稼ぎでは、クラウザー公爵への援助としては不十分だったため、それなりの大金を叩き出す必要があった。夜な夜な王宮を抜け出し、カジノにくるにも限度がある。できれば1回の勝ちで欲しい金額を叩き出そうと考えたのが裏目に出てしまい、困った事態となった。
エリザベスが何も言い返さなくなったことを僥倖と見たのか、支配人の顔が卑しく笑う。
「イカサマを認めたようなので、あなたの勝ち分は没収とさせてもらい、今後、出禁とさせてもらう」
徐に足を組み、勝ち誇った顔に苛立った。
その瞬間、バンと乱雑な音が後方から聞こえる。
鍵をかけていたはずの扉が破壊され、誰かがやってきたようだ。
目を剥き肩越しに振り返る。
そこにはスロット台で隣に座った変な客が立っていた。
「フレデリック様、今は立て込んでおりますのでーー」
「黙れ、クズどもが」
支配人の言葉を遮り、フレデリックと呼ばれた男が暴言を放つ。
支配人が片目をぴくッとさせ、苛立ったのが伝わった。
「やれ」
小さくぼそッと呟くと、二人の巨漢が動き出す。
訳がわからないが、乱入してきた男を暴力で排除しようとしているのは理解できる。
エリザベスは時魔法で止めようと思い、立ち上がった。
しかし、魔法を発動する前に、一人の巨漢が床に沈んでいた。
フレデリックが頭を抱え、叩きつけている。
もう一人の巨漢が怒りで叫ぼうとする口に、フレデリックが手のひらを当て、「寝てろ」と呟く。爆竹が破裂するような音と共に、球体の炎が客室を照らす。
巨漢は顔を焦がしながら後方の壁に激突し、力無く倒れた。
一瞬で二人を鎮圧したことで、エリザベスも支配人も硬直していた。支配人に関しては恐怖で震えている。
「博打は俺も趣味だから目を瞑ってやるが、負け分は払うのがこの世界の流儀だろ」
フレデリックがニンマリ笑いながら支配人に詰め寄る。
「一体、あんたは……」
顎をガチガチと震わせている支配人に対して、フレデリックはヒソヒソと耳打ちした。
エリザベスには聞き取れなかったが、支配人は目を見開き、驚愕した表情を浮かべている。額を汗でびっしょりと濡らし、頭を深々と下げて謝罪をした。
「嬢ちゃんの勝ち分を払うなら目を瞑っていてやるから」
不敵に笑いながら言い放ち、支配人はいそいそと動き出す。
部下に命令し、袋に入った金貨を大量に並べ出した。
「大変申し訳ございませんでした」
恐怖と怒りが複雑にブレンドしたような声色で再び頭を下げる。
エリザベスは修羅場を救ってくれた謎の男から、どんな要求がされるのかと警戒せずにはいられない。それを察したのかフレデリックがヘラヘラ笑う。
「ははは。見返りはいらんぞ。今日は面白いもんを見せてもらったからな」
逆に不気味だった。
借りはできたが、関わらない方がいいと直感がつげる。
エリザベスは用意された大金を抱え、店を出た。
カジノ内では大きな袋を抱えたエリザベスに注目が集まり、外についてこようとする客が数人いたが、それもフレデリックが制止してくれた。
「死にたくないなら、大人しくしてろ」
呟きが耳に入る。エリザベスはいそいそと振り返ることなく店を出た。
「いやァ、災難だったな」
支配人と他の客を退けてくれたが、フレデリックだけが後を追って店から出てきた。
「あなたは一体何者?何が狙い?」
関わらないのが吉だが、狙いが全く読めないのも不気味。たまらず質問を向ける。
一瞬、目線を斜めに向け、思考しているようだった。
「ふむ。それはお互い、知らない方が良さそうだ。お姫様」
背筋が寒くなった。一体何者だろうかと考える。
(まさか正体を……?そんなはずは…)
いくら考えてもわからない。
悩ましい発言をしたフレデリックは満足げににやッと笑い。酒瓶をラッパ飲みしながらその場から去っていった。
その背中を呆然としながら見つめる。
真実が掴めぬまま、不気味な不安感を抱えたまま、エリザベスは走った。
いくら考えてもわからないが、魔法効果が切れる前に王宮に戻る必要がある。
無事に自室へと戻り、手にした大金をベッド下に隠した。
ふぅッっと大きく息を吐く。
困惑することは多いが、目的は達成できた。
あとはこの金を有効に使うだけである。
体調を崩していました。更新が遅くて申し訳ないです。
失踪はしませんので、気長にお待ちください。