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プロローグ

「エリザベス王女の処刑を決定する」


裁判所の判決に泣き崩れる女が1人。

喉から血を吐くほどの絶叫。


「私は何もしていない」


いくら必死に訴えども、裁判官にも、国王にも、その想いは虚しいことに届かない。


「国賊は最期まで見苦しい」


視線を後方に流すと、皇太子の兄が嘲笑っている。

一言残し、冷笑を浮かべながら去っていく背中を睨みつける。


罪人は黙れと言わんばかりに、処刑人に両腕を拘束され、乱暴に引き摺られる。


(あァ……一体どうしてこうなってしまったのだろう)



舞台は帝政アディス。

武器と魔法を軍事利用し、2000年にわたって大陸の半分を支配する軍事大国。


大陸の残り半分を統治する宗教国家と、長きにわたり大陸の支配権を争ってきた。

貴族の子息たちはもちろん、臣民にも兵役義務を課し、帝国主義政策が国家全体を縛りつける。


皇族は軍隊を指揮する英雄を育てるべく、幼少期より英才教育が施されてきた。


そして、アディスはある“宝”を手にしたのだ。


その宝は“精霊のカケラ”と呼ばれるもの。

上位精霊の落とした涙が結晶化した宝石であった。

この結晶を使えば精霊魔法を行使できる。


魔法道具に使用すれば多種多様な奇跡を起こすことができる。

魔法使いも研究者も、皇室がどのように“精霊のカケラ”を使用するのか注目した。


国王ウィリアム・ウィンザー・アディスが“精霊のカケラ“の使用方法を決定したときに、側近たちは驚嘆の声を上げる。


自我もない胎児への使用。


母親は反対したが、女は無権利であった。この世に国王の決定を覆せるものはいない。

その叫びは涙へと変わり、枕を濡らすだけ。


母の嘆きに対し、国王は生まれてくる子への期待を高めた。

うまくいけば精霊魔法を行使する最強の魔法使いとなる。


そして、その期待を浴びて生まれた子どもは女だった。


国王は落胆した。


アディスでは皇室から女が生まれぬよう、胎児に魔法を付与し、必ず男子が誕生するようにしてきた。今回も当然魔法の付与は完璧であった。


女が生まれた原因が解明されず、胎児への魔法付与した皇室の魔法使いが1人、処刑されたのだった。


エリザベスと命名された子どもの誕生によってアディスでは大議論が巻き起こる。

女に人権を与えるべきか否か。


結果は否であったが、“精霊のカケラ“を失っただけの結果を望まぬゆえに、妥協点を探った。皇室は、特例でエリザベスに対して魔法教育を施すことを決定したのだ。


一流の魔法使いとして育てば、これも特例として軍事機関に配属することまで検討された。



エリザベスが5歳になる頃、魔法教育が開始された。


「では、先ほど学んだ炎弾の魔法式に魔力を込めてみなさい」


指示されたのは炎魔法では基礎中の基礎。

魔法学校でも低学年の誰もが発動できるようなものだ。


教師の言葉を受け、エリザベスは心を踊らせて魔力を込める。

しかし、手のひらが若干熱くなっただけで、火どころか煙すら立たない。


「えい、えい……」


いくら繰り返しても結果は変わらなかった。

この日の魔法教師の表情が青ざめていく姿を忘れたことはない。


エリザベスが魔法発動できないことを理由にこの教師は解雇された。

本人は処刑されなかっただけで安堵していたらしい。


合計5人の上位魔法使いがエリザベスの専属教師となったが、いつまで経っても魔法を発動させることはできなかった。


最後の1人が解雇された日から、皇室内でのエリザベスへの対応が変わった。


「無能者」


誰もがこの言葉を浴びせてきた。

“精霊のカケラ“を宿した子という期待を浴びていただけに、無権利の女に向けられるあらゆる罵声より、怒気を含んだ差別を受けることとなった。


唯一、母だけがエリザベスの存在を肯定してくれた。

その想いに応えようと、エリザベスは必死に魔法を発動させようと努力した。


……


12歳になる頃には、皇室にいることさえ許されなくなった。

エリザベスと母は別邸に移された。

メイド1人、執事はなしという、過去例を見ない冷遇であった。


エリザベスは政界・社交界への参加の道が経たれ、その存在自体が皇室の恥だと言われるようになった。


エリザベスの話し相手は母親とメイド、週に一度訪れる庭師だけであった。

庭師は仕事を時間内に終わらせることを何より大切にするような堅物だった。しかし、エリザベスとの談笑時間を優先させてくれる気持ちのいい男だった。


たまに園庭を歩くと兄である皇太子と遭遇し、嫌味たっぷりに魔法を見せつけられる。

皇室で居場所を失ったエリザベスは町へと出かけるようになった。


メイドと、1人の護衛兵を引き連れて、商店街で買い物をする。

魔法が使えないことで差別などしない人たちの触れ合いに、エリザベスは感激した。

何度も町を散策する中で、友人が増えていく。


唯一護衛兵を引き受けてくれた青年ともだんだん仲良くなっていった。


エリザベスは町民に恩返しをしたいと考えるようになり母へと相談した。

母が貯蓄していた私財を使い、何度かチャリティーイベントを開催する。

チャリティーを10回開催した日に、護衛兵が主催者を発表した。


この日、皇女エリザベスの名が轟くことになる。

質素な生活を余儀なくされていた臣民たちにとって、自分達を気にかけてくれる皇族は貴重だった。


市井では次第にエリザベスの人気が高まっていったのだった。


ーー今思えば、帝王と皇太子にとって、このことが気に食わなかったのだと思う。



15歳になる頃、エリザベスは穏やかな日常を送っていた。

本来なら翌年の社交界デビューに備える時期だ。しかし、皇室の恥とされている自分にそれは叶わないだろう。


精霊魔法を行使する一流の指揮者にはなれなかったが、民と共に平和に暮らしたい。

エリザベスはそう願うようになっていた。


しかし……


兄が襲撃されるという事件が起こった。


皇太子への攻撃は極刑だ。その犯人が誰かという大捜査がはじまった。

護衛兵とメイドからは物騒な時代になったので外出を控えるよう進言される。

外出できない時間は退屈だったので、庭師を見つけて他愛ない会話を楽しんでいた。


「王女」


低い重低音の声に目を向ける。

3人組の黒い特服の警察官だった。


「一体何かしら」

「皇太子暗殺を企てた罪で同行願います」


エリザベスは身体中の血が凍る感覚であった。

警察が読み上げる書面の内容が頭に入ってこない。


(一体何のこと…)


それ以外の思考をする余裕がなかった。


連行されそうになるエリザベスを守ろうと、庭師が抗議する。


「絶対に何かの間違いだ!」


叫ぶ庭師が暴行を受けた。

警察官がサーベルを抜き、庭師を斬りつける。


静止するよう叫ぶが、その声は届かなかった。

エリザベスの足よりも太い両手が地に落ちた。膝が折れ曲がり、巨大な体がゆっくりと地面と接近し、斃れてしまった。

つい先ほどまで談笑していた友人を失った。


早急に治療するよう叫んだものの、その訴えは届かなかった。

虚無感に包まれたまま、エリザベスは裁判所まで連行されたのだった。


容疑を受けてすぐに裁判が始まった段階で気付くべきだった。

罠に嵌められたと。

しかし、この時は身の潔白を証明しようと必死だった。


裁判所には裁判官、検事、被害を受けた皇太子が座っていた。

弁護士はなし。必死に自分で訴えるしかない現状であった。


弁明を述べた後、裁判官がため息まじりに検事へと流し目を向ける。


「ここで本件の重要参考人に登壇してもらう」


扉が開き、会ったこともない小柄な男が立っていた。

両手を縄で縛られている。


「私はエリザベス王女の指示で皇太子暗殺を企てました」


その口上に絶句した。

そんな男は会ったことがないと叫んでも「静粛に」と言われるばかり。


傍聴席からは、護衛兵とメイドが弁護人として登壇したいと訴えたが、裁判官によって拒否されてしまった。


裁判の結果、有罪となった。


裁判官が皇太子へと言葉を向ける。


「今回は皇族という特例を鑑み、皇太子の意見を尊重したい」


その言葉にエリザベスは一縷の光を見る。

涙で腫れた顔を兄へと向けた。


目があった途端、皇太子がニンマリ笑う。


「一族の恥を拭うのも私の役目。2度と痛ましい事件を繰り返さぬよう、死罪を望みます」


その結果、エリザベスに処刑が言い渡された。


絶望に崩れるエリザベスに対し、兄は必死に笑いを堪えているようであった。


「私はやっていない!」


叫ぶものの届かない。すでに判決は下された。

去りゆく兄の背中を睨みつける。


「もう我慢ならん!」


護衛兵が抜刀し、議場に乱入してきたが、取り押さえられてしまった。

判決に猛抗議をしたメイドも拘束されている。


その姿を見て、エリザベスは糸が切れたように座り込んだ。


「こい」


乱雑に牢屋へと連行される。

鼠色で虫食いの穴だらけになった囚人服に身を包まれ、長いロングヘヤーが埃で痛んでいく。


死刑とは言え、弁明の機会がまだあるはず。

国王に繋いでほしいと何度も懇願した。

しかし、それは叶わらなかった。


異例の早さで死刑執行となったのだ。


エリザベスは絶望した。

牢屋で独り啜り泣く声がこだまする。

その音にカツンカツンという誰かの足音が重なり出した。


「ククク……」


柵の外からくつくつと笑う声の主に目を向ける。


「兄様……」

「無様だなエリザベス。無能者にお似合いの姿だ」


嫌味たっぷりの悪罵と冷笑。


「信じてください。私は兄様を殺そうなどと……」

「あぁ、よくわかっている」

「……え」


兄の顔がニンマリと笑う。


「はははは!まだ分からんのか、この無能は。犯人など存在しない。お前を死刑台に送るための狂言だからな」


腹を抱えて笑う兄の姿が悪魔に見える。

エリザベスは陥れられたことをやっと理解した。


「なぜ……慎ましく過ごしていた私を……」


歯軋りしつつも疑問をぶつけた。


「あ?市井で人気を高め、“エリザベスこそ国のトップに相応しい”などと世論を広めておいて、何をいうか。戯言は死神相手にたっぷりと語れ」

「な!!そんなことは一切ッ!」

「黙れ。元々皇族の汚点。いずれにせよ排除する予定だったのさ」


怒りで瞳孔は開き、顎がカチカチと震える。

あまりの現実を受け止めきれないでいた。


エリザベスの頭が真っ白になる。


「まったく忌々しいことに一部の貴族の死刑反対声明で死刑執行が遅くなってしまった」


兄が舌打ちし、両掌を掲げながらため息を吐く。

判決から1週間足らずの執行でさえ、遅くなったということに驚いた。


しかし、反対同義が上がったのは僥倖だった。もしかしたら助かる可能性もあるかもしれない。


「一体誰が?」

「同義をあげたのは落ちこぼれ公爵と、変わり者の侯爵家だ。奴らもそのうち痛い目を合わせるさ」


(クラウザー公爵とウィンチェスター侯爵家……?)


アディス内でも財力と軍事力に秀でた家だ。社交界にすら参加していないのだ。接点のない貴族が反対してくれたのは意外だった。


「だが、無駄なこと。無能のお前を始末したら、目障りな連中が食ってかかってきたのは幸運だった。奴らも滅ぼしてやるさ」


そう言い残し、兄はペッと唾を吐いて去っていった。


「うッ……うううぅ……」


牢屋で独り臍を噛む 。

なぜあんな人間を家族だと思っていたのか。

なぜ、平和に暮らしたいと願っただけの自分を殺すのか。

憤り、悲歎する。


1週間後、死刑執行日となり、エリザベスは牢屋から連行された。

1つの公爵家と、侯爵家が声明を出したことで、予定よりも随分遅まったらしい。

しかし、絶対的な力を持つ皇室権限を利用した皇太子の悪行を止めることはできなかったようだ。


いよいよ、死刑台に立たされる。自身を待つギロチンがいつもより大きく見えた。

広がる見物人たちの顔が涙で歪む。


処刑台正面の獄門台に兄がもたれかかっていた。

台に並ぶ二つの首を指差しながらニヤニヤしている。


エリザベスは絶句した。


裁判所で必死の抗議をしたメイドと護衛兵の首が虚に並んでいる。


「あぁぁぁああッ…!」


人生最後の咆哮。

膝から崩れ落ちる。

無情にも死刑執行人が体をギロチン台にくくりつけた。


「大罪人エリザベスの死刑を執行する」


その言葉とともにギロチンの縄が切られた。


惨めな人生が終わる。


この怒りと悲しみをどこにぶつけたらいいのか。


その思いが沸点に達した瞬間、エリザベスの体が黄金色に包まれる。

世界を光が包み込んだ。


「え…………」


エリザベス自身何が起きたのか理解できなかった。

自分の呼吸と心臓の音以外何も聞こえない。


ギロチンの縄が切られたにも関わらず、いつまで経っても刃が落ちてこない。

異変はそれどころではない。

見物人たちが静止していた。


宙を飛んでいた鳥も、空に浮かぶ雲さえも動きをやめていた。

時間が止まった。


原因は不明だが、逃げ出すチャンスかもしれない。

だが、死刑台に拘束されたままで動くことはできなかった。


「驚いたわ」


どこからともなく声がした。

全景の景色が歪み、渦を巻く。

琥珀色の光を発しながら、渦の中から1人の老女が現れた。

本作を読んでくださり、感謝申し上げます。

この作品は完結後、私の前作と合流していく予定です。

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