4.かっぱ君の橋
「よし、行こう」
四人は橋の下から抜けだしました。急いでおじさんの家に頼みに行けば、夕方には間に合うでしょう。
ところが、走りかけた三人に、かっぱ君はついてきません。
かっぱ君は、空を見上げていました。
「かっぱ君……?」
「みんな、もういいよ」
「えっ、いいってどういうこと?」
さきちゃんもはる君もしゅん君も目をまるくして、かっぱ君を見つめました。
「ほら、あれを見て。ぼくの橋、見つかったんだ」
「ええっ?」
かっぱ君の指さす空の向こうには、大きな虹がかかっていました。
「虹……!」
はる君ははっとしました。虹は空に大きくかかる橋です。
「かっぱ君の橋って、川の橋じゃなかったの?」
「うん。ぼくはあの橋の向こうから来たんだ。虹がぼくの家の目印だったんだよ。他にも空に目印はあるけど、やっぱり虹が一番きれいだね」
「虹がかっぱ君のさがしていた橋なの?」
さきちゃんの問いかけに、かっぱ君はゆっくりと答えます。
「そうだよ。七色の橋」
きれいな大きな橋で、七が何かある。そう言われたら、確かにその通りでした。
かっぱ君は瞳をかがやかせて、うれしそうな顔をします。
「ぼく、あれを見たら、いろいろ思い出した。虹の向こうへ行くと、おうちへ帰れるんだよ。今日は、羽を広げる前に空から落ちちゃって、雲にもつかまれなくて。地上が近くなって川の上に降りようと思ったから、かっぱに変身したんだ」
かっぱに変身した、という言葉に、三人はびっくりします。
「ん? それじゃ、かっぱじゃないの?」
「かっぱじゃなくて、何?」
「何なの?」
三人がそれぞれ尋ねると、かっぱ君は口もとをごしごしとこすります。
すると、かわいらしい桜色の子どもの口に変わりました。これだけでも、もうかっぱとは違って見えます。
次に、着ている服を何度かゆすりました。すると、真っ白な服に変わります。服から出ている手足も、白っぽい肌に変化しました。
「人間っぽくない?」
さきちゃんが思わず聞きます。
「ちょっと違うね。人間は空の上には住んでいないでしょ?」
もとかっぱ君は、話しながら頭のお皿をくるりと回しました。
すると、頭の上に金色の輪っかが浮かびました。どういうわけか宙にただよっていて、きらきらと光っています。
天使の輪に違いありません。
次にかっぱ君は、背中の甲羅をぽんぽんとたたきます。すると、それは美しい白い翼に変わりました。白鳥のような大きな鳥の羽が背中に二枚ついているのです。
「かっぱ君、天使だったんだ……」
三人とも、ぽかんとしてしまいました。
「うん。でも、ぼくは見習いの天使で、飛ぶのはまだ上手じゃないからね、時々空から落ちちゃうんだ。今日はかっぱに化けたけど、木の上に降りるときは鳥に化けるし、草の上に降りるときはうさぎやねずみに化けたりしているよ」
「そうなんだ……かっぱじゃなかったんだね」
はる君は、しみじみと言葉を口にしました。
「かっぱじゃないんじゃないかな、とは思っていたんだよね」
腕を組んで、さきちゃんは続けます。
「でも、天使なんて考えてもみなかった。川の何か生き物とか妖怪とかそういう感じがしていたんだよね」
「ええっ、そうなの?」
かっぱ君が驚いたように聞き返します。
けれど、はる君もさきちゃんの言うことが何だかよく分かりましたので、話しました。
「かっぱのつもりで一緒にいたから、天使だと聞いてもそんな気がしないよ。かっぱ君だって、天使だとは全然思い出さなかったんだよね?」
「うん、地上に落ちたときに、うっかり忘れちゃったみたいなんだよ。気をつけなきゃ」
もとかっぱの天使君は、はずかしそうに頭をかきました。そんなしぐさは天使というより人間っぽく見えます。
みんなは天使と知ってびっくりしましたが、遊んで楽しかったことは変わらないと思いました。
「それじゃ、今度また落ちたら、人間の男の子に化けなよ。かっぱより遊びやすいよ」
「そうだよ。人間に化けなよ。それで、また遊ぼうよ」
「うん、ありがとう。そうするよ。でも、みんなもしかして……もしかすると」
かっぱ君はかっぱじゃないけれど、大きなくるくるした目を、みんなに向けました。
「ぼくがドジをして落ちてくるの、待ってない?」
はる君は笑いました。
「当たり前だろ。友だちだもん、また会いたいに決まっているよ」
「そうだよ。また遊べるの、待ってるよ」
「ぼくも待ってるよ」
「えええっ」
もとかっぱ君は、信じられないという様子でした。けれども、みんなが本当に自分が落ちてくるのを待っていて、遊んでくれるんだと分かると、うれしいようです。
もう一度頭をかいて、照れ笑いをしました。
「落っこちたのに、よかったみたいだなあ。何だかわくわくして、変なの」
「今度は記憶をなくさないように、気をつけてね」
さきちゃんの注意に、天使の姿のかっぱ君はうなずきます。
「うん、そうする。また落ちてくるよ。落ちたいと思うなんて、おかしいけど」
そこで、はる君がポケットからお菓子の箱を取りだしました。
「さっきのチョコレート、三つ残っているから全部あげるよ」
「えっ、本当に。ぼくに全部くれるの? やったあ」
かっぱ君は大喜びです。おみやげができてよかったなと、はる君は思いました。
「それじゃ、もう行くね」
チョコレートの箱をしっかりにぎって、もとかっぱ君は告げました。
「うん、また会えるの、待ってるよ」
「また落ちるから……って、変だけど。また会いに来るよ」
天使のはずのかっぱ君は、羽を広げます。数回はばたかせると、ふわりと宙に上がりました。
「うわぁ、すごい」
「すごい、飛べるんだあ」
「いいなあ」
三人は感心するばかりです。
「うん、今度は調子よく飛べそうだぞ」
かっぱだった天使君は、はばたくたびに、ゆっくりゆっくり空へ上っていきます。その先には美しい虹がありました。
七つの色の光が大きなアーチを描いて、空に浮かんでいます。
「みんな、ありがとう」
「ばいばい、またね」
「はいばい、楽しかったよ」
「ばいばい、また落ちて来なよ」
みんなは手を振りました。
天使君は手を振り返すと、虹の彼方へ向かって、飛んでいきました。
三人は、時々は空を眺めて、またかっぱ君が落ち――いえ、天使君が降りてくるのを待っています。