3.雨が降ってきた
しばらく行くと、大きな橋が見えてきました。
七音大橋です。こちらもコンクリートですが、新しくて青色に塗られている柱や手すりが、とてもきれいです。
「きっと、あれだよ」
四人は駆けだしました。しかし、かっぱ君は近づいたところで口を開きました。
「違うなあ……」
「ええっ」
今度こそかっぱ君の橋にたどり着いたと思ったのに。
三人とも、期待していた気持ちがしゅうぅ、としぼんでいきます。
「こういう橋じゃないの?」
「どういうのだったの?」
「うーん。見れば思い出せると思うんだけど」
かっぱ君は自信なさそうに話します。
「どうしよう。この先だと大きな橋があるのかも分からないなあ」
さきちゃんの言葉に、みんなはしんとしました。
日が陰って、川風が冷たく感じます。
みんなの気力が消え入りそうでした。
「どうしよう」
はる君もつぶやくと、かっぱ君はくすんと鼻をすすりました。また、泣いてしまいそうです。
そのとき、車の停まる音が土手の上から聞こえてきました。
「おーい、はる、しゅん」
車の窓から中年の男の人が顔をのぞかせています。仕事中らしく、グレーの作業着を着ています。
はる君としゅん君の知り合いのおじさんでした。
「あっ、おじさん。こんにちは」
はる君はおじさんにあいさつをしてから、土手に上って、尋ねてみました。
「ねえ、この辺でもっと大きな橋知らない?」
「橋? 大きいって言ったら、あれだな。大泉橋かな」
おじさんの答えに、はる君は身を乗りだします。他の三人も走ってやってきました。
「大泉橋って、どんな橋?」
「最近できたばかりで、立派な橋なんだ。とてもきれいだよ」
「それだ!」
はる君としゅん君とさきちゃんは、同時に声を上げました。
「ね、それどこにあるの?」
「ええと、ちょっと遠いよ。真世町に入ったところ」
真世町はとなり町です。そこまで歩ける気がしません。
「真世町かあ」
三人はため息をついて、がっかりしました。
「なんなら、あとで車で連れていってやるよ。この荷物を配達してからだったらね」
おじさんの車の後ろの座席には、ダンボールの箱に入った野菜が見えていました。なすやきゅうり、赤や黄色のパプリカ、枝豆など夏野菜がそろっています。家のそばの畑で収穫したものを持っていくようです。
「四人なんだけどいい?」
はる君がおじさんに問いかけます。
「いいよ。あれ、その子は?」
おじさんはかっぱ君を見ました。はる君もしゅん君もさきちゃんも、同時にどきりとします。
三人とも、すっかりかっぱ君が男の子のつもりで接していました。はる君もつい普通に四人、という言葉が出てしまったのです。
大人はかっぱを見たら、どう思うのでしょうか。
おじさんが驚いて、『かっぱだ!』と叫んだりしたら……。
はる君は胸がどきどきして、急に心も体もひどく緊張してきました。
「見かけない子だね」
おじさんは、ごく普通に話します。
「うん、最近この辺に引っ越してきたんだって」
わざと明るい声で、さきちゃんは言いました。
「そうか。一緒に連れて行ってやろう」
「お願いします」
さきちゃんが頭を下げると、はる君もしゅん君もかっぱ君もそれに合わせます。
「ありがとう、おじさん。助かるよ」
はる君は笑顔を作って、お礼を言いました。まだ胸の鼓動が落ち着きませんでしたが、どうやらうまく連れて行ってもらえそうです。
おじさんには、かっぱ君が普通の男の子に見えたようです。
大人は、かっぱなんて信じていないから、人間にしか見えないのかな。
はる君はそう思いました。
そのあと、おじさんが積んでいた荷物を置いて戻ってくるまで、四人で河原で遊ぶことにしました。
おにごっこをしたり、石を拾って積み上げたり、川へ投げたりしました。
普段はピアノや塾で忙しいさきちゃんも、二人だけで河原で遊ぶことの多い兄弟にとっても、それはすてきな時間でした。かっぱ君もにこにこして、とても楽しそうです。
けれど、夢中になっていて、四人は天気がどんどん悪くなっていることに気がつきませんでした。
「あれ、雨だ」
気づいた時には、ぱらぱらと降りだしてきて、四人は橋の下に雨宿りをしなければならなくなっていました。
そこへ車の音がしました。
おじさんが戻ってきたのです。
雨粒を避けようと、おじさんは橋のみんなのところへ入ってくるなり、言いました。
「もしかしたら、夕方まで止まないかもな。探検は、明日にしたほうがいいよ。川の水が増えたら危ないからね」
四人は呆然とします。
大泉橋のそばへ探検に行く、という理由でお願いしていたのです。けれど、かっぱ君の橋をさがすのを雨で中止、なんていうわけにはいきません。
「そんな。今日ちょっとだけ行くのはだめ?」
はる君が聞いてみましたが、おじさんは首を横に振ります。
「今日はやめておきなよ。明日連れて行ってやるよ。だいぶ降ってきたじゃないか。みんなぬれて風邪ひいてしまうぞ」
「そんなあ」
しゅん君とさきちゃんも不満の声をもらしましたが、おじさんは受けつけてくれません。
「今日はもう、みんな帰りなさい」
おじさんはそう言い残して車に乗ると、そのまま行ってしまいました。
四人とも無言のまま、雨を見つめていました。雨宿りしている橋の上からぽたぽたとしずくが落ちていきます。
「どうしよう。続きは明日かな」
「その場合、かっぱ君はどこにいればいいの? 大人にはかっぱ君が子どもに見えるみたいだから、だれかのうちに泊めてもらう?」
「でも、だれのうち? 迷子って言われて、警察に連れて行かれちゃうかもよ」
「そうだなあ。子どもに見えるのも意外と使えないなあ。橋にかくれて過ごすしかないのかなあ」
みんなが困ったように話し合っていると、かっぱ君は静かに告げました。
「ぼくは、みんなの気持ちだけで充分だよ。一人で大丈夫。明日また晴れたら一緒にさがしてくれる?」
「もちろんだよ、かっぱ君」
「そうだよ、遠慮するな、かっぱ君」
「かっぱ君は友だちだよ」
さきちゃん、はる君、しゅん君は、かっぱ君を励ますように言いました。
「本当にみんな、ありがとう」
かっぱ君がそうお礼を言ったとき、突然空が明るくなりました。
「えっ、晴れるんじゃないの?」
さきちゃんが橋の下から出てみると、まだ少し雨は降っていました。けれども、雲のすき間から日の光が差し込んでいたのです。
川の水面に、小さな光がちらちらとまぶしく映りました。
「雨が止みそうだよ。大丈夫じゃないの」
「よかったあ。おじさんにもう一度、頼んでみようよ」
やがて、雨はすっかり上がりました。