2.橋をさがして
川は下るにつれて大きくゆるやかになっていきます。
砂利の集まったところに黒っぽいカモが四羽、休んでいます。そのそばで、三羽のカモがすいすいと泳いでいました。
橋は大きくなるし、かっぱも流れがゆっくりで住みやすいのかもしれないな。
はる君はそう思いました。
そのあと、三角形を組み合わせた赤い鉄橋の下をくぐりました。
そこへ青いラインの電車が走ってきて、ガタンガタンと大きな音と振動がします。かっぱ君はびくりとして、両耳を手でふさぎました。
こんなさわがしいところにおうちはないだろうなあと、はる君は考えました。
かっぱ君が住んでいるのは、どんな橋の向こうなのでしょうか。
しゅん君とかっぱ君が少し先に草の上を歩いているとき、さきちゃんが小声で話しかけてきました。
「ねえ、七音川にかっぱって住んでいると思う?」
「えっ?」
さきちゃんの意外な質問に、はる君はとまどいました。
「生活科の時間に、地域のこと勉強したでしょ。そのとき、七音川のこともいろいろ習ったよね」
さきちゃんもはる君も小学二年生です。最近地元のことを調べる授業がありました。
七音川は、県内でも有数の大きな川です。遠く山の方に源流があるそうですが、河口に近いこの辺りは広々としていて、草の生えた平地に、グラウンドのある場所もあります。
ささやき声で、さきちゃんは続けます。
「七音川は、いつもいろいろな音がしているから七音、だったよね。でも、かっぱがいるとか、音を立てているとかって話、言い伝えにもなかったなあと思って」
「そういえば、そうだね」
さきちゃん、よく考えているなあと、はる君は感心します。
「でも、いるのかもしれないよね。そのほうがおもしろい気がする」
疑問はさておいて、さきちゃんはにっこりと笑いました。
チチチ、と小鳥の鳴く声が聞こえてきました。
次の橋が見えてきます。コンクリートで作られていて、車も通るような大きな橋です。
「あの橋はどう?」
さきちゃんが尋ねます。けれど、かっぱ君は首を横に振りました。
「違うと思う。もっと大きくてきれいな橋のような気がするよ」
「そっか。それじゃ、やっぱり七音大橋かなあ」
はる君の言葉に、さきちゃんは大きくうなずきます。
「そうだね。この辺では七音大橋が一番大きくて新しいもんね。ちょっと遠いけど、みんなでがんばって行ってみようよ」
「うん。ぼくも行くよ」
しゅん君が張り切ったように答えました。
「ありがとう。みんなやさしいね」
かっぱ君は目を細めて、とてもうれしそうでした。
けれど、その先は大きな石がごろごろしていて、なかなか進めなくなりました。
しゅん君は、はる君とさきちゃんより二つ年下の五歳。ちょっと大変そうです。蒸し暑い大気も体力をそぐように思われます。それでも、がんばっていました。
かっぱ君はぺたぺたと、水かきのついた足を器用に運んでいきます。
ところが。
「あっ」
石につまずいて、かっぱ君が転んでしまいました。右ひざを打ってしまったみたいです。
「痛いよう」
かっぱ君は泣き出しました。
「わっ、かっぱ君大丈夫?」
となりを歩いていたしゅん君が驚いて声をかけます。はる君とさきちゃんもあわてて駆け寄りました。
けれども、かっぱ君は大声で泣いて、石の上に座りこんでしまいました。さきちゃんがハンカチを川の水にひたして、打ったところを冷やしてあげます。みんなは心配そうに見守るしかありません。
カモメが一羽、川の上をくるりくるりと回り、また飛んで行きました。
水の流れる音がざわざわと聞こえています。
「あっ、そうだ」
はる君は、突然思い出しました。ズボンのポケットからお菓子の箱を取り出します。チョコレートを持ってきていたのです。溶けていないようで、ほっとします。
数えてみると、七つありました。
一人二つずつでは足りません。はる君はとりあえず、一つずつ渡そうと思います。
「これ、みんなで食べようよ」
箱からチョコレートを四つ取り出しました。
「ぼくおなか空いた」
「わたしも」
しゅん君とさきちゃんも賛成しました。
かっぱ君は何だろうとこちらに顔を向けます。泣き止んだようで、こわごわとはる君の手のなかの物をながめています。
「それ、何?」
「チョコレート知らないの? あ、かっぱの国にはチョコレートはないのかな」
さきちゃんが首をかしげて話すと、かっぱ君はもの珍しそうに見つめています。本当に知らないみたいです。
「一ついいよ。おいしいから食べてごらんよ」
はる君が手に四つ乗せて、差しだしてみます。
「おいしいよ。ぼく先に食べようっと」
はる君の手からしゅん君が先にもらい、続いてさきちゃんが取ると、かっぱ君も手を伸ばして受けとりました。
三人が口に入れるのを見ても、かっぱ君はためらっています。
水かきのついた手に持ったまま、かっぱ君は舌でぺろりぺろりとなめてみました。
「ん、あまい。溶けるんだね」
かっぱ君は、初めてのチョコレートが気に入ったようです。
そのうち思い切って、みんなと同じように口に入れます。口のなかでころがしてなめているようでした。が、突然ぺっと手のひらに吐き出しました。
「どうしたの、かっぱ君」
「石だ。なかにごつごつした石が入っている」
深刻そうな顔をしたかっぱ君を見て、みんなは笑ってしまいました。
「石じゃないよ。アーモンドだよ。これ、アーモンドチョコなんだよ」
「アーモンド?」
かっぱ君の不思議そうな声が、川の音に混じって聞こえます。
「木の実だよ。かんでごらんよ」
はる君にそう言われて、かっぱ君は初めてみんながチョコレートをかんでいることに気がついたようです。再び口に入れ、チョコレートで汚れた手をなめると、かっぱ君は思い切ってアーモンドをかみました。
香ばしい匂いが辺りにただよいます。
「おいしい」
「おいしいでしょ。よかったね」
みんなで食べると、たった一粒のチョコレートでもぐんと力がわいてきました。
「そろそろ橋さがしを再開しようよ」
「そうだね」
だれともなく言いだします。
かっぱ君も足の痛みが取れたようで、元気に歩き始めました。